リコリスinタルコフ   作:奥の手

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二週間も休んで申し訳ない。
何とか連載再開できそうだよ。

千束side
楽しんでいっておくれ。


弛緩

「これは……この街から出て誰かに言っても、嘘つき呼ばわりされそう」

「そうだな」

 

 静かで薄暗いベットルーム。いくつかの懐中電灯とLEDランタンの局所的な光が照らし出すベットの上には、千束とグリゴリーが座っていた。傷を負った千束の足を二人して興味深く観察している。

 

 千束は下着一枚の薄い恰好。両足に何重にも巻いていた包帯を取り去り、手当てのために貼っていた無菌パットをはがした素肌を見て、千束とグリゴリ―は驚嘆の声をあげていた。

 

 何十発もの銃弾で破壊されていた両足が、表面上は元通りに治っている。傷も痣もないシルク生地のような肌。見るからに健康的で張りのある両足を、グリゴリーは右手で恐る恐る触った。

 

「……感触ある?」

「ある。ぞわぞわする」

「立てる?」

「やってみる」

 

 千束が自力で足を持ち上げる。腹筋に入れた力が足の付け根、股関節へと作用し両足がわずかにベットのマットレスから浮き上がる。

 そのまま状態をひねり、ベット横の床へゆっくりと足を下ろした。

 

 裸足の足裏に板張りの床の何とも言えない温度が伝わってくる。特段冷たいわけでもない、固く跳ね返すような質感が足裏にかかる体重を認識させる。グリゴリーはベットから身を乗り出して千束の足先を確かめた。そして顔を上げる。

 

「支えてあげたいところだけど、私じゃできない」

 

 苦笑しながら肩をすくめつつ、膝から先のない右足を軽く持ち上げたグリゴリーに、千束は首を横へ振りながら笑顔で返した。

 

「その足で無理はしないでよ。それに、見た目には大丈夫だからいっぺん立ってみる」

「コケてもいいようにしよう」

「まっかせなさい」

 

 千束は両足に力を込めた。

 上体を前かがみにして重心がベットの上から足の上へと移動する。徐々に太もも、膝、足首、そして足先へと負荷がかかる。

 

「……」

 

 そこで千束はやめた。

 尻がベットから拳一つ分浮いたところで、ふぅと息を吐きながら脱力。上半身をベットに投げ出して寝ころんだ。

 

「……まだ立てないや。力が入らない」

「そうか」

 

 グリゴリーもまた、短い言葉に同情の意を込めながら千束の横へ倒れ込んだ。

 染みのある天井を二人して眺めながら、どちらともなく乾いた笑みを浮かべる。

 

「外の世界だったら、全治半年とかだっただろうからさ」

「千束、それはない。あれだけの銃創を受けたら、普通は一生立てない」

「そっか」

「やっぱりこの街はおかしい。どういう法則で何が影響しているのかも、正直集めた情報に一貫性がない」

「傷の治り方がってこと?」

 

 上体を起こして顔を覗き込んできた千束に、グリゴリーは天井を見たまま頷いた。くすんだ金髪がはらりと数束ベットに散る。

 

「各地で戦闘を繰り返している男共は異様に治りが良かったりする。逆に、武装した市民の中には、腕にもらった一発がいつまでも完治しないこともあった。訳が分からない」

「私の足は治りが早い方だよね。たきなはもっと時間かかってたよ。っても数日だったけど」

「だな。何が影響しているのか、それとも規則性なんてないのか」

 

 グリゴリーは大きくため息をついてから、寝返りを打って千束を正面から見た。腕枕をして全身の力を抜いている。

 

「なんにしても、明日か明後日には動けるでしょ。良かったな」

「そうだね。だいぶ体が鈍ってるから、動けるようになったらイレーネさんと一緒に訓練頑張るよ」

「警戒は怠らないでくれよ」

 

 まかせて、と千束ははにかみ親指を立てた。それから、

 

「そこにちょうどアイゼンさんが戻ってきてくれて、すごく運のいいことに私の武器と弾も戻ってきたら、もう怖いものなしだね」

「慢心が死を招くし、期待が人を絶望させる」

 

 口の端を上げながら低く唸ったグリゴリーに、千束はわざとらしくへの字に口を曲げながら「こういう時はもっと明るく現実を見た方がいいって絶対ぃー」と枕に頭を沈めた。

 

 ○

 

 千束とグリゴリーが弛緩した会話を広げている頃と同時刻。

 同じ建物、集合住宅コンコルディアの別フロアの一室で複数枚のモニターをせわしなく見ている男が居た。

 

