AVENGERS:Eyes of Nunnish 作:とむじん
──アメリカ マンハッタン。
本来であれば賑やかな都市であるそこは、空に空いたワームホールから流れ込む地球外生命体チタウリによって阿鼻叫喚となっていた。
国際平和維持組織S.H.I.E.L.D.から派遣されたヒーロー達によって押し止められているものの、相手の圧倒的な物量差に手が足りず、あわやすり抜けられる寸前、ギリギリで止めている状況。
一つ間違えば崩壊するような中──ついに、街の外へと巨大生命体リヴァイアサンが飛び出した。
アイアンマン──トニー・スタークが追いかけようとするも、チタウリ達の銃撃によって足止めされ、思うように動けない。
「敵が一匹、外へ逃げた! 誰か対処できるやつはいないか!」
通信機に向かって叫ぶも、雷神──ソー・オーディンソンはワームホールを押さえており、緑の巨人──ハルクもトニー同様、大勢のチタウリによって押さえられている。
キャプテン・アメリカ、ブラック・ウィドウ、ホークアイの三人が急いで追うも、空を飛ぶ相手に比べて機動力が劣っているため、追い付けない。
《トニー様、逃げた敵の進む先には孤児院が併設された教会があります》
「くそっ!」
《教会内部に複数の熱源を感知。逃げ遅れている子供がいる模様です》
サポートAIであるJ.A.R.V.I.S.から、最悪な情報が届く。
トニーはリパルサーの出力を上げると、無理矢理チタウリの壁を突破する。消耗は激しいが、温存している場合ではない。
突破した勢いのまま、遠くに見えるリヴァイアサンを追いかける。が、間に合わない。急加速により最高速度を出したとしても、追い付く前にリヴァイアサンが教会を押し潰すだろう。
誰もがダメだと、そう思った──その時。
「──◼️れ」
リヴァイアサンの体が、大きく捩れた。
その姿は、まるで濡れたハンカチを絞っているようで、裂けた皮膚からは血液が溢れ出し、海を濡らしていく。
絶命したリヴァイアサンは慣性を無視して、そのまま海へと落下した。軽くなったためか、浮いた体はゆらりゆらりと流れていく。
「──なんだ、今のは?」
《不明。未知の力により、敵個体の体が捩れたようです》
テッセラクト、宇宙からの侵略者ときて、今度は未知の力ときた。乾いた声がスーツに木霊する。どうやら、まだまだこの地球には知らないことが多く存在するらしい。
私のスーツですら撃退に難儀するリヴァイアサンを、容易く捩り殺すような強大な力。
『スターク! 外へ逃げた敵はどうなった?』
「…………」
『おいスターク! 聞こえてるのか!?』
《トニー様、バートン様からですが》
「……ああ、撃破は完了した。すぐ戻る」
ホークアイ──クリント・バートンに返事をし、身を翻して未だ戦いの最中であるマンハッタンの街へと戻る。
今はともかく、ワームホールから湧き続けている地球外生命体を撃退することが最優先だ。
そして、無事に街を護りきれたなら、次の対処をしなければ。未知の力に対抗するために。
★☆★
──1ヶ月後、マンハッタンにて。
トニー・スタークの報告を受けて、S.H.I.E.L.D.より派遣されたエージェントが一人。とある教会へと足をはこんでいた。
規模としてはかなり小さく、併設された孤児院と合わせてようやく一般的な教会と同じサイズ。
古びた門に刻まれている名前は『聖ホロウ教会』──信仰を是とする教会の名前が『空虚』とは、人によっては反感を買いそうだ。
周囲を確認し、木製の扉に手をかける。錆びた蝶番が擦れる音が響き、僅かな抵抗感と共に扉が開かれる。
教会の中は、他の教会と比べても大きな違いはない。多少手狭だが、必要なものは全て揃っているように見える。
「──お待ちしておりました、ナターシャ・ロマノフ様」
「ッ!?」
礼拝堂、その最前列の長椅子に座っている女性シスターの姿と、口にされた自分の名前に、ナターシャ・ロマノフ──コードネーム、ブラック・ウィドウは腰に吊るしていた銃を抜き、銃口を向け、警戒する。
ロマノフがここに来たのは今日が初めてだ。先日の一件でメディアに多少は露出しているものの、表に出している名前はコードネームの方であり、本名は未だ隠している。なのに何故、名前を知っているのか。
