ホテル南棟の三階。南の通りに面した部屋のドアを爆破して入室し、割れているガラス窓から交差点を狙撃できるようハンクとルークは陣を構えた。
TX-15を両手で抱え、路面電車手前と交差点付近を可変倍率スコープ越しに観察していたハンクが、驚きの声を漏らす。
「女の子二人のところにスモークだ。こりゃ拉致られるぞ」
ハンクの後ろで、衛星通信電話を改造して作った小型の通信端末を、床に置いてせわしなく操作していたルークが顔を上げる。
「止められますか?」
「視界不良で下手したらあの子たちに当たる。でもホテル側と撃ちあってるみたいだから、東の狙撃手と北の何某に挟まれてこっち側に逃げ……お、ほらな。来たぞ。撃てる」
ハンクの目には、一人の男が少女を抱えてこちら側に走って来る様子が見下ろせた。セーフティは解除している。後は照準を合わせて引き金を引けば、男は死ぬ。
「MCXか。好きで使ってんならまぁまぁの手練れだな。弾の入手が難し──ん?」
引き金に人差し指を触れて、上下に揺れる男の顔面に照準をぴたりとそわせて移動させている時、ハンクは怪訝な声を漏らして指の動きを止めた。
何か違和感がある。状況に対してどうも腑に落ちない気がした。
このまま発砲すれば、少なくとも男は殺せてアイゼンの分隊員と思しき少女の身柄は確保できる。
何も迷うことはないと頭ではわかっているが、
「……うー……ん?」
本能が引き金を引くことを拒否していた。
昔の話。
森の中で父親と狩りをしている時。自分がまだ12か13歳だったころ。
獲物を見つけて狩ろうとした。ちょうどよく親子で歩いている鹿だった。トリガーに指の腹を当てて呼吸を止めたとき、父親が声をかけてきてライフルを明後日の方向に押しのけた。当然、そんな状態では撃てない。
〝まだ子供が幼い〟
父はそれだけを言い残して移動し始めた。鹿の親子はもうその時には居なかった。
当時はなぜ絶好のチャンスをものにしなかったのかわからなかった。撃てたはずだし、運が良ければ二匹分の肉が手に入った。
父親のことは尊敬していたし、だからこそ反抗はしなかったが、若干の憤りを腹に抱えていたことを思い出した。
今ならわかる。
あの言葉の意味が分かる。
そして、今この状況で父の言葉を思い出したということは、恐らくきっと偶然ではない。
そういう〝勘〟がする。
ハンクは引き金の人差し指を伸ばして、しかしレティクルは走ってくる男に向けたまま一層深く観察した。
顔、体、足、装備。どこでも撃てる。もうすぐ自分の真下に来る。その後は背中が見えるだろう。
さぁどうする。
「……」
ハンクは男をなめるように観察する。隅から隅まで〝違和感〟を探っていく。
そして男の手を見たとき、自分の抱いた違和感の正体と父の言葉を思い出した理由が分かった。
男は、少女の頭を守るように抱えていた。体の前で赤子を抱くように。
もし人間を拉致するならば肩に担ぐのが楽である。負傷兵は首の後ろに回すとこれも楽に運べる。
男の運び方はそのどちらでもない。まるで災害現場から要救助者を運び出すかのような丁寧な運び方だった。
ただの。
ただの拉致者がそんなことをするか?
