AVENGERS:Eyes of Nunnish 作:とむじん
◆1
ニューヨーク、サンクタム・サンクトラム。
この地球を守護するため、魔術師達が管理している聖域の一つ。その他に、ロンドン、香港を基点として魔術的な結界を形成しており、多元宇宙からの侵略に対する防衛を担っている要所。
その入り口に立つのは、聖ホロウ教会所属のシスター浅上藤乃。白杖を右手、紙袋を左手に持ったまま、扉を数回叩く。自動的に扉が開き、藤乃は何も言わずに入館する。
「なんの要件だ、浅上藤乃」
入ってすぐ、2階へと繋がる広い階段の上。アジア系の顔立ちをした恰幅のよい男性が、藤乃へと声をかけた。
「お久しぶりですウォン様。エンシェント・ワン様はいらっしゃいますでしょうか?」
「あの御方は忙しいのだ。アポイントも無く会えるわけがないだろう」
「お土産、お持ちしました。最近できたケーキ屋さんのものです。珈琲に合うと大層評判だそうで」
「……少し待っていろ」
わずかに逡巡したウォンは、険しい顔つきを浮かべて奥へと姿を消した。その間、火のついていない暖炉の前でぼんやりと佇んでいると、後方から足音が聞こえてくる。
「甘味でウォンを惑わすのは止めて貰えますか?」
「お土産を持ってきただけじゃないですか」
振り向くと、禿頭の女性が一人。黄色の衣服を纏い、腕を背で組みながら歩いてくる。
エンシェント・ワン。この星において、魔術師達の頂点に立つ、
「それで、要件は?」
「アニスフィアについて」
藤乃の言葉に、一瞬言葉に詰まる。わずかな間の後、エンシェント・ワンは手を館の奥へと向けた。非常に不本意そうな表情で。
「……はぁ、どうぞお入りください」
★☆★
机に並べられたのは、藤乃の持参した土産のケーキと珈琲。香ばしい香りの中、藤乃は一息ついてから話を始めた。
「先日、アニスが一人で
「それはまた、ファンタジー作品に影響され過ぎでは?」
「魔術師が言うことですか。貴女が連れてきたあの子、魔術の才能は皆無だと言っていましたが……夢への憧れと、そこへ向かう行動力は破格と言っていいでしょう。魔術の知識なんてどこで身に付けたのか……」
珈琲を一口。そしてケーキを一欠片、口へ運ぶ。引き立てられた甘味が広がり、多幸感に満たされる。子供は元気が一番だが、斜め上の行動力は頭痛やストレスの原因となる。心の安定剤としてはうってつけだ。
アニスフィアは良い子だ。けれど、良い子であることと、より良い未来を歩める事はイコールではない。特に、アニスフィアの魔術や魔法に対する執着は、野放しにすれば身を滅ぼしかねない。
「アニスの師になっていただけませんか? 今のあの子には、道標となる師と、正しい知識が必要です」
「それは、貴女でもできるのでは?」
「私の専門ではありませんし……。それに貴女も見えているでしょう? このままだと、『ダークホールド』に触れてしまいますよ」
藤乃の言葉に、眉根を寄せて考え込む。
……数分の間。エンシェント・ワンは目を瞑って溜め息をつくと、その問いに軽く頷いた。
「分かりました。他ならぬ貴女の忠告です。今度、ここに連れてきてください。しばらくは、私の方で預かりましょう」
「助かります。あぁ、珈琲が冷めてしまいますので、一口どうぞ」
そう言って、藤乃は珈琲とケーキを差し出す。エンシェント・ワンはケーキを一口食べ、珈琲を飲む。珈琲の苦味がケーキの甘さを引き立てており、香りも良い。けれど──。
「少し、甘過ぎますね」
「そうですか?」
「今度は、控えめなものをお願いします」
そう伝えられた藤乃は、どことなく嬉しそうな表情で自身もケーキを口に運ぶのだった。
◆2
S.H.I.E.L.D.本部地下、射撃練習場。
隠密任務向きの黒い衣装を着た男性、コードネーム:ホークアイ――本名:クリント・バートンが、遠く壁際にかけられた的を狙い、ゆっくりと弓を引き、手を離す。
空気の流れすら読んだその一射は、風を切る音すら立てずに的の中心へと突き刺さる。再び矢をつがえ、弓を引き、手を離す。それは先の矢の筈を撃ち抜き、いわゆる継ぎ矢の形を完成させた。
更に矢をつがえ、放つ。つがえ、放つ──。それを繰り返し、五枚の的全てに五本の矢で達成された継ぎ矢が完成したあたりで、背後から手を叩く音が聞こえたため、弓を下ろして振り向いた。
「おぉ~、すっごい! 継ぎ矢なんて初めて見た!」
「誰だ……いや、資料で見たな。確か……」
「はじめまして! 錦木千束でっす! トニーさんに案内されて来ました、バートンさん」