「そう警戒しないでください。流石に銃を向けられると、私も困ってしまいます」
「……何故、私の名前を知っている?」
「『知っているから』──なんて、そんな言葉では納得されませんよね」
「ふざけてるの?」
「ふふ、まさか」
女性が立ち上がると、礼拝堂正面まで進み、こちらへと振り向いた。ロマノフは反射的にグリップを握る力が強くなる。
振り向いた女性シスターは、目こそ開いていたものの、濁った瞳に光を映しておらず、焦点が合っていない。手に持つ白杖から、目が見えていないことを察する。
「では改めて自己紹介を」
白杖が床を叩く音が礼拝堂に響き、彼女は口を開く。
「私の名前は浅上藤乃。こちらの教会で唯一のシスターであり、隣接している孤児院の院長を勤めております。──以後、どうぞよろしく」
にっこりと、不敵な笑顔を浮かべた彼女──浅上藤乃の視線は、まるで見えているかのように私の体へと突き刺さった。
★☆★
「それでは自己紹介も済みましたし、そろそろ銃を下ろしていただけませんか?」
「…………」
「『アベンジャーズの件で』、お話に来たのでしょう?」
「……貴女、心を読めているかのように話すのね」
「ええ、少々特殊な『目』を持っていますので」
数秒の膠着。その後、ロマノフは銃を納めた。相手から敵意は感じられない上、からかうような態度はともかく、友好的な態度であることは間違いない。つまりは、埒が明かないからだった。
「それでは、こちらへどうぞ」
白杖で地面を叩きながら歩く彼女の後ろについていく。礼拝堂の右側、孤児院へと繋がる通路を進み、応接室へとたどり着く。客を招く部屋だけあって明るく清潔な場所に見えるが、狭い。机と椅子が4脚設置されているが、4人も入れば圧迫感で息苦しさを感じそうだ。
彼女に促されるまま、ロマノフは椅子に座る。それを確認してから、対面するように彼女も椅子へと腰をおろした。
「さて、貴女がお聞きしたいことですが。先日……先月ですね。あの巨大な地球外生命体を捻ったのは、私で間違いないですよ」
「どうやったのか聞いても?」
「先程もお伝えしたとおり、少々特殊な目を持っておりまして──『歪曲の魔眼』と、私はそう呼んでおります」
「……まさか、見たものを曲げられる──なんて、言わないわよね」
「いいえ、そのとおりです。私の視界に入る物体であれば、強度に関係なく。感覚としては、こんな感じでしょうか」
彼女は机に置いてあるメモ用紙に簡単な人形を描くと、そのまま端を持って用紙をねじ曲げる。その姿に、ロマノフは頭を抱えたくなった。
それに、違和感を覚える。彼女は目が見えていないはずなのに、『視界に入れる』と表現したこと。そして、躊躇なくメモ用紙を手に取ったことに。
「……貴女、目が見えているの?」
「いいえ。『この瞳は』、何も映していませんよ」
「つまり、見る方法は持っているワケね」
驚異的だ。それ一つで、街を簡単に破壊できてしまう。
なるほど、これを予期して彼は私を寄越したのか。ハルク──ブルース・バナーを勧誘した時みたいに。
ロマノフは小さく息を吐くと、もう一つの内容を口にする。
「ねぇ、貴女もアベンジャーズに入ってくれない?」
「光栄ですが、お断りします」
にべもなかった。即断即決。私の言葉を既に知っていたかのように──知っていたのだろうが──あっさりと、決まっていたであろう言葉を返された。
「理由を聞いても?」
「孤児院のこともありますし、二足の草鞋を履くなんて器用なこと、私にはできません。それに──私を危険人物と評価して、孤児院まで囲むように兵隊さんを配置する人は、流石に信用できませんから」
──ああ、やはり見えているのか。
ロマノフの耳に装着していた通信機の先から、突撃の合図が聞こえる。こちらの声は全て外に筒抜けのため、隊長が判断を降したのだろう。銃を構えたのか、金属が擦れる音が聞こえる。
「安心して、孤児院の子供たちには手を出さないわ」
「うーん、それは難しいかと」
「……何を」
その疑問を問う前に、通信機の先から銃撃の音が聞こえた。人が倒れる鈍い音も混ざっている。
ロマノフが彼女へと視線を戻すと、困ったような表情で笑顔を浮かべていて。
「多分、ウチの子たちが勝手に飛び出しちゃうと思うので」
