リコリスinタルコフ   作:奥の手

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最近登場シーンがめっきり減っていたナイスガイのお話です。


幕間:ある男の非日常⑥

「久しぶりの我が家だぜ」

 

 俺は肩にかけていたAK-74をベットの上に放り投げ、そのまま自分の体も銃の隣に勢いよく沈めた。

 ばふりとマットレスがへこんで、枕は飛びブランケットが滑り落ちる。かまうもんか。どうでもいい。

 

 かび臭さと埃っぽい空気が辺りでこれでもかと拡散する。鼻につくがこれもどうでもいい。

 疲労で埋め尽くした俺の体にはもはやそれらの邪念が入り込む隙間などない。目を瞑ればこのまま安眠できる。カビも、ほこりも、ノイズにすらならない。

 だが寝たらだめだ。先に負傷箇所を治療しないと、恐らくこのまま寝れば二度と起き上がれない。ここはそういう街だ。これは一時の休息だ。

 

 それにしたって、ヒュージーもスキーヤーも人使いが荒い事この上ない。くそが。いくらゴキブリ(タラカン)でもこのままじゃ手足が千切れちまう。

 

 全身に鉛を詰めた気分だ。条件だけで言うならこれより過酷な実戦はいくらかあったが、さすがに〝潜入任務〟をこなしながらの不眠不休で連戦となると、俺の幸運もしっぽを巻いて逃げていく。まぁ結局はその幸運もしっぽをちぎりながら戻ってきてくれたわけだが。

 おかげさまで生き残った。

 

 ヒュージーが砲弾の雨を降らしたのもヤバかったが、あれでスキーヤーの部下がミンチになったのはマズかった。想定外だ。まったくもって今回の俺達(パラミリ)の件にスキーヤーは関係ないはずだった。

 

 どっちの味方に付くかって、そりゃあヒュージーだがスキーヤーはまだうまみがある。()()()()付き合いが捨てきれない。

 

「よくやったぜ俺……」

 

 コンコルディアの連中が黒ずくめ共(ブラック・ディビジョン)にやられてから、スキーヤーのおっさんは気が立っていた。訳の分からん奴らに新設の部下が丸ごと消されたあげく、要所の拠点まで失った。

 

 そうなりゃ何が何でもストリートにパイプを復旧したくなるってもんだ。

 タクシー業者とのつながりには必要なことだ。ちょうど俺もストリートをうろついていたしな。

 

 んで? 

 パイプが形になった矢先の〝不運な事故〟だった。

 取引先の車ごと中の人間が120mm迫撃砲でバラバラになっちまった。笑えるぜ。あんなのよく報告したな俺。

 

 あの晩何があった? もう思い出すのもキツい。あぁくそ。そんなことを考えだしたら思い出した。俺は優秀か? すげぇな俺。

 

 どっかの馬鹿とどっかのアホが派手に撃ちあって、ホテルをめちゃくちゃにした。不戦協定は地元の住民の協力で成り立っている。俺も協力した。それを──まったくクソどもだ。一番クソなのはボス(ヒュージー)かもしれないが、あの時間帯にタクシー業者を手配したスキーヤーもクソだ。

 

 なんであいつ(スキーヤー)はそんな不運が重なる? 

 悪行のしすぎか? 教会への懺悔はいつから行っていない? いやあのおっさんはそもそも神は信じていないか。

 

 まぁいい。

 いいんだ、過ぎたことだ。

 

 ビールでも飲もう。

 

 ベットから起き上がるのも、こうなっちまったら一苦労だ。全身があまりにも重く鈍い。血もだいぶ流れた。何で生きてんのかわからねぇ。

 

「あるか……? 俺の栄養剤」

 

 冷蔵庫を開ける。最後の記憶ではジャーキーくらいしかなかったはずだ。ってことは何も入ってな──。

 

「……」

 

 口笛を一つ。こいつはたまらねぇ。

 

 いつの間にか食料品が足されている。ビールもワインもある。小さなボトルだがな。

 飯もだ。ソーセージにハム、チーズ。おい誰だ缶詰まで冷蔵庫に入れたバカは。嫁に殺されるぞ。

 