屈託のない笑顔。しばらく会っていない娘達の事を思い出してしまう程に、普通の少女のように見える。
だが、資料では弾丸を避ける驚異的な回避能力と、それを可能にする特殊な目を持つと記載があった。事実、ナターシャが引き連れたS.H.I.E.L.D.の部隊を不殺で無力化し、先日はスタークを狙った発熱人間を撃退したらしい。
首にかけている入館証から、正規ルートでここまで来たことは分かるが、スタークの姿が見えない。
「スタークは?」
「さっき長官さんと別室に。先に貴方の元へ向かえと言われたので、スタッフの方にここへ案内してもらいました」
「何を言われた?」
「あ~……私の回避能力と、貴方の弓術、どちらが優れているか試してみないかと誘われまして」
「……」
あまりに下らない内容に言葉がでなかった。だが、スタークなら言いそうだと思い、頭をかいて嘆息する。ニシキギを見ると、どこか申し訳なさそうに両手の指を突き合わせていた。
「あ、でも断っていただいて大丈夫ですよ。元よりトニーさんの独断みたいですし、S.H.I.E.L.D.本部に入館できたことと、バートンさんの弓術を見れただけでお釣りがきます」
「いや──構わない。
「え、本当に……?」
「ああ。だが、矢は先端がゴムの玩具を使うぞ。模擬戦で怪我なんてした日には目も当てられないからな」
「やった! ありがとうございます!」
★☆★
射撃練習場と隣接している模擬訓練室へと移動する。
天井までの高さが4m程の大広間。約2mの壁が迷路のように張り巡らされており、障害物の多い室内を想定した訓練を中心に行う場所となっている。
「あのぅ、ここで大丈夫なんですか?」
ニシキギは心配そうに告げる。確かに、遠距離を得意とするバートンにとって、障害物が多く、高台もないここは実力を十分に発揮できる場所ではない。とはいえ、他の部屋が埋まっていたため、他に利用できる場所はないのだが。
「S.H.I.E.L.D.のエージェントは一芸では務まらないからな。障害物があろうと、矢を外すことはないから気にしなくていい」
「む……分かりました。では、お手合わせをお願いします」
そう言い残し、ニシキギはその場を去った。どこか不機嫌そうな表情をしていたのは、侮られていると感じたからだろう。自信過剰……ではなく、自分の能力を正しく理解しているようだが、さて。
バートンも場所を移動し、T字路の中心に立つ。部屋の中心に設置されたタイマーの数字が徐々に小さくなり、0を示した瞬間に訓練開始のアラームが鳴り響いた。同時に、バートンはその場から駆け出す。
今回の模擬戦のルールは、バートンが放つ五本の矢のうち、三本命中でバートンの勝利。三本外すとニシキギの勝利となっている。制限時間はなし。箱のような全身を隠す備品は設置されていないため、壁を盾に避けることが常套手段となるだろう。
「ん……?」
訓練室の中程、この空間において唯一開けた場所。横道のない約50mの通路、バートンが立つ反対側にニシキギが立っていた。陰に身を隠すのではなく、非常に堂々とした立ち姿。
なるほど、あえて隠れずに勝負をする気のようだ。確かに、制限時間がない以上、逃げに徹するよりは矢の無駄打ちを誘う方が堅実と言えるだろう。
バートンは足を止め、ニシキギと視線を合わせるとゆっくりと矢をつがえ、弓を引く。
狙うは胴体。限界まで引き絞られた弦を手放すと、矢は空気を切って射出された。着弾まで数秒。普通であれば回避が間に合わない速度で飛翔する矢──だが、ニシキギは余裕の動きで体を傾けると、まるで矢がすり抜けるように後方の壁へ当たり、床へと落ちる。
「……なるほど」
矢を避けられたのは初めてだ。だがその動きを見て、バートンは驚きよりも称賛が表に出た。彼女の動きは、矢を見て避けている訳ではない。矢を放つ相手の指の動きや体の傾き、矢先の向きを総合して観察し、弾道から体を外しているようだ。
避けた本人は余裕の表情でその場から動かない。
「では、これは避けられるか?」
バートンは矢筒から残りの矢を四本取り出すと、
それらは真っ直ぐにニシキギへと向かい、うち一本がふらりとよろけ、他の三本にぶつかり、軌道がよれた。花が開くように矢は散開し──壁に反射して、ニシキギの退路を塞ぐように全方位から降り注ぐ。
「はぁ!? 嘘、ちょ──」
慌てて避けようとするも、時既に遅い。一本は避けれたものの、反射した二本と、軌道を修正して真っ直ぐ飛んできた一本の矢を避けられず、それらはニシキギの胴へと突き刺さった。
★☆★
「相手を侮ったことが敗因であるのは……理解しているようだな」
