AVENGERS:Eyes of Nunnish 作:とむじん
ある晴れた日、藤乃はいつものように洗濯物の山を教会裏の庭まで運ぶと、物干し竿に吊り下げ始めた。生憎とサンルームなど無いため、晴れの日を狙って干さなければすぐに山となってしまう。
皺が残らないよう軽くはたいて、吊るしていく。普段なら手伝ってくれる家族もいるのだが、ちびっこ達は学校に登校しており、年長組も出掛けている。タイミングが悪く、今日の藤乃は一人だった。
「~♪ ~♪」
どこかで聞いたような音楽をハミングしながら、手際よく洗濯物を干し終えると、腰に手を当てて満足そうに頷いた。天気も良いし、今日はいいことが起こりそうだ。
「さて──おや?」
藤乃の認識範囲内に、以前教会を訪れたナターシャ・ロマノフの反応があった。周囲に二人、人を連れて真っ直ぐここへ向かっているようだ。
その二人の顔を視て、藤乃は笑顔を浮かべる。浮かれた様子で洗濯かごを持つと、足を早めて教会内へと戻っていく。
──やっぱり、今日は良い日だ。
私にとって、最高のヒーローがやってくる。
ではこちらも、お客様をもてなす準備をしなければ。
★☆★
──マンハッタン。
キャプテン・アメリカ──スティーブ・ロジャースは、S.H.I.E.L.D.の同僚であるロマノフの案内で、途中で合流した元軍人サム・ウィルソンと共に、以前から報告を受けていた『聖ホロウ教会』へと足を運んでいた。
発端は、S.H.I.E.L.D.が秘密結社ヒドラに乗っ取られたことを、フューリーがロジャースへ伝えに来た出来事だ。フューリーは襲撃を受けて死亡。誰が敵で味方かも分からず、ここに来る道中も何度か追手を差し向けられており、体はともかく精神が疲弊していた。
さらに、敵の手の中にはスティーブのかつての親友、ジェームズ・ブキャナン・バーンズの姿もある。洗脳されており、スティーブの声にすら全く反応を示さないが、見間違えるはずはない。であれば、救わなければならない。
そのためにはヒドラをどうにかしなければならないが、戦力が足りない。そのため、ロマノフの提案でワシントンD.C.からマンハッタンの教会まで足を運んだ。得体の知れない、だが確実にヒドラではないだろうシスター、浅上藤乃に会いにきたのだった。
「ナターシャ、ここが例の教会なのか?」
「ええ、驚かないでよ。多分、彼女はスティーブのことも、サムのことも知ってると思う」
「まさか。俺がキャプテンと知り合ったのは最近だぞ? ありえないだろ」
「……まぁ、それが普通なんだけどね。じゃ、開けるわよ」
ロマノフは古びた扉を開き、礼拝堂へと進む。その後ろを、ロジャース、ウィルソンの順に入り、中央あたりで足を止めた。礼拝堂の最前列、右端の長椅子に座る一人の女性。シスター服を着た、報告にあった浅上藤乃だ。
藤乃は手に持つ白杖を支えに立ち上がると、礼拝堂正面まで歩き、体をロジャース達へと向けた。
「お久しぶりです、ロマノフ様。お待ちしておりました。お腹の虫はいかがでしたか?」
「ええ、久しぶり。最悪の気分よ」
「後ろの方は──スティーブ・ロジャース様とサム・ウィルソン様ですね。遠路はるばるようこそ。お聞きされていると思いますが自己紹介を。私は浅上藤乃。この教会でシスターをしています」
「……誰か先に連絡してた?」
「いいえ。今日は一度も通信端末に触れておりません」
その言葉に、ウィルソンは冷や汗を流した。わずかに鳥肌がたつ。それを知ってか知らずか、藤乃は以前と同じく、応接室へと案内を始めた。
ロジャースとウィルソンは顔を見合せると、緊張しながらも、藤乃の後ろを歩き始めたのだった。
★☆★
「粗茶ですが」
日本のグリーンティーだろうか。淡い緑色をしたお茶がカップに注がれ、卓上に置かれた。
場所はロマノフが以前案内された応接室、ではなく。普段、孤児院の食卓として使用している広間だった。ロジャースやウィルソンの体格が良すぎて、部屋が使用できなかったためだ。
藤乃はロジャース達の対面に座ると言葉を紡ぐ。
「さて、本日の用件はヒドラに乗っ取られたS.H.I.E.L.D.について、でよろしいですか? それとも──ジェームズ・ブキャナン・バーンズ様の件でしょうか」
「……君は、相手の心が読めるのか? それとも、未来が見えるのか?」
「ほんの少し特殊な『瞳』を持っているだけですよ」
こちらが提示していない情報を、当たり前のように口にする藤乃。対して、こちらの質問は軽くはぐらかされる。
