リコリスinタルコフ   作:奥の手

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倉庫戦

 オリアのティーグル装甲車が停車している場所を東側の倉庫区画とするなら、曳光弾をばらまいてきたキラの所在地は西側の倉庫区画と表現できる。

 搬入口に面している区画とはドア一枚挟む形で区切られており、ザイーツの放った40mm榴弾はその開いたドア口を山なりに通過しつつキラの足元に転がった。

 

 ザイーツのナイトビジョン越しにははっきりと、奇怪な形の被り物をした人物が向かって右側、北へ退避したのが見えた。

 地形に明るいわけではないが、この倉庫と続いている「IDEA」家具量販店はほとんど遮蔽物が存在しない。奥へ逃げられ、別の場所から奇襲をかけられるくらいなら、

 

「叩くぞ」

 

 今殺しておくに限る。

 ザイーツはティーグル装甲車から前進した。先行しているジャック、アッキーの背中が見える位置から、二人の動くタイミングで足を止め、二人が引き金を引けるよう止まったら前へと進む。

 西側倉庫区画出入口前で、三人は並んだ。ジャックがさらに前方、店舗へと続く通路を警戒し、アッキーは後方にMDRを向ける。

 

「スキターリェは?」

 

 ペストマスクの中から響いた声に、アッキーが振り返ることなく、

 

「北に移動してオリアと合流したらしい。うまくやればアディダス野郎(キラ)を挟み撃ちできる」

 

 MDRのハンドガードから一瞬手を放して、ヘッドセットをとんとんと軽く叩いた。オリアとアッキー、ジャックの三人は無線でつながっており連携が取れる。

 ザイーツはペストマスクのくちばしのような先端をわずかに縦に揺らして小さく頷くと、M4A1を構え直し、キラを追う形で倉庫北側へと銃口を向けながらエントリーした。

 

 〇

 

「裏切り?」

 

 高さ10メートルはある倉庫の棚と、放置されていたコンテナを上手く組み合わせて作り出された事務所スペースで、頑丈そうな金属製のコンテナに背中を預けたまま周囲の気配を探っていたオリアが疑問を口にした。

 

 そのすぐ目の前で、同じく倉庫棚に積み上げられた小汚い段ボール箱の隙間から顔を出して周囲をちらちらと伺っていたスキターリェが、

 

「裏切りというよりは暴走かもな」

 

 半笑いで吐き捨てるように言った。

 

「もともと利口な奴じゃない。アンタみたいなタクシー業者は他にもいて、お互いが商売仇ってのは分かるだろ? あのバカ(キラ)は他のタクシー業者から直接雇われていた」

「ってことは何? 僕の装甲車を奪い取るために雇われた兵隊ってことか」

「まぁそういうことだ。でもこういう取引で〝強引な〟やり方をしちゃ、スマートな取引で飯食ってる身からすれば困るわけよ」

 

 安全を保障する通行証を発行する場所が()()()()()()となれば、いよいよ自助努力、実力で渡り歩くしかない。〝関所〟なんて仰々しいシステムは信用と信頼の上に築き上げられたルールで成り立つ。オリアは頷きながら「確かに暴走だな」と一緒になって苦笑した。

 

『オリア、西側の倉庫区画へ移動する。そっちの現在位置を教えてくれ』

 

 アッキーから無線が入った。通話ボタンを押しながら、

 

「東の倉庫区画中央。これから北側へ移動するけど、僕らの火力は薄い。発見次第報告するから、なるべく早く挟み込んでくれよな」

『了解』

 

 通信が終わるとオリアは速やかにマカロフを両手で包む。柔和な口調や声のトーンとは裏腹に、大きく筋肉質な拳で包まれたマカロフピストルはいささか小さく弱々しい。

 これほどまでの鉄火場になることは想定していなかった。握り込みながらその頼りないサイズ感にため息をついてから、ゆっくりと顔を上げた。

 

「スキターリェ」

「なんだ」

「PDWでもショットガンでもいいから、この辺に備えてないか? さすがにこれ(マカロフ)それ(ガバメント)じゃ時間稼ぎもできないぞ」

「このまま倉庫の一番北に行けばAKがあったはずだ。5mmのやつ。今もほったらかしなら、だけどな」

「取りに行けるか?」

「まぁ……」

 

