AVENGERS:Eyes of Nunnish   作:とむじん

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今回は前から書きたかったやつ。バッキーには幸せになって欲しいんだ。


Eyes of Nunnish:interlude〔2〕

◆Auto Memories Doll◆

 

 

──イギリス、首都ロンドン。

 

 

アメリカ、ワシントンD.C.におけるS.H.I.E.L.D.とヒドラの抗争から数ヶ月。フードを被り、人目を避けて歩く無精髭を生やした男──ジェームズ・ブキャナン・バーンズは、幾つかの船や交通機関を経由してイギリスの首都ロンドンまで移動していた。

 

戦闘用の衣服や武器は全て背負っているリュックサックにまとめ、道中の大衆店で手に入れた衣服を身に纏い、追手にバレないよう人混みに紛れ、時には陰に隠れながらここまで辿り着いた。

 

郊外にある格安のアパートを借りて、一時的な拠点を用意した後に、食料調達のために市場へと出てみたが、背中に敵意の視線を感じて、角を曲がった直後に地面を踏み締め、路地へと入り込む。

 

右へ、左へと何度も曲がり、到達したのは袋小路の行き止まり。後ろからは複数の足音が聞こえてくる。周囲を見渡すと、看板を下げた一件の店を見つけた。中は明るく、開店していることが窺える。

 

バーンズは躊躇無く扉を開き、室内へと入る。音楽すら流れていない店内には、入り口に体を向けて一人の女性が座っていた。机に散乱する紙の束をまとめると、こちらを一瞥する。

 

 

「いらっしゃいませ」

 

 

澄んだ声が耳に残る。見本のような美しい金髪碧眼。蒼と白のドレスと、エメラルドに輝く胸元のブローチがそれらを引き立てている。

 

一瞬、体が硬直するも、後方から聞こえてくる足音に、服の中から小銃を取り出した。銃口を女性に突き付けると、威圧をしながら低い声で脅しをかける。

 

 

「……人が来たら、誰も来ていないと伝えろ」

 

 

女性の表情は一切変わらなかった。小銃で脅されているにもかかわらず、こちらの目を見つめ、数秒。店外の足音に反応してから、『奥へどうぞ』と手先を向けた。その時に見えた銀色の腕に目を開きながらも、身を隠すことを優先して奥へと駆け込む。

 

店の扉が開いた。男性の足音が響く。人数は3人。一般人に扮した衣服を身に付けながら、利き腕を腰に当てて銃を取り出せるように構えている。

 

 

「いらっしゃいませ」

 

「ここに男が来なかったか。無精髭にフードを被って、金属の腕を持っているヤツなんだが」

 

「いえ、あなた方が本日初めてのお客様です」

 

「ああ、いやすまない。私達は客ではないんだ。……そうか、邪魔をした。失礼する」

 

 

仲間に合図を出して、店を出ていく。足音が離れていき、数分後にはシンとした静寂が空間を満たしていた。周囲の音や気配に集中しながら、バーンズは店内を見渡す。

 

壁一面の棚には数多の引き出しが設置されており、隙間から見える紙の束は丁寧に整頓されている。明るい店内には、女性が座っている机の他に、幾つかの椅子が壁沿いに重ねられていた。インクの瓶やガラスペンが机の上に並べられているが、看板をよく見ていなかったため、どのような店か判断できない。

 

 

「彼らはもう離れていきましたよ」

 

 

女性の声に、奥から姿を現す。追手が来た以上、あまり長居をする訳にもいかない。早々にロンドンを離れなければならないと、小銃を衣服の中へしまってから、足早に扉へと向かう。

 

 

「悪かったな、すぐに出ていく」

 

「お待ちください」

 

「……なんだ」

 

「彼らはまだ周辺を捜索されているはずです。よろしければ、しばらくこちらで時間を潰されてはいかがでしょうか?」

 

 

その言葉に、呆気にとられてしまう。銃口を向けられて脅された人間とは思えないほどにお人好しな発言に、バーンズは困惑した。

 

 

「俺に銃口を向けられたことを忘れたのか?」

 