 はは、そうか。

 スキーヤーめ、ずいぶん早く報酬を届けたようだ。〝タクシー業者〟ってのはなるほどこういうところに恩恵が出るもんだ。

 

 まずはビール。アテはソーセージといこう。一通り食ってから、体の治療に入る。それがイイ。

 

 〇

 

「これで……ひとまず大丈夫か」

 

 腹部。左腕。右足。だいぶヤバかったが沈痛剤が多めに手に入っていたのが救いだった。だからここまで帰ってこられた。今はビールもソーセージもある。最高の気分だ。

 

 そうこうして数十分、久しぶりの〝休憩時間〟を通信端末のバイブがぶった切った。着信だ。こんな時間に誰だ? 

 

 ……スキーヤーだ。

 嫌な予感しかしねぇ。

 

「はいよ、タラカンだ」

『冷蔵庫の中身は確認したか? 優秀で幸運なゴキブリさんよ』

「今俺の腹に入ってるところだスキーヤー。アンタの仕事が早くて助かってるぜ。〝付いて行きたくなるボス〟ってやつだ」

『喜んでもらえたなら結構だ。仕事の話がある』

 

 ほらな。

 

『今回の件で抱え込んだタクシー業者から依頼が来た。〝邪魔者を消してくれ〟とな』

「内容は?」

『あいつらの活動地域に無許可でティーグル装甲車を走らせている奴がいるらしい。週末にガキを乗せてピクニックへ行くような車で上手に紛争地帯を渡り歩いている連中からすりゃ、装甲車で同じことをされたら〝客を取られる〟危機ってわけだ』

「おいおい待てよ。まさかその装甲車と殺り合えってか?」

『いや、そういう話じゃない。最終的には排除に向かうだろうが装甲車は横取りしたいとよ』

「面白いこと言うぜ。相手は元コメディアンか」

 

 できるわけねぇだろふざけんな。

 

「スキーヤー、その仕事は断ったほうがいい。部下が何人も死ぬぞ。俺含めてな」

『何も今すぐってわけじゃない。あの辺りは縄張り意識が強いらしい。インターチェンジでは〝関所〟なんて概念も、最近じゃ生まれたらしい。つまりだ』

「あぁ」

『お前もそこへもぐりこんで情報を取って来い。装甲車野郎がどういうやつで、戦力はどれほどあるのか。その情報をタクシー業者に渡すだけでも金になる』

「そういうことならできなくはないが、今俺の手足は千切れるまで秒読みだ。一週間は休暇が欲しい」

『四日で治せ』

「無茶言うぜ……」

 

 電話はそれで切られた。そういうことをするから拠点が丸ごと一つ無くなるんだぞ帽子野郎。

 

 通信端末をテーブルに投げてから、代わりにそのままビールをつかんで口へ傾ける。もうぬるくなった微炭酸のそれが口内から鼻腔へ香りを走らせる。

 クソみたいな気分もこれでいくらか和らぐってもんだ。根本的な解決なんてのは、この際どうでもいい。この街で生きようが外の世界へ出ていこうがそれはきっと変わらない。俺は死ぬまでこうだろう。ゴキブリのままだ。

 

 地面を這う生き方は嫌じゃない。これは()に合っている。運と一緒に地べたで楽しく生きていく。それも一つの強さだろう。

 

 ビールを飲み干し、テーブルにこんと音を立てて置いた直後に、また通信端末が震えた。今度はメッセージだ。

 

 ヒュージーからだ。暗号化されている。今このめちゃくちゃになっている脳みそでも、何万回と解読した暗号は脳の神経細胞内でストレスなく変換できた。

 その上で、俺は二度見した。

 二度、見ても内容は変わらない。ヒュージーからの命令だ。

 

「……そうか」

 

 らしくもないが、ため息が漏れた。さすがにそういう気分になる。

 

 〝花を枯らせ〟か。

 ────せっかく助けたのによ。

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