「はい……ごめんなさい……」
すっかり意気消沈したニシキギは、訓練室前のベンチに座ったまま渋い表情を浮かべていた。手合わせ前の会話でバートンの言葉に煽られて、自信過剰となっていたようだ。
「君は俺の部下じゃないんだ、別に謝ることはないが……君を鍛えたシスターも同じことを言っていただろうことは想像できるな」
「うぐ……」
「だが、矢が二回も避けられたのは初めてだった。それは誇っていい。……俺も、どこかで君を侮っていたようだ」
正直なところ、S.H.I.E.L.D.の資料には懐疑的だった。ナターシャがまとめたものだと聞いていなければ、ただの子供として接していただろう。
「もし君や、君の保護者の許可が得られるなら、今後も手合わせ願えるか?」
「へ……?」
「恥ずかしながら、矢を避けられたことで自分の未熟を知ることができた。……神様や緑の巨人を見ていると、自分の実力を正しく把握できなくてな。実力が近い君が相手なら、正しく成長ができそうだ」
「っ……! よろしくお願いします!」
差し伸べられたバートンの手を掴み、握手を交わすニシキギ。身内にスーパーパワーを持つ者がいる同士、更なる高みへと歩みを進めるのだった。
◆3
アスガルド、
6つあるインフィニティ・ストーンのうち、「
第一王子、ソー・オーディンソンは自由を手にアスガルドを離れ、その弟ロキは先の戦いに倒れた。大きな変化ではあるが、それによって仕事が無くなるわけではない。
その中で、ふと
捉えたのは教会。小さな庭の中心に一人の女性が立っており、白杖を片手に洗濯物の入った籠を持っている。か弱そうな見た目とは裏腹に、内側に秘めている強大な力が見てとれる。
ソーにも匹敵する力を持つ女性は何かに気付いたようで、空を見上げた。濁った瞳と、黄金の瞳の視線がぶつかり、ヘイムダルは思わず一歩、後ずさる。
見えない瞳で、ヘイムダルを見つめる女性。自分と似た瞳を身に宿していると気づいたヘイムダルは、警戒のレベルを一段上げる。そして数秒の硬直の後、女性は口を開いた。
『国王に気を付けて』
「なんだと……?」
声は届かずとも、口を読むことはできる。ヘイムダルに届いたのは、そんな忠告とも取れるような言葉だった。その真意を探ろうと女性の心に目を凝らすも、まるでカーテンに遮られたように女性の姿がかき消えていく。
何をもってそのような忠告をしたのか。意図は不明だが、ミッドガルドの一市民であるだろう女性が、アスガルドの混乱のために虚言を吐くとは考えにくい。
「確認が必要か……」
不敬ではあるが、この瞳をアスガルドの国王に無断で使用する。天文台からビフレストを超えて、国の中央に位置する城の上部にある謁見の間。玉座に座り、国を見渡す国王オーディンの姿が瞳に写る。
一見、何もないように見える。だが、わずかな違和感。あの国王が、この距離から私に見られていることに気が付いていない、ということがあるだろうか。
力を集中させ、目を凝らす。すると、微かに国王の姿が
ヘイムダルの瞳を欺く程に強力な幻術を身に纏い、誰にも悟られずに国王の座に就いたようで、その表情は幸福を感じているように見えた。
「──…………」
僅かな逡巡。本来であればアスガルドから離れたソーに連絡をして、ロキを問い詰めた上でオーディンの居場所を聞き出さなければならない。だが──。
あのロキの、幸せそうな表情を見るのは何時ぶりだろうか。覚えているのは、ソーと一緒にアスガルドを駆け回る悪ガキだった頃の姿。
国王の座にいても、悪事を働いている訳ではない。オーディンの治世を引き継ぎ、アスガルドの継続を考えているのは見ればわかる。で、あるならば。
「……まずは、オーディン様を探しましょう」
ヘイムダルは暫くの間、ロキを見逃すことにした。ソーには自由が与えられ、オーディンは行方を晦ました。代わりとなる者がいない上、悪政を敷いていないのであれば、悪戯に民を不安にさせる訳にもいかないと、そう自分に言い訳をして。
「願わくば──」
願わくば、悪戯の神が人の善性を信じられるようになりますように──。
【浅上藤乃(MCU)】
・教会のシスター兼孤児院の院長。
・盲目であり、普段は白杖を片手に生活している。
・子供好き。
・『歪曲の魔眼』
強度や大きさに関係なく、見た対象をねじ曲げることができる力。内臓を直接マッサージして対象の体調を改善することも可能。
・『千里眼』
世界を俯瞰する力。距離に関係なく対象を見ることができ、盲目の浅上藤乃はこれにより世界を閲覧している。