 言いよどみながらスキターリェは振り返り、オリアの顔を見る。

 

「運が良ければ」

 

 スキターリェは肩をすくめたが、ほかに選択肢はなかった。

 二人は事務所のコンテナから飛び出し、それぞれの拳銃を油断なく構えて北へと向かった。

 

 〇

 

 アッキー、ジャックの二人はMDRの上に乗せた等倍ホロサイトをなぞきながら西側の倉庫区画へと侵入した。開けた通路をなるべく早く足を動かして渡り切り、今入ってきた出入口とは反対側の棚まで移動する。

 

「段ボールじゃ弾は防げねぇよな」

「中身に依るだろ」

 

 アッキーが小突いた段ボールの中には何かしらの荷物が入っていそうだったが、首を横に振った。命を預けるに足るものではない。ジャックはコンクリート製の太い柱を指差し、お互いに頷くとそこへ二人が収まった。

 

 ザイーツは侵入後すぐに後方へ向かって移動し、倒れた倉庫棚の裏側へと回ってしゃがみこんだ。残念ながら棚の天板はベニヤ板であり、敵のライフル弾を防ぐことはできない。

 

 ただし視界は切れる。移動中に撃たれなかったということは、少なくとも今現在まで通路は見られていないことになる。今度はこちらが見る番だ。

 

 アッキーとジャックへハンドサインを送る。部隊で意思疎通を取るためにはあまりにも連携手段が少なかったが、進めと止まれと戻れくらいは誰が見ても理解できる。

 

 ザイーツの指示通り、二人は前進した。当のザイーツはナイトビジョン越しにM4A1を構えて、上部レールに傾いていた3倍ブースターをかちりとはめ込む。

 

 現在位置から倉庫の北端までを肉眼で見通すことは難しい。距離だけならアイアンサイトでも狙えなくはないが、障害物の多さに加えて絶対的な照度が足りない。

 

 細く頼りない一本の蛍光灯が天井からぶら下がり、それが二十メートル間隔でわずか二本光るのみ。通路を照らしているのはそのたった二本だけであり、無いよりはマシな程度の明かりしかこの倉庫にはもたらされていない。

 当然、精密な射撃には向かない。

 

 人影を見逃すことのないよう、ザイーツは呼吸を細く長くゆっくりと繰り返した。ペストマスクから洩れる音は、すぐ隣で聞き耳を立てなければわからない程ささやかなものだった。

 

 前進し続けるアッキーとジャックは、頑丈で頼りになりそうなコンクリの支柱を遮蔽として、お互いに別角度を警戒しながら進んだ。

 

 通路の横幅は20メートルあるかないか。

 そのちょうど真ん中には段ボールで包まれた一塊の資材があり、北側からの銃弾であれば凌げそうだった。

 

「反対側へ移動したい」

 

 アッキーが資材を指差し、続いてその向こう側の柱を指す。ジャックは頷き、柱のすぐ脇で膝をついた。

 

 待機していたアッキーの左足をジャックが軽くたたいて合図すると、アッキーは通路へ飛び出した。直後に銃声。背後と前方から同時に。

 

「うおああああああッッ!!!」

 

 雄叫びを上げながら通路中央の資材に転がり込んだアッキーのすぐ脇を銃弾が往来する。音速を超えるライフル弾が空気を切り裂く。

 ヘッドセットをつけていても間近を通る銃弾の金切り声はアッキーの耳朶を叩き続けた。生きた心地が急速に失われるが、幸いなことに脅威は前方だけである。後ろは味方、だと思いたい。

 

 伏せたままアッキーは資材の右端に転がり寄ってMDRの銃口をのぞかせた。

 

「あぁくそ!」

 

 まとまった資材の端。ホロサイトいっぱいに広がったのは頑丈な金属製の「SALE」看板。青と黄色のキャッチーなそれが、アッキーの射線を綺麗に遮る。

 

「ジャック! ここからじゃ撃てない! 敵の位置は!?」

「西へ移動しながらぶっ放してきた。近づいてくる気配がある。迎え撃てるか?」

「やってみる。ペストのおっさんが俺らごと撃たなきゃの話だけどな!!」

 