「いえ。ただ、貴方から悪い気配を感じなかったので」

 

 

女性の目を見る。人形のように表情のない顔ではあるが、嘘をついているような感じは不思議となかった。

わずかに気が緩んだことで、くぅ、と腹が鳴る。そういえばと、食料を調達しに来たことを思い出した。

 

 

「そろそろお昼のお時間ですね」

 

 

女性は立ち上がると、店の扉を閉めると、『close』と書かれた札を外に向けて吊るす。鍵をかけ、ロールカーテンを下ろしてから、女性はバーンズへと向き直る。

 

 

「折角ですので、一緒にお昼ごはんはいかがでしょう?」

 

 

その言葉で、バーンズは折れた。ヒドラのような悪意も、S.H.I.E.L.D.のような敵意も感じない。銃口を突き付けられてさえ、それをなんとも思っていない様子から、状況を理解していないのではないか、とさえ思わせられる。どのみち、追手が離れるまでは動けないため、その言葉に乗ることにした。

 

 

「……まずは、あんたの名前を教えてくれ」

 

 

こぼれた言葉は、そんなコミュニケーションの初歩の初歩で。まともな会話ができない自分を省みて、頭が痛くなった。

 

 

★☆★

 

 

ヴァイオレットと名乗る彼女が作った料理を口にする。イギリス料理ではなく、白米、鯖、味噌汁、漬け物と日本料理が出てきた時は面を喰らったが、普通に美味しく、そのまま無言で食べ進めていた。

 

食事中ですら、ヴァイオレットの体幹はブレていない。一般女性としては、いささか不自然な程。けれど、その人形のような風貌が、それを自然なものへと変えていた。

 

 

「ここは何の店なんだ?」

 

 

先に食べ終わったバーンズは、気になっていたことを質問する。そんなことを聞かれるとは思っていなかったのか、ヴァイオレットはぱちくりと瞬きをすると、口元を拭ってから箸を置いて、手を膝に乗せる。

 

 

「代筆屋です。翻訳や推敲もしていますが、主に手紙の代筆が多いですね」

 

「識字率の高いこの国で?」

 

「──大切な相手に宛てた手紙に文字として気持ちを載せるのは、存外に難しいものです。それは識字率が高くても変わりません」

 

「そういうものか」

 

「はい。ほとんどの人にとって、恥ずかしい、苦しい等の理由によって、伝えたい……いえ、伝えるべき言葉を頭の中で生み出しては、表に出さずに心の中へ押し込んでしまうことが往々にしてあるものです。そのような方々と対話を重ねて、本当に伝えたい想いに沿う形で手紙を代筆することが私の仕事です」

 

 

自らの仕事に自信や誇りを持っているのだろう。ヴァイオレットの言葉には欠片も淀みが無かった。改めて店内を見回してみると、並べられているのは様々な国の辞書や図鑑などで、その背表紙は擦りきれており、彼女がそれを読み込んでいることが垣間見得る。

 

ヴァイオレットは残りの料理を食べきると、二人分の食器を洗うためにキッチンへと運ぶ。その際、バーンズの方へと振り向くと、一つ提案をしてきた。

 

 

「よろしければ、体験してみますか?」

 

「何? いや、俺は……」

 

「差し出がましいとは思いますが、本日は予約もありません。実際に手紙を出さなくても構いません。『自分を知る』力も、手紙にはあるのです」

 

 

無機質な瞳が、バーンズの核心を射抜く。まるでバーンズ自身が、自分自身に確証を持てていないと見抜いているかのような視線に、返事をすることができなかった。

 

 

「想い人、家族、親友など、手紙のほとんどは他者へ宛てたものであることも事実です。けれど、過去の自分、未来の自分、そして──今の自分。手紙を通して、自分自身が知らなかった『自分』を知り、再認識する。そんな『自分に宛てた手紙』を書くこともできるのです」

 

 

好きなもの、得意なもの、嫌いなもの、苦手なもの。自分のことは案外、自分自身が一番知らないものですから──。そう締めくくったヴァイオレットは、じっとバーンズを見つめていた。

