リコリスinタルコフ   作:奥の手

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玉と弾

 千束とたきなが足を踏み入れたカスタムズと呼ばれている一帯は、昨日探索したウッズとは全く異なる様相を呈している。

 元々は工場地帯に隣接する居住区画、そして開発区画であり、紛争前にはそれはもう大きな建物が次から次へと建設されようとしていた。

 

 紛争から閉鎖を経ている現在は、千束の持つマップを見る限りでは建設途中の建物が立ち並び、その周りを壁で囲まれているという区画と、もともと建てられていた倉庫群、南の方には工場地帯に勤務する者のための社員寮、一帯の東の方にある川を挟んで、税関ターミナルと押収品倉庫、貸し倉庫群が建ち並んでいる。

 ウッズが森と岩山のエリアであったことを考えるに、ここカスタムズは倉庫と建造物、コンテナと吹き曝しの工事現場で構成されている市街地とでもいうべきであろうか。当然交戦距離も、移動に関わる注意事項も勝手が変わってくる。千束とたきなは、地下通路から上がって地上に出る前に、今いるオールドガスステーションの建物内から外の様子を探った。

 

 千束が数十メートル先を、たきながスコープで数百メートル先を見通す。

 建物の窓から辺りを見る。遮蔽物はあるがそれだけ隠れる場所も存在し、不意の攻撃が襲ってくる可能性を示唆していた。

 

 さらにいうならば、

 

「……なるほど、狙撃し放題ですね」

 

 たきなは銃身を上げてスコープ越しに高い位置を見る。

 3階から4階建てに匹敵する背の高い倉庫群。その奥に伸びている煙突。見える範囲だけでも、そのような高所からの射線が通っている。つまり、もしそのような高い場所にスナイパーがいた場合、二人がここを飛び出すと丸見えということになる。

 

「千束、どうしますか?」

「どうしようかねぇ。壁伝いと、車を盾にしてとりあえず建物の中を目指して走ろうかな?」

「そうですね。どこに敵が潜んでいるかも分かりませんから」

 

 千束はKSGショットガンに弾が満杯であることを、たきなはボルトを少し交代させて、チェンバーに弾が入っていることを確認した。

 

 作戦本部への定期連絡は、先ほど地下通路から出てすぐに行った。情報を持っていそうな人物とのコンタクトと、その人物との交渉でまた別の人物に取引を持ちかけ、得た情報と交換で有力情報を手にしようとしていることを報告した。通信に出てきたのは昨日応対した人物と同じだった。

 

 高所からの射線、死角からの強襲、遭遇戦に備え、せめてもの心構えだけはしておこうと二人は一度顔を見合わせてから頷き、立ち上がる。

 

 オールドガスステーションは、おそらく紛争前からすでに打ち捨てられていたのか、給油設備や施設、建物そのものがすでにボロボロであった。全周を囲むように地面が盛り上がっており、その上に鉄製のフェンスが設置されている。まるで盆地の中にこの施設だけを閉じ込めるような、つまり見通しも行き通りも悪い閉鎖的な場所にここはあった。

 

 給油設備のすぐ脇に、タイヤが外されて何年もそこに鎮座しているであろう古びた車がある。そこまで一気に走り、千束は前方、たきなは後方を警戒して足を止める。

 今の所人影や足音はない。再び前進する。

 

 屋根のあるガスステーション西側まで走り、そこの錆びた大型トラックの側で再び停止、南の方角にあるガスステーション出入り口を見る。

 道が続いているので出入り口だと判断したが、実際にはそこを車両が通ることはできない。出入り口の上を通る鉄道路線があり、その線路から何らかの事故で横転した貨物列車の車体が、ガスステーション唯一の出入り口を塞ぐようにしてそこに横たわっている。

 遮蔽物にはなるが同時に偶発的な戦闘になる可能性も高い。そうなればこの距離感で戦う役目を率いるのは千束になる。千束は腹に力を入れて、

 

「いくよ」

「はい」

 

 トラック横から前進した。

 屋根の下を抜け、さんさんと輝く太陽の光を受けながらそのまま歩き、鉄道の下をくぐっていく。

 ジメジメとしたトンネル特有の湿気を僅かに感じながら、横転している列車の車体の側に取り付く。

 耳を澄ます。足音はない。たきなが千束の肩を叩き、右側には何もいないことを把握してから、千束は列車の左端から顔を出す。

 

 目の前に建物。右側は広く通路になっており、そのまたさらに右にも建物がある。入ってみるまで中がどのようになっているかはわからない。

 

「正面の建物に入りましょう」

 

 たきなが後ろから小声で助言する。千束は頷き、足を進めた。そのすぐ後をたきなが後ろ歩きでついていく。

 

 建物入り口まで来た。鉄製の扉の取っ手をたきなが握る。千束はいつでも発砲できる体勢でドア横、壁際に立ちたきなの合図を待つ。

 

 たきなと目を合わせる。二人が頷く。その瞬間たきなが扉を開き、千束は入ってすぐ右側に銃口を向ける。一瞬の判断で右側に敵なしと分かり、次の瞬間には左側にも銃口を向ける。その時。

 

 ババババババババババッ────! 

