リコリスinタルコフ   作:奥の手

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検問所

 伐採場を後にした三人は、西の森を進んでいた。右手の数十メートル先には未舗装の道が見えており、進行方向と同じ、つまり西の方角へ伸びている。その道を目印に進み続ける。

 

 千束の顔は浮かなかった。行動に現れるほど落ち込んではいないが、たきなから見た千束の目は悲しげだった。

 助けた命が失われること。助かったはずの命が途絶えること。なにより、自分がいれば失われなかった命が、自分が立ち去ることで消えてしまうこと。

 

 どうにもできない理ゆえに、行き場のない悲しみを千束は抱えていた。たきなは、どうしたものかと考えたが、今すぐにどうにかすることはできないと結論づけた。

 

 木々が立ち並び、腐葉土と砂利の混ざった地面をしばらく歩いていくと、右手に見えていた未舗装路が鉄のフェンスに遮られている一角に出た。

 

 黒いSUVが一台止まっている。乗り捨てられているのかドアが開いたままである。すぐ傍には事務所のようなプレハブ小屋。道を分断するように伸びているフェンスとゲートから、ここが検問所であることが伺えた。

 

「千束、調べてみますか?」

「そうだね。何かあるかも。ジャックさんは周囲を見ててもらっていい?」

「あぁ」

 

 千束とたきながプレハブ小屋の中へ入る。ジャックはペーペーシャの安全装置を外して、小屋の外で周囲を見張る。

 

 事務所の中にはスチール製のドロワー、武器が入っていたであろう横長の木箱、机と椅子、いくつかの書類が残されていた。

 たきなが机の上の書類、千束が武器箱やドロワーを漁る。

 

「千束、こっちの書類には伐採場への資材搬入履歴が残っていました。それ以外は特には何も」

「こっちにもマッチとか弾とか入ってるけど、特に大事そうなのはないね」

 

 めぼしいものはなかった。そう簡単に何かが見つかるわけではない。このような森の中の一施設に期待をするほうが難しいのかも知れない。

 

「ジャックさん、中は特に何もなかったよ。マッチいる?」

『もらっとこう。今の所敵は────いや、まて、スカブだ』

 

 ジャックからの通信に、千束とたきなは一瞬にして警戒体制に入る。それぞれの銃を構えて、別々の方角を注視する。

 

「位置は?」

『プレハブ小屋の北側。距離は百ってところか。二人いる。武装まではわからない』

「そちらに向かいます」

 

 たきながプレハブ小屋を出てすぐ真北の方角をスコープで覗く。赤いレティクル越しに、二人の人間が見えた。

 一人はショットガンらしき銃、もう一人はダストカバーの外されたAKを持っている。ウッドストックである。民生品なのか軍用品なのかまでは判別がつかない。連射してくることを想定したほうがいい。

 

 スコープの中に捉えているスカブ────緑のベストに、ライダースーツのような赤と白のカラフルな服装をしている、ショットガンを持った男が、こちらを見た。目が合う。たきなは一瞬息を呑み、スコープを覗いてレティクルを男の膝に固定したまま叫んだ。

 

「気付かれました! 撃ちますか!」

『了解たきな、膝だよ。なるべく殺さないで』

「任せてください。この距離なら……!」

 

 たきなは息を止めてボルトアクションライフルを安定させる。そしてその瞬間に引き金を引いた。

 重くくぐもった音が周囲に渡る。マズルから噴射ガスと共に.338ラプアマグナム弾が発射される。弾は狙い違わずショットガンの男の右膝を撃ち抜いた。赤い霧のような血があたりに飛び散り、男がガクリとふらつく。

 

 すぐ横にいたAKの男が、撃たれていることを悟って走り出した。検問所から見て北西の方へ、そこには遮蔽となる岩が転がっている。

 

 たきなはすぐさまボルトを操作して給弾、逃げるAKの男にレティクルを合わせるが、男は岩の裏まで辿りついてしまった。すぐに出てくる気配はない。

 

「千束、北西の方角、丸い岩の裏に逃げました。右側は私が見ています」

『了解。今向かってる』

 

