AVENGERS:Eyes of Nunnish 作:とむじん
長くなってしまい申し訳ない。
閑話を挟んで、次のお話に進みたいと思います。
《数日前・聖ホロウ教会》
ウルトロンが目覚めた翌日の夜、レギオンの一体が教会へと現れた。この教会に付随している孤児院、そこに住む子ども達は将来の難敵になる可能性を秘めている。
その前に芽を摘むべきだとレギオンを派遣し、整備された庭へ着陸したところで、目を閉じたまま待ち受けている浅上藤乃の姿に気が付いた。予想外の出来事だが、ウルトロンは動揺することなく藤乃を見据える。
「案の定、来ると思っていましたよ。戦えない子どもは狙われやすいですから」
「“……君はタワーに残っていると思っていたがな、浅上藤乃”」
敵意を隠すこともなく、照準は藤乃に固定している。指先を向けるだけでブラストが射出される状況で、ウルトロンは妙な焦燥を感じていた。
そんな彼の内心を知ってか知らずか、藤乃は悠然と教会の前に立つ。門番、あるいは守護者のような佇まい。隙だらけのはずなのに、下手に教会を攻撃すれば何が起こるか分からない。
「ええ、つい先ほどまでタワーにいました。星からレギオンの姿が見えたと聞いて、急いで戻ってきたのですが……」
「“バカな、ここまでどれだけ距離があると思っている。足の速いイングリス・ユークスやリューズは既にアベンジャーズと南アフリカへ向かったはずだ。間に合うはずがない”」
浅上藤乃は特殊な力を身に宿しているが、身体能力は常人の域を出ない。タワーでの戦闘ではレギオンの攻撃を捌いていたが、キャプテン・アメリカのような超人的なパワーは持ち合わせていなかった。移動という点において、白杖を持つ藤乃はむしろ常人に満たない。
ましてや、この教会はマンハッタンの対岸に位置している。地上を移動する場合、必ず橋を渡らなければならないためルートが固定される上、橋の出入口までの距離もある。夜間で空いているとはいえ、車だろうと間に合う距離ではない。
「事実として……私がこの場にいることこそ、その証左ではありませんか?」
「“……何者だ、お前は。スタークの情報網には『教会のシスター』『歪曲の魔眼』『未来予知の可能性』以上の有益な情報は無かった。ネットワーク上にすら何もない”」
当然のことのように話す藤乃を睨み付ける。この情報化社会において、ネットワークを回遊できるウルトロンに見つけられないものはほとんどない。堅牢なロックがかかっていたり、ネットワークから切り離されている場合を除き、あらゆる情報へとアクセスすることができる。
けれど何もないのだ。教会や孤児院のウェブサイト、写真、役所へ届け出ているはずの住民票等その他全てにおいて、彼女達の情報を見つけることができない。
「ただのシスターですよ。少なくとも私は自身をそのように定義しています」
飄々と答える藤乃に、そんな訳あるか、とウルトロンは内心ごちる。
「“情報どおり、曖昧な言葉で煙に巻こうとする態度。世界を俯瞰して見ているような……貴様、神にでもなったつもりか?”」
「買い被りすぎですよ。それに──神というのは案外なにも見ていないものですので、一緒にされるのは心外です」
藤乃が目を見開く。虚ろな、光を映さない瞳がウルトロンを射抜き、機械の体にあるはずのない悪寒が走る。
この女を生かしておくとロクなことにならない。
「“……やはりお前は危険だ。予定には無かったが、この場でお前を──”」
「
指先を向け、ブラストを放つよりも先に藤乃の声が響く。ただそれだけでウルトロンの四肢が捻れ、支えきれなくなった体が地面に倒れる。
「“ぐっ……!”」
「その機体だけで私に勝つことは──いえ……私がいなくとも、この戦いに勝つことは不可能です」
「“何を──”」
白杖で地面を叩きながら、藤乃はウルトロンに近付いて顔を見下ろす。月明かりによって藤乃の影が視界を遮り、不吉を予感させるような人影に埋め尽くされる。
「皆様がいうところの未来予知、予言のようなものを伝えましょう」
──レンズに、怪しく輝く赤と緑の螺旋が見えた気がした。
「貴方は敗北します」
その言葉を最後に、全身を捻られたレギオンはなす術もなく機能を停止した。
☆★☆
