「なんで、ジャックさんが……?」
言いながらたきなの心拍は早鐘を打った。急速に喉が渇き、左手の指先が痺れ始める。緊張が体を支配する。
この状況。ジャックさんにはどう見えるか。
千束が居ない。装備がない。私の右手は欠損し両足も使い物にならない。
穏やかな再開でないことは誰の目にも明らかである。
たきなが口を開こうとしたとき、ジャックがMDRのセーフティを外すと同時に地面へ下ろしていた銃口をペストマスクの男、ザイーツへ向けようとした。
たきなからザイーツの様子は見えない。オリアの向こう側にいるはずの位置から、衣擦れの音と銃のスリングの揺れた音がわずかに届いた。ほぼ同時に動いている。
しかし、
「まてまてまて!」
もう一人の護衛、そちらもMDRを装備した男が放たれた矢のように飛んで来てジャックの銃口を抑えつけた。
オリアの背後から銃声は響かない。ジャックも寸前でトリガーの指を止めた。
今この場で、発砲したものは誰もいなかった。
「落ち着けジャック! たきなは生きてる。こいつは証人だ。話を聞く必要があるだろ!」
護衛の男は息せき切ってジャックのMDRを押さえた。必死な男とは対照的に、ジャックはいたって冷静で、しかし静かな怒りを思わせる目でザイーツを睨む。睨んだまま、MDRを持つ手の力を抜いた。
「アッキー、もういい。そのとおりだ」
「本当か? 頭冷えてんのか?」
「大丈夫だ。──そこのマスクのお前、たきなの負傷について話してもらうぞ」
「……」
顎で指名されたザイーツは、ゆっくりとM4A1の銃口を下ろしながら、
「話すことは何もない。黙って仕事をしろ」
ペストマスクの中でくぐもったロシア語を響かせた。
○
オリアが修理し、タクシーとして使用するティーグル装甲車の車内は、正規の座席配置から若干の変更を加えていた。
後部の広いスペースは向き合うように長椅子が固定されており、その座席以外にも後部ドアの前に一脚、運転席側から一脚、座席が長椅子へ向くように設置されている。
ちょうど会議室を彷彿とさせる配置。運ぶ人員や荷物を監視、統治するために前後から視界と射線を通せる座席配置になっている。
たきなは長椅子の上へ仰向けに下ろされ、ベルトを体に巻き付ける形で座席に固定された。半分拘束ともいえる。
その向かい側にザイーツが座り、運転席側の監視席にジャック、そして、
「俺はこっちだな」
護衛の男の片割れ──アッキーが後部ドア前の監視席に腰を下ろした。
「出発するぞ」
最後に運転席へオリアが乗り込み、車は重苦しい音を立ててエンジンを始動。ほどなくして地面の凹凸を拾いながら発進する。
ティーグル装甲車の車内には赤いランプが灯っていた。暗闇でも手元が見えるし、座っている人間の動向も当然把握できる。
アッキーからは、向かいに座るジャックの様子が良く見えた。ペストマスクに四眼ナイトビジョンを付けたまま素顔を曝さない男を、まるで親の仇のように睨みつけるジャックの様子が。
「あぁそうだ、ザイーツ。言うの忘れてたが車内では抜弾してくれ」
運転席からよく通るロシア語でオリアがそう依頼すると、ザイーツは緩慢な動作でM4A1のマガジンを抜いた。リグに刺す。
「薬室もだぞ」
ジャックが指をさしながら指摘する。ペストマスクのくちばしのような先端がほんの数秒ジャックに向いたが、ザイーツはおとなしくチャージングハンドルを引いて薬室の一発も取り出した。そのままポケットへ突っ込む。
「悪く思わないでくれよお客さん」
アッキーが緊張を切らしたのか、座席の背もたれへ体を預けながら演技臭い動作で両手を広げた。英語訛りはあるがそれなりに聞けるロシア語を、さもありなんと大げさに吐く。