 千束の背中が見える。全速力で走っていく千束を横目に、たきなは男が入っていった方向を注視し、警戒する。その時、

 

「たきな、新手だ。南の方から二人。スカブだぞ」

 

 すぐ隣にいたジャックが南の方角にペーペーシャを構えながら言い放った。ジャックの言葉は千束にも通信で聞こえている。挟まれた。

 

「千束、南の敵に対処します」

『了解。こっちはやっとくから、やられないでね』

 

 すぐさま銃口を下ろして南に転身したたきなは、スコープを覗く前に左目で敵の位置を探った。

 

 検問所の南に広がる森の中。木と木の間に広がる薄暗がりの空間の中に、動きのある二人組が見えた。距離はこちらも百メートルほど。

 スコープを覗いて詳細な情報を得ようとする。その瞬間。

 

「っ!」

「たきな! 伏せろ!」

 

 ジャックが叫び、その声を聞く前にたきなは自らその場に身を投げた。頭上を弾が飛んでいく。南の森のスカブが発砲してきた。

 二人ともAK、それも民生品の単発武器ではなく、軍用のフルオートモデルである。弾が数発過ぎ去った後、たきなとジャックは立ち上がり、プレハブ小屋裏に退避する。

 

「俺のペーペーシャじゃあの距離は当たらない。近づくか?」

「いえ、無闇にこちらから動くと千束が孤立します。ここで食い止めましょう」

 

 そう話していると、千束の向かった岩の裏から銃声がする。単発のAKの音。5発ほど響いた後に、1発、千束のKSGショットガンの音が聞こえてきた。

 

 すぐさま千束から通信が入る。

 

『こっちはクリア。南の方はどう?』

「発砲されました。当たってはいません。二人ともフルオートのAKを持っています。この場から狙撃して止めます」

『了解。まかせるよ』

「千束は敵の手当てでもしててください。あとで南の方もお願いします」

『忙しいねぇ』

 

 千束から少しばかり明るい声が発せられた。自分が手当に忙しいということは敵が死んでいないということ。たきなが殺さず無力化してくれるということ。その事実が、千束には少し嬉しかった。

 

 千束が北側で足を打たれた敵の元へ駆け寄り、敵のバックから止血帯を取り出して手当てしているのを、ジャックは振り返って少しだけ見ていた。

 すぐに南の方へ顔を向け、プレハブの横から様子を伺う。

 

 たきなが反対側の壁際へ行き、ちらりと顔を出す。すぐに森の中に敵の姿を見つける。

 ボルトアクションライフルを構えて、男の足へ照準を合わせる。太い血管がなるべく通っていないところ。それでいて行動不能にさせられる場所。

 膝、もしくはそのすぐ下。あるいは、足が撃てないなら肩、武器、脇腹。そういう場所を撃つことになる。

 

 男がしゃがんだ。草むらに隠れて足が狙えない。プラン変更。男の右肩を狙う。運が良ければ、男が構えているAKごと破壊して無力化する。

 

 男の構えるAKの銃口がこちらに向いている。視認されているかもしれない。時間がない。ここで止めねば、自分が撃たれる。

 たきなは迷わず引き金を引いた。くぐもった重い銃声がなり、弾は豪速で敵に向かう。一瞬で到達し、

 

「…………よし」

 

 男のAKと、男の右上腕に弾が当たる。AKに当たった弾が逸れて上腕に当たった。AKは銃口からハンドガードまでパックリと裂けてあたりに部品を撒き散らし、使い物にならなくなる。男の上腕も、もうあれで銃は構えられないだろう。

 

「千束、一人無力化しました。もう一人は…………」

 

 すぐに索敵。しかし、もう一人が見当たらない。すぐ近くにいたはずだが、右にも左にも姿が見えない。スコープを覗いて拡大して探る。それでもいない。

 

「…………もう一人は、逃げたみたいです」

「追うのか?」

 

 ジャックがたきなのすぐ後ろまで来て南の方角を一緒に睨んだ。ジャックの目にも敵は映らない。

 

