リコリスinタルコフ   作:奥の手

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第二章 「CUSTOMS激戦区」編
取引


 薄暗く、鼻の奥をツンと刺激してくるカビ臭い通路を、四人の人間が歩いていた。

 壁の下の方で床を控えめに照らしている電灯が、等間隔で立ち並んでいる。光源はそれだけであり、天井や壁の上の方は懐中電灯で照らさない限りその様子はわからない。

 

 もうかれこれ十分は歩いている。この長い直線の地下通路は、前もって聞いていた噂通り、どうやらウッズから他の場所へ抜けられるほどの大きな地下防空壕、ひいては地下脱出通路になっていると、千束たちは確信した。

 

 そして先頭を歩く男の背中を、たきなは注視する。

 ヒュージーと名乗ったこの男。ロシア訛りの英語を喋り、丁寧な口調で「この先の安全は保証する」と言ってきた。どういう意味だろうか? 

 

 このタルコフは正直言ってどこも危険極まりないだろう。誰もが銃を持ち、誰もが物資を求めて他人を殺し、奪い、自分のものにしようとしている。殺さないのは千束くらいだ。そんな場所で「安全を保証する」などと言えるのはどういう理屈なのだろうか。

 

 頭の中で様々な可能性を考えていたたきなの横から、千束が明るい声でヒュージーに話しかけた。

 

「ねぇねぇヒュージーさん! これはどこに向かっているの?」

「今向かっているのは我々が管理しているセーフハウスです。さきほどお聞きした通りであれば、皆さん戦闘を含めた探索の後でお疲れでしょう。まずは休まれて、英気を回復してから別のエリアへ脱出していただければと思います」

 

 長い廊下を進む前に、ヒュージーはいくつかの質問をしてきた。ウッズのどこを通ってきたのか、何と戦ったか、どのような物資を手に入れたか。何人殺して、何人取り逃して、どのような人物をそうしてきたか。

 

 三人は、そのくらいの情報であれば別に隠すことではないので全て話した。ヒュージーは嬉しそうに頷きながら全てメモを取って、ひとしきり聞くと三人を暗闇の廊下へ案内したのであった。

 

「もうすぐつきますよ。ほら、このドアの向こう側がセーフハウスです」

 

 ヒュージーの照らした壁の一部が、ハンドルの取り付けられているドアになっていた。赤いハンドル。ここに入る時に千束が回した分厚い扉によく似ている。

 

 ヒュージーはその重そうなハンドルを、甲高い鉄の擦れる音を鳴らしながら開けると、ドアを押して三人を手招きした。

 部屋の中は真っ暗である。千束、たきな、ジャックはそれぞれ手にしていたライトで部屋の中を照らす。右手はホルスターの拳銃に触れている。

 部屋の中に敵がいればいつでも撃てる心構えだった。隅から隅へ、物陰から物陰へ、ライトを動かしてクリアリングしていく。

 

 そうしているとヒュージーが肩を震わしながら高い声で言ってきた。

 

「安全を保証すると言いましたよ! みんなさんは客人です。客人を撃つようなことはしないでしょう。安心してください。この時間、このセーフハウスを使うのは私と皆さんだけです」

 

 そう言いながらヒュージーは扉を閉めて、何かのロックをかけた。内側から開くには暗証番号が必要なロックだった。扉の横に数字を打ち込む機械が据え付けられている。なるほど、ここにキーナンバーを入力しなければ、この部屋に死ぬまで閉じ込められるということであった。

 

 つまりヒュージーを殺すことはここで餓死するまで暇を潰すということになる。よくできたシステムであった。

 

 ヒュージーは壁の一部にあったスイッチを入れた。途端に薄暗い部屋は明るく光を灯し、その全貌が現れる。

 光源は天井の蛍光灯と、ところどころにぶら下がっている白熱電球。白い光とオレンジの光が混合されて、それは確かに明るく部屋を照らし出している。

 

 部屋の広さは一般的な学校の教室と同じくらいかそれより少し大きい。部屋中央に幾つかのベットが並べられており、部屋の一角には調理台と調理器具が並んでいる。直ぐ近くに机と椅子もあることから、食事はそこで摂るらしい。

 入り口から真反対の隅の方には樹脂製の仮設トイレも置かれている。水の入った巨大な青いタンクもいくつか並べられており、その脇には木製のクレートにロシア語で食料と書かれているものもある。この部屋にある物資だけで何週間、うまくやれば何ヶ月間か生き残れそうな具合であった。

 

「すごいところじゃん。おわ! 食料ぎっしり。水もこれ、飲める水なの?」

 

 千束は食料クレートを開けて中を覗き込みながらヒュージーに聞いた。ヒュージーは、

 

