AVENGERS:Eyes of Nunnish 作:とむじん
──トリスケリオン、最上階。
秘密結社ヒドラを動かし、S.H.I.E.L.D.の理事として潜伏していたアレクサンダー・ピアーズを拘束したフューリー、ナターシャ、マリアの3名は、トリスケリオンの警備システムの権限を取り戻した。
マリアの指揮の元、ヒドラに染まっていないS.H.I.E.L.D.のエージェントを率いて、建物内に潜むヒドラの残党を排除していく。フューリーは監視カメラの情報を逐一伝え、ナターシャは防火シャッターを操作して敵から職員を引き離していく。
ふと、フューリーは大きなガラス窓の外に浮かんでいるヘリキャリアを見る。通信機から聞こえてくる状況から、送った4人はヒドラの強化兵に苦戦しているようだった。
片や、キャプテンの親友。
片や、ラ・プルマの義兄。
近しい者が自身の命を奪いに来る、精神的にも辛い戦いになるのだろう。割り切ることができれば──と考え、フューリーは頭を振った。
「ナターシャ、状況は?」
「トリスケリオン内部の非戦闘員は全員避難完了。ヒドラの構成員も大部分を拘束済みよ。残るはS.T.R.I.K.E.チームの数人だけね」
「ラムロウの居場所は分かるか?」
「……監視カメラを切り替えても見つからない。カメラに細工をして隠れているのかも」
「分かった。マリア、気を付けて行動しろ」
『了解』
通信機越しにマリアへ通達。ヘリキャリア内部のコントロールチップの差し替えは残り一機。フューリーはナターシャと共に、いつでもシステム権限を塗り替えられるよう、準備を進めていく。
★☆★
──ヘリキャリア甲板。
ラファエラの鎌とエルネストの剣が鳴らす金属音が響く。格上が振るう躊躇の無い刃を受け流しながら、額に汗を浮かべてラファエラは考える。
エルネストは強い。膂力も、速度もこちらより上で、急所への攻撃は正確。避けきれない攻撃もあり、ラファエラの肌は裂け、ところどころから血を流していた。対して、エルネストは未だ無傷。それは間違いないのだが……どこか、ぎこちなさを感じる。
なんというか、時折こちらの攻撃に対して一瞬、硬直する。こちらを上回る速度で無理矢理防いではいるが、その動きが杜撰なのだ。
「ふっ──!」
「ッ──」
ほら、また。振り回された鎌の軌道に気を取られてしまっている。それは、基本は出来ているのに、応用が出来ていないかのようで。
──もしかして、洗脳中の訓練があまり身に付いていない……?
一組織を裏から掌握するような組織だ。そんなことがあり得るとは思えなかったが、事実、こちらの翻弄するような動きに対して、エルネストは反撃を気にして動きが鈍っている。……で、あるのなら。
「サムさん、相談があるの──」
『──了解、タイミングは任せたぞ』
エルネストから距離を取り、通信機越しにサムへ作戦を伝える。快い返事に、ラファエラは口元に笑みを浮かべて、再びエルネストへと向き合った。地面を蹴り、一気に攻撃範囲内へと近づく。
横薙ぎに刃が振るわれる。首へと向けられたそれを、ラファエラは大鎌で叩き落とす。蹴りあげられた脚を、柄で受け流す。下から切り上げられる刃を、体を仰け反らせて回避する。わずかにかすったのか、頬から流れる血液が襟を濡らす。
呼吸すら邪魔になるほど、嵐のような猛攻が上下左右からラファエラへと打ち付けられる。それを受け、避け、流す度に握力が無くなっていく。動きは緩慢に、大鎌の動きは大振りとなる。
正面から迫るエルネストの刃。動きが鈍った相手に対する、確実に殺すための一撃が振り下ろされ──しかしラファエラはにやりと口角を上げ、先程までの緩慢さを感じさせない鋭い動きで上半身を思いっきり回転させると、遠心力をもってその武器をカチ上げた。
エルネストの両腕が跳ね上がり、胴体が無防備となる。
「今だよ!」
ラファエラの声に反応し、エルネストは彼女の視線の先へと目を向ける。空から落ちてくる人影。降ってくるのは、翼を携えた黒人の男。
空からの急降下による加速を加算したサムの強烈なドロップキックが、エルネストの胴体へと直撃した。メキリ、と鈍い音が胸部から鳴り、食い込んだ足先から弾けるようにエルネストの体が後方へと吹っ飛ぶ。
「ガ、ッ──!!」
胃液を吐き出し、エルネストは地面を跳ねて輸送用コンテナへと背中から叩き付けられた。金属の側面が大きくへこむほどの衝撃に耐えられなかったエルネストは、朦朧とする意識の中でラファエラを見る。