「こういうところは信用が大切なんだ。ほら、俺達も弾を抜いている。非武装地帯ってやつだ。そういうことだから、お互いによろしくな」
ところで、と声のトーンが一段下がる。社交辞令はこれで終いと言外に纏いながら、アッキーは左手を座席に横たわるたきなへ向けた。
「そこのボロボロになったかわいこちゃんと俺たちは感動の再会を果たしたわけだが、同時に大きな疑問を抱いている。俺たちの仲間の安否について教えてもらわなくちゃいけない」
「……」
「でも殺しはナシだ。あんたが何を話そうと、今は客だ。しかもオリアの客だ。俺たちがどうこうするってのはちがうもんな。そうだろ?」
「……」
「しかし誤解やすれ違いってのはこの街じゃすぐに銃弾に変わって顔面にぶちこまれる。そいつは俺達にとってもあんたにとっても不都合だろう。だから話してくれ。別に全てを話さなくてもいい。俺たちが引き金を引かなくて済むようにってだけの、そういう頼みだ」
アッキーの言葉に、ザイーツはペストマスクの先端を動かすこともなく、つまりアッキーの方を見ることなく、
「話すことは何もない」
ただ短くそう吐き捨てた。
車内に沈黙が流れる。
ティーグル装甲車の6気筒ディーゼルターボエンジンの音が轟々と車内に響く以外、何者の発言もない時間が数秒。
次に鳴るのが人の声か、それとも銃声か。その場の全員が静かに指先へ力を込めたときだった。
沈黙の支配を破ったのは、たきなだった。
「あの」
仰向けで、長椅子に固定されたたきなは車内の天井しか見えておらず、誰に向けての発言かを体で示すことは不可能だった。ゆえに、その場にいるすべての人間へ向けて、
「私が話します。ただ、おそらくジャックさんと──」
「アッキーだ。ウッズで俺の腹に穴をあけてくれただろ」
「あの時のですか。生きていたんですね」
「おかげさまでな」
「アッキーさんにとって、私の話は落ち着いて聞けるものではないかもしれません。それから私は現在捕虜の扱いです。ザイーツさん、私が話して大丈夫ですか」
あくまで淡白な声音でたきなはザイーツに確認を取った。ザイーツは生気のない声で、
「好きにしろ」
存外、あっさりと許可。たきなは上を向いたまま小さく頷き、首を横にして可能な限りジャックとアッキーの方を見ようとした。が、視界に入ったのはカラスのくちばしのようなペストマスクだけだった。諦めて天を仰ぐ。
「じゃあ、まずは経緯から話します」
たきなの説明は数分間に渡り事細かに語られ、何が起きたのか、千束は無事なのか、イレーネとの合流はどうなったのか、たきなが把握しているところまではすべて話をすることが出来た。
千束やイレーネ、ハチの安否はつまるところ不明だが、死んだという確定情報はないことも。
説明を受けたジャックとアッキーは、
「…………最悪だな」
「ひでぇなこりゃ」
頭を抱えながら呟いた。そしてアッキーが、
「んで? ザイーツの旦那よ。一番大事なことを聞くぞ」
これまでうっすらと浮かべていた口元の笑みをすっと消しながら、ペストマスクの黒い丸窓を冷めた目で睨む。窓の向こうに人間の眼窩は見えないし、アッキーはそこにあるはずの〝人らしさ〟の一切を感じ取ることが出来なかった。
それでも、というよりは。
「たきなをどうするつもりだ」
それ故に核心の部分に突っ込む。遠慮なく投げられた疑問にザイーツは、相変わらずペストマスクの中のくぐもった、あまり生きた人間の声音とは思えない調子で返答した。
「お前たちの仲間とやらの情報と交換だ。すべて話したら、その娘の身柄は好きにしていい」
オッパチュキー
2025/05/20
人生で初めてファンアートなるものをいただきました。
目次にリンクを張っておりますので、うれしさでニマニマしている作者と一緒にどうぞご観覧ください。