「いえ、深追いはやめましょう。敵の方が地形に詳しいです」

「そうだな」

 

 反撃される危険性が増す。そう判断し、後追いはしない。たきなは立ち上がり、千束に通信を飛ばす。

 

「南の敵の手当てに行きましょうか?」

『そうだね、お願い。こっちはもうすぐ終わるよ』

「了解です。ジャックさん」

「どうした?」

「ついてきてもらっていいですか? 周辺の警戒をお願いしたくて」

「あぁ、いいぞ」

 

 二人とも歩き出す。小走りで開けた道を横断して、肩を撃った敵の位置まで移動する。敵はその場から離れようとしていたが、血が出過ぎているのかふらつき、その場に膝立ちになっている。

 

 たきなが近づき、ロシア語で叫ぶ。

 

「殺しませんから、大人しくしてください」

 

 ボルトアクションライフルを油断なく男に向けたまま、歩み寄る。男は膝立ちのままたきなの方を睨み、恨みがましい目で訴えかけた。

 

「動かないで。治療します」

 

 男の背後に周り、バックパックを下ろして自分の止血帯と鎮痛剤を取り出す。男はバックパックを背負っておらず、医療品を持っていないようだった。

 

「何をしている…………てめぇ……あ? 女か……?」

 

 手当てをされながら男が喋る。かなり訛ったロシア語で、たきなは最初聞き取れなかったが、

 

「黙ってください」

 

 そもそも敵の言葉を聞く気がなかった。男は黙った。男の目線は、ジャックの持つペーペーシャに向けられていた。ジャックはそのことに気付いていない。

 

 腕の血が止まる。鎮痛剤を注射して、包帯を巻いた。応急処置は完了である。

 

「終わりました。殺さないであげますから、いくつか質問に答えてください」

「あぁ? なんでだよ。んで俺がそんな頼み」

「お願いします」

 

 たきなはボルトアクションライフルを体の脇にやりながらサイドアーム、M&Pを抜いて男の後頭部に突きつけた。

 

「実弾入りです。別に言うことを聞いてくれなくてもいいんですが、私は博愛主義者ではありません」

「ちっ…………」

 

 男は、頭に銃を突きつけられているにも関わらず落ち着いていた。肝が据わっているのか、慣れているのか、その両方か。しかし抵抗するそぶりは見せず、大人しくその場にあぐらをかいた。

 

「さっさとしろ」

「日本の企業から依頼されて、システムのアップデートファイルを作っている会社の所在地を知っていますか」

「知らねぇ」

「タルコフ市がこうなる前、あなたは何をしていましたか」

「工場の製造ラインだ。工場地帯に会社がある」

「では工場地帯のことについて聞きます。今の工場地帯は避難民の集まりがあると聞きました。本当ですか」

「本当だ。だが避難している人間も大方死んだ。殺し合った。残ってるのは俺らみたいなごろつきか、運のいいやつだけだ」

「システムを作っていたり、システムを作る会社に詳しい人物は知っていますか」

「知らねぇよ。もういいだろ」

 

 たきなはひとつ頷いて、特に収穫がないことに閉口しながらもあきらめた。どのみち工場地帯へは行かなくてはならない。そうでなければ進めない。

 たきなは注意深く男から一歩離れて、M&Pをホルスターにしまおうとした。その時、男の方から話しかけられた。

 

「ようお嬢ちゃん。お前日本人か?」

「? そうだとしたらなんですか」

「日本は世界で一番安全で平和なんだってな。こんな場所とは天と地ほどの差だ」

 

 男が左腕を体の前にやる。たきなはしまいかけていたM&Pをもう一度握り直し、男に向けた。

 

「ここは地獄だぜ。お前らみたいな、撃った敵の治療をするようなやつは見たことねぇ。なぜだかわかるか?」

「知りません。興味もありません」

「みんな死ぬからだよ」

 

 男は懐に隠し持っていたナイフを抜き、ジャックめがけて投げた。5歩ほど離れたところにいたジャックは、男を見ていなかった。そもそもジャックにはロシア語がわからない。男の様子がおかしいことに気がついていたのはたきなだけだった。

