「へぇ……思ってたよりは数があるわね」
「弾もこちらに」
大の大人が五人は並んで入れそうなクローゼットに木箱が数個設置され、中には大小さまざまな銃器が押し込まれている。壁にもフックが取り付けられており、そちらはボルトアクション式の東側狙撃銃がかけられていた。
イレーネが振り返ってルークに尋ねる。
「まともに使えるの?」
「選定と整備は必要ですが、致命的な欠陥品ではないようです」
一つ頷いてから、イレーネは手前の木箱の中を物色し始めた。ガタゴトと木材や金属の擦れる音が部屋に響く中、ルークの隣でハンクはタバコに火をつけながら呆れた表情をした。
「にしても、こんだけ数があるのに〝好きなのを持っていけ〟ってことは、ちゃんとしたやつは別で取ってんだろうな」
「それはそうでしょう」
「ってことはこいつらはスカブの死体から剥ぎ取ったもんか? とりあえずの保管場所ってわけだ」
「弾も東側のものが多いので、おそらくそうですね」
「イレーネお嬢さんや、宝探しの塩梅はいかがね?」
「うるさい」
ハンクのタバコの長さが半分まできたところで、イレーネが木箱の一つを引っ張り出してクローゼットから出てきた。額にうっすらと汗が浮かんでいる。
「重労働だよ。でもマシなやつがあった」
「どれ」
ハンクはタバコを咥えたまま木箱に寄る。ルークも反対側から中身を覗き込んだ。
イレーネはクローゼットの中で木箱を一つ空にして、使えそうな銃やパーツをそこへ放り込んだらしい。バレル、ストック、ハンドガードのみがバラバラに入っているが、それらのパーツに埋もれないように置かれていた黒光りする銃が一際目立った。
イレーネはその銃を丁寧に掬い取り、グリップを握り込んで左右から眺め始める。目を細めた。
「UMP45だよ。マガジンもたっぷりあった。多分スカブのやつじゃなくて国連野郎から流れてきたPMCの装備でしょ」
「だな。ずいぶん綺麗だ。家に飾ってたに違いない」
短くなったタバコを床ですりつぶしながらハンクは笑い、木箱の中のマガジンに手を伸ばした。リップから弾を覗き込むと、口笛を一つ。
「イレーネ」
マガジンを投げ渡す。片手で受け取ったイレーネは、ハンクと同じように弾を見て目を見開いた。
「RIPか」
「趣味のいいやつが使ってたんだな」
イレーネとハンクが口角をあげている横で、ルークはいまひとつピンときていないのか、首を傾げながら二人に習って木箱からマガジンを一本取り出して弾を覗き見た。確かに、特徴的な弾頭をしている。先端からスリットが数本入っており、一般的な45口径の銃弾 とは明らかに違う。
「これが…………何です?」
「知らんのかルーク司令官様よ」
「あいにく装備の細かいところは専門外でして」
「こんなもんに専門性なんてあるかよ」
ケタケタと笑いながらハンクは作業中のイレーネの手元を指差した。イレーネは黙ってマガジンから弾を一発ずつ抜き取り確認している。
「これはな、アーマーを貫通するための性能は皆無だが、代わりに人体を破壊する効果はピカイチの代物なんだ。つまり────」
「ケツにぶち込めばどんな相手でもイクってことよ」
ハンクから受け取ったマガジンの全てにRIP弾が詰まっていることを確認したイレーネは、木箱から次々と他のマガジンも取り出して床に並べ始めた。
ルークは感心したように「へぇ…………そういうのもあるんですね」と手元の凶弾予備軍に複雑な目を向けた後、床に座りこんで片っ端からマガジンの弾を抜く作業に取り掛かったイレーネに追加の一本を差し出した。イレーネは顔を上げずに手を伸ばす。
「どうも」
「いえ。それじゃあ、イレーネさんはこの銃を?」
「ええそうね。ちょっと連射性能に不安はあるけど、優秀な拳銃だと思えば不足はないわ。あとは弾が継続して手に入るかの方が心配かな」
「45口径はその辺に落ちている弾ではないですからね。ただ、取引しているルートは何件か僕も覚えがあります。声をかけておきましょうか」
「へぇ、そう」
イレーネは手を止めて、ルークをまっすぐ見上げた。床に膝をついた姿勢から上目遣いで、
「お願いするわ、上官殿」
舌をぺろりと唇に這わしながらにこりと笑う。
やけに扇情的な物言いのイレーネに、
「…………できればドルで支払いを」
ルークは顔を引き攣らせながら忠告しておいた。
◯
「…………」
「…………」
その部屋では、アイゼンとハチが休息がてらゆっくりと準備をしていた。
ハチはタバコを咥えながらMCXをソファ前のローテーブルに分解して広げている。