「ええ、飲み水ですよ。かき集めています。クレートの中の食料も、保存が効いてかつ腹の膨れるものばかりです。味は好みが分かれるでしょうけどね」

「食べていいの?」

「どうぞどうぞ。ただあまりたくさん食べられると、自分たちで取ってきてもらうようになりますから。常識の範囲内でお願いしますね」

 

 ヒュージーは食料クレートから缶詰をいくつか取り出して千束に渡した。三人で食べれば十分腹が膨らむ量であった。つまり、このくらいにしておけということである。

 千束は手渡された缶詰を一つ一つ眺めていった。開封された後や小さな穴などはない。毒は入っていないようである。

 

 その間にジャックは調理場、たきなはベットを見検めている。ベットや調理器具にも仕掛けはない。利用した者に害をなすようなことはなさそうであると、三人はそれぞれ確認してお互いに目を見合わせて頷いた。

 

 ここは本当にセーフハウスらしい。訪れた者に休息と補給を行う場所。それを管理しているヒュージー。場所も物資も無償で提供してくれる。

 たきなはどこかおかしいと首を傾げた。普通であれば金銭、あるいは物資と引き換えにこのような場所を提供するだろう。

 それをしてこないということは、この者にとって、あるいは組織であればこの組織にとって、このようなことをするメリットとはなんなのだろうか。

 

 机の上に広げられた缶詰を前に、四人は椅子に座る。ヒュージーも同席して、自分で持ってきた缶詰を開封してもう口に運んでいる。

 

「食べよっか」

 

 千束の声にジャックとたきなもうなずいて、おのおの缶詰を開封、スプーンで中身を口に運ぶ。

 やはり問題はない、普通のビーフシチューの缶詰である。たきなは疑問を膨らますばかりであった。

 

「どうしてここまでしてくれるのか、って顔ですね。たきなさん」

 

 ヒュージーはスプーンを動かしながら、たきなの顔を覗き込んでいた。たきなはすこし上体を後ろに引き、それから姿勢を元に戻して頷いた。

 

「不可解です。正直、なぜこのようなことをしているのか、どうして成立しているのかがわかりません。何を対価にして…………いえ、なにをメリットに、私たちのようなものを支援しているんですか?」

「簡単ですよ」

 

 ヒュージーはスプーンを置いて、指を立てた。一本だけ伸ばされた人差し指に、ジャックと千束の視線も集まる。

 

「我々はお金や物資が欲しいわけではありません。このタルコフではそれらは確かに貴重な部類に入りますが、我々はそれよりもはるかに貴重なものを皆さんから頂戴して運営しているのです」

 

 ヒュージーは上着のポケットからメモ帳を取り出した。にんまりとした顔でそのメモ帳をテーブルの上に置く。

 

「我々が欲しているのは情報です。誰が、どこで、何と、どうなったのか。あるいは何が、どこに、どうなっているのか。それらをかき集めて出来上がった巨大なネットワークこそが我々の強みです。その情報網を前にすれば、こんな缶詰なんて小銭と一緒です。だから私は皆さんに初めに聞きましたよね? どこで何をしていたのかと」

 

 三人は納得した。確かに情報はこのタルコフでは、下手をしたら物資よりも重要かもしれない。情報の内容によってはこのタルコフから脱出できるかもしれないし、留まるにしても圧倒的に有利な立場に立てるかもしれない。そして。

 

「千束…………」

「うん、そうだね」

 

 たきなと千束はお互いに目を合わせて頷いた。ラジアータのアップデートファイルの存在。それが、もしかしたらヒュージーの持つ情報網とやらに引っかかっているかもしれない。問題はそれをどう引き出すか。

 

 情報を重視しているというということは、それを誰かに伝えるという行動を著しく制限している可能性が高い。つまり、知っていたとしてもそう簡単には教えてくれない。それ相応の価値のあるもの、あるいは情報を対価として差し出す必要があるだろう。

 

 であれば、相手の欲しいものを聞くのが一番である。たきなはスプーンを置いてヒュージーをまっすぐに見た。

 

「ヒュージーさん。あなたに教えてもらいたいことがあります」

「なんですか?」

「日本の企業から委託されてこのタルコフで開発されているシステムデータ。アップデートファイルを私たちは探しています。なにかそれについて、たとえば開発をしている会社の所在地や、データの集積所などはご存じありませんか」

 

 ヒュージーは眉を顰めた。それからスプーンをもったまま腕組みをして、下を向いた。何かを思い出しているかのようなそぶりだった。

 

 十秒ほどそのままの姿勢で固まってから、ヒュージーは顔を上げてまっすぐにたきなの方を見た。

 

「思い当たる情報はあります。しかし、それをタダで教えることはできません。等価交換といきましょうか」

 

 ヒュージーはにちゃりとした笑みを浮かべた。とても善良なことを考えている顔ではなかったが、たきなは内心で想定通りに進んでいることをほくそ笑んだ。千束を見る。こちらもにっこりとした笑顔を浮かべていた。

