「お邪魔するよ」
部屋へ入ってきたハンクとルークは、女子三人が何やら話し込んでいた空気の残る室内を見回して、
「……邪魔しちゃった?」
ルークと顔を見合わせながらイレーネに聞いた。
「いや、別に。でも何話してたかなんて野暮なこと聞かないでよね」
「そりゃ、まぁね。紳士ですから」
「よろしい。で? 何の用?」
千束、グリゴリー、イレーネが一つのベットを分け合う形で座っており、ハンクとルークは立ったまま三人の方へ口を開いた。
「今後の予定が決まった」
「三時間後に出発します。メンバーはハンクさんとアイゼンさん。目的地はカーディナルホテル。行動目標は〝千束さんの荷物の回収〟と〝ヒュージーさんからの支援物資の回収〟です」
「物資はここに届けてくれるわけではなくて?」
「はい。この場所が逃がし屋の勢力下にあることをほかの連中に知られたくない、と言っていました」
「めんどくさいわね」
うんざりするように息を吐きながらマットレスに仰向けで身体を投げたイレーネに変わって、グリゴリーが怪訝な表情で首を傾げた。
「なんで二人しか行かないんだ」
「この場所の護衛が必要だからです」
「……誰がするの」
「ハチさんとイレーネさんです」
「アタシ武器持ってないわよ」
イレーネが仰向けのまま少し頭を傾けてルークを見た。視線を向けられたルークは一つうなずきながら、
「この建物にもいくつか使われていない武器が残っていました。多少ですが弾もあります。残念ながら医療品はほとんどないので、可能な限り戦闘は避けてほしいです」
「だって千束ちゃん。守れだの戦うなだの、やっぱりUSECの指揮官は言うことにクソがこびりついてるね」
腹の底からわざとらしく大きなため息を吐いた。
暴言で同意を求められた千束は苦笑いしながら、しかしハンクとルークに礼を言い、
「この足じゃ正直戦力にならないから、イレーネさんとハチさんが居てくれるのは心強いよ」
「建物自体を守っている逃がし屋の勢力は、あくまでこの場所の護衛であって千束さんやグリゴリーさんを危機からカバーする存在ではありません。あと、たぶんあまり技術もない人たちのようです。雇われ、でしょうね」
ルークは肩をすくめて頬を掻く。
建物入り口や中庭に点在する薄汚れた私服の人間は、お世辞にも武器の扱いに精通しているとは思えない。それは千束も同感だった。おそらく地元住民のうちヒュージーの息がかかった者が集められている。元は一般市民だ。一人二人はヒュージー直属の部下が居るかもしれないがまだ直接は見えていない。
占拠できたので都合よく使っている拠点の一つ。それくらいの感覚だろう。いざとなれば使い捨てられる。
そうなると、ここで留守をするというのは〝自助努力〟が必要になる。
「アタシの銃は何?」
イレーネが体を起こして立ち上がった。軽くストレッチをするイレーネに、ハンクが親指で部屋の外を指して、
「上の階に武器庫がある。クローゼットに収まる程度だけどな」
「選べるってわけね」
「今から行くか?」
「もちろん。今アタシ拳銃すら持ってないのよ。ねぇ、アタシの拳銃どこ?」
「知らんよ。ルークは?」
「僕も知らないですよ。武装解除したのは敵でしょう。イレーネさんを運ぶ時にはすでに何も持っていませんでしたよ」
「気に入ってたのに」
ぼそりとつぶやいたイレーネの言葉には、誰も反応しなかった。
ハンク、ルーク、イレーネがそろって部屋から出る直前、
「私たちの分も用意しといてよ」
グリゴリーがルークの背中に投げかけた。ルークは一度立ち止まると振り返って、
「希望の物はありますか」
「扱いやすい奴。千束ちゃんは?」
「私は……」
言いよどむ。何を使えばいいのかわからない。
実弾しかないことは頭ではわかっている。けれども、実際にその引き金に指が触れたとき、きっと力は入らない。心と頭の両方で拒絶してしまうに違いない。