アイゼンはデスクの傍らに湯気の立つマグカップを置いて、そちらも自身のAK101を分解していた。
アイゼンが清掃用の細い棒に、ガンオイルを少量染み込ませた清潔な布を巻きつけて機関部を拭いとる。
その様子を見ていたハチが、タバコを指に挟んで口から離すと静かな声で、
「アイゼン、そのガンオイルは貸出可能か?」
「可能だ」
「助かる。貸してくれ」
ハチは投げ渡されたガンオイルの容器を器用に片手でキャッチして、タバコを再び咥えた。
二人の間に会話はほとんどなかった。静かな部屋に銃のパーツが擦れる金属音や、スプレーの噴射音、布のめくれる音だけが響く。
ハチはわかっていた。アイゼンが無駄話を好まない人間だということを。
何より自分もそうだった。親しい間柄との会話を惜しむつもりはないが、よく知らないおっかない中年との会話を楽しむ趣味はない。
合流してからの数時間だけでも、このアイゼンという隊長がどのような人間なのかは推し量ることができた。
合理主義。無駄を嫌い、利益最優先の思考と判断。
つまり、作業中に無駄話を楽しむようなタイプではないし、ましてジョークを好むこともない。
だが冷酷かと言われれば、その印象は薄かった。
それこそイレーネがここへ来る間にも時々話していた。血も涙も無い、民間人への虐殺を積極的に行うやつだと。
そうは思えなかった。だとしたらなぜ、戦闘能力を持たない小娘────グリゴリーを、リスクを冒してでも助けたのか。これがわからない。
グリゴリーがいくら優秀な情報屋だとしても、それほど重要視する理由がわからない。正直代わりの情報源はどこにでもあるだろうし、それこそ今回の件で大きくつながりのある〝ヒュージー〟ってやつを使えばいいはず。
信頼に値するというのであれば、ここ数日で取引を始めた情報屋をそこまでして守る理由にはならない。
よくわからない、と表情には出さないがハチの心中で混乱が渦巻いていた。
詮索する必要があるのか無いのかもわからないが、わからないことが増えるとこの街では命取りになることがある。
聞いて答えが返ってくれば儲け物か。
〝情報の価値は時に命より重たくなる〟と────眉を顰めるグリゴリーの顔が一瞬浮かんだが、ハチはそれを自重気味に笑って一蹴した。俺は情報屋じゃ無いし、相手もそうだと。
「アイゼン」
「…………なんだ」
「一つ聞きたいことがある。教えてくれ」
「内容による」
ハチは薄く笑った。こういうタイプの人間は嫌いじゃ無い。
「なぜグリゴリーを助けた?」
「利用価値があるからだ」
「どのような?」
「それはお前には関係ない」
「…………そうも言ってられないだろう」
ハチは表情から笑みを消し、一段声を低くした。わざと、意図的に。
「アイゼン。あんたがどういうつもりで千束を庇って仕事をしているのかまでは詮索しない。俺にとってはどうでもいいことだ。だがグリゴリーは違う。やつは情報屋だ。誰と繋がっているのか洗い出したのか?」
ハチの問い詰めに、アイゼンは手元のAK101のパーツから目を離すことなく、また手を止めることもなく口を開いた。
「お前が知る必要がどこにある」
「あんたと俺の信頼関係に影響する」
アイゼンの手が止まった。
ハチは、それを見て自身も手を止めた。二人同時に持っていたパーツを机に置く。ことりと小気味良い音が部屋に響いた後、アイゼンは顔をゆっくりと上げてハチの目を見た。まっすぐ、あまり感情のこもっていない、しかし意志のある目をハチにぶつけた。静かに口を開く。
「だとしたら俺を信用するな。俺は崇高な信念や教義のもとに生きているわけではない」
「…………誰だってそうだろう」
「千束は違う」
思わずハチは目を見開いた。意外なものだった。そんなことを思い、口に出す人間には見えなかったから。
ハチは数秒、驚きを隠せない顔でアイゼンを見返してから、
「グリゴリーを助けたのと、もしかして関係あるのか」
「大いにある。だが推測の域を出ない。あの女に利用価値があるのは間違いないが、もし万が一あの女が千束に害をなすようであれば殺せ」
「…………わかった」
「イレーネではおそらくできない」
「そう、だろうな」
アイゼンはデスクに向き直り、以後は無言でAK101を組み立てた。
ハチも、それからは何も言わずにMCXのマガジンへ.300ブラックアウト弾を詰めた。
この男が一体千束に何を思っているのか、謎は解決するどころか一層深まってしまったが、これを追求することに直接的な利益はない。
〝信用するな〟というのであればお言葉通りそうしよう。銃の薬室には常に弾が入っている。
お互いに。