 

 

「…………」

 

「いかがでしょうか……?」

 

 

バーンズの脳裏に浮かぶのは、血に塗れた人の姿だった。

 

たくさんの人を殺めたことを覚えている。血の匂い、肉の感触、つんざく悲鳴、恐怖に歪んだ顔。そして、相手の名前を全て覚えている。忘れられる訳がない。操られていたとしても、自分が殺したことには変わりないのだから、例え逃げ続けても、振り切ることはできない記憶。

 

──逃げて、逃げて、逃げ続けて。頭の中には未だにヒドラの声が響き、今の自分が本当の自分なのか確証が持てなかった。親友を殴り、少女へと鉛玉を撃ち込んだ。罪悪感で押し潰されそうになる。けれど、自らの命を断つことはできず、未だに銃を抱えてのうのうと生きている。

 

ヴァイオレットの雰囲気がそうさせるのか。そんな、誰にも話せなかったことを、バーンズは無意識のうちに口から溢していた。

 

 

「……俺が、『俺』なのか、分からない」

 

「はい」

 

「自分以外の声が、頭の中で響いてくるんだ」

 

「……はい」

 

「それでも、『自分』を認識することはできる、のか……?」

 

「はい、できます。私が保証します」

 

 

一緒に見つけましょう。そう言って差し出されたヴァイオレットの手と、バーンズは握手を交わした。ひんやりとした硬い金属の感触が、右手の指に伝わる。

 

 

「──そう、だな、試してみることにする」

 

 

★☆★

 

 

店頭に飾ってあった年代物のタイプライターを手元に寄せて、調整を行うヴァイオレット。紙をセットし、試し打ちでインクの濃さを確認する。

 

 

「随分と古い機材を使うんだな」

 

「そうですね。私個人のこだわり、になるのでしょうか。パソコンでもいいのですが、なんとなく気に入ってまして。この両腕のこともあって、こちらに慣れてしまいました」

 

「義手か、事故か何かで……ああ、いや、すまん」

 

「構いません。……これは幼い頃、戦争孤児として生きていた時の名残として唯一残ったものです。この義手は、拾ってくれた孤児院の院長が用意してくれました」

 

 

大切そうに左腕へと手を沿えるヴァイオレットに、バーンズは袖に隠れた自身の左腕を一瞥する。

 

戦争で失った左腕の代わりに接続されたサイバネティック・アーム。ヒドラによって取り付けられたそれは、目に見える忌まわしさの象徴だ。逃亡生活を続けていなければ、今すぐにでも取り外してしまいたい代物。同じ義手でもまるで違うなと、バーンズは自嘲的な表情を浮かべてしまう。

 

そんな暗い雰囲気を纏い始めたバーンズへと、話を戻すためにヴァイオレットは声をかけた。

 

 

「それでは準備ができましたので、質問を始めます。答えたくない質問があればそのように仰ってください。話したいことを自由に話していただいても構いません」

 

「ああ、分かった」

 

「まずは──」

 

 

始まったのは、ヴァイオレットによるバーンズの認識を正確にする質問。根掘り葉掘りというよりも、相手との会話の中からすくい取るようなやりとりからは、尋問のような居心地の悪さは感じられず、無意識のうちに自然体で語っていた。

 

饒舌に、とはいかないが。これまで誰にも言えなかったことがするりと口から出る度、不思議とバーンズは心が軽くなっていくように感じていた。

 

対してヴァイオレットは、質問を重ねながら手元のコピー用紙にメモを重ねながら熟考を重ね、タイプライターで文字を打ち込んでいく。時折、手を止めては目を閉じて、再び動かし始め、ゆっくり、ゆっくりと手紙が構築されていった。

 

 

──────

────

──

 

 

結局、手紙が完成したのは5時間後だった。日は暮れ、街灯が明るく店外の通路を照らしている。ヴァイオレットは手紙をまとめ終わると、精査のためにバーンズに渡した。

 