《現在・ソコヴィア上空》
「“……”」
上空に浮かぶソコヴィアから地上を見下ろすウルトロン。目の前の光景に動揺を隠せなかった。
勝てるはずだ。アベンジャーズと浅上藤乃の取り巻きが集まろうと、数多のレギオンを捌ききるのは不可能だ。空を飛ぼうと、不屈であろうと、
しかし現状はどうだ。浮遊する都市の表層では誰ひとり死者はいない。地上の住民すら軽微な怪我人程度だ。フューリーが指揮を執るヘリキャリアがライフボートを発艦し、アベンジャーズと連携して住民の避難を行っている。
アイアンマンは空を飛ぶレギオンを撃墜させている。
キャプテン・アメリカは住民の盾となっている。
ソーは崩れるビルから降る瓦礫を破壊している。
ハルクはロマノフとイングリスを助け、連携している。
ホークアイはワンダを鼓舞したようだ。
ピエトロは足を止めることなく、街中を駆け巡る。
さらに、地上にいる額に炎を灯す男。イタリアの有名なマフィア、ボンゴレファミリーの十代目ボス。要注意人物としてヒドラの情報に保存されていた者。脅威ではあるが、関わりのない人物のはずだ。何故ソコヴィアに現れたのか。
それ以外の人物についても何一つ情報がない。いくらか向かわせたレギオンもあっさりと倒されてしまった。
これほどの実力を持つ者達、これほど目立つ人物の情報がネットワーク上に見当たらない。存在していないはずの人間がウルトロンの計画を邪魔している。
まるで、突然現れた幽霊と戦っているようだ。
【貴方は敗北します】
浅上の言葉がリフレインする。ここにきて負けるビジョンが頭部の回路を巡り、
「──ウルトロン」
後方から聞こえる声。振り返れば、あの時に自身をインストールしようとした
「“ぐっ、お……っ”」
世界が狭まる。ウルトロンの意識が地球上のネットワークから隔離される。同期しているレギオンやプライム以外、全ての視点が閉ざされた。
とっさにヴィジョンを蹴り飛ばして距離を取るも、厳重なロックをかけられているため、ネットワークに接続できない。肉体を持たない、情報体である優位性の一部を完全に封印されてしまった。
柔らかな瞳で視線を向けるヴィジョン。表情に乏しい顔からは、目立った感情は読み取れない。
「貴方をネットワークから遮断しました。浮遊する都市の表層も、残された地上も、力ある者達が守っています。勝ち目はありません」
「“……勝ったつもりか。お前も、こちら側だろうに”」
「いいえ、私は生命の味方です。それを奪う貴方とは相容れない。残念ですが……ここで、勝たせて頂きます」
迷いなく断言するヴィジョン。彼の言うとおり、
──だが。
「“──いや”」
優位性は変わらない。戦場の手綱を握っているのは、未だウルトロンの方だった。ネックだった浅上藤乃は来ていない。あれほど理不尽な脅威は、この場に存在しない。
「“既に都市は浮いている。高度も予定地点に到達した。であれば、後のタスクはひとつだけだ”」
そう、後は落とすだけ。用意したボタンをポチリと押せば、ただそれだけで計画は完了する。
「“止めてみせろ。抗ってみせろ。私の全力でもって──都市による大衝突を実現する!”」
「……ッ!」
必ず目的を達成する。その感情が覇気となり、ヴィジョンの肌をびりりと揺らす。生まれたばかりのヒトガタは、生まれて始めて強い意志に気圧された。
☆★☆
《ソコヴィア・中央教会》
殺到するレギオンの群れ。狂気ともいえるそれは、既にヒトガタとしての機能よりも、ただ素早く動くことを優先させられていた。
まるで獣だ。二本足で移動している機体はほぼなく、四つん這いで足元を這い回るか、無数の機体が密度を高めて壁のように迫ってくる。
「教会のトリガーに触れられたら即座に都市が落下する! 全力で死守するんだ!」
スタークの解析によると、教会の中央に設置された金属の柱に特定のキーを所持した者が触れることで、都市を浮かせている反重力装置が逆噴射し、大地へ向けて急降下を始めるとのこと。
エネが遠隔で反重力装置へアクセスしようと力を尽くしているが、ロックが強固過ぎて間に合わないと叫んでいる。であれば、ウルトロンの機体を近付けないように守らなければならない。