 

 連続した軽い銃声音。薄暗い建物内の入り口で、ちかちかとマズルフラッシュが瞬き周囲を点滅させる。

 千束は、今まさに自分の頭の左脇を銃弾が掠めているにも関わらず、ゆっくりと、緩慢な動きで射手を正面に捉えたまま右へ動いた。

 マズルフラッシュに照らされる敵の顔。入り口横の三メートルも離れていない場所から敵は短機関銃を連射してきた。しかし、

 

「ふふふ」

「な──なんなんだてめぇ!」

 

 千束の思わず漏らした笑みなど敵には聞こえていないだろうし、敵の怒声も千束には聞こえていない。ただただ銃弾が千束の左側面を流れ、銃声が建物内に反響し、マズルフラッシュが敵と千束の顔を瞬かせただけであった。

 

 敵の弾を避けながら千束は驚異的な動体視力で敵の銃の特徴を掴む。短機関銃、それも9mm弾を吐き出すMP5の一種、そして今なお弾が出続けていることからただのマガジンではなくドラムマガジンを装着していると判断。

 

 千束は右に動く足を止めず、そのままその場にしゃがんだ。敵の横へ薙ぐようにして発射されている9mm弾が、しゃがんだ千束の頭上を通り過ぎる。

 敵が千束の頭を追いかけるように、MP5の銃口を下げようとした。その瞬間を千束は逃さなかった。KSGショットガンの引き金を引く。狙いは、

 

「あ…………」

 

 頭を狙おうとしたが、敵の左手が邪魔で狙えなかった。瞬時に目標変更。胴体はどうか。ダメだ。プレートアーマーのようなものを着ている気がする。ならば次に効果的なのは────。

 

 千束は引き金を引いた。イオテック社製の赤いレティクルの中に収まっていたのは、敵の男の股間だった。

 

 重く乾いた銃声。同時に千束は右に体を投げ出し、ころんと地面を転がる。千束の被っていた迷彩柄のキャップが地面に落ちる。そして、千束がいた場所に9mm弾が降り注ぎ、床に穴を開けた。キャップには当たらなかった。直後に連続した銃声が途切れる。

 男は体をくの字にして後ろに吹き飛んだ。床に仰向けに転がり、一度うめきながら体の左側面を床に押し付けるようにして悶え苦しんだ。と、思った次の瞬間には意識を手放し、動かなくなった。

 

 千束は銃口を男に向けたまま立ち上がり、歩み寄る。途中で落としたキャップを被り直し、男の顔を覗き見た。男はバラクラバをつけておらず、表情がよく見えていた。地獄の拷問を一通り体験してきたような苦しげな顔のまま目を瞑って気絶している。千束は「あちゃー」という顔で苦笑いを浮かべながら男から銃口を下ろし、背後を確認した。

 

 たきなはすでに建物内に入っており、千束が戦闘中にその後方、建物奥のクリアリングを済ませていた。敵影はなし。この男単独の行動とみた。

 

 たきなは建物奥にボルトアクションライフルの銃口を向けたまま千束の方に歩み寄る。千束はたきなの方を見ながら呟いた。

 

「やっちゃった」

「殺したんですか?」

「いやそうじゃなくて、いや、まぁ、未来の子供が死んじゃったかもしれないというか」

「…………?」

「弾が玉にあたっちゃった」

「あぁ…………」

 

 たきなが同情の目で一瞬、横たわる男を見下ろした。すぐに目線を上げて周囲を索敵する。

 千束はKSGショットガンにゴム弾を装填しながら、たきなに聞いた。

 

「やっぱ痛いのかな?」

「痛いんじゃないですか? 1発でカタがつくんですから」

「大怪我になってたらどうしよ」

「そんな心配する必要ないですよ。殺しに来てたんですから、生きててよかったと思われるでしょう」

「そんなもんかぁ……」

「そんなに心配なら服を脱がして確認すればいいじゃないですか」

 

 たきなの言葉を聞いた千束は、三秒ほど考えて、それから顔が徐々に赤くなり、

 

「んなことするかッ!」

 

 耳まで赤くしてからそう叫んだ。

 

 たきなは建物奥から目線を離さず、ボルトアクションライフルの銃口を下ろして千束に続ける。

 

「それより千束、この男の持ち物を探ってください。鍵とかあったら持って行きましょう」

「おーけーだぜー」

 

 千束はしゃがみ、ものすごい表情のまま気絶している男のリグやポケットを探る。男はバックパックを身につけていなかった。どこかに置いてきたのか、はなから装備していないのかはわからない。

 

「お」

 

 ポケットを探っていた千束が声をあげる。引っ張り出したのは鍵だった。細身で長く、シルバーの鍵である。

 

「あったよたきな。どれどれ…………ドームルーム220って書いてあるね」

「社員寮のことですかね? ちょうどいいじゃないですか。入れるかもしれません」

「そんじゃ頂いていこっか。ごめんねぇ〜」

 

 千束は片手で合掌しながら鍵をポケットに入れていく。申し訳なさそうな目でそう呟いた。弾を当てた場所といい鍵を取っていくことといい、割と本気で謝っていた。たきなは千束のそういうところに言葉にしにくい好意のようなものを覚えたが、その場ではなにも言わなかった。黙って索敵に専念する。

 

 そのほか何か持ち物でめぼしいものはないか千束は探ったが、鍵や貴重品は出てこなかった。ドックダグを見て、BEARの隊員であることがわかった。

 

「BEARだけど使ってる武器は西側のやつなんだね?」

「ジャックさんもペーペーシャを使ってましたし、あまり陣営と装備品は関係がないのかもしれませんね」

「タルコフの中でどの人物と取引しているのかとか、例えば拾ったとか、奪ったとかでごっちゃになるのかね」

「その可能性が高いですね。千束、他に持っていくものは見つかりましたか?」

 

 たきなの問いに千束は首を横に振って答える。それから気絶している男を近くのタンクの陰に運んで見えずらいようにしてから、出発した。

 

「とりあえず、この建物をざっと見て、反対側から出られそうだったら出ましょうか」

「賛成。行こっか」

 

 見える範囲には瓦礫が散乱している。中央の床は崩落して地下と繋がってしまっているのも確認した。

 二人は立ち上がり、再び周囲を警戒しながら、瓦礫を踏み越えつつ建物の中を