荒れ果てたタルコフ市中心街の夜は、移動を困難にするものだった。
街灯がまばらであり、月明かりが陰影をより濃くする市街地は、それだけ危険の潜む場所も増えていく。
敵が暗色の服装で伏せようものなら、車両一台分ほどまで近づかなければその姿を捉えることはできない。つまり、潜伏されれば撃たれ放題である。
AK101を慎重に、かつ丁寧に、そして迅速に動かしながら足を運ぶアイゼンは、その〝敵が潜んでいそうな箇所〟を逐一クリアしていった。
すぐ後ろをついて歩くハンクも、TX-15で主に建物の上層部を目まぐるしくチェックする。
怪しい影があればすぐに反応できる体制で、二人は死角をお互いに潰しながら慎重に移動していた。
乾いた夜風が頬を撫でる。
いつもより火薬臭い気がした。土臭いとも表現できる。
ほんの数十時間前に都市区画一つが砲撃によって地形を変えた。きっと建物はずいぶんと風通しが良くなっており、もともとそこにいた生命はことごとく今生から退場しているだろう。
だが物資は別である。瓦礫の下にあってはサルベージのしようがないが、千束とたきな両名が行動不能になったのは、幸いにも大きな通りの交差点。その真ん中である。左右の建物が完全に倒壊するほどのダメージを受けて崩壊し尽していないかぎり、回収の望みはある。
「アイゼン、六時の方向エネミーコンタクト」
「撃て」
進行方向から真後ろ。
ハンクがビルの屋上から一瞬地上へ銃口を下ろした時、エルカン社製可変倍率スコープの十字線中央に人影が写った。
人数は一人。背格好からしてスカブではない。ということは無視してよい相手でもない。
味方でないなら敵である。
分隊長の命令通り、ハンクは一瞬立ち止まり立射にて発砲。
サプレッサーは本来響き渡る5.56×45mmの発砲音を大幅に削り、せいぜい周囲数十メートルの人間に〝何か鳴ったな〟と思わせる程度の音にして放出した。
そして放たれた銃弾は百メートル以上先の人間の頭を削り取り、地面に崩れ落とした。
「クリア」
ハンクの報告。
再び歩き出す。
もはや染み付いた作業である。脅威の排除に何のためらいもない。
ただ、それは二人の前に立ちふさがる
二人は乾いた夜風の中を、決して気を抜くことはなく慎重に迅速に進み続けた。
目的地で錦木千束の荷物を回収するために。
〇
移動開始から一時間半が経過。
今のペースでもうあと30分ほど進めば目的地周辺に到着する見込みであり、またそこでは戦闘になる可能性も考慮してアイゼンとハンクは道中の集合住宅の一室に忍び込んだ。
小休止。水分補給と弾薬の補充である。
無駄撃ちをしているわけではなかったが、ここまでに五度の交戦があった。撃ち返される弾数はたかが知れていたにしても、二人は現時点でマガジンへの給弾が必要と判断しなければいけない状況だった。
「多いな」
「何が?」
「敵の数だ」
それぞれがそれぞれのマガジンに5.56×45mmライフル弾を詰め直しながら、アイゼンはぼやいた。
「スカブもPMCも往来が活発だ。砲撃の影響か」
「どうだかねぇ。なんか祭りでもあるのかもよ?」
からからと笑いながらマガジンに給弾し終えたハンクは、重さの戻ったそれをリグに刺してから煙草の箱を取り出した。慣れた手つきで一本口にくわえ込み火をつける。
「まぁでも勘のいい連中は
ハンクの言葉に、アイゼンは手元の作業を止めることなく一度頷いた。
AK101の湾曲したマガジンにライフル弾を押し込んでいく。ちきりちきりと小さな音を薄暗がりのワンルームに広げながら、アイゼンは満杯になるまで手を動かした。
ほどなくして携行しているマガジン全てに弾を込め終えて、それらをリグのマガジンポーチに差し込む。一本はメインアーム本体にかちりと引っ掛け、ボルトを引いて初弾を薬室へ送り込む。
それからアイゼンは、臨戦態勢のAK101を自身の傍らに置き、ペットボトルの蓋をひねり開けた。
「どのポイントから分かれるよ? アイゼン」
アイゼンが水を飲み終えたのを見計らって、ハンクはジップロックに差し込んだマップをローテーブルに置いた。砲撃のあったホテル周辺の地形図がそこに広がる。
キャップを閉めてバックパックに水を戻したアイゼンは、そのまま左手でホテル西側の区画を指差した。
「我々は西からエントリーする。目的地までの見通しが良い」
続けて、区画西側の三百メートルほど離れた位置にある高層ビルを指差した。
「お前はここに上りバックアップしろ」
「お安い御用だ。ってことはアイゼンはこのまま通りを東へ進むんだな?」
「そうだ」
「この道、突き当りのロードブロック東側のビルから丸見えだから気を付けてくれよ」
「撃ってくるやつが居たら殺せ」
「……1000m以上あるって。この銃じゃ無理」
「そうか」
TX-15をコツコツと叩きながら両手を上げたハンクに、アイゼンはさして興味のなさそうな声でうなづいた。
ハンクは大げさに上げた両手を下に下ろすと、左右どちらも指鉄砲の形にして、
「まぁ、十字路の向こう側一本分まではカバーできる。慎重に行こうぜ」
にかりと歯を見せて笑った。「頼む」と、抑揚はないが確かにアイゼンはハンクの目を見て簡潔に呟いた。
それから。
二人は立ち上がり、装備を確認し、痕跡が残っていないことを確かめて部屋を後にする。
土臭く、乾燥した、居心地の悪い夜風が緩く吹き付ける夜の市街地を、アイゼンとハンクは足早に進み続けた。
そろそろ千束側のお話、はーじまーるよー。