 

 真っ直ぐに投げられたナイフは、刃先を向けてジャックの首元めがけて飛んでいった。俊速であった。同時に男が立ち上がり、振り返ってたきなの方に向かってくる。

 

 たきなの判断は、

 

「ふっ!!」

 

 早かった。息を素早く吐き、飛んでいるナイフに一瞬で銃口を向け、片手で引き金を引く。

 

 周囲に9mm口径の甲高く乾いた音が1発響き、その銃声にかぶさるようにして金属音が響いた。ジャックめがけて飛んでいたナイフが空中でぱっきりと二つに砕けて飛び散る。続けざま、たきなはこちらに向けて突進してくる男に銃口を向けて、一瞬、ためらった。引き金を引く手が遅れた。

 

 スローモーションで目の前の男が突っ込んでくるのが脳内で処理される。男の右手には、隠し持っていた2本目のナイフが握られていた。鈍く銀色に輝く刃先がたきなの腹部めがけて迫る。あと二歩。あと一歩。腕を伸ばせば刃先が届き、アーマーリグの繋ぎ目、鉄板の入っていない脇腹に滑り込むようにしてナイフが突き立てられ。

 

 バララララララララララララ────ッ! 

 

 もう後1ミリもないところ、たきなの脇腹が裂かれるその数瞬手前で、ジャックのペーペーシャが火を吹いた。

 銃口からチカチカとマズルフラッシュが光り、無数の弾が高速で吐き出される。銃口の向く先はナイフを突き立てんとしていた男の頭。胸。脇腹。腕。腰。

 

 横から、ジャックのペーペーシャは、男の上半身を蜂の巣にした。たきなが数歩後ずさる。男が弾の波に飲まれるかのようにして右側に体が崩れていく。崩れている途中も、そして完全に崩れて地面に横たわった後も、ジャックはペーペーシャの引き金を弾き続けた。

 

 時間にして五秒もない出来事であった。M&Pを握るたきなの前には、頭が原型を留めていない男の死体が横たわっている。ジャックが構えるペーペーシャから、その銃口からはゆらゆらと陽炎がたちのぼり、向こう側に見える視界を歪めている。サイト越しに見ていたジャックは、なおも、ペーペーシャの銃口を男に向けたまま動かさなかった。

 

 さらに五秒。男がもう二度と立ち上がってこないのを確認して、やっとジャックは銃をおろし、たきなを見た。

 たきなも銃口を下す。ホルスターにしまい、ボルトアクションライフルを体の前にする。

 

「殺すしかなかった」

 

 ジャックが呟いた。その声に罪悪感は含まれていない。至って平静の、全く普通の声で、当然のように殺した男の姿を見る。

 

「えぇ。ありがとうございます」

 

 たきなの声も落ち着いていた。その目はとても冷ややかであった。冷たく、凍てつくような目で、ぐちゃぐちゃになった男の死体を見る。

 

「…………私は、千束ではありません。人を殺すことに罪悪感を覚えません。ただ、千束のために殺さないだけです」

「そうだろうな。そうなんだろうなとは思っていたよ。まぁ、殺したのは俺だ。今朝も言ったはずだ、俺は殺すと」

「それでかまいません」

 

 たきなは顔を上げて、北の方角を見た。千束が周囲を警戒しながらこちらに向かっているのが見える。

 

「千束には私から話します」

「それがいいな」

 

 二人はお互いに顔を見合わせて、笑いもせずに頷くと、千束の方へ歩いて行った。

 

 太陽はいつの間にか一番高いところを過ぎて、あとはもう傾いていく一方である。昼過ぎと夕暮れの中間の時間。

 木々の間から差し込む光は、どこか仄暗く感じられた。

 

 

 

 

 

 




感想、評価ありがとうございます!!
みなさんからのメッセージが通知欄につくたびに狂喜乱舞の大喜びです。筆が乗るってもんだぜ! 
さぁ、タルコフしよう(違うそうじゃない執筆しろ)
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