水曜更新は死守します(平身低頭)
ルーク・コンバイスが残った部屋は、まともに使える照明がなかった。
天井の照明は穴だらけになっており、デスク上の白熱灯も粉々に砕けていた。そんな暗闇の中で携帯式キーボードを打ち続けるためには、わずかでも明かりはあった方が良い。
ルークはオレンジ色のサイリウムを発光させて胸のリグに刺した。これで手元は見えるし、デジタルではなくアナログでやり取りをしているメモも確認することができる。
ハンクが部屋から飛び出して二分が経過した。目立った銃声が建物内からは聞こえてこない。それもそう。ハンクは姿と気配を消して攻撃をすることに長けている。
逆に真正面からの戦闘は不得手であり、まして建物内での室内戦は訓練での成績も悪かった。それをルークは記憶していた。
わざわざアイゼンを救出するために、ブラック・ディビジョンの前に姿を晒すことはしないだろう。
そして心配も無用だ。あの人はやり遂げる。
ルークは自分の仕事に一層専心した。
状況はすでに想定より大きく乖離しており、また事前に集めていた情報とも違っている。
この場所が非戦闘地域に設定されていたことは事実である。しかし現実はそんなもの御構い無しの襲撃を受けている。
それは、つまり。
〝非戦闘地域に設定されている〟という情報そのものが罠であった可能性まで考えられた。
となると関わっている組織のどこかが裏切っている。あるいは敵対組織に利用されている。
ルークはあくまで個人で動いており、ハンクはその相棒。仲間。正直なところ、それ以外のつながりは信用に足るものではない。
〝チェルノボーグ〟も〝ヒュージー〟もその他雑多な情報屋も、等しく手放しで協力できるような者たちではない。適切な距離感と、節度のある利用が不可欠である。
そして今するべきことは三つ。
一分以内にアイゼンとの直接通信を繋ぐ。現在この場所で誰と誰の勢力がぶつかっているのか把握する。最後にこのままアイゼンと合流することが本当に自分の利益になるのか見直す。
情報を渡してきているヒュージーの指示通りに動いてこの混乱状態である。ブラック・ディビジョンにもおそらく漏洩している。ヒュージーの仕業でなかったとしても落ち度である可能性は捨てきれない。
「どうしましょうかね…………」
ルークはキーボードを叩く手を止めずに、声にならないくらいの小さなつぶやきを漏らした。
直後。
部屋の出入り口で足音がした。ヘッドセットがその音を拾った時、出入り口から細長い銃口がすっとこちらに向けられる瞬間をルークは視認した。
一瞬の判断。
ルークは右に飛び込んで重厚なデスク下に身を隠した。間髪入れずにサイレンサーで減音されたくぐもった銃声が数秒。ルークが元いた場所とその後ろの壁を穴だらけにした。
デスクにも数発打ち撃ち込まれた。スチール製の天板を遮蔽物にするためにあらかじめ倒しておいたのが正解だった。
ルークは手足と腹部を手で弄る。出血跡なし、痛みもない。
負傷箇所はないと判断。心臓がバクバクと早鐘を打つのをなんとか必死に意識の端に追い込んで、リグから手榴弾を取り出した。
撃ってきたということは少なくともハンクではない。
しかし誰なのかわからない。アイゼンと合流予定のハチやイレーネかもしれないし、情報屋かもしれない。ブラック・ディビジョンだったら最悪だ。
殺して良いと確定していないのがかなりきつい。ルークは脳の回転数を一気に上げた。
M4が手元にない。あったとしてもこんな室内で戦闘のプロを相手に勝ち目はない。悪あがきにもならない。
最適解と、少なくとも最悪を回避するために何ができるか考える。考え続ける。そして情報を集める。ルークは耳を研ぎ澄ませた。
銃声が止まっている。足音が室内に入ってくる。おそらく一人だけ。出入り口付近に気配もない。
ルークは決断した。手榴弾の
同時に、転がした方と反対側から飛び出す。
敵は一瞬で手榴弾とルークの姿の両方を捉えていた。ライフルの銃口がルークに向いたが、その前にルークの手が敵の銃に触れる距離だった。
──このまま銃を手で押さえつけて引き倒す。もし殺さなければいけない相手だったらナイフで刺す。
ルークの頭の中ではそういう算段だった。