なるほど、これは恐ろしい。話が早すぎる。相対するだけで、こちらの情報を何もかも暴かれそうだ。
一度相対しているロマノフはともかく、ウィルソンはロジャースと共に事前に説明を受けていたとはいえ、実際に体験する異常な感覚に絶句していた。
そんな三人を前に、藤乃はまるで表情を変えず、笑顔を浮かべたままだ。ロジャースは口を堅く結ぶと、藤乃へと答えを返す。
「──両方だ。S.H.I.E.L.D.を取り戻し、バッキーを元に戻す。だが、最優先は『インサイト計画』を止めることだ」
「3隻のヘリキャリアによる衛星経由の索敵と先制攻撃。なるほど、悪用されれば多数の被害が出る結果が想像にかたくないですね」
「……話が早くて助かるよ」
ロジャースは驚くことを辞めた。というよりも、驚いていてはキリがないことを理解したため、努めて気にしないようにした。
「以前の対応について正式に謝罪ができていない上、このようなことを頼むのは心苦しいのだが、頼む。力を貸して欲しい」
フューリーが倒れ、ヒドラがどこに潜んでいるのかも分からない状況。ソーのように雷を落とせず、アイアンマンのようにビームも撃てない生身の三人のみで3隻のヘリキャリアを相手にするのは、難しいだろう。
とはいえ、無関係の相手を巻き込むことになるのだ。ロジャースには、頭を下げることしかできなかった。
そんなロジャースに対して、藤乃は頭を上げるよう促す。
「構いませんよ。お手伝いしましょう。……とはいえ、以前ロマノフ様がここの情報をS.H.I.E.L.D.に報告されていますし、標的にされるであろう子ども達を守らなければならないので、私が直接手を貸すことはできませんが」
「すまない」
「気になさらないでください。代わりの人を派遣します。ただ……要求には対価が必要、ですよね?」
にこりと微笑む藤乃に、3人は喉を鳴らす。知らないはずの情報を知っている、未来予知にも等しい力を持つ女性へと対価。それだけで、彼らには想像もできないものだ。
少々お待ちください、と。藤乃は席を立つと、広間から退出した。しばらくして、何かを手に持って戻ってくる。薄く、白い、厚紙のような──ん?
「その……キャプテン・アメリカのサインを、いただけますか……?」
頬を染め、恥ずかしそうに
そしてウィルソンは笑いを堪えられずに吹き出した。
★☆★
「わ……キャップのサイン、本物……!」
キャプテン・アメリカのサインが書かれた色紙を掲げ、嬉しそうに瞳を輝かせる藤乃。先程までとは打って変わって、緊張していた空気が弛緩する。堅苦しい話し方を忘れて、『キャップ』と愛称で呼ぶ始末だ。
「ろ、ロジャース様、広間に飾ってもよろしいですか?」
「あ、ああ。構わないよ。後、僕のことはスティーブでいい」
「ありがとうございます! では、私のことは藤乃とお呼びください。ロマノフ様、ウィルソン様、お二人もぜひ!」
ロジャース──スティーブに感謝を伝えると、藤乃は広間の椅子を壁際に運び、サイン色紙を飾るための足とした。そんな姿に、ロマノフ──ナターシャとウィルソン──サムは顔を合わせる。
「……見た目相応なところもあるのね」
「なぁ、彼女はこっちが素なのか?」
「さぁ……? でも、彼女がスティーブのファンなのは間違いないわね。もしかして、彼を伝言役に指名したのってそういうこと?」
職権乱用、とは違うが。彼女の様子を見るに、私的な指名であったことは間違いないだろう。シスターであるにもかかわらず、我欲に忠実なようだ。
藤乃は一通りサイン色紙を楽しんだ後、視線を宙へと向けて、小さく呟いた。
「おや、帰ってきましたね」
孤児院の玄関へと駆け足で向かう藤乃。一分も経たずに、二人の少女の背中を押して戻ってきた。
ロマノフは既に顔を合わせている。一人はラファエラと呼ばれていた大鎌使いの少女。もう一人は無造作に灰色の髪を伸ばした少女。こっちは初めて見る顔だ。
「皆様、紹介いたします。こちらはラファエラ・シウバ。そしてこちらは星。私の代理を担当する子です」
「藤乃、なんの話?」
「キャプテン・アメリカに助けて欲しいと頼まれたので、代理をお願いします。報酬としてサインを頂きました」
「いいよ、分かった。頑張るね」
「えー、めんどくさい……。それに何で藤乃が報酬を貰ってるの」
「先日、日本のガチャガチャで手に入れたゴールデンゴミ箱キーホルダーをあげましょう」
「しっ……仕方ないなぁ!」