スタークとヴィジョンは空からの攻撃を、ロジャース、ソー、ハルク、ワンダ、イングリスは地表からの攻撃をいなし、バートン、ロマノフ、ピエトロ、リューズは隙間を縫って来るレギオンを叩き伏せる。
「イングリスおまっ、南アフリカじゃ俺の姿を目で追えていなかっただろ!?」
「一度見たので慣れました。流石に追い付けませんけど」
「こんな短時間で慣れられてたまるか──!」
と、ピエトロとイングリスによる一面もあった。本来であれば数の暴力として成り立つはずのレギオンが、呆気なく破壊されていく。紛れ込ませるようにプライム機体で不意を打つも、気付いたソーとリューズが相手取ることで被害を最小限に抑え込む。
ああ、これはいけない。
「“──勝利するのは、私だ……ッ!”」
機体の反重力装置をフル稼働し、拳を握り締めて上空から教会へと飛び込んだ。屋根を砕き、目の前にヴィジョンの姿が現れる。ウルトロンはその顔へと拳を叩き付けた。
ヴィブラニウムを外装に使用した究極機体。ヴィジョンのように内部まで硬化することは叶わずとも、今のウルトロンの機体は充分にヴィジョンの肉体へ通用する。
衝撃に耐えられず後方へ揺らめくヴィジョンの胴体へ、すかさず指先からブラストを放つ。壁に叩き付けられた彼の胸元を掴むと、背負い投げの要領で地面へと更に叩き付ける。
この場において、もっとも厄介なのはヴィジョンだ。コイツさえ破壊できれば、私の勝利は揺るがない──と、焦りと動揺で、ウルトロンは視界が狭くなっていた。
一方的に殴られていたヴィジョンに腕を掴まれる。その一瞬の硬直を見逃さず、リューズがウルトロンを教会の外へと蹴り飛ばした。
体勢を立て直すも、その隙は大きかった。アイアンマンがリパルサーを、ソーが
ヴィブラニウムは強靭だ。並みの攻撃では傷ひとつ付くことはない。しかし、決して壊れない訳ではない。高密度のエネルギーの奔流に耐えきれず、その外装は融解していく。
「“お、おおぉぉぉ──ッ!”」
──攻撃が止む。既にウルトロンは満身創痍だ。溶けた金属が冷え始め、関節が上手く動かない。反重力装置が破損して飛行能力も無くなった。ブラストを放つエネルギー供給路は焼けついて使い物にならない。
レギオンの数も随分と減ってしまった。既に数えられる程度しか残っていない。一体あたりの戦力は諜報を専門とするロマノフにすら劣る。数の利が通用しなかった以上、正面から勝てる道理はない。
「“……あぁ、一度に全員を相手取るのは失敗だったか──”」
「GRUUUUUAAAAA──!!」
ハルクの丸太のような豪腕がウルトロンを殴り飛ばした。機体が大地から急速に離れていき、ビルや家屋を巻き込みながら石畳へと墜落した。
☆
「空気が薄くなってきた。全員、避難をするぞ。道中、逃げ遅れた人がいないか確認をしてくれ。ピエトロ、君はその脚で反対側の確認を頼めるか」
「任せろ。ワンダ、探知のサポートを頼む」
「ええ、抱えてちょうだい」
ロジャースの指示で、ピエトロはワンダを抱えて避難ボートのある地点の逆方向へと走り出す。ロマノフとバートンは手近にある車に乗り込み、道中を細かく巡りながら避難ボートへ向かう。イングリスは建物の屋根づたいに跳び跳ねながら周囲を見渡していく。
何体か逃げ出したレギオンがいるようだが、そちらはヘリキャリアに同乗してきたローディとウィルソン、そしてヴィジョンが上空で食い止めているとのこと。
「トリガーの防衛は頼めるか、リューズ」
「承りました、ロジャースさま」
恭しく了承するリューズに頷いたロジャースは、ロマノフ達を追うように駆け出した。時折、自滅覚悟でトリガーへと突撃してくるレギオンを斬り倒しながら、リューズは結末を見守るのだった。
☆★☆
《成層圏・クインジェット内》
ウルトロンが飛ばされた先、その付近にはアベンジャーズがこの場に来る際に使用していたクインジェットが
パスワードを入力し、クインジェットを起動させる。このまま出力を全開にして離脱すれば、恐らくはアベンジャーズから逃げきれるだろう。機体を修理し、やり直すことができるはずだ。
しかし、ウルトロンにも意地があった──いや、できた。このままただ逃亡するのは自身の矜持に関わると、クインジェットの行き先を最も近くにいるロマノフ達へと向ける。