 

「その条件とは?」

「ええ、我々が今欲しいと思っている情報のうち、我々だけでは手に入れにくい情報がいくつかあります。そのうちの一つを見つけてきてもらえれば、そうですね、見つけてきてくださったその内容にもよりますが、我々が知っていることを提供いたしましょう」

 

 ヒュージーはメモ帳を開いてなにやらさらさらと文字を書いた。そのページをちぎってたきなの方へ滑らせる。

 たきなは紙切れを受け取って、そこに書かれた文字を読んだ。英語で書かれているその内容は、

 

「…………これは、どういう意味ですか?」

「カスタムズ近郊を根城にしているスキーヤーという男から、その紙に書いてある内容を聞き出してください。用心深く金にうるさい男です。まずファーストコンタクトでは会話も成立しないでしょう。奴の懐に入り込み、信頼関係を築いた上で情報を聞き出してください。それをこちらに持ってきていただければ、我々の知っていることと交換いたしましょう」

 

 たきなの持つ紙。そこに書かれていたのは、〝武器庫の場所〟だった。つまり、スキーヤーという男と接触し、その男が抱えている武器の集積地、武器庫の場所を特定してヒュージーに伝えろということだった。その対価として、日本企業と取引のあるシステム会社を教えてくれると。

 

 たきなは迷った。そのような情報を掴むには長期的にこの男、スキーヤーとコンタクトを取る必要がある。簡単には教えてくれないし信頼関係も築けない。十中八九スキーヤーの依頼をこなして、地道にポイントを稼ぐ必要がある。

 

 そんな悠長なことをしていられるのか。数ヶ月もここに留まれるほど時間に猶予はない。なにせ。

 

 ────なにせ、千束の心臓を充電する必要がある。万が一のために予備のバッテリーと充電器は持ってきているし、派遣の直前に満充電にしてきたので、二ヶ月ほどは持つ。しかしそれまでだ。伸ばせても一ヶ月。激しい戦闘が続けばもっと短くなる。いくら物資が足りていてもこの問題だけはどうしようもない。

 

 たきなは険しい顔で千束を見た。時間に猶予はない。しかしこの方法では時間がかかる。そして対価として得られる情報が必ずしもラジアータのアップデートファイルにまつわる情報とは限らない。リスクに対してリターンが小さい。どうするか。どうすればいいのか。千束はどう考えているのか。

 

 自分の方に飛んできたたきなの視線に、千束は少し首を傾げながらにこりと笑った。まるで、何を迷うことがあるんだとでもいうような笑顔だった。

 そのまま千束が明るい声で口を開く。

 

「受けるよヒュージーさん! 私たちも情報が欲しい。このスキーヤーって人に会いに行けばいいんだよね? まっかせんしゃい!」

「ち、千束! 私たちにはそんな悠長に探している時間は…………」

「大丈夫大丈夫! 仲良くなるための秘訣を千束先輩は知ってるから! たきなはうしろでニコニコしてればいいよぉ!」

 

 千束の屈託のない笑顔と明るい声は、言ったことそのままにどこか自信がある様子であった。千束には考えがある、とたきなは感じ取った。であれば、その言葉に乗ってみるのも悪い手ではないだろう。

 

「…………わかりました。ではヒュージーさん、そういう方向でお願いします」

「ええ、承りましたよ。こちらで用意する情報も、なるべく新鮮でイキの良いものにしましょう。あなたたちが持ってくる情報の質によって、報酬は変わりますがね」

 

 ヒュージーの顔にも満足げな笑顔が浮かんでいた。口約束ではあるが、契約は成立した。

 

 ジャックは空になった缶詰にスプーンを置きながら、テーブルを挟んで行われた一連の取引に黙って口出しせず、静かに見守っていた。

 話が終わり、千束とたきなとヒュージーの間に契約が結ばれたのを確認して、それからジャックは口を開いた。

 

「そういうことなら、千束、たきな。俺とはここでお別れだ」

 

 




週一更新ならもうちょっとボリュームが欲しいところですが、なんせ休日に朝からパーっと書いてるもんでして。
書き溜め? いえいえ、そんなものはございません(真顔)
じゃあ平日の夜は何をしているのかって? タルコフですよ。最近は引率の先生から「エイムがゴミすぎて話にならんからオフラインのスカブ殺して練習しろ」と言われまして、毎晩スカブ相手に四苦八苦しています。SKSつっよ……。自分で使えば胸2発頭1発だけどそれは敵も同じだから…………何回殺されたか…………。
たきなみたいに中遠距離で百発百中の腕前が欲しいですわ。五十メートル離れてると途端にもう当たりませんからね。レティクル頭に合わせてんのよ? 4倍スコープよ? なんで当たらないの。(俺が悪い) 
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