南北に延びる高速道路。その大動脈から流れ込んでくる数々の利用客の時間と金銭を食い散らかし、代わりに物欲と生活を支えてきたであろう巨大商業施設「ウルトラ」は、高速道路と真反対の東側が資材搬入路になっている。
商品を搬入する出入口は、トレーラーがコンテナごと突っ込んで荷物の出し入れができるよう徹底して動線が設計されていた。
地上部分は駐車場、あるいは細かな資材搬入口として。
地上二階へつながる道は幅の広いスロープになっており、メインの搬入路はこちらになっている。街が終わってしまった現在は、コンテナがいたるところで倒れて朽ち果てており、あるいは道を塞ぎ、あるいは新たな道としてここを通る者に何らかの影響を与えている。
オリアの運転するティーグル装甲車は、この資材搬入口の一画に停車していた。
シャッターが上がっている〝関所〟へと頭から侵入した装甲車は、ショッピングモール内のバックヤードでタイヤの音を響かせてから停車した。床のつるりとしたコンクリ面に黒い跡が残る。
ほどなくして運転席からオリア・ヴァシリー。助手席からMDRを抱えたジャック・サンダースが降車する。
二人は並んでティーグル装甲車の前に歩みを進め、そこで止まる。周囲を見渡す。
身長の三倍はある金属製の棚が乱立して、床のあちこちにゴミと薬莢が転がっていること以外には何もない。誰もいない。ジャックが目でオリアに確認するが、オリアは〝まぁ待ってろ〟と言わんばかりに首をゆっくりと横に振って無言を貫いた。
そのまま数秒。ジャックがしびれを切らして人を呼ぼうと口を開けた瞬間、
「あぁ、すまねぇ。通行人か? 待たせたな」
棚の奥の死角から一人の男が出てきた。
背格好は中肉中背。身長も平均的なロシア人とそう変わりなく、二十代前半から中頃に見える。
いかにも人に迷惑をかけながら生きて来たであろう顔つきの、革のジャケットを羽織った男。ずかずかと歩いてオリアの前に立つ。
「通行証は?」
「これだ」
オリアがポケットから無造作に出した紙切れを、革ジャンの男が受け取る。上から下まで読み込み、最後に印が押されているのをよく確認してから、
「残念だが坊や、これはもう使えねぇんだ」
「……」
通行証をオリアの足元へ投げた。
「つい先日ここの運営が変わってな。それまでこの辺りを通るために使ってた通行証は今じゃケツを拭くための紙切れになった。新しく申請してもらう必要がある」
「そんな話は聞いていない」
「あんたはそうだろうな。でもそれがここのルールだ。積み荷と武装を見せて、そこの受付で書類にサインしてくれ。あぁ銃は抜くなよ。そっちの護衛もだ。マガジンを外して薬室から弾を取り出してもらう」
「勝手なことを言うなよ。そもそもお前の顔も今日初めて見るぞ。前の奴はどうした」
「そりゃ野暮だぜナイスガイ」
革ジャンの男は皮肉った笑顔で眉を垂らしながら続けた。
「
「殺したのか」
「いんや? 俺は知らねぇ。俺も何日か前に来たばっかだからな」
オリアは舌打ちを一つ慣らしてから、ジャックへ目配せした。
ジャックは頷き、MDRのマガジンを外す。チャンバーからも弾を抜いた。
「お利口さんな番犬だ。んじゃあ飼い主さんよ、積み荷の確認をするぞ」
オリアは革ジャンの男が後ろへついてくるのを確認して、装甲車のバックドアに手をかけた。開ける前に扉を二回叩く。
「何の合図だ?」
「〝開けるぞ〟だ」
「〝撃つなよ〟って合図はあるのか? 平和に行こうぜお坊ちゃん」
革ジャンの男の言葉は無視して、オリアは一息でバックドアを開いた。金属製のヒンジがかすかに高い音を鳴らしながら開き、中の様子があらわになる。
ザイーツが四眼ナイトビジョンを下ろして起動したまま、素早く革ジャンの男へ銃口を向けた。
しかしまるで
発砲はなかった。
「銃を下ろせ、ザイーツ。通行証発行に必要な手続きだ」
オリアの言葉に、ザイーツは無言で従った。M4A1の銃口が床に向く。
「中を見るぞ? もし俺を撃ったらおっかない連中が中からわらわら出てくるからな。ゴキブリみたいに。だから平和的な会談と行こう」
革ジャンの男がティーグル装甲車の中へと上がった。ペストマスクの男をなめるように睨み、運転席付近に座るMDRを持つ男、アッキーをちらりと見て、
「……」
長椅子で仰向けに寝る、肩口で髪を切りそろえた少女と目が合う。ボロボロのスポーツウェアでかろうじて大事な部分の肌を覆い、右腕は肘の先から欠損し、両足は包帯でぐるぐる巻きの少女、井ノ上たきなの顔を見て男は動きを止めた。
たきなも目を見開いた。思わず声が漏れる。
「タラ──」
「そういや自己紹介がまだだったな!」
革ジャンの男は大きな声を張り上げながら両手を鳴らした。たきなの声は誰の耳にも届かずかき消される。
「俺の名前は
にまにまとした笑顔を張り付けながらくるりと辺りを見回して、最後にスキターリェは仰向けで寝るたきなにウィンクをした。
「初めましてかわいこちゃん。この街じゃ珍しいな? 今は一人か?」