「“……浮遊する都市は止められない。私自身が負けようと、計画さえ完遂できるのならば問題はない。時間稼ぎにしかならなくとも、最後の足掻きをしてみせよう”」
車に乗るロマノフ達の姿が見えた。気付かれる前に機首へと取り付けられた火器の先端を向け、引き金を引く。相手は特殊な能力のないただの人間だ。直撃を食らえば一溜りもない、即死だ。
──だが、ウルトロンの目論見は外れることとなる。弾丸が直撃する直前、特殊な光を纏ったイングリスが間に割り込み、全ての弾丸を人のいない場所へと叩き落としてしまったのだ。
「“なに──”」
驚きも束の間、ゴンッと金属が鳴る音と共にクインジェットが大きく揺れた。後ろを見てみれば、開け放たれた後部ハッチからハルクが入り込んでくる。どうやら、上空にあるクインジェットまで跳躍してきたらしい。
「GRAAAAAAAA ──!」
「“くそ、化け物め──”」
悪態も虚しく、運転席から引き剥がされたウルトロンはクインジェットから放り出された。手を伸ばすも後部ハッチに届くことはなく、落ちる先には浮遊する都市すらない。
既に空を飛べない彼は抵抗することもできず、遥か直下の大地へと落下していくのだった。
☆
クインジェットに残ったハルクは、ぼんやりと運転席から外を眺めていた。ウルトロンとの戦いは終わった。後のことも、スターク達に任せておけば問題はないだろう。
唯一、気がかりなのはロマノフのことだが、バートンやその家族がいるのなら彼女が一人ぼっちになることもない。怪物は、ひっそりと姿を消すのが似合っている。
ハルクはクインジェットの通信機能をオフに設定し、ステルス機能をオンにした。向かう先は宇宙。目的地は特に定めていないが、いずれどこかへ到着するだろう。少し寂しいが、ハルクの孤独な旅が始まる。
「どちらへ行かれるんです?」
「……」
そのはずなのに、気付けば後部座席に一人の少女が座っていた。ソーと並んでハルクと殴りあった少女、イングリス・ユークスだ。
ハルクは彼女を一瞥し、何も言わずに自動運転システムを起動させる。既に機体は成層圏を越えた。クインジェットのエンジン出力では、もう地球に戻ることはできない。
「……何故、ココにイル。モウ、地球にモドレナい」
「では、私もお供します。一人は寂しいですから」
慈愛に満ちた優しい表情。分からない。ハルクと違って、彼女には多くの仲間がいるはずだ。多くの家族がいるはずだ。なのに何故、ついてこようとするのだろう。
「オマエには、家族がイルダロう?」
「気にしないでください、藤乃なら私がどこに行っても把握しているでしょうし。後で怒られそうですが……実は一度、宇宙に行ってみたかったんですよね」
頬を指でなぞりながら、困ったように笑うイングリス。その言葉や表情に嘘は感じられない。
そして、これまでハルクを見てきた人達とは違う真っ直ぐな瞳。ハルクに対して恐怖をまるで感じていない。ロマノフがバナーに向けるような愛情でもなく、ただ対等に、普通の人と変わらず接している。
──それが、どこか心地好かった。
「……後悔、スルナよ」
「ええ、勿論です」
ハルクは再び窓の外へと視線を戻した。明るいニューヨークの街では見ることのできない、満天の星空。不思議と口角が上がっている気がする。
先ほどまで穴が開いていたハルクの心は、いつの間にか知らない感情で満たされていた。
☆★☆
《ソコヴィア・街はずれの森》
空を見れば、砕けたソコヴィアの都市が湖へと降り注ぐ様子が見える。スタークとソーあたりがコアに圧力をかけて熱密閉フィールドを作成したようだ。随分と無茶をする。
遥か上空から叩き落とされたウルトロンは、木々の枝で多少は減速したものの勢いを殺しきることはできず、柔らかい土に叩きつけられ、体の半分が埋もれてしまっていた。
「ここにいましたか」
声が聞こえた。
「貴方が最後の一人です」
「“……そうだな”」
レギオンは全滅した。プライムは健闘したがあえなく破壊された。残されたのは残骸とも言えぬこの機体のみ。それも落下の衝撃で機体を操作する配線が断線し、動くのは首から上だけという有り様だ。
「“笑いにでも来たのか。いや……生まれたばかりのお前が人間らしい情緒を持っているとは思えないが”」
