リコリスinタルコフ   作:奥の手

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代理戦争

 今から数年前。アイゼン・ウント・ブルートとハンク・リーシャの出会いは何も特別なものではなかった。

 USECの中でも実働部隊、とりわけテラグループにとって直接的な利益をもたらすための作戦行動────半ば違法な活動を行う分隊指揮官としてアイゼンが登用された頃に、ハンクはその分隊員として加わった。

 

 物怖じしない言動。フランクで大ぴらな性格。多少上官への言葉遣いや態度に難があるという評価だったが、そこに目を瞑れば部隊のムードメーカーとしてもマークスマンとしても優秀な結果を残していた。

 

 アイゼンがM4を握って作戦に従事すると、訓練だろうと実戦だろうといつも誰かが負傷する。あるいは芳しくない結果になる事に一早く気が付き〝M4は握らない方がいいんじゃないか〟と進言したのはハンクだった。

 

 淡白で無機質で、何を考えているのかわからないアイゼンになんの気兼ねもなくハンクは話しかけ続けた。最初の二週間はアイゼンも冷淡な態度で返していたが、休憩でも食事でもいつもアイゼンの隣にいたのはハンクとステッチだった。

 

 アイゼンが非番の日に隊舎に押しかけたのも、ハンクとステッチの二名だけであった。

 ハンクが酒を、ステッチが肴を。まるで役割がいつもそう決まっているかのように、仕事で抜けられない日を除いてこの二人はアイゼンの部屋へ毎度のように押しかけていた。

 

 本来であれば士官と一般隊員の部屋は棟で分けられており、自由に出入りできるものではない。

 ハンクもステッチもそれは承知の上であえて〝入室できるカラクリ〟を深くは調べなかった。

 

 真相は単純である。

 アイゼンが本部に許可をもらい、この二人を〝研修〟の名目で非番時に士官の棟へ出入りすることを認めていた。それだけの話である。

 つまりアイゼンも、わざわざ口にすることはしなかったがこの二人と懇意にすることに抵抗はなく、表情や態度にこそ出ることはないが二人と過ごす時間を良いものとしていた。

 

 アイゼン・ウント・ブルートとハンク・リーシャは数ヶ月に渡り同じ隊で行動を共にしていた。しかし契約戦争末期にはハンクが別の部隊の選抜射手として転属したため、研究所襲撃のメンバーにハンクは含まれなかった。

 以後隔絶されたタルコフ市内では指揮系統を別にしている部隊との連絡はとれず、今日までアイゼンとの通信も途絶えていた。

 

 ◯

 

「たとえ鎮痛が効いていたとしても、さすがに足の切断時は痛みが走る。これを噛んでおけ」

 

 布切れを取り出して、アイゼンはグリゴリーに噛ませた。グリゴリーは先ほどとは違う理由で涙を流し、顔面を蒼白にしている。

 

 アイゼンが腰からM-2ソードを抜き出す。

 グリゴリーの足は膝頭から下が装甲車と地面との間に挟まれている。つまり、膝関節から断ち切れば骨をわざわざ砕いて柔らかくする必要はなく、不要な痛みに苦しめられることも無防備な時間をさらけ出してしまうことも避けられる。

 

 しかし、だとしても麻酔もなしに足を切断することが何の苦痛も伴わないわけではない。この街で〝鎮痛が効いている〟というのは〝全く痛みから解放されている〟ことと同じではない。我慢ができる、動ける、意識は失わない。その程度のものである。

 

 過呼吸気味に咥えた布をあぐあぐと噛みながら天を喘ぐグリゴリーにアイゼンは、

 

「いくぞ」

 

 短く合図をしてから躊躇いなくM-2ソードを振り下ろした。

 

 グリゴリーの膝関節と靭帯を断ち切る。一刀にして両断された右足に、アイゼンは素早く確実な止血処理。患部に対してこの街で有効な治療を施す。すなわち、部位が欠損してもどういう原理かは不明だが時間と共にまた生えてくるように処置をする。サージカルキットを使う。

 

 グリゴリーの口から布切れを抜き取る。唾液が線を引いて伸びるのを表情一つ変えずにアイゼンはそのまま布を放り投げた。

 

「終わったぞ。気分は」

「最高。シャワー浴びたいね」

「ここにはない」

「…………慰め方下手すぎない?」

 

