AVENGERS:Eyes of Nunnish 作:とむじん
「フンッ!」
「はぁッ!」
フロア一帯に広がる衝撃。ざんばら髪の男性とイングリスが衝突してから、5分程度の時間が経過した。オフィスの備品はほとんどが砕け、床一面に散らばっている。
男性の動きを観察して分かったのは、最初に戦った軍人崩れの2人と違い、なんらかの武術を修めている、ということ。イングリスを子供と侮らず、常に一定の距離を保っている。
対してイングリスは、大人と子供に生じる手足のリーチ差など無いかのように、男性の拳を捌き、自分の間合いに引き込もうとしている。何より、既に高熱を発している男性の手足による攻撃を苦もなく触れていることから、その異常性が見てとれる。
「ウチのクリスと殴り合えるのか、あのやろぅ」
その隙に、千束は壁を伝って彼女達に巻き込まれないよう距離を取る。あのイングリスと殴り合える相手だ。負傷した今の千束に出来ることはない。悔しさに歯噛みをしながら、通信機に手を当てる。
「ペッパーさん、無事ですか?」
『こっちの台詞よ!』
「あ、はは。ごめんなさい、『守る』なんて言った手前」
『いいのよそんなこと。それより、ゆっくり休んでなさい。すぐ迎えに行くから』
「あ、大丈夫です。もう終わりますから」
『え?』
ペッパーと会話している数秒の間に、彼女達の均衡が傾いていた。攻撃をすり抜けるように接近したイングリスが、男性の胴体を殴り飛ばしたのだ。
空気を震わすほどの衝撃に、男性は白目を剥いて気を失った。イングリスが腕を掴んでいたため吹き飛ばずに済んだが、彼の背後の壁は通り抜けた衝撃によって大きな蜘蛛の巣状の亀裂が入っていた。
「ね?」
『ぁ、あの子、何者なの……?』
「私の妹……かな」
引き気味な震え声で尋ねるペッパーに、千束は軽く返事をする。孤児院の年下だから、まぁ間違ってはいない。後から来た彼女の世話もしていたし、実質妹だ。
『はぁ……千束、もう屋内外に敵の姿は見当たらないわ。治療するから、その子と一緒に戻ってきなさい』
「ありがとうございます」
諦めたように息を吐いたペッパーは、指示を出してから通信機を切った。イングリスの方へ向かおうと壁を背に立ち上がる。すると、千束の端末から音楽が鳴り始めた。
胸部のポケットから端末を取り出して見ると、人工心臓の残り稼働時間が30分を切っている、という通知が表示されており、千束は顔をしかめる。
「げ……ま~じか。これくらいで?」
「チサト? どうしました?」
「クリスぅ~、こいつ縛ったら私を抱えてくれる? 心臓がヤバいわ」
「構いませんが……え、大丈夫なんです?」
「だいじょばない」
耐熱ワイヤーをイングリスに投げ渡すと、血流が加速しないよう深く呼吸を整えながら、デスクチェアに体を預ける。
……私は弱い。イングリスが間に合わなければ、この場で死んでいたのは私だろう。そんなネガティブな感情が、心の奥から流れ出す。
特に最近は充電の減りを考慮して、心臓に負担をかける高強度のトレーニングは行っていなかった。そのため、心臓の稼働時間の限界を把握しきれていなかったのだ。
大きな溜め息。同時に目蓋が重くなる。奥へと引っ張り混むような眠気とともに、千束は眠りに落ちていった。
★☆★
「人工心臓の充電切れ!?」
「えぇ。最近は特に多かったのですが、まさか1時間にも満たない戦闘で切れかけてしまうとは……」
社長室に戻ったイングリスは、眠った千束をベッドに寝かせ、充電器を接続した。端末で充電開始を確認後、挨拶もそこそこに、イングリスはペッパーと情報の共有を行う。
「まぁ気にしないでください。どうせチサトが自分から護衛に志願したのでしょう? いつものことですから」
「いつもなの……?」
「はい。困っている人を放っておけないお人好しなんです。自分から面倒事に頭を突っ込んで行くので、昔はよく巻き込まれました」
言葉だけなら迷惑そうな内容なのに、嬉しそうに笑顔を浮かべるイングリス。迷惑をかけられても嫌な顔一つしないのは、姉への信頼や好意によるものなのだろうか。千束の状況に曇っていたペッパーも、頬を緩ませる。
「何だか楽しそうね」