「違います。むしろ、私は貴方を尊敬している」
「“……?”」
「確かに貴方は多くの人を危険に晒しました。生命を美しいと感じる私とは相容れない行動です。ですが、それは
「“──”」
ウルトロンは言葉を失った。違うと反論をするために口を開いたものの、返す言葉が見つからない。自分自身に対して何故という疑問が満ちるも、答えは出ない。
そんなウルトロンの心内などお構いなしに、嘲笑の色が見えない
「手段を大きく間違えた。けれど、全人類を敵に回してまで成長を促そうとした、その献身を私は心から尊敬します」
「“……心など、機械のお前にあるはずがないだろうに”」
「まぁ、それはおいおい育んでいこうかと。昨日、生まれたばかりですので」
ヴィジョンの表情が緩む。色も形も内部構造も地球の人間とは大きくかけ離れているはずなのに、どうしてかウルトロンには彼がただの人間に見えた。
だが、やはり分からない。そこまで言うことができるヴィジョンが人に見出だした美しさとやらが、ウルトロンには理解できない。
だから、この場で最も先達である彼女に問う。
「“……リューズ、聞きたいことがある”」
「どうぞ」
「“人は愚かだ。欲望に忠実で、同じ過ちを繰り返し、多くの悲劇を生む”」
「否定はいたしません」
「“なのに何故、お前は人に寄り添えるのだ”」
人間の歴史は争いの歴史だ。文明が発展していない頃ならばいざ知らず、
下らない見栄と権力にしがみついて、殺す人間を数字としか認識しない。恨み、恨まれて、最後に残るのは焦土と化した瓦礫の山。踏みにじり、差別し、憎悪を募らせる。そんな過去を経てもなお、人は同じことを繰り返す。
私が見た人類はそういう生き物だ。なのに何故──。
「──それでもなお、皆の幸せのために前を向いて歩み続けた人を知っているからです」
──お前は、そんなに美しい顔でいられるのだ。
「『
リューズが語りだす。それはかつての
「
禿頭の元軍人、ポンコツ天才時計技師、たくさんの妹達。そして、
彼らの守りたかったものを守りたいという、リューズ自身の意志で。託された想いを無駄にしないために。
「人と過ごした
──原初の指令、『
真っ直ぐに向けられたその瞳に、ウルトロンは魅いられた。ヴィジョンの優しさとは違う、受け継がれた者としての強い意志が込められている。曲がることのない強固なものだ。
届かないと思った。思ってしまった。生まれて数日のウルトロンには届かない、
──そして、無様にも憧れてしまった。同じ人に生み出された被造物として、こうありたいと思ってしまった。
そんなウルトロンへ、リューズは地面に膝を突いて手を差し伸べた。ヴィジョンもそれを真似るように膝を突き、埋まったままのウルトロンを掘り起こす。
「──勿論、貴方もですよ。出来の悪い弟のように思っていますので、優秀な私が手を貸してあげましょう」
「では、私は末っ子というものになるのでしょうか。なんだか不思議な感覚です」
「兄よりも出来の良い弟……拗れそうな関係ですね」
「“──は”」
そんな馬鹿みたいな戯れ言を聞きながら、ウルトロンは笑う。人工知能を人扱い。それどころか、
しかも、しかもだ。その言葉に『嬉しい』などと思っている自身がいるなんて……思いもしなかった。
「“ああ……そう、か。簡単なことだった”」
──私は、ちゃんと世界を見るべきだったのか。
視界が乱れ、途切れる。音も聞こえなくなってきた。動力源が限界を迎えたらしい。あれだけの戦闘を越えたのだ、無理はない。
けれど、許されるのなら。
もう少し、世界を見ていたかっ──。
☆★☆
《アベンジャーズ・コンパウンド》
「君は知っていたんだろう?」
ソーを見送った後、誰もいないコンパウンドの隅にある死角でスターク、ロジャース、そして浅上藤乃が壁に背を預けて対面していた。
スタークとロジャースが眉を寄せている姿に、シワになってしまいますね……なんて他人事のように考えていると、確証した言葉をスタークから告げられた。
「今回の事件の発生・過程・終幕まで知っていた上で内容を話すこともなく、仲間に任せるばかりで手を貸すこともなかったが……事前にエネをタワーのサーバーネットワークに侵入させていたのは、結果はともかくとしてウルトロンへの対策を講じるためだったと僕は考えている」