──どこか、懐かしい感覚。髪を飾る羽根や、綺麗な銀の髪の少女。頭の中のもやが薄れ、幼い頃の記憶が脳内で明滅する。壊れた宇宙船、脱出、爆発、不時着、大切な義妹。あぁ、どうして、俺は……。
「ラ、ファエ……ラ……?」
「っ!? お、義兄ちゃ──」
エルネストの体から力が抜け、手に持っていた剣が金属音を立てて地面に落ちる。慌てて駆け寄るラファエラ。肩を揺らしてみるが、反応がない。
「お、おにぃ……ちゃ……」
「気を失っているだけだ。骨は折れているだろうが、命に別状はないぞ」
「そ、っか……。よかった……やっと、あえた……っ」
サムがエルネストの首に指を当て、脈を確認する。脈拍に大きな乱れも無いため、衝撃で気を失ったことが分かった。
涙を流し、エルネストを抱き締めるラファエラ。敵地、それも空中で、決して浅くない傷を負っているにも関わらず、義兄の身を案じるラファエラの優しさに、当人を蹴り飛ばしたサムは顔を歪ませた。
「すまなかった。強く蹴り過ぎた」
「ぐす……ううん、気にしないで。私がお願いしたんだし……それに、あの衝撃で私のことを思い出したみたい。だから──ありがとう」
エルネストの髪を撫でながら、ラファエラは涙でぐしゃぐしゃのままサムへと顔を向け、笑顔で感謝の言葉を伝えた。そう言われてしまえば、サムは何も言えない。
「そうか──君がそう言うのなら、その感謝を受け取るよ」
「うん」
「それじゃ、この後はどうする? 俺はキャプテンの元に行こうと思うんだが、先に二人を地上に降ろそうか?」
「ううん、サムさんはスティーブさんを優先して。こっちは人を呼ぶから大丈夫」
「人?」
ラファエラは携帯端末を取り出すと、その画面をサムへと見せた。友達アイコンに写されていたのは、箒を持って落下する少女の姿。
「私の友達で、空を飛ぶ魔法使いだよ」
★☆★
いつか見た夢。星の目の前に見えるのは広大な宇宙と、その中心に渦巻く力の本流の中、赤く燃え盛るナニカ。岩盤から無理矢理切り出したような、ともすれば剣のように見えるモノ。
熱さを感じないことを不思議に思い、触れようと手を伸ばすが届かない。足を動かすけれど近付けない。目の前にあるはずなのに、まるで資格がないものを拒絶しているような感覚。
ならばなぜ、これは私の目の前にあるのだろうと疑問が浮かび、星は夢から覚醒する。
それが、ここ数ヶ月、定期的に見る夢の内容だった。
─────
───
─
──ヘリキャリア内部。
甲板でラファエラ達が武器を交えている中、内部ではスティーブ・ロジャースがバッキー・バーンズと争っていた。争いといっても、バーンズが一方的に撃つ銃弾と、左腕として使用しているサイバネティック・アームによる打撃に対して、盾を駆使して防戦を行っているに過ぎない。
背後には、左腕と左内腿に銃創を負った星が自前の包帯で傷の手当てをしているところだ。時折、バーンズが撃つ銃弾を避けながら、簡易的にだが流れ出す血液を止めることができた。
「止血終わり!」
「よし、チップを頼む!」
バーンズを引き留めながら叫ぶスティーブの声を合図に、星は足元の強化ガラスを蹴り、その継ぎ目の金属部分に沿って中枢へと走る。負傷した左足に力が入らず、左腕を振ることもできないため、非常に動きが緩慢だ。バランスも悪く、気を抜けば転んでしまいそうなほど。
背後から銃声が響く。バーンズがスティーブを躱して放ったそれは、星の鼻先を掠めて強化ガラスへと着弾した。反射的に足を止めてしまいそうになるが、無理矢理足を前に出して歩みを進める。
事前の説明で聞いている。このヘリキャリアの離陸を許せば、不特定多数の無実の人が死ぬ。そのリストには、星が過ごしている教会も含まれていると、ここに来るまでにナターシャから説明があった。
──それを聞いて、星は教会に来てからの数年間を思い出した。まだ教会に所属してから日は浅く、全てを知っている訳ではない。千束やラファエラ、アニス達は優しくしてくれるけれど、藤乃のことはまだよく分からない。何を考えているのかは分からないし、多分、私達に隠れて何かを企てている。
けれど、宇宙を漂流する壊れた船、その研究室にある生命維持装置に繋がれた、昏睡状態だった私を助けるよう指示したのも藤乃だという。目覚めた時にはもう地球にいて、以前の記憶も定かではないため実感としては薄いものの、私が横になっているベッドに時折顔を出しては、リハビリの手伝いをしてくれたことは覚えている。話し相手になってくれたことも、夜に皆に内緒でスイーツを食べたことも覚えている。
だから──だから、そんな優しさに満ちたあの場所を、私は守らなければいけないんだ──ッ!!