 アッキーは膝立ちになりもう一歩右へ踏み出した。11時の方向へ銃口を向けて射線を通す。そして、倉庫の北端でマズルフラッシュが連続的に周囲を照らしているのを確認した。間髪入れず引き金を引ききる。

 

 5.56×45mmの安定した射撃。〝足を狙え〟と言われたような気がしたが、この位置からは足が見えない。胸と頭に数発ばらまいてみる。

 

「うおっっ!」

 

 気配を感じた。敵の銃口が向く気配。直感や第六感に近い感性でアッキーは瞬時に身をかがめて資材の陰に隠れた。その直後に甲高い金属音。「SALE」の看板がハチの巣にされている。

 通信。ジャックから。

 

『RPKだ』

「ってことは今の俺たちのアーマーなら何発か防げる。キラが詰めてくるならグレネードで釘づけにして俺らでクロス組むぞ」

『賛成だ』

 

 ジャックの声を聴いて、アッキーは膝立ちのまま資材の左端に寄った。ジャックの顔が倉庫棚越しに見える。お互いに頷き、アッキーはリグから手榴弾を一つ取り出してそれを北側へ力いっぱい投げた。

 

 何事か、通路の北端で声が上がった直後に破裂音。周囲に金属片が着弾し固い音を響かせる中、耳をすませば足音がこちらへ近づいている。北から南へ。つまり敵が接近する。グレネードで釘付けにするどころか、距離を詰められる切っ掛けを自分たちで作ってしまった。

 

「嘘だろ!!」

 

 アッキーはすぐさまMDRを左肩へ持ち替えて、左半身を露出。すぐ目の前、20メートル付近にキラが迫っていた。

 

 頑強そうな金属製のヘルメット。顔面までくまなく覆われている。

 某スポーツメーカーへのリスペクトなのか白い縦線が三本入っており、服装も同じく三本の白線が入ったスポーツウェア。

 そんな男がすぐ目の前で立ち止まり、膝立ちになり、こちらにRPKの銃口を向けている。

 

 アッキーは息を止めた。呼吸する余裕もなかった。弾かれたように元居た場所へ飛び込み、床と同化するつもりで全身を低く這いつくばった。願わくば弾に当たらず、そしてジャックかザイーツが始末をつけてほしいと祈った。

 

 ほぼ同時に嵐のような銃声が鳴り、先ほどまで自分の背中を預けていた何かしらの資材が粉々に砕ける。

 10発や20発ではない。マガジンの中身を全て撃ち切るつもりなのか、めちゃくちゃな撃ち方でアッキーの背中のすぐ傍を何十発もの銃弾が行き過ぎる。

 

 銃声が数秒止まり、再び倉庫内に響き始める。しかしアッキーの背後には着弾していない。代わりにジャックの居たあたりで弾がコンクリを削る音が聞こえた。つまりジャックも、暴力的な連射の前で行動不能になった。

 移動するなら今だ。

 

 アッキーは全身で跳ねるように立ち上がって、東側の数メートル先のコンクリ柱まで走った。弾は飛んでこない。どうやら敵の視界は相当に狭いらしく、狙ったところの人間の動きしか見えていない可能性がある。

 

 柱を回り込んで、キラの居る位置から自分の左半身が隠れるように倉庫棚の中に入る。左半身は太いコンクリ柱が守ってくれる。右半身の足元には、中身がたっぷりと詰まった段ボール箱が鎮座する。弾をどこまで防ぐかは知らないが心理的な安全性がここにはある。アッキーはMDRを突き出してホロサイトの中央にキラの存在を捉えた。

 

 未だジャックの方向へ撃ち続けるキラ。

 アッキーは頭に照準を合わせて引き金を引いた。数発撃って指を切る。射撃中止。

 キラがこちらを向いた。身を隠す。

 

「固ってぇな……」

 

 思わずぼやくしかなかった。攻撃が通じない。後ろで爆ぜるコンクリ柱を頼りにしつつも、防戦や逃避を選択したところで殺せなければジリ貧になる。

 あれだけ派手に撃ちまくるのならいつか弾が尽きるかと思ったが。

 

「……おいおい」

 