「それはもう。チサトについていけば強い人と戦えますから。今日の戦いも、『最強』を目指す私にとっては良い経験になりました! 発熱人間なんて、珍しい人もいるんですね」
「ああ、そっち……」
全然違った。強いヤツと戦いたいという、超自分本意な行動だった。思い返してみれば、ざんばら髪の男と殴り合っている時も笑顔だったなぁ、と。ペッパーは目を遠くさせた。
「──それにしても貴女達、どうしてそんなに強いの? 傭兵を無力化するとか、発熱人間を殴り飛ばすとか。普通、ではないわよね……?」
「あー……ウチの孤児院に来るような子供は特殊な子が多いので。チサトは放たれた銃弾を避けられる程度に目が良いですし、私もこんな感じで体を膜で包む事ができますし」
イングリスの体を淡い光が包み込む。聞くと体を守る働きがあるようで、発熱人間を殴って火傷一つなかったのはこれのお陰のようだ。
「そんな訳で、万が一変な組織に狙われても自衛ができるよう、シスターに死ぬほど鍛えられました。『私がいなくても生き残れるように』と、口癖のように言っていましたね」
「……もしかして、みんな貴女みたいに強いのかしら」
「いいえ。基本的に逃亡優先で、私達くらい鍛えているのは少数です。シスターですら身体能力に限ればチサトより低いですし」
特殊能力を使えば別ですが、と。そう話すイングリスは、戦いを楽しみにしているような笑顔となり、対してペッパーは、何となく関係性を察して苦笑いを浮かべた。
「後は――数ヶ月前、マンハッタンに地球外生命体がたくさん溢れていたのを覚えていますか?」
「ええ、はっきりと」
「ウチのシスター、私が孤児院に来た時にはアレを予見してましたから。幻覚も見せられましたし……。そんなことされたら、鍛えない訳にはいきませんよ」
「──」
10年くらい前ですかね――なんて気楽そうに話すイングリスだが、ペッパーの頭は真っ白になっていた。
アレを、既に予見していた? 敵勢力のスパイ……であれば、わざわざ孤児を育てる必要はない。となると、それはかねてより多くの権力者が求めた本物の──。
「ねぇ、それって──」
その真相を聞こうと口を開こうとした時、千束が寝ている部屋から物音が聞こえた。視線を向けると、壁にもたれかかりながら部屋に入ってくる千束の姿。イングリスは慌てて駆け寄ると、下から体を支える。
「ごめん、ありがと」
「いえいえ。それより、充電は大丈夫なんです?」
「多少移動するくらいは。一応、こっちでも充電を続けるから、繋いでもらっていい?」
「はい、お借りしますね」
千束をソファに座らせると、イングリスは充電器の線を引っ張って壁のコンセントへと繋ぐ。一方ペッパーは、話がそれてしまったため、手持ち無沙汰となっていた。
「それで、どうしたの?」
「気を失って渡しそびれていたんですが」
机の上に手の平より少し大きな通信端末が置かれる。それも複数台。タッチパネル式から、押しボタン式。レシーバー型の物まで。
「これって……」
「敵の通信端末です。解析とはいかなくとも、調べれば何か手がかりになるかと思いまして……。専用の機材とかってあります?」
「確か、トニーが使ってたモノが奥に転がってたはず……」
「チサト、いつの間に?」
「しこたま蹴られてる時にちょろっとね」
「流石チサトさん、手癖が悪い」
「褒めてないだろそれ!」
★☆★
ペッパーが持ってきた機材に端末を繋ぎ、キーを叩く。およそ10分の時間が経過した後、画面上に出てくる通信記録。そのほとんどは複数のサーバーを経由していて、どこへ繋げていたのかは分からなかったが、さらに過去まで遡ってみると、とあるアドレスが表示された。
「このアドレス……見たことあるわ」
ペッパーは自身が普段ビジネス用として使用している携帯端末を取り出すと、アドレス帳を開き、登録情報を検索する。すると、とある人物が確認された。
「──アルドリッチ・キリアン」
「どなたです?」
「
「あの……刺客を差し向けられた原因って」
「違うわよ。……彼、トニーを恨んでるらしいの。原因までは分からないけれど……」
「あぁー……」
アイアンマン以前のトニーならば、数多の恨みを買っていてもおかしくはない。だいぶ大人しくなったとはいえ、今ですら傲慢・ナルシスト・プレイボーイを地でいくところは変わっていない。苦々しく口角を震わせながらも、3人は欠片も疑わずに納得してしまった。