軽く中に目を通す。そこには、第三者の視点から自身へと宛てられた文章が記載されており、今の自分の様子が客観的に理解し易くまとめられていた。後悔している行いが記載されているにも関わらず、心の傷が疼かない。むしろ美しい文章に感心し、『今の自分』を冷静に知ることができていた。

 

 

「それではバーンズ様、宛先なのですが、当初の予定どおり『自分宛』でよろしいでしょうか? その場合、ご自身で保管されるか、指定された期間当店で保管することもできますが」

 

 

その言葉に答えようとして、バーンズは返事に詰まった。口を閉じて、十数秒ほど考えを巡らせる。自分宛として作成したが、軽く目を通したため内容は覚えてしまった。かといって、保管したところで再びこの場所に来ることが出来るとは限らない。と、そこまで考えたところで、宛先が一つ、脳裏に過った。

 

 

「──いや、変えてもいいか? 送りたいヤツがいるんだ。……俺の名前を記載せずに、この店の住所から送ってくれると助かるんだが」

 

「かしこまりました。お名前を伺っても?」

 

「スティーブ・ロジャース」

 

 

その名前を口にした瞬間、ヴァイオレットはわずかに目を見開いてから、穏やかに破顔した。ここに来て初めて見た表情に、バーンズは困惑する。

 

 

「大切なご友人なのですね」

 

「……俺は何も言っていないが」

 

「申し訳ございません。穏やかさ、憧憬、信頼──そういった感情が、表情に浮かんでいましたので」

 

「…………そうか」

 

 

右手で、自身の顔に触れる。わずかに、口角が上がっているような感触に、バーンズは戸惑いが隠せなかった。

 

 

★☆★

 

 

──ワシントンD.C.

 

 

スティーブ・ロジャースの新たな自宅に、一つの手紙が届いた。住所はイギリス・ロンドン。差出人には『代筆屋エヴァーガーデン』と記載されている。

 

聞いたことの無い店名に間違いではないかと考えたが、住所も宛名も正しくスティーブを指している。首を傾げながら封を開け、手紙を開く。

 

 

「これは……」

 

 

それは独白のようだった。名前は書かれていないが、間違いなくバッキーの事が記載されている。苦痛、恐怖、後悔が綴られており、それはまるでバッキーが自分自身に宛てた贖罪の手紙のように思えた。

 

けれど後半、わずかに文章が変わった。暗闇の中に明るい光が差し込んだように、柔らかな感情が伝わってきた。それは丁度、ヘリキャリアでスティーブと相対した時の話で。

 

気が付くと、スティーブは上着を羽織って駆け出していた。手紙を握り締め、リュックサックに荷物を詰め込む。

 

──彼に会わなければ。まずは、唯一の手がかりである手紙に書かれた代筆屋へと向かうため、自宅の玄関から飛び出した。

 

 

★☆★

 

 

「バーンズ様」

 

 

荷物をまとめて店を出ようとしたバーンズへ、ヴァイオレットが名刺を差し出した。一つの電話番号と併記して、『便利屋68』と企業名が記載されている。裏面を見ると、日本語で『一日一惡』の文字。

 

 

「もし、お困りのことがあればこちらの番号へお問い合わせください。私の名前を伝えていただければ、手を貸してくれるはずですので」

 

「……胡散臭いな、名前が特に」

 

「そうですね。ですがきっと、今の貴方には必要な物かと思います」

 

「…………」

 

「……使わないに越したことはありませんが念のため。差し出がましいとは思いますが、お持ちください」

 

 

受け取った名刺を、ポケットへとしまい込む。結局、長い間世話になってしまったため、感謝を含めて軽い会釈をしてから、バーンズは店の外へと出る。

 

 

「またのお越しをお待ちしております」

 

 

ドアベルと共に聞こえたヴァイオレットの声を背に、次の拠点候補を見つけるため、歩を進めるのだった。




【ヴァイオレット・エヴァーガーデン(MCU)】
・出典『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』
・戦争孤児。かつて自分を兵士として使っていた貴族に貰ったブローチを庇って倒れていたところ、藤乃に拾われる。
・今は一般人として生きており、代筆屋として手紙の代筆を主に、文章の翻訳や推敲などを行っている。
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