「予定から大幅にズレたね。ザイーツ、一旦例のポイント行きは延期だけど大丈夫かい?」
インターチェンジから南西に進んだ先、荒廃した小さな市街区でティーグル装甲車は停車した。
「構わん」
ペストマスクの中で短く答えたザイーツに、オリアは頷いて前を向いた。発進する。
要所というわけではないが住宅地が並んだこのエリアでは、街が孤立した後に家の中の物資をめぐって争いが起きた様子がうかがえる。
ゴロツキからはぐれPMC、はたまた出来心で散弾銃を握った元善良な市民まで、略奪を働く人間の種類に垣根はない。みな平等に部屋を荒らし、棚を漁り、邪魔をする者に鉛玉をぶち込んだとみえる。
荒れた町にディーゼルエンジンの音を響かせながらゆっくりと走るティーグル装甲車。
その後部座席はベンチ型に改装されている。助手席側に座るのがザイーツで、向かい側で仰向けに固定されているのがたきな。
そして、たきなの枕元に腰を下ろしているスキターリェが、血や土埃で薄汚れてしまっているたきなの顔を見下ろした。
「……」
たきなが困った表情で眉を顰める。じっと見つめてくるスキターリェのなれなれしい笑顔には困惑で返すしかない。
「……なにか?」
思わず口を開く。どう考えてもこの男は〝スキターリェ〟ではない。
──いや、いろいろなところに顔を出しているようだから〝タラカン〟というのも偽名かもしれないが、とにかく間違いのないことは
カスタムズのガソリンスタンドで死にそうになっていたこの男を千束と一緒に助け出した。
千束がカルトの毒にやられたとき、スキーヤーはこの男との合流を指示した。
コンコルディアでブラックディビジョンに追い詰められた際には命を助けられた。この男に。
服装や武装は会うたびに違うが、この周りの人間に迷惑をかけながら生きて来たであろう腹の立つ表情はいつも変わらない。ゆえに見間違うはずもない。
そんな男がわざとらしく〝スキターリェ〟などと目の前で名乗った。ということは、何か目論見があってそうしている。ここに〝タラカン〟を知っている人間がいることは想定外だったようだが、きっと些末なことに違いない。そういう笑みを浮かべている。たきなはムカつく顔に向かって舌打ちをしたくなった。
この男に命を救われた恩義はある。状況に対して疑問と懸念は無視できないほど積もっているが、今ここでタラカンの名前で呼ぶことはしない方がいいだろうと、たきなは落ち着いて結論を出した。
スキターリェはニマニマとした笑みを浮かべたまま、ずいぶんと優しい口調で、
「痛むところはあるか?」
「ないです。沈痛が効いているので」
「どこを怪我してんだ?」
「両足と右手。自力での移動ができません」
「なーるほど、お人形さんってわけだ」
「意味が分かりません」
「意味なんてねぇよ」
からからと笑うスキターリェにたきなは呆れながら息をつき、それからあくまで
「スキターリェさんは、あそこで何を?」
「仕事だよ。通行証の発行。んでもさっき職場がなくなったから、そうだな……この会社に雇ってもらおうかな」
「運び屋に?」
「そうそう」
頷きながらウィンクをしてきたスキターリェ。たきなは目線を外して赤く淡く照らし出されている車内の天井をぼーっと眺めてから、
「……いいんじゃないですか」
適当にコメントした。今は何を言っても──何を相談しても、この男は頼りにならない。それどころかボロを出してしまうとどこで綻びが出るかわからない。タラカンという男は、単にスキーヤーの部下というわけではない。
いったいいくつの組織や勢力とかかわりがあって、雲の上を歩くような実体のない生き方をしているのかわからない。見えないものには手を出さない方がいい。
たきなは直感で口をつぐんだ。
「そういうわけでだ、ジャック先輩。ここはひとつ俺の命を救ったついでに、社長に口利きしてくれねぇか? 腕はまぁ、言われたことはできる程度に期待してもらっていいぜ」
後部ハッチ前の監視席で腕を組んでいたジャックに、スキターリェは両手を広げた。
そのまま数秒。ジャックと目が合う。じっと交差した視線はそのままに、
「……潜伏ポイントに着いたら話してみる。だが期待はするなよ。オリアはほかにも護衛が居るし、オリア自身も相当戦える」
「助かるぜ先輩」
「気が早い」
ジャックはため息交じりに首を振って、それから無駄な口は開かなくなった。
数十分、ティーグル装甲車は移動を続けた後にゆっくりと停車した。
車体を振動させていたディーゼルエンジンが止まり、車内はひやりとした静寂に包まれた。オリアが運転席から振り返る。
「休憩だよ。ここは車両を隠すためにいくつかあるポイントのひとつだけど、勝手に降車はしないでくれ。便所と会談なら僕に言ってもらえれば取り計らう」
車内の一同が頷く。ジャックとスキターリェが立ち上がり「用がある」と告げてオリアと三人で降車した。
「……」
アッキーがザイーツの方を見る。一度MDRに視線を落として、それから顔を上げて静かに口を開いた。
「ジャック達が戻ってきたら、次は俺達の番だ」
「あぁ」
ザイーツの簡素な返事は、聞きとれるか否かの小さな声で籠っていたが、アッキーもたきなも確かにそれは耳に入った。
「約束通りか?」
アッキーの問いに、
「相違ない。お前の仲間の情報を渡せ。その娘は好きにしろ」
ザイーツは頷いた。
たきなは仰向けのまま怪訝な表情を拭いきれなかったが、この状況で自分にできることも、言えることもなかった。
ただ一つ。たきなは顔を傾けてザイーツの方へ目をやると、
「……私の仲間でもあります。もし、利害のうち〝害〟がないのならば……手を、出さないで欲しいです」
交渉ですらない。
駆け引きにもならない。それ故にこれしかない。
お願いしかない。これしかできない。
たきなのまっすぐ訴える視線に、ザイーツのペストマスクはどこを向いているのかもわからなかったが、
「状況次第だ」
簡潔に、抑揚なく、血の通っていない返答だけがその場に残った。
両足重症、右腕欠損、衣服ボロボロで露出多めの黒髪ショートカット美少女がベンチに拘束されて「仲間に手を出さないで」と懇願してくる様子は果たしてR15で済むのだろうか。
……済む!(確固たる自信)