「とりあえず、トニーさんに知らせないと──」
「あ、チサトさん、動かないでください」
「え、ちょ」
立ち上がろうとする千束の肩を掴み、座らせるイングリス。足に力が入らず、されるがままに椅子へと押さえつけられた。
「ほら、ふらふらじゃないですか。後は私がやりますから休んでください」
「いや、いやいや! 無関係のイングリスを呼んだ以上、私が責任持ってやらないと──」
「それに応えた以上は、私の責任でもありますし。それに、ぼこぼこにされた体と、充電が切れかけた心臓で何をしようというのです?」
「そ、れは……」
言葉に詰まる千束。イングリスに責任を背負わせてしまった申し訳なさから気が急いているのだろう。視線を下げて、歯を噛み締める。
「私、千束が頼ってくれて嬉しかったです。いつも私達を気遣ってくれて、とても頼りになるお姉ちゃんに頼られたんですから」
「クリス……」
「トニーさんへの連絡はペッパーさんに、その他の戦闘は私に任せてゆっくり休んでください。私の方が強いんですよ?」
「……生意気な妹だなぁ、全く」
「強がりな姉を持っていますからね」
頬を柔らかに緩める千束。焦りは無くなったようで、いつもの余裕綽々な性格が戻ってきていた。と、それもつかの間。千束の視線がイングリスから外れ、両手の指を突き合わせて頬を赤らめた。
「……ねぇクリス。お願いが、あるんだけどぉ」
「? なんでしょう」
「お、『お姉ちゃん』って、もう一回言ってくれない……?」
「おかしなことを言ってないで横になってくださいねー」
「なんだとこのやろー!」
楽しそうにじゃれつく二人。さっきまでの暗い雰囲気はどこへやら。そんな仲の良い姉妹らしいやりとりを、同じ部屋で見せられている人が一人。
「貴女達、私がいること忘れてない……?」
★☆★
「トニーさんに繋がりました?」
「いいえ。でも、場所は特定したわ」
端末に映し出された地図上、海沿いにある埠頭の位置にマーカーが点滅していた。いつだか、ペッパーがトニーに詰め寄って無理矢理端末に仕込んで貰った発信器。
気まぐれに移動するトニーを探すためのもので、最近は使用していなかったが、とても役立っている。
「何故こんなところに?」
「うーん……分かりませんが、とりあえず行ってみましょうか」
「あ、クリス、これ持ってって」
「ありがとうございます。それじゃ──」
イングリスは非常用の窓を開くと、窓枠を蹴って反対側のビルへと跳び移る。千束から受け取ったインカムを耳につけながら、八艘跳びを彷彿とさせる動きでビルからビルへと跳躍し、あっという間に見えなくなった。
思わず悲鳴をあげそうになったペッパーは、ハルクみたいな挙動で跳ねるイングリスを見て力が抜ける。
「さて、私達はトニーさんに連絡を取りましょう」
「そうね……気にしちゃ負けよペッパー、落ち着いて……」
『ペッパー、聞こえるか?』
「っ!?」
跳ねる心臓に手を添えて深呼吸をするペッパー。大きく息を吸った瞬間、トニーへ通信を試していた端末から声が聞こえたため、びくりと肩を跳ねさせた。
「ようやく繋がった!」
『無事そうでよかった。チサトはいるか?』
「はい、トニーさん。なんでしょうか」
端末に身体を近付けて返事をする。無事で良かったと安堵し、胸を撫で下ろした。
『監視カメラの映像を見た。ペッパーを守ってくれてありがとう。後は、僕に任せてくれ』
「……申し訳ないけれどトニー、貴方のいる埠頭に今、チサトの妹が向かっているわ。文字通り『跳び跳ねて』ね」
『何? ……まさか、あの銀髪の子か!』
「はい。テロ組織の親玉がキリアンであることは掴みましたが、トニーさんに連絡が取れませんでしたから。戦力としては申し分ないので、合流したら使ってあげてください。喜びます」
千束の言葉にトニーは数秒の後、大きくため息を吐いた。監視カメラの映像で大立ち回りをしていたが、まだ子供であるイングリスを巻き込みたくはないためだ。
だが、この緊急時、既にトニーの元へ向かっている上に、自陣の戦力が不足していることもあり、躊躇いながらもトニーは了承し、情報交換を始めた。
【イングリス・ユークス(MCU)】
・好きなヒーローはハルクとソー。