話し合いの結果はシンプルなものだった。
まずたきなを救出する。これが最優先事項。
ヒュージーからの依頼達成のためにも奪還する必要があり、ヒュージーもそれを望んでいる。アイゼンとの間で救出のために物資が必要となればそのバックアップをする取り決めがされていた。その通りに手配済みである。
ルークが一瞬、ヒュージーの〝手厚いバックアップ〟の話を聞いている時に眉根を寄せたが、すぐにうっすらと笑みを浮かべた知性を思わせる表情へと戻った。
たきなを救出するための情報収集。まずはここから始まる。
同時進行でブラック・ディビジョンを退けることと、
「…………荷物、回収したい」
おずおずと手を挙げた千束の意見もあった。
千束とたきなのバックパックがない。おそらくホテル前の交差点に落としている。
「私、心臓がバッテリーで動いてるんだ。予備の充電がないと長くは活動できなくて、だから回収したい」
何の話かわかっている者と、今一つピンと来ていない者との間で温度差が生まれた。イレーネは唇をかみ、アイゼンはほんのわずかに目を伏せた。
わかりやすいタイムリミットである。
人間の死ぬ理由が銃弾だけとは限らない。
病気や老衰は、たとえ街が終わっても継続してその人間の人生を左右する。人生の終わりが唐突に訪れるのか、あるいは予測できる範囲で終わってしまうのか。死は究極この二択でしかなく、予測できる範囲のものを引き延ばすための努力があるのあらば惜しむ理由はない。
「あとどのくらい持つの?」
イレーネの問いに、
「たぶん、あまり動かなければ一か月くらいは持つかな。ここまでちょっと運動量多かったから、正直どれくらい残ってるかわからない。荷物が回収出来たら残りの稼働時間とかも測定できるんだけど」
千束は淡々とあまり感情の乗らない声で返答した。聞きようによってはまるで他人事のような説明。
足を負傷しており、どのみちこれが回復するまで数日を要する。
その後はたきなの救出へ動くとして、それよりも先に心臓のバッテリーを充電する必要がある。たきなの救出を先にしてしまうと千束が死ぬ。
壁に背をもたれ、腕を組んだハチが緩慢な動きで顔を上げて千束をまっすぐに見た。
「……もし荷物がすでになかったり、砲撃でめちゃくちゃになっていたらどうするんだ?」
まっとうな疑問。
「どうしよう」
それに千束が答えることはできない。答えようがない。どうすればいいのかわからない。
自分の命のある限り、できることをできるだけやる。そういう言葉が頭によぎったが回答になっていない。
千束が目を伏せて言葉を詰まらせていると、事務椅子の上でグリゴリーが中空を見ながら「あ」と声を上げた。視線が集まる。
「そのバッテリーって、要は生体用の電極があって、電圧の調節ができればいい?」
「それは……うん。たぶん」
「じゃあアテがある」
グリゴリーはルークを見た。
目が合ったルークが、はじめ何のことやらと言った様子でわずかに首をかしげたが、すぐに気が付いた。はっとしたように口を開けて、
「あぁ……えぇ、グリゴリーさん、わかります。たぶんあると思います。ですが」
「壊されてるかも?」
「そのように我々は指示した経緯がありますね」
「使える確率はどのくらい」
「そのままでは0です。変電装置と生体用プラグは別の場所に保管されていると報告がありました。離れた位置にあるものはどうとでも言い訳ができるので、無駄に壊す必要はないと判断していました。つまり──」
室内の人間から集まった視線に応えるよう、ルークは一度見渡してから簡潔に述べた。
「千束さんの心臓を充電するバッテリーが回収できなかった場合、テラグループの地下研究所へ行けば同じことはできるかと」
○
話し合いから半日後。
アイゼンを分隊長とする七名、うち戦闘要員五名、非戦闘員二名の集団は、コンコルディア集合住宅の地下駐車場事務所から上層階の居住エリアへと移動した。