「──ぁぁぁあああッ!!」
強く一歩を踏み出した。足元の金属が歪み、跳躍の瞬間に這うような炎が地を嘗めた。星は凄まじい勢いでサーバーが設置されている場所へと飛び乗ると、落としたチップを拾い上げ、サーバー内のチップと取り替える。
背後からは、バーンズが所持していたサブマシンガンによる弾丸の雨が星へと放たれる。スティーブが間に割り込んで防ごうとするも、連射される弾丸を盾一つで防ぎきることはできず、星の左肩へと着弾する──その前に、振り返った星が金属バットを振るっていた。
サーバーに直撃するルートを通っているそれを、星は右腕だけで捌ききる。弾丸は弾かれ、部屋を覆う強化ガラスへ着弾した。けれど、星ができたのはそこまでだった。
血を流しすぎたのだ。結局のところ、自身に向けて飛んでくる弾丸を受け止めることはできておらず、急所には当たっていないものの、体にできた弾痕からはドクドクと血液が流れていた。
体から力が抜け、金網で組まれた足場に崩れ落ちる。意識はあるものの、星の視界は霞み、強化ガラスの上で殴り合う二人の様子すらまともに見えない。
「……あー……、ご、めん……みんな──」
星の声が途切れる。そして、次の瞬間にはヘリキャリアが大きく揺れた。
全てのヘリキャリアのサーバーにコートロール・チップを設置したことで遠隔での操作が可能になったため、ナターシャはこれ以上大きな被害が出ないよう、当初の計画通りヘリキャリア同士を砲撃させ、トリスケリオン周辺の河川に墜とす手順を踏んだようだった。
サーバーを取り囲む強化ガラスに砲撃が直撃し、大きな風穴が開く。密閉された空間から外に向かって空気が流れ出し、着弾の衝撃によって投げ出された星の体は外へと放り出された。
それにスティーブは気付かない。直前までバーンズの攻撃を受け止めており、更には着弾の衝撃によって耳は使い物にならず、星条旗を背負う不屈の超人とはいえ、体は既に限界を迎えていたため、バーンズ以外に意識を向けられなかった。
対してバーンズは、崩落した鉄骨と強化ガラスに挟まれて身動きが取れないでいた。武器は破損して使い物にならず、スティーブ並みのパワーを身に宿しているとはいえ、ヘリキャリアを支える巨大な鉄骨を持ち上げられるほどではなく、左肩のサイバネティック・アームも役には立たない。
ヘリキャリアの破片と共に、河川へと落下していく星。本日2回目の風景に、思わず笑ってしまった。こんな日もあるんだなぁと、悠長な考えが脳裏に浮かぶ。落下が止められないと理解してしまうと、恐怖すら感じなかった。
これで皆を危険から遠ざけられたのかなぁと、そんなことを思いながら、星はゆっくりと目を瞑る。鼓膜を震わすヘリキャリアの爆発音を聞きながら、水面へ激突する衝撃を覚悟して──。
「星──ッ!!」
けれど、その時は訪れなかった。
上空から猛スピードで迫る人影。背後に太陽があるためよく見えないが、それはラファエラの声だった。同じ孤児院に住むアニスの魔道具である空飛ぶ箒に乗り、私の服へと大鎌の先端を引っかけた。落下の勢いが緩やかになり、水面ギリギリで静止する。
血にまみれた星に、血相を変えるラファエラ。普段の物静かな雰囲気とは違って、焦りの表情を浮かべている。疲労も相まって、いつもの自分を保てていないようだった。
対してアニスは、必死の形相で箒を操作していた。静止した箒の先端を近くの岸へと向け、ゆっくりと前進させる。
「おっっっもい!! ぬあー!!」
「アニス、アニス、落ちないで。お義兄ちゃんと星がいるんだから! 星、生きてるよね!?」
「定員オーバーなんだから無理言わないでぇ!! 2人以上は無理だよ! 成人男性が乗ることなんて想定してないし、怪我人なんてもっての他なんだからあああああ落ちる落ちる落ちるぅぅぅ!!」
「もうちょっとで岸に着くよ! ほら、千束が待機してるあそこあそこ!」
「うおおおお!! 頑張れ私の空飛ぶ箒! 出力最大ぃぃぃ!!」
「あ、はは……」
いつもの賑やかな空気に、星は思わず笑ってしまった。撃たれたお腹が引きつって激痛が襲ってくるが、その衝動を止めることはできなかった。
家族を護ることができた。それがとても嬉しくて、ヘリキャリアから落下する部品が河川の水へ激突する音すら気にならなくて。
「あああああ無理ぃぃぃいいい!!」
アニスの悲鳴を最後に、星は安心した表情で意識を失った。
【アニスフィア・ウィン・パレッティア(MCU)】
・出典『転生王女と天才令嬢の魔法革命』