「私は……いいかな。イレーネさんが守ってくれるし」
千束のぎこちない笑顔を横目で見たイレーネは、何も言わずに退室した。ハンクが後を追う。
「分かりました。グリゴリーさんには以前使っていたというPPSh-41と同じ弾の武器を用意しますね。千束さんは、とりあえずいったん保留で。ただ……何かしらの武装はあったほうがいいと思いますが」
言葉尻のすぼんだルークに、千束は困ったような笑いを浮かべてから、ベットの枕下に手を入れた。
引っ張り出したのは自分の拳銃。
「これだけだけど、一応あるよ。お守り」
「……そうですか。わかりました。グリゴリーさん、少々お待ちください。また戻ってきます」
無言で手を上げて答えるグリゴリーに軽く頷いてから、ルークも部屋を後にした。
途端に静かになった室内で、グリゴリーは腕の力を使って体の向きを変えた。ベットをきしませながら千束の方へ向く。
「イレーネさん、怒ってた?」
「だと思うよ。でも、ちょっと気持ちは分かる。誰に向けたらいいかわからないけど、ずっともやもやしてるんだと思う」
原因は私にあるかもしれないなと思いながらも、千束はそれを言葉にはしなかった。
人それぞれの信念がある。やり方がある。それにお互いが干渉する必要はないし、するべきではない。最初に会った時にもそう教えてくれた。
だからこそだろう。
〝人を殺さない〟信念を持つ者が、それを守り続けると死ぬかもしれない状況にイレーネは腹を立てている。
誰に向けていいかわからない怒りの矛先に苦しんでいる。きっと自分の信念や過去の言葉と矛盾していることも含めて。
「イレーネさんに、私から何か言うことはできないよ。イレーネさんを苦しめているのは私だから」
「……うーん」
グリゴリーは腕を組んだ。首をかしげて目を瞑る。千束はそれを怪訝な表情で見て、
「どしたの」
「いや、千束」
腕組みをほどいてから、グリゴリーは千束の座るベット上部へにじり寄ってきた。不自由な右足を左足でうまくカバーしながら移動すると、千束の肩を押してベットへ横になるよう促した。
「え、なに」
「寝な。千束、あんたちょっと疲れてる」
白く柔らかい枕に頭を預けた千束の胸を、やさしく数回叩いた。まるで赤子を寝かしつけるかのように。
「千束と出会ってまだ数日だけど、それでもいつもの様子と違うことは私にもわかる。悲観的な言葉とは無縁のはずだ」
「……ありがと」
「大事な仲間が心配なのはわかる。でも、そんな心配ができるのは自分が元気なうちだけだ。それと、きっとたきなも同じように心配している」
グリゴリーは千束の胸を叩く手を止めて、体の力を抜いた。ゆっくりと千束の隣で横向きに寝そべる。千束の方を向く。
「千束がいつも通りでいることを、きっとたきなも望んでいるよ」
「そうだね……ありがと、グリゴリーさん」
「おやすみ」
「うん」
おやすみ、とつぶやくと、すぐに千束は仰向けのまま細く静かに寝息を立て始めた。
グリゴリーは横になったままその寝顔をじっと見る。
「……」
柔らかく微笑んだ。白磁のような白い頬を緩ませて、自身も仰向けになる。
静かに、ゆっくりとポケットから通信端末を取り出した。
メールを開く。
何件かの未読をチェックしていく。仕事の依頼。仕事の報告。仕事の紹介。
見慣れた景色。手のひらに収まる旧型の通信端末。機能はないが頑丈なつくり。
銃より信頼できる最高の仕事道具。
「……」
最新のメールを開いた。
差出人の名前はジョニー。
たきなの居場所を突き止めた。ハンス商会が動いている。第111工兵部隊が派遣された。
そろそろかな、とグリゴリーは端末の電源を落として仰向けのまま目を腕で覆った。
「何が死神だ。私はコウモリだよ」
乾いた笑みが漏れてしまったが、それを聞く者は誰もいなかった。
ただの高身長色白貧乳ボーイッシュ右脚欠損レズネコってわけじゃないんよなぁ。