 グリゴリーの震えと安堵が混じった声は無視して、アイゼンはハンクに通信を繋げた。

 

「状況は」

『こっちにスナイパーがいるって気が付いたら、敵さん頭引っ込めたぜ。俺の位置は割れていない。でも敵は増え続けている。南棟に退避をオススメするね』

「わかった。南に移動する。合図したら援護を頼む」

『了解』

 

 素早くグリゴリーの体を背中に回して、自身のAK101を側面に固定。敵への反撃はハンクに一任してそのまま南側方向に退避の方針をとる。

 

「今」

 

 アイゼンの走り出しと同時に、北側の敵から数発の発砲音が聞こえたが、南棟のどこからか響く減音された発砲音と共に敵の発射音も止まった。走ること十数秒。中庭西側に少し伸びている、南棟にも一続きになっている建物内部にアイゼンは転がり込んだ。何発かの追撃があったが当たってはいない。負傷ゼロ。退避は成功した。

 

「建物内に入った」

『そのまま南の端まで行って、階段で三階へ行ってくれ。南の通りに面した部屋がとりあえず俺たちの拠点になっている。ハチって男が合流してるから、撃たないでくれよ。MCXを持っている』

「了解だ」

 

 建物内部。そこは高級マンションのエントランスであり、かつては豪奢で清潔で、見る者には憧れを、所有者には優越感を提供するに足るワンフロアだった。今は空き缶や新聞や生ごみや食べカスや血痕や薬莢がところかまわず打ち捨てられている。視界のどの部分にもゴミや汚れが映る。どこにでもあるタルコフ市内の荒れ果てた光景。

 

 鼻の奥をかすめるゴミの臭いにアイゼンはわずかに顔をしかめながら、グリゴリーを背負い直して止まらずに走り続けた。

 

「…………」

 

 グリゴリーは。

 大きく、筋肉質で、頼もしく、何より見捨てずに命を救ってくれた男の背中に、そっとバレない様に額を押し付け大きく息を吸った。

 埃と血と硝煙と、わずかな汗臭さ。それが、

 

「……ありがとう、アイゼン」

 

 それが、グリゴリーの記憶に深く刻まれた匂いだった。

 

 ◯

 

 非戦闘地域であるはずのカーディナルホテルで立て続けに戦闘が起こっているという報告を、ヒュージーは地下の指揮所で処理していた。

 

 アリの巣のように伸びている地下通路。その一角の四畳半ほどの小部屋には、オフィスデスクとパイプ椅子が一つ。デスクの上には書類の山と軍用通信機、モニターが二枚。そしていくつかの銃器。

 

 ヒュージーはモニターに映るアイコンとポイントを眉間に皺を寄せながら睨んでいた。

 直後、現場から司令部へ通信が入る。カフェ至近のアイコンが通信の接続を示す。

 

『チャイルド1よりマザーへ』

「どうした」

『チャイルド2が死亡。第三勢力の介入を確認。指示を』

「敵の位置は」

『カフェ交差点より東と推測。距離、人数不明。グレネードランチャーの使用を確認』

 

通信機から一度手を放し、ヒュージーは舌打ちを一つ。そしてモニターを見て二秒で判断し、一秒で決断した。

 

「チャイルド1、および全隊通達。作戦エリアより撤退。ケース3状況開始」

『了解』

 

 通信を終えて、深いため息と共にヒュージーは腕を組んだ。背もたれに体を預けてパイプ椅子を軋ませる。

 

「…………例の武器商人か。随分と雑な接触だが、何を焦っている?」

 

 モニターを睨む。口を指先で摩り、思案を広げる。

 そして一つ頷き、口元の手をデスクの上のフラッシュドライブに伸ばした。

 

「しかし我々を〝認知〟しているな。────優秀な連中だ。ハンス商会さんよ。これを取り返したくて仕方がないんだろう」

 

 流暢な英語でつぶやき、口の端に笑みを浮かべたヒュージーはそっとフラッシュドライブをデスクに戻して通信機を手のひらに転がした。スイッチにはまだ触れていない。

 

「いつの時代も」

 

 手元の通信機に目を落とす。笑顔は煙のように消えた。

 

「我々は他人に戦争をさせるのがお家芸なのだろう。お相手もそのようだが」

 

 さして面白げもない様子で吐き捨ててから、ヒュージーは通信機の回線を開いた。

 

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