 ルーク・コンバイス。

 手元のマップに赤や青のペンで印をつけては、数秒睨んでからキーボードを慣れた手つきで叩き出す。

 メインモニターは手元のタブレットらしく、事務デスクの上にある新旧様々なモニターには拡大したマップや計算式の書いてあるメモ帳、内容の分からない暗号化された文章が規則性のない状態でちりばめられている。

 

「……」

 

 部屋にはルークの操作する端末のモニターとデスク上の細いライト以外に灯りはなく、青白い光源がこの部屋の全てである。

 さながら不健康極まりないハッカーのイメージ画像のような部屋。一般的なそれとの相違点を挙げるとすれば、手を伸ばせば届く位置にM4A1ライフルが立てかけられていることくらいである。

 

 ただしそれは紛れもなく、この男の身を置いている場所が決して遠く離れた安全圏ではなく「命のやり取りをする場所」であることを物語っていた。

 

 だからこそ。

 情報収集に精を出しているさなかに部屋をノックされれば、キーボードを操作する手は即座に止まり、あまり洗練されているとは言えない手つきで傍らのM4A1を抱えることになる。

 

 数秒の間。ドアに銃口を向けたまま、ルークが恐る恐る声を発する。

 

「誰だ?」

「俺だよ。ハチだ。入るぜ」

 

 ルークの返事を待たずして、部屋のドアはゆっくりと開いた。

 声を聴いてすぐにルークは銃を下ろしたが、その姿をハチはしっかりと両目にとらえていた。ため息が漏れる。

 

「そんなに頑張ってたら身がもたないぞ」

 

 ハチは肩をすくめながら、銃を床へ置くルークの方へと歩いて行った。その手にはトレーと、湯気の立つマグカップが二つ。

 ルークはバツの悪そうな声で、

 

「いつ襲われるかわかったもんじゃないですから」

「そのために俺とイレーネが残った」

「信用してないわけじゃないですよ──ありがとうございます。頂きます」

 

 マグカップを差し出されたルークは、椅子に座ったままハチを見上げる。ハチはマグカップの中の液体を熱そうに数口すすると、モニターの文字列に目を落とした。

 

「こりゃなんだ?」

「情報ですよ」

「これが? 猫がキーボードの上を歩いた跡じゃなくて?」

「ある程度()()()人間は、ぱっと見ではわからない様にやり取りをしています。真実や事実だけが情報の価値を決めるわけではありません。張り巡らせた欺瞞と内容が伝播する速度まで操ることで、ただひとつの事実が二倍三倍の価値を持つこともあります」

「へぇ」

 

 よくわからんが、なるほどこういう世界だとしたらグリゴリーが「情報の価値」を低く見積もる人間に対して剣呑な態度を取ることも頷ける。ハチは一人で納得した。

 

 ルークがキーボードから手を放し、マグカップを少し傾けた。部屋の中にずずっと湿った音が控えめに響く。

 

「……おいしいですね」

 

 ルークがカップの中身に視線を落として呟いた。

 

「どこでこれを?」

「隣の隣の部屋」

「だいぶ鮮度がいいです」

「未開封の缶だったからな。まだあるぞ」

「あとで見に行きます。これは大事にしたい」

「そうかそうか」

 

 笑みを浮かべながら頷くハチに、もう一度礼を言ってからルークは再びキーボードを操作し始めた。

 十数秒、ハチも一緒になってモニターを見ていたが、およそ理解できる文字列はなく、また何をしているのかも解説なしにはわからない。

 そんなところで長居するのもお互いにとって仕事の邪魔だと判断し、ハチはルークの肩をポンとたたいて、

 

「まぁ適度に休憩はさんでくれよ。自力で動けなくなったアンタを担いで脱出は現実的じゃない」

「それは、ええ。気をつけます」

 

 ちらりと顔を上げたルークの目には、ハチがひらひらと手を振りながらドアを閉める姿が映った。

 

 カップの中には華やかなダージリン。ここまで香る鮮度の茶葉は、久しぶりに口にした。

 ルークは今一度温かなマグカップを手に取って、深く肺の奥まで息を吸い、香りを楽しみ目を閉じてしばしの余韻に浸る。

 

 それからカップを机に置き、椅子の背もたれに身を預けて天を仰いだ。ひどい眼精疲労から何とか逃れようと目頭を指で押さえる。それでも、その疲労感は実際の作業時間の長さからくるものではない。

 

 目の前のモニターには目立つように拡大された短い一文。

 〝花を枯らせ〟の意味を持つ、暗号化されたメッセージ。

 傍受したそれの出所に、頭痛にも近い悪寒を覚える。

 

 声にもならないうめき声が、不健康な部屋に漏れていた。

 

 




連載再開できそうだといったな?
あれはうs……嘘ではない。でも来週は御免ほんとごめん仕事マジで終わらん過ぎて毎日残業パーティーで死にそうなのほんとごめん。
来週は休みます(迫真)
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