「…………そうか」
自問自答の結果、ハンクは男のすぐ近くに一発銃弾を撃った。
弾は地面を穿ち、明後日の方向に穴をあける。男は路面上で止まることなく、すぐさま脇の店舗へと入った。ちょうどハンクたちのいるホテルから道向こうの店舗へ。
店の中へ入るとき、男はこれもまた少女を優先して守るような動き方をしていた。自らが通りに背中を向けて、少女のバイタルをかばうように。
「ルーク、アイゼン部隊の人数に変更はあったか?」
「無いですが、どうも我々とは別で合流の予定があったそうです。人数は二人。〝イレーネ〟と〝ハチ〟という元USECです。お知合いですか?」
「ハチってのは聞いたことないがイレーネは知っている。小さい体でデカい男を何人も投げ飛ばしていたらしい。あと口が悪い」
「元は研究所襲撃のメンバーでした。アイゼンさんと同じ部隊です。報告では部隊から離反したと聞いていましたが、どうやら合流の動きがあったみたいです」
ハンクは一度大きく銃を動かしてグリーンスモークの方を見た。スモークは晴れて元の景色に戻り、そこに横たわっていた少女二人の姿はなく、代わりにブラックディビジョンの死体がある。
「なるほどな。つまり下にいるのはハチってやつだ。しかも敵じゃない」
「現時点では味方でもないので、接触は危険ですよ」
「でもこのままだと黒炭野郎どもにやられちまうぞ。アイゼンのところの女の子の名前は分かったか」
「〝ちさと〟と〝たきな〟と言うそうです」
「下にいるのはどっちかな~まぁどっちの名前も呼べばいいか。とりあえず呼び掛け──」
移動するために立ち上がった時、ホテル中庭のほうで手榴弾の爆発音が聞こえた。続けて銃声。複数種類の連射音。
「……いや、こりゃあっちが優先だわ」
「?」
ハンクが低い声で唸り、その言葉の意味が分からずルークは怪訝な表情で眉をひそめた。
「なにを?」
「あれ、今のがアイゼンだとしたらあの人たぶん苦戦している。部隊の人数はここへ来た時点でアイゼン入れて四人だったんだろ?」
「はい」
「そのうち二枚が落ちて、今アイゼンと居る奴が相当優秀なら困らねぇけど、そもそも居た建物から移動しながら投げ物を使っている時点であの人は
「支援が必要ということですね」
「そうだ」
ハンクは、下ろしていたバックパックから戦闘に使うものを引っ張り出して詰められるだけリグに詰め込んだ。回復、弾薬をありったけ持っていく。
「石炭野郎どもにちょっかい出してくるわ。アイゼンの使っている通信回線がわかったら繋いでくれ」
「お任せください。三分で用意します」
ハンクは頷き、部屋から足早に飛び出した。
薄暗い部屋の中でハンクを見送ったルークは、小さな端末につないでいる持ち運び用キーボードを地べたに座ったまま止まらず叩き続けた。
○
「ちくしょう、何が非戦闘地域だ。思いっきり撃って来てるじゃないか」
おそらくジュエリーショップだったと思われる店舗に身を隠したハチは、店の奥の小部屋に千束を寝かせた。
悪態を吐きながらも自らの止血帯や栄養剤で治療を試みる。千束の体は手も足もぐちゃぐちゃで、これでは完全に回復するまで何日かかるかわからない。
「……」
その顔をしっかりと見るのは初めてだった。
アッキーから話は聞いていた。この街にそぐわない信念で動き、そのおかげで腹をラプアマグナムで撃たれたアッキーは助かり、自分も顔面に散弾を受けたが〝ゴム弾〟だったから助かった。
奇妙なことだ。
こんな子供がこんな街に入って、いったい何をしているのか。
探し物をしているらしいが、それは見つかったのだろうか。広い街だ。そう簡単には見つからない。見つける途中で何度もこうやって死にそうになるだろう。ともすればあっさりと死ぬ。
「……なんなんだろうな。お前たち」
情報屋が切り札まがいに名前を出してくるほどには、この少女たちは街の有名人になっている。
いったい何をやらかしているのか。誰と、何と関わっているのか。そもそもなぜこの街にいるのか。
きっとろくでもない事情があるに違いないが、やめようと思ってもやめられないことも事実だろう。
そんな子供が助けを必要としている。
イレーネも、自分も、もはや知らぬ存ぜぬでは通らない関わりを持っている。
ハチは千束の負傷箇所全てに包帯を巻き終わり、体を部屋の隅に移動させて近くにあった段ボールをかぶせた。ぱっと見は何もいないように見える。
「さて……誰が敵で、誰が味方なのかね。アイゼンってやつも、俺は顔を知らないからなぁ」
それでも戦わなければいけない。
銃を手に、敵と見定めたものを殺し、味方と確定したものを助け、手を組み協力する。
まずはイレーネの回収か。それともホテルから撃ってきたやつを排除するか。
ハチはMCXのマガジンに弾を込めながら考えた。二本くらいはフルマガジンを作っておきたい。
「……」
イレーネは強い。多勢に無勢はあるかもしれないが、グリーンスモークも使った。情報屋が助けに入ることを信じるのが良しか。
そうなれば、
「ホテルだな」
上から撃ってきた、どこの部屋かはわからないが恐らく単独か二人組の狙撃犯。排除するに越したことはない。あの位置でのさばられてはイレーネ達との合流にも支障が出る。
ハチの腹は決まった。撃ってきたホテルの人間を殺す。
マガジンに.300ブラックアウト弾を込め終えてリグに刺したハチは、立ち上がって一度千束を見た。
「……命を助けるためには、結局他の命を奪わないといけない。君を助けるためだったとしてもだ」
一瞬。
ハチは自分が警察の制服に袖を通していた頃の記憶をよみがえらせた。
口角を自嘲気味に上げて、軽く肩を揺らす。〝昔の話〟は、今はもう色あせている。
店舗から飛び出して道向こうのホテルへと入っていった。
〝もうやめて! 私のために争わないで!〟Lv100
いくら千束でも目のハイライト失くしそうな戦局ですね。