リコリスinタルコフ   作:奥の手

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家を引っ越したんですよ(唐突)
なんでそんなことわざわざ言うのかって?

すまない時間なさ過ぎて今回は幕間なんだ。そういうことだよ(陳謝)


幕間:ある男の非日常⑤

 料理が好きというのはあながち嘘ではない。

 非番の日には必ず満足の行く一品をこしらえていたし、そのための準備や下調べも楽しみだった。

 

 だからこの、身分も国籍も過去も経歴も全てを捨てて〝タルコフ市の住民〟をやるというのは、ある意味では別の人生を楽しめていると俺は思っている。

 法も秩序もない街で、メシ作りが好きな中年男。

 そういう役割も悪くない。

 

 ただ仕事は仕事だ。

 公私の区別がとにかくないのが今の仕事だが、国に忠誠を誓った以上〝人生が仕事〟であるのなら、今この瞬間も仕事だろう。

 仲間がガキみたいな女と二階のベットで運動しているのを待つのも仕事だ。

 あいつはあいつで〝仕事〟をしている。

 俺も一つやっておくか。

 

「ハチ、と言ったな」

「なんだ?」

「これを持っていけ」

 

 俺はポケットに突っ込んでおいたスモークグレネードを二つ渡した。

 取引相手のハチという男は、もしかすると昔は警察関係者だったんじゃないかと余計なことを思ってしまうほど真面目そうな顔つきをしている。

 その男は、怪訝な表情で二つのグレネードを受け取った。

 

「これは?」

「スモークだ。一つは緑、一つは白煙。もし俺たち地元住民の助けが必要な時は緑を使え。逆に自分たちでなんとかできるなら白だ」

「……? そんな取り決め聞いたことないぞ」

「あんたらが千束とたきなに合流する地点は、俺の地元なんだよ。あの辺じゃ常識だ」

「そうか」

 

 納得したようだ。ハチは頷きながらスモークグレネードを自分の装備の取り出しやすい位置に収めた。

 

 真っ赤な嘘でもこの格好でロシア訛りの英語なら信憑性が生まれる。

 そして〝緑なら助けを得られる〟の部分は本当だ。

 

 ハチはタバコを一本取り出して火をつけた。そのまま流れるように箱を差し出して、

 

「礼だ。吸うか?」

 

 俺に一本、受け取らせた。

 久しく吸ってなかったけどな、たまにはいいか。

 一本受け取って、ライターを借りた。

 

 紫煙を燻らせる時間は嫌いじゃない。無言の言い訳ができる。ただ、この一本で二階の馬鹿が()を終わらせて降りてくるほど時間を稼げるわけじゃない。

 俺は近くの椅子を手繰り寄せて座った。ぼんやりと警戒がてら外を眺めておく。

 

 

 ここに来る前に近づいていた人間はすべて排除した。そう簡単に新手は来ないし、死体は手付かずだから群がるならそちらだろう。わざわざ息のある奴にちょっかいをかけるバカはそういない。

 

「なぁ、聞いてもいいか?」

 

 ハチが口を開いた。

 

「内容による」

「それ。あんたロシア人だろ? 英語が上手いんだな」

「そうだな」

「なぜだ?」

「英語くらいアフリカの田舎村でも一人はしゃべれる。俺は料理の勉強で留学していた時期もあった」

「あぁ、そういうことか。本職は料理人か」

「そんなところだな」

「んで今はスカブか」

「まぁそういうところだ」

「……情報屋をやってんのには何か理由が?」

「特にない。お前はあるのか? USECをやっていた理由」

「そりゃ……」

 

 ハチは喉元まで出ていた言葉を、途中で切って飲み込んだ。

 タバコを一吸いして、地面に灰を落としながら俺を見る。

 

「あんたが情報屋として成功しているのはよくわかった。そうやるんだな」

「別に狙ってないぞ。ただ、ハチ、今後は気を付けた方がいい。この街で〝情報〟は命より価値がある」

「覚えておくよ」

 

 乾いた笑みを浮かべたハチに、俺も釣られて口角が上がった。

 

 ○

 

「グリーンだな」

「しゃぁねぇなぁ」

 

 夜のタルコフ市中心街。

 ビルの屋上から双眼鏡で300メートル先の交差点を観察していると、緑のスモークが立ち上るのが見えた。

 俺は出発の用意をする。隣の相棒も、もう出る。

 

「ほいじゃあよ、いっちょ助けに行くか」

「そうだな」

「イレーネちゃんが死んじまったらもったいないからよ。お前もどうだ? 無事救出できたら俺から言っといてやるよ」

「遠慮しておく」

 

 幼児体系に興味はない。

 だが貴重な情報源を失うのはヒュージーからの評価が下がる。どのみち助ける必要がある。

 

 ビルの非常階段をまっすぐに下りながら通信回線をつないだ。

 

「アルファ3より司令部へ。支援対象から要請あり。これより武力介入を開始する」

『了解。花が両名負傷しているとの情報あり。可能であれば彼女たちの身柄も確保しろ』

「了解」

 

 ビルを出てすぐにブラックディビジョンの連中を捕捉した。

 ハチと交戦しているのはこいつらなのか? 

 

 いや、位置が離れすぎている。どのみち殺すに越したことはない邪魔な連中なので何人か始末してもいいが、疑問が残る。

 ちょうど同じことを考えていたらしい。

 防毒マスクをこちらに向けて、前を行く相棒が首をひねった。

 

「ハチとイレーネは何と戦ってんだ?」

「さぁな。だが新手だろう。BDも何人か殺しつつ現場に向かうぞ」

「あいよ」

 

 ブラックディビジョンの連中を相手するためにクラス5(高貫通)の装備をヒュージーが送ってくれた。

 見てくれはその辺に落ちているAK-74だがな。弾が違う。これなら奴らの頭に何が乗っていても関係ない。

 

 ……いや、ずいぶん人数をそろえているなブラック共。これじゃ救出が遅れる。邪魔で仕方がない。

 

「奴ら全員を相手にする時間は──」

「無いだろうなぁ。適当に遊んでやろうぜ。こっちの通りに出ているのだけでいいだろ」

「あぁ」

 

 急ごう。

 仕事が山済みだ。

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