 ふと意識を外へ向ければ、ザイーツの居たあたりでも戦闘の音が聞こえる。おそらくキラの仲間が加勢に来た。

 所詮スカブ、地元住民が武装しているだけなら問題はさほど大きくないと思いたいが、そう高を括れないのがこの街の常である。

 銃弾が飛び交う以上誰にだって平等に死ぬ可能性がある。今こうやってコンクリの柱が代わりに5.45×39mmの攻撃を肩代わりしてくれているが、この柱に開いた穴と同じ穴が三分後には自分にも空くかもしれない。

 

 かなりまずい状況。敵の位置も正確な数もだんだん分からなくなってきた。何より動けない。釘付けとはよく言ったもので。

 

 途方に暮れかけたとき、

 

『アッキー、ジャック。おまたせ』

 

 通信が入った。オリアからの声が耳に入った直後、撃ち込まれていたRPKの銃弾とは違う方向から銃声が鳴り、背後でうめき声が聞こえた。

 

 即座にアッキーは身をひるがえし、MDRを柱から出す。膝をつく。ホロサイトの赤い照準の中に、体勢の崩れた鋼鉄製フルフェイスのスポーツマンが収まる。

 両足から血が噴き出していた。膝をついたそいつが首元に注射器を刺そうとしている。させるか。

 

 引き金を引く。狙い通り、銃弾はキラの腕に当たりその機能を奪い去った。キラは吠えながら左手一本でRPKを持ち上げると、床に膝をついてうなだれたままアッキーに銃弾をばらまいた。

 

 舌打ちをしながらアッキーは身を隠す。殺しそこなった。死にぞこないに殺されては始末が悪い。

 移動しようかと画策したとき、ジャックの銃声が鳴る。うめき声。床に銃器が落ちる音。

 耳が痛くなるほどの一瞬の静寂と同時に、後ろの柱を削っていた銃弾が止まった。

 

『キラの死亡を確認』

 

 ジャックから通信。アッキーは「了解」と返しつつMDRのマガジンを入れ替えて柱から移動。同時にオリアから通信が入る。

 

『スカブ連中が激高して襲い掛かってきている。南側に集合して退却する』

「了解」

『了解だ』

 

 倉庫の南端。入ってきたドア付近には死体で絨毯が敷かれていた。

 波のように次から次へと現れたスカブは、ザイーツが全て処理していた。むっとした血の匂いが淀み溜まっている。全ての死体の脳が露出していた。

 

 アッキーとジャックがザイーツの元まで駆け寄った時、すでに動けるスカブは一人もいない様子だった。ただ店舗側から怒号や足音が聞こえてくる。まだ遠いが数十秒後には囲まれる。

 

「ダメージは?」

 

 アッキーの問いに、

 

「ない」

 

 ザイーツは簡潔に返答した。続けて、

 

「キリがない。弾が足りん。移動しろ」

「そのつもりだ」

 

 三人は西側の倉庫から東側の倉庫へ。そしてティーグル装甲車まで後退した。

 ほどなくしてAK74を抱えたオリアと、右手にマカロフ、左手にガバメントを握ったスキターリェも駆け寄って合流した。

 

「出発する。乗り込んで」

 

 オリアの合図でザイーツ、アッキー、ジャックが後部ハッチより飛び乗る。そこへ、

 

「俺も連れてってもらっちゃダメか?」

 

 ガバメントのグリップ側をジャックへ差し出しながら、スキターリェが見上げる。

 ジャックは膝を落としてしゃがみ、しかし手は伸ばさず一瞬考えた。

 振り返る。オリアはもう運転席にいる。倉庫の奥の扉が開いた。汚い罵声を叫びながら何人も入ってきた。

 

「乗れ」

 

 ガバメントのグリップではなくスキターリェの手首をつかみ、一息で後部ハッチへと滑り込ませた。そのまま流れる動作で扉を閉める。

 間一髪で閉鎖した防弾の扉に、散弾銃の弾が何発か撃ち込まれた。甲高い音が車内に反響したが、弾は外で転がった。

 

 スキターリェは疲れた様子で床に座り込む。

 その様子を後部ハッチ側の監視席へゆっくりと腰を下ろしたジャックが、見下ろしながら呟いた。

 

「……恩は返したぞ」

 

 スキターリェは顔を上げて「……へへへ。そうなるな」と軽い声を上げながら嬉しそうに頷いた。

 

 

 

 

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