敵の銃口にもうあとコンマ一秒で手が触れるところで、敵はライフルを床に向けた。体にぴたりと密着させるように。銃本体を引く。ルークの手は虚しく空を切った。
敵はライフルを体につけたまま、突進してくるルークに足払いをかけた。バランスが一瞬にして崩れたルークに、敵が体幹をぶつける。地に足のついていないルークは、突進方向からやや斜めに逸れて吹っ飛んだ。壁に体と頭を強打して鈍い音が広がった。
「ぐぅ」
肺の空気が瞬間的に全て吐き出され、情けない音が静寂と暗闇の部屋に響く。直後、ルークのリグに刺したサイリウムを踏みつけるように敵はブーツでルークの上体を床に押し付けた。
踏まれる直前にルークは敵の顔をサイリウム光で視認。
吐き出した空気を取り込む隙間がないほど胸を踏みつけられ、ルークの視界はあっという間に滲んだ。
「動くな」
敵が落ち着いた声で囁く。ライフルの銃口がぴたりとルークの眉間に付く。
「っ…………こは…………ま…………」
「質問に答えろ」
「わ…………わか…………」
わずかに吸える空気で発声。そしてもう勝ち目はないのと〝争う意味がない〟ことを確信したルークは、両手を頭の横に持ってきて手のひらを見せた。降参。
それだけでも相手に意図が伝わったらしく、胸を踏むブーツの圧力がほんの少し弱くなった。敵が英語で囁く。
「一人か?」
「いえ…………ごほ……っ…………仲間がいます」
「今どこだ」
「中庭の救援に向かいました」
「…………救援?」
「合流したい人間がいます。アイゼン・ウント・ブルートさんと言います。あなたもそうでしょう? ハチ・フロストロイトさん」
「…………」
名前を、それも本名をフルネームで呼ばれた男────ハチは、ルークを踏みつけていた足をどかして二歩下がった。MCXのセーフティは解除したままに、銃口を下げて左手を差し出す。
「悪かった。敵ではないようだな」
「我々は……ごほ……協力できる存在です」
ハチの差し出した左手を握り返し、ルークは体を起こして立ち上がった。頭を振って胸をなでおろす。
「私の名前はルーク・コンバイス」
「…………作戦本部に所属していたか?」
「はい。ですが今は関係ありません」
「だな。めんどくさいのはナシでいこう。上官扱いされたいか?」
「勘弁してください。でも、護衛してくださるとありがたいです」
「ご存知の通り戦えませんので」と軽く笑みを浮かべながら、自らの携帯キーボードと通信端末の元へ歩き戻ったルークに、ハチは先ほど転がされた安全ピンの抜かれていない手榴弾を拾い上げて返した。
受け取りながらルークは怪訝な顔で、
「なぜ手榴弾が爆発しないと判断したんです? この暗闇じゃ見えないでしょう」
「自分で投げた爆発物の前に自分から躍り出る奴はいない」
「あ……」
ハチは苦笑してから、MCXのマガジンを取り換えた。
「護衛は任せろ。何から守ればいい?」
「はい。まずはブラック・ディビジョンです」
「なんだそれは?」
「黒装束の部隊です。テラグループの私設部隊で、これまで秘匿されていました。私を含めたUSEC上層部や研究所襲撃メンバーを消すために動いています」
「…………なんだそりゃ」
「詳細はまた話します。ハチさんはこの部屋をなんとしても死守してください。アイゼンさんの分隊と通信を繋ぎ、連携は私が行います」
ハチは頷き、MCXの薬室をチェック。確実に給弾されていることを確かめてから部屋の出入り口に立った。振り返らずにつぶやく。
「お手並み拝見だぜ指揮官殿。それと、急いでくれ。大事な友達が待っている」
ハチの言葉にルークはしっかりと頷いた。
そして端末のキーボードを叩き、数秒して通信回線を開く。
「ハンクさん、そのまま。合図から五秒後にアイゼンさんと通信を繋ぎます。活用してください。こちらは〝ハチ〟さんと合流しました」
『了解』
「通信終了────今」
ルークの端末に、横棒のゲージが伸びる。パーセンテージがちょうど五秒後に100%になった。
ルークが小さく息をついた瞬間。
南側通りの交差点。
〝ちさと〟と〝たきな〟という少女が倒れていたポイントから一番近いカフェで。
その店内で。
夜の街に重苦しく反響する爆発音が轟いた。ちょうど、グレネードランチャーから撃ち出される40mm榴弾と同じ音が。
ルークくん、ここまで生き残ってこられたのは相当運が良かったからかもしれない。