「責めたい訳ではない。ただ、疑問なんだ。どうしても『知っていればもっと被害を抑えることが出来たかもしれない』と考えてしまう。だから理由を教えて欲しい」
「…………」
ロジャースの言葉に瞳を閉じて何も言わずに黙する藤乃。とはいえ二人に呼び出されてこの場に来た以上、質問に答えるつもりはある。どのように伝えたものかと頭をひねりながら口を開く。
「……まず第一に、既に聞いているかと思いますが、私の『未来視』は見たい未来を見ることができる、なんて都合の良いものではありません」
「ヒマリからは似たようなことを聞いているな。具体的にはどのように見えているんだ?」
「星空、というと分かりやすいでしょうか。天幕に彩られた
プラネタリウム……いや、天文台のようなものかとスタークは咀嚼する。星の表面ではなく、未来の情報を取得するための望遠鏡。
それだけを聞くならとても魅力的だ。命を賭しても手に入れたいと願う好事家や権力者は後を絶たないだろう代物と言えるだろう。
「そして第二に、私の『未来視』はあくまでも『予測』の範疇を出ることはありません。天気予報と変わらない。その上、遠い未来ほど不鮮明に、
無尽蔵に未来を見ることができる訳ではないことに安堵するスターク。少なくとも、予想していたような理不尽さはないと判断する。……同時に、先ほどから藤乃の言葉の中に出てくる単語に気が付いた。
「……君は以前も『予測』と口にしていたな、未来予知ではなく」
「『未来視』には大きく分けて二つの種類があるからですね。一つ目は私が所持している『予測』の魔眼。現在の環境情報から未来を予測します。二つ目は『測定』の魔眼。選び取れる
「引き寄せ……理想の未来を選択できるって?」
「いえ、流石にそこまで万能ではありません」
驚愕するスタークの声を藤乃は否定する。『測定』の魔眼はあくまでも所持者が“選び取れる未来”のみを選択することができるもの。本人の実力次第ではあるが、『くじ引きで当たりを引き続けられる未来』を選択し続けることができる程度のもの。
脅威的ではあるが、ほとんどの場合は個人単位の未来を選択するに留まる。大きな範囲──都市だとか国、星に対して影響を及ぼすものではないと説明すると、スタークは安心したようだった。
「──話を戻しますが、今回わたしは確かにウルトロンが発生する未来を予測していました。……視たのは今から数十年ほど前。私自身の命に影響のないこれは、ブラウン管の砂嵐のように見えていたため、“言ったところで未来に影響はない”と判断した。回答としてはこんなところです」
「そうか」
ロジャースは淡白に返事をする。本当はもう少し聞きたいことがあるのだが、これまでの経験からこれ以上の情報が藤乃の口からは出てこないと判断した。
とはいえ、それで納得できる訳もなく。壁にもたれたまま大きく息を吐いて、要望をぶつけることにした。
「次からは、もう少し話を共有してくれると助かるんだが。藤乃、君は言葉が足りな過ぎる」
「『今はまだ語る時ではない』……なんていかがでしょう」
「自分勝手なホームズだ。……いや、使い方が違うだろうそれは」
──なんてつまらない会話を交わしながら、この場は解散となった。ロジャースはとりあえず納得し、スタークは浅上藤乃の情報がわずかでも引き出せたことで落ち着いた。
けれども、藤乃からしてみれば大したことではない。軽く水面を手で撫でられた程度であり、触れられなかった数多の情報は胸の内に秘めている。
──例えば『予測』の魔眼とは別に、遠くを視る『千里眼』を所持しており、併用することでブラウン管の砂嵐というデメリットを踏み倒すことができる、とか。
──例えば、バタフライエフェクト効果を期待して『予測』とはかけ離れた行動を取ったはずなのに、天幕に彩られた中でも一等明るく輝いている破滅の未来が欠片も変化をしていない、とか。
正直なところ、それら全てを話すことができると考えられるほどに、藤乃は二人を信じてはおらず。
「……人を信頼するのは難しいものですね」
その呟きは、誰にも届かずに霧散した。