困惑の悲鳴が通信機から響いたのを最後に、音が完全に途切れたのだった。
★☆★
礼拝堂にて。
「たっだいまー! フジノー、なんか外に変なのがいっぱいいたから捕まえといたよー」
「ねぇ、お腹空いた」
「ごめん藤乃! 私は止めたんだけど、アニスもラファエラも止まらなくってさぁ」
「いやいや、チサトもバンバン撃ってたじゃん! 頭ばっか狙ってたし!」
「ちょいちょーい、私のは非殺傷弾だよ! 気絶させるためには仕方ないでしょ? そもそも、剣やら鎌やらで殴り倒してる二人には言われたくないんだが?」
「どっちもどっち。お腹空いた」
姦しい声と共に、3人の少女が拘束した戦闘員を引きずりながら礼拝堂へと入ってくる。
赤い衣装を見に纏い、赤いリボンで髪を結ったアジア系のチサトと呼ばれた少女。
白とピンクを基調とした明るい衣装と、髪を二つに結った姿をしたヨーロッパ系のアニスと呼ばれた少女。
銀の髪と、手に持つ大鎌が特徴的なラファエラと呼ばれた少女。
見た目は一般的な少女なのだが、背後に拘束された戦闘員達が倒れており、そこは異様な空間と化していた。
唖然とするロマノフを置いて、シスター浅上は3人に話しかける。
「お疲れ様。怪我はありませんか?」
「ブイ! 全員無傷だよ!」
「それは良かった。ちなみに孤児院は無事ですか?」
「チサトが避けた銃弾が壁にいくつか命中してた」
「あんたらみたいに銃弾を弾いたり、撃たれる前に殴れる訳じゃないんだよ私は」
「あらら……まあ、それくらいならすぐ直るでしょう」
さて、と。シスター浅上は一呼吸置いて、ロマノフへと向き直る。ここまでとは予想できなかったとはいえ、失敗は失敗だ。戦力差も明らか。敵意は依然感じられないが、一度体勢を立て直すべきだろう。
扉の前には少女が3人。右側にはシスター浅上。であれば、左手の窓だ。足に力を入れ、走り出す。ぐっと深く踏み込んで、窓から飛び出そうとする。が──。
「ああ、少々お待ちを」
ガチリ、と。周囲をコンクリートで固められたかのように、ロマノフの体が固定された。力を込めているはずなのに、1ミリたりとも動けない。
「貴女の上司──S.H.I.E.L.D.長官のニック・フューリーにお一つ、伝言をお願いします」
そこまで知っているのかと、苦い感触が体を駆け巡る。しかし、表情には出ない──いや、出せない。今のロマノフは呼吸以外を許されておらず、ただシスター浅上の言葉を聞き入れるだけ。
「『今のS.H.I.E.L.D.に関わるつもりはありません。一度立て直してから、改めてご連絡ください。
「ああ、それと。ロマノフ様。窓ガラスを割られるのは困りますので、正面からお帰りください。止めはしませんから」
「それでは、お腹の虫にご注意を──」
ふ、と。体の自由が戻ったロマノフは、全速力で正面の扉から駆け出した。後ろから追いかけてくる人の気配は無かったが、後ろを振り向かず、側に隠していたバイクに飛び乗り、S.H.I.E.L.D.へと走り出す。
その間、ずっと背中を見られている感覚があった。
★☆★
「──と、まぁ。やられっぱなしだったわ」
S.H.I.E.L.D.本部、長官であるニック・フューリーの部屋で、逃げ帰ったロマノフは報告を行っていた。
あの時背中に感じた視線は既に無い。シスター浅上の視界から出られたのか、見逃されたのかは分からないが。
報告を受けたフューリーは、なるほど、と一言。コーヒーを飲み、一息。
「『歪曲の魔眼』か。ハルクやソーに迫る厄介さだな。君の動きを止めた力といい、同じ孤児院に住む少女たちといい……。敵意が無かったのが幸いと言うべきか」
「後、伝言を一つ。『今のS.H.I.E.L.D.に関わるつもりはありません。一度立て直してから、改めてご連絡ください。
「はっ、キャプテンのファンなのか、そのシスターは」
「さぁ? ただ、私たちよりは誠実でしょう? それじゃ、私は戻るわ」
ロマノフは踵を返し、退室する。それを見届けた後、フューリーは椅子に深く座り、眉根を寄せる。
「──腹の虫、か。一体何が見えている。浅上藤乃」
【聖ホロウ教会】
孤児院を併設した小さな教会。
特殊な子どもが集い、暮らしている。
X-MENの『恵まれし子らの学園』が分かりやすい例