リコリスinタルコフ   作:奥の手

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憤怒

 カーディナルホテル東棟の三階。

 階段から数歩進んだ廊下には、わかりやすく仕掛けたワイヤートラップが一つと、そのトラップを解除しようとしたら顔面に金属片が複数めり込み脳まで達する形のトラップが一つ、二段構えで仕掛けられていた。

 

 そして部屋の入り口前には、遠隔操作で起爆できるC4が一つ。部屋の中まで爆風が届かないよう計算されている。こちらも部屋に侵入しようとしている不届き者を廊下の染みに換える装置であった。

 

 それらの堅牢で殺意あふれる罠の先にある部屋では、サイリウムを一つ炊いて椅子やソファに座る二人の姿があった。

 アイゼンとグリゴリー。それぞれのメインアームを手に沈黙を続けている。

 

 グリゴリーは35連マガジンを刺したPPSh-41を、アイゼンはAK101を抱えている。すぐに撃てる状態で。バレル下のグレネードランチャーにもすでに榴弾が装填されている。

 

 臨戦態勢になっているのには訳があった。

 千束とたきなが部屋を出てすぐ、グリゴリーの通信端末がメッセージの受信を知らせた。悪い知らせだった。

 

 不戦協定を無視してエリア内で戦闘行為を行ったものが居るという通知だった。その者がいったいどのような存在かはわからず、装備も所属も勢力も人数もわからない。ただ、この場所が銃から弾を抜いて深い眠りに付けるほど安息の地で無くなったことは確かだった。

 

「グリゴリー」

「なに?」

 

 サイリウムの暖色に照らされている、アヒルのようなガスマスク越しにくぐもった声でグリゴリーは返事をした。

 アイゼンが自身の足元に置いているRPD軽機関銃を指差して、

 

「使えるか」

 

 一言確認した。

 

「……」

 

 グリゴリーは数秒黙り、ソファから立ち上がりながらPPSh-41をその場に置いて、

 

「持ってみてもいいか?」

「あぁ。引き金は引くなよ」

 

 アイゼンの足元のRPDを抱え上げた。そしてすぐに下ろした。

 

「重い。無理」

「そうか」

 

 グリゴリーはソファへ戻り、まるでお守りのようにPPSh-41を両手に抱えて顔を上げる。ややため息交じりに一つ息をついてから、

 

「そろそろ千束たちは合流したかな」

「報告待ちだ。黙ってろ」

「もしかしたら襲われてるかも。ここの不戦協定を破る奴らなんてまともじゃない」

「この街にまともな奴は残っていない。もう一度言う。黙っていろ」

 

 冷たいアイゼンの言葉に、グリゴリーは押し黙った。見ようによっては先ほどより体が縮こまっているが、アイゼンには関係ない。意にも介さない。

 

 直後、アイゼンのヘッドセットに通信が入った。

 相手からの音声が入るときの、電子的なノイズがまず最初に耳に触れる。数秒の砂嵐。そのノイズに交じってかすかに聞こえる呼吸音。

 不規則で、不安定で、消える前のろうそくのような息遣い。

 

 アイゼンはこの音を憶えている。

 忘れたくとも忘れられず、忘れるべきではないため片時も記憶の隅にはおいていない。

 

 アイゼンは口を堅く結んだ。瞬間的に手のひらが熱を帯びる。胸のあたりに覚えのある不快感が生まれる。

 記憶の中のノイズと呼吸音が鮮明によみがえる。かつての相棒の、死ぬ間際の声がよぎる。息遣いがよぎる。

 

 知っている音。知っている状況。できれば繰り返したくなかった、しかし避けることの難しい現実。

 通信機からは、十代の少女の声がした。

 それはひどく弱った、

 

『──たす、けて』

 

 簡潔な〝報告〟だった。

 

 あの時ステッチは。

 長年連れ添った相棒は、森の中で死ぬ直前まで敵の情報を遺していた。

 分隊の勝利のため。隊長であるアイゼンの生存のため。

 

 通信機から聞こえた弱々しい少女の声に、アイゼンは額に青筋を立てた。

 

 何処まで行っても、死ぬ間際になっても、やはり子供は子供。自分のことしか考えていない半端者のお荷物。

 銃を持っていながら土壇場で大人に助けを乞う未熟者。

 

 腹の底から業が煮え立つ。心臓が鼓動を早め痛みすら覚える。

 

 怒り。形容するなら、アイゼンに沸き上がったのは怒りだった。

 誰に対してか? 