ヒュージーの部下や関係者が警備をしているとはいえ、散発的に侵入者やゴロツキが近づくことに変わりはない。なるべくまとまったエリア、同じ階層の隣り合わせの部屋で、いったん男女を分けて負傷者の回復と情報収集が始まった。
地上三階の家族向け物件。寝室は三つに分かれており、イレーネ、千束、グリゴリーはそれぞれ一つずつ部屋とベットを確保できた。男性側の事情は自力で移動できない千束にはわからなかったが、様子を見てきたイレーネは「向こうは向こうで楽しそうよ」と涼しい顔をしていた。本当かどうかは分からない。
裏切りが起きない保証はない。きっと誰もが拳銃ないし主装備のマガジンを抜くことはない。ただ千束は、イレーネの雰囲気やしぐさ、そして一緒に行動していた数日間から確信に近いものを得ていた。少なくとも自分には牙を剥かないと。
まず物資の補給、調達。
次に荷物の回収。
並行して行うたきな救出作戦の準備。
行動の方針は決まった。それに、ルークとアイゼンからは〝今夜にでも千束の荷物の回収に動く〟と伝えられた。時間が空けばそれだけ回収できる確率も下がる。たきなの救出も遅れればそれだけ生存率が下がる。
「……」
千束は、カーテンが閉められ、ガラス窓に大きなテーブルが立てかけられた薄暗い寝室のベットの上で、包帯の巻かれた動かない両足に視線を落とす。
たきなの救出へ自分も行けるかはわからない。
定期的にこの街で有効な回復を行っている。それを持ってしても、数時間後に走り回れるということはまずない。
間に合ってほしい。一時間でも早く動けるようになってほしい。
千束は手元を見た。
吉松シンジからもらった拳銃が両手に収まっている。
リコリスとしての仕事の証。錦木千束のために存在する、唯一無二の武装。人を助けるための銃。
これだけは残っていた。
「……」
ホルスターにしっかりと包まれていたこれだけは、失くさずに手元にあった。それ以外のものはほとんど失った。
非殺傷弾の予備は身に着けていたリグの中にあった物のみ。拳銃弾がマガジン四本分。12ゲージは十発ほど。それで全部。
そしてKSGショットガンはあの交差点で失った。非殺傷弾の予備もバックパックごとなくなった。しかしもし、バックパックを回収できれば弾は戻ってくる可能性が高い。
この街であの弾の存在価値はほとんどない。必要としているのは千束のみで、また命中率の著しい低さからも、そもそも運用できるのは自分しかいない。
でも、それでも。
「……どうやって、戦えばいいんだろ」
返ってこないのが普通だろう。
口をついて出ずにはいられない。
先生からもらった特注の弾。これがなければ実弾を使うしかない。それは、つまり。
人を殺す。傷つける。自分の中で引いている一本の線を明らかに超えてしまう。
もちろんしっかりと急所を外せばその限りではないかもしれない。たきなはいつもやっている。実弾で、なるべく殺さずに、しかし無力化は徹底して。
それがマネできれば苦労はしない。たきなは射撃が上手い。誤魔化しようのない事実。
目と鼻の先まで接近することで撃ち勝つ自分では、そもそも戦術のレベルで埋まらない違いがある。
実弾を使うことの心理的な壁。
到底超えられそうにない。
「……」
拳銃のマガジンを抜く。弾頭の赤が目に留まる。この弾に、どれほど自分の心と体を救われているか。
あと三十発。このマガジンを含めて五本。それが、残りの戦力。自分が自分らしく戦える残りの数。
マガジンを拳銃に戻して、千束は長く息を吐いた。たきなが聞いたら、きっと小言を添えながらさりげなく心配してくれるんだろうなと、ふと頭をよぎった。
ちょうど、その時にドアがノックされた。千束は拳銃から手を放し、軽く両の頬を叩いて気持ちを切り替える。勤めて明るい声で「はーい、どうぞ。あいてますよー」と入室を許可する。
「お邪魔するよ」
ドアの向こうから現れたのは、トレーに湯気の立つマグカップを三つ乗せたイレーネだった。
むさい男どもが集まっている場所をイレーネが「楽しそう」というと一種の誤解が生まれそう。何がとは言わないけど。