「というわけで、彼女達をお願いしますね」
「……それでいいのか?」
凄まじい勢いで同行が決まった二人。ろくな説明をしていないのだがいいのだろうかと、スティーブは困惑する。が、片方は以前ナターシャ率いる部隊を壊滅させた戦力だ。大変心強い。
ラファエラ、星の二人はスティーブ達の側に寄ると、元気よく挨拶を交わす。
「私は星。趣味はゴミ箱、よろしく」
「ラファエラ。戦いはあんまり好きじゃないけれど、力になるよ」
「スティーブ・ロジャースだ、よろしく」
握手を交わす。それだけで、二人がかなり鍛えられている事が何となくだが理解できる。確かに、以前の部隊では厳しいだろう。まぁ、彼女達に負けたことで一層訓練に精が出ていると聞いた。ある意味良かったのかもしれない。
二人はナターシャ、サムとの挨拶を終える。戦力は増えた。ヒドラがヘリキャリアを離陸させるまで時間もない。急いで戻らなければ。
「藤乃、助かった。私達はもう行くよ。このお礼はいずれ」
「あ、お待ちください。お伝えしたいことが」
「? なんだろうか」
「ニック・フューリーは生きています」
最後の最後に、とんだ爆弾を投下された。フューリーを知っているスティーブとナターシャは、驚きと共に、納得したような表情で顔をしかめながら手で顔を押さえる。
「そうか、生きているのか……」
「はい。それでは会いに行きましょうか」
「なんだって?」
★☆★
教会地下、訓練施設。
その中に設置された医務室に、包帯でぐるぐる巻きにされたニック・フューリーが横たわっていた。窓の外ではマリア・ヒルが銃を構え、設置された的で射撃訓練を行っている。
「フューリー」
「来たか、キャプテン」
スティーブの声に反応し、フューリーは体を起こした。鈍く緩慢なその動きから、本調子でないことが窺える。
「死んだと、思っていた」
「『敵を騙すにはまず味方から』と言うだろう?」
「……」
「そう怒らないでくれ。死にかけたのは本当だ、キャプテン。君のアパートに彼女が住んでいなければ危なかったところだ」
「……彼女?」
「浅上藤乃の関係者だよ」
フューリーの視線の先、医務室の隅で医療器具を扱う女性。首まである白髪と小柄な体型に白衣、頭部にある狐のような耳が目を引く。
彼女はこちらの視線に気づいたのか、手元の資料から視線を上げると、厳しい表情でフューリーの元へと駆け寄る。
「ダメだよフューリーさん! まだ傷は癒えていないんだから、ちゃんと寝てて!」
「分かった分かった」
「もう! ここに来てから10回は言ってるんだよ! まったく!」
押し倒すようにフューリーをベッドへ寝かせると、スティーブへと視線を向ける女性。体格差がありすぎて、子供が見上げているようにしか見えないが、医者としての仕事をこなしているあたり、成人した女性なのだろう。ただ、頭部の耳が気になってしまうが。
「騒がしくしてごめんなさい、ロジャースさん。でも、フューリーさんも胴体に穴が空く大怪我なんだから、あまり責めないであげて」
「いや……そうだな、すまない」
「そういえば、自己紹介がまだだったね。僕はススーロ。見ての通り地球人じゃないけど、縁があって地球で医者をさせてもらってる。君の事は、フューリーさんから聞いてるよ」
「あぁ、よろしく」
「それじゃ、僕は仕事に戻るよ。フューリーさん、あまり何度も注意をさせないでね」
スティーブと握手を交わし、フューリーに注意をしたススーロは、先程まで開いていた資料に再び視線を落とし始めた。気になる点はあるが、今は後に回そう。
再びフューリーに視線を向けると、側の椅子に腰かけた。
「それで、説明はあるんだろう? それとも、この期に及んで秘密主義を貫くのか?」
「君たちの情報とトレードだ。互いの情報を擦り合わせた上で、キャプテン。君が行く先を決めるといい。このとおり失敗した身だ。今回は、君の指示に従おう」
両手を掲げ、降参を示すフューリー。スティーブは大きく溜め息を吐くと、後ろに控えていたナターシャとサム、協力者の二人を呼び寄せる。
『インサイト計画』を防ぎ、S.H.I.E.L.D.内部からヒドラの構成員を見つけ出し──親友を救う。強く握られた拳は、その意思を表していた。
【ラファエラ・シウバ(MCU)】
・出典『明日方舟』
・バーメイドのアルバイトをしている少女。
・武器は大鎌。折り畳めるため、携帯性に優れる。
【ベクター星(MCU)】
・出典『崩壊:スターレイル』
・趣味がゴミ箱ってなんだよ