 

 アイゼンは自問した。千束にか? 敵の報告を怠っている千束に対してか? 

 

 否。それは違った。

 

 アイゼンは自答した。この怒りの矛先は明らかに自分へ向いている。

 学習能力のない自分の判断に。

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 ステッチを失ったときと同じ状況を作り出してしまっている自分に対して、アイゼンは自覚なく拳を握り締めた。

 グローブの中で血色を失い、白くなっていく拳は自分にもグリゴリーにも見えていない。

 ただ、握りしめられたグローブが音を立てる。

 

 自分の部下が死の淵に立つ。

 

 そんなことはこれまでの人生で何度もあった。死なせた部下の数も両手の指では収まらない。

 これもそのうちの一つであると、合理的に切り捨てることはすぐに頭に思い浮かんだ。

 

 天秤に乗せたのは二つの選択肢。

 ヒュージーの依頼を反故にするか。それとも命を危険にさらしてまで、わざわざ死にかけの子供を助けに行くか。

 

 ──ばかばかしい。

 実に滑稽である。迷う余地もない。

 合理的に考えて、取るべき行動など一つしかない。

 

「……」

 

 アイゼンは通信機の回線をつないだ。千束とたきなのヘッドセットに自身の声が届くように。

 ゆっくりと息を吸い、極めて抑揚のない冷たく無機質な声で千束からの通信に応答した。

 

「今行く。待っていろ。────死ぬな。死んだら許さんぞ」

 

 親より長く共に過ごした部下(ステッチ)が死ぬ間際には言ってやれなかったことを、アイゼンは通信機に唸って立ち上がった。

 

 直後に廊下のワイヤートラップが爆発した。

 

 ○

 

「おわ、何ですか今の音? ちょっと、ハンクさん」

「ん? おお、たぶんグレネードだな」

 

 カーディナルアパートの三階。紅茶の残り香が部屋に漂う一室で、二十代中頃の男二人が顔を見合わせた。

 

「え、グレネードって、でもこの辺りは夜明けまで戦闘禁止のはずじゃ」

「そんな口約束を守るお利口さんが何人いるんだって話だぞルーク元上官殿。戦闘準備だ。アーマーと銃を用意」

 

 無駄なく、素早く、手際よく。休息から戦闘態勢へ移行するハンクとルークの間には、緊張と弛緩のちょうど中間のような空気感があった。

 

 今すぐ血を流すような撃ち合いにはならない。慌てる必要はない。

 それがわかっているからこそ、念入りに戦闘準備を進めた。休息状態から闘争状態への頭の切り替えも含んでいる。

 

「隣ですかね?」

「だろうな。ホテルの方だ。ただあれだろ? アイゼンたちとの合流は今夜なんだろ」

「えぇ、事前の話では」

「んじゃアイゼンのグレネードかもしれねぇな。あの人めちゃくちゃ爆発物好きだから」

「なんてものをお好きで。というか仮にアイゼンさんだったとして、何と戦闘になって……あ」

「まっくろくろすけのお出ましじゃねぇかなぁ。情報ガバガバだろマジで。誰か売ってんじゃないの」

 

 TX-15にマガジンを刺しながら嫌そうにつぶやいたハンクと、リグの救急セットを念入りに確認するルーク。

 銃、アーマー、ファーストエイド、そしてヘッドセットを装備。

 

 お互いに装備の不備がないことを二十秒で確認し終えて、部屋出入り口のトラップを外す。

 

 ホテル側の建物で、激しい銃撃音が響いている。銃声の種類が異なることから複数名が絡む戦闘なのは間違いないとハンクもルークも確信した。

 

「で、どうするんです?」

「戦闘支援のことか?」

「はい。というか支援なんですね」

「そりゃそうだろ。だって無理だもん。俺いやだよあんなドンパチやってる部屋の中で戦うの。それともあんたが行くか?」

「いやです」

 

 苦笑いを浮かべながら首を振るルークの肩を小突いてから、ハンクは南の方角を指差した。

 

「この建物一帯の南側から回る。通りに出るはずだから、そのままホテルの東側を陣取ろう。なんかテラスみたいな建物があったはずだから、そこの上か下に潜り込んで石炭野郎のケツに二つ目の穴をあけてやろう」

「わかりました。行きましょう」

 

 二人は部屋から慎重に出て、廊下を進み、階段を下り、アパートの外へ出た。建物の東側は現在戦闘中と思われるホテル側からの射線が通っているので、不要なリスクを避けるために西側に張り付いて移動する。

 

 そのまま南へ。片側3車線の比較的大きな通りを、アパートの壁沿いに進む。

 

 断続的に響くホテル内の銃声が、だんだんと射手を減らしているのか散漫なものになっていった。

 歩道が少し高くなっている。階段に散らばる空のドリンクカップを踏みながら、ハンクは感慨深げに言った。

 

「どっちかが勝ってるな」

「いや当たり前のこと言わないでくださいよ」

「そりゃそうだ」

 

 小さく笑みを浮かべながら階段を登り切り、植え込みの向こうに広がる通りの景色とごみの散乱する広い歩道をいっぺんに視界に収めたハンクが、急に拳を掲げて姿勢を低くした。

 ルークも遅れず真後ろで身をかがめる。

 

 足を止めた。姿勢を低くした。ということは何かが居る。それは多くの場合人で、さらに言うと銃弾をこちらに撃ち込んでくる敵である。ルークは生唾を飲み込んだ。

 

「どうしたんです、ハンクさん」

「……いや、なんだ? あれ。撃つなよ」

 

 小声でハンクがつぶやく。数十メートル先。宵闇の中、四倍にしたスコープ越しに道の真ん中で横たわる何かをまじまじと確認する。どうも人間が二人倒れている。

 ハンクの記憶の限りでは、片方をかばうような体勢で折り重なっている死体をこの街では見たことがなかった。警戒と興味の割合が半分半分の中、ハンクは折り重なっている人影を夜目の効く眼で確認した。

 

 そして、

 

「おぉ……めっちゃ可愛い女の子だぞ。もったいねぇ。下にいるのも、あれは女だな。めずらしい。今じゃ絶滅危惧し──待て、生きてるぞ」

「え? 生きてる? 罠ですか?」

「いや分からん。でも上の娘が今動いた。まだ息がある」

「助けましょう。というかもしかしたらアイゼンさんの分隊員かもしれません」

「は? なんで」

「ヒュージーさんの情報では、分隊構成員に女性を含むと」

「それを先に言えばか! 助けるぞ!」

 

 ハンクはそういいながら駆け出すと、車道には出ずアパート南側の出入り口に体を隠した。ルークもすぐ後ろに控える。横たわる二人を挟んで東側からの射線を大幅に切る位置取りだった。

 ハンクの行動に怪訝な顔でルークが囁く。

 

「言ってることとやってることが矛盾してますよ。助けるんでしょ?」

「大局の見過ぎで現場の詳細を知らないのがあんたの悪いところだぞ元指揮官殿」

「耳が痛い」

「大通りのど真ん中で倒れてるってことは、狙撃手にやられたって線が濃厚だ。今出ていったらそいつの思うツボだぞ。餌に釣られてハチの巣にされる間抜けになりたきゃ行ってこい」

「じゃあどうすれば」

「向こうがあの位置を撃つならよぉ」

 

 ハンクはTX-15のレールに乗せている、可変倍率スコープに右目を落としながら口角を上げた。

 

「そいつの頭は俺の目にも映るってわけだ」

 

 




ちさたき、ガチムチPMC達に囲まれ始める(語弊)

気が付いたら今話で100話目のようです。
別に何か記念の回にしようということはなく、いつも通り人が死んだり死にかけたりしているタルコフ市の日常をお送りします。

まぁでも活動報告くらいは書こうかねぇ?
こんなに長く書いている作品、実は初めてだからねぇ。
お暇であれば、ご飯でも食べながらペロッと見ていってくださいな。
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