「……はい」
「そうかそうか。そういうこともあるよな」
スキターリェは頷きながら降車した。オリアに向き直り、両手をポケットへ差し込む。
「積み荷は確認できた。まぁ大丈夫だ。タクシーってのは人を運ぶのが仕事だからな。とっとと書類にサインして目的地へ行くといい」
スキターリェが顎で指示した場所へ、オリアは歩いて行った。年季の入った金属製の棚で囲われた事務所代わりの一室で、弱々しいデスクライトを頼りに書類へ文字を書き込んでいく。
ティーグル装甲車のバックドア前で、スキターリェは手持ち無沙汰を解消する術を探す様に、上着のポケットから煙草を取り出して火をつけた。そのままジャックにも差し出す。ジャックは首を横に振った。タバコはおとなしくポケットへと戻る。
「訳ありなのは見りゃわかるけど」
スキターリェが紫煙を吐き出してからぽつりと漏らす。
「あんな可愛くて若い子がこんな街で死ぬのはもったいねぇからよ。世話してやってくれよ」
スキターリェの言葉にジャックは返すこともなく、ただ一瞥してから無言のまま搬入口奥を警戒し続けた。
無駄口を叩くつもりはないと、無言の主張が染み出してくる。
「……ん?」
会話をするつもりはなかったが、直後にジャックは声を漏らした。怪訝な顔で薄暗い倉庫の奥に目を細める。数本しかない天井の蛍光灯では室内を十分に照らすことはできない。まして、そもそも床から天井まで十数メートルはある。高すぎてそこら中が暗所の死角だらけである。
故に警戒を厳とするため暗所に慣れた両目の視神経に集中する。今何か動いたか?
直後。ジャックの体は床に引き倒された。引き倒してきたのは真横に居たスキターリェ。
倉庫の中を銃声が反響し、暗闇を赤い曳光弾が切り裂いた。着弾と同時に装甲車からは火花が散り、薄暗い倉庫内を局所的に昼にする。
「くそ!!」
引き倒されたジャックはそのまま転がって装甲車の裏側へと避難。すぐ後をスキターリェが付いてきた。装甲車のバックドアもアッキーが急いで閉じたのか、銃声と着弾音の狭間にばたりと頑強な音が響く。弾がドアを叩く音が増したが、貫通しないことに気が付いたのか射手は撃つ手を止めた。
「おい何で撃たれてんだ!」
起き上がり、低い姿勢のままジャックはスキターリェの胸ぐらを強引につかみ引き寄せる。スキターリェは両手を開いてから、
「馬鹿が先走っただけだ。ちょっと話してくるから頭冷やせよラッキーボーイ。カッカしてると死ぬぞ」
「…………」
ジャックはゆっくりと拳の力を抜いてスキターリェを解放。そのままスキターリェは立ちあがり、装甲車の前方から顔を出した。
直後に銃声。赤い線が尾を引いて夜空へと抜けた。
スキターリェはジャックの隣まで戻ってきて、
「前言撤回だ。馬鹿に話は通用しねぇ。銃あるか?」
「45口径なら」
「貸してくれ。俺の背中を撃つなよ。中の連中は何人戦える?」
「二人。助手席側から下ろして展開すれば戦力になる」
「運転手は?」
「マカロフしか持っていない。銃があれば戦える」
「取りに戻る余裕はねぇよ」
ジャックからガバメントを受け取ったスキターリェは、スライドをわずかに引いて薬室に金の色がちらりと見えたのを確認してから両手に収めた。
「撃ってきたのは恐らくアディダス野郎だ。キラって呼ぶ連中もいる」
「お前の仲間じゃないのか」
「たった今敵になった。頭と胸は狙うな。貫通しない。足を狙え」
「難しいな」
「難しくてもやるしかねぇんだよタコ。中の二人にも伝えて、奴を囲うように散開しろ。俺を撃つなよ」
「はいはい」
スキターリェはガバメントを握ったまま装甲車前部から倉庫内へと走って行った。弾は飛んでこない。
助手席を開く。中からザイーツとアッキーが飛び降りた。
「聞こえたか?」
ジャックの確認に二人が頷く。ザイーツはM4A1のアンダーレールに装着したグレネードランチャーへ榴弾を込めた。
「私が榴弾を発射したらお前たちは左へ展開しろ。前へ出すぎるな。射線にかぶったら殺す」
「おっかねぇな……ジャック、大丈夫か」
「やるしかねぇんだろ。しっかり狙えよおっさん」
ザイーツは無言のまま、ティーグル装甲車前部から左半身を出した。直後、マズルフラッシュが倉庫奥の角から瞬く。赤い曳光弾がザイーツの周囲に散る。
それを受けても微動だにせず、ザイーツはマズルフラッシュの発生源へ向けてグレネードランチャーの引き金を絞った。曳光弾が止まる。距離にして五十メートル以上はある。山なりに飛んだそれは、ジャックとアッキーが装甲車から離れて展開するのに十分な時間を稼いだ。
暗闇の倉庫に、榴弾の破裂音が反響する。空気の振動で積もった埃が震え落ちる。
ザイーツは40mm榴弾の薬莢を足元に落とし、甲高い音の響きが鳴りやむ前に二発目を装填した。
「面が割れてる」ってすごい重要なことなんですよね。平和な日常生活でもよくある話なので、銃弾と罵声の飛び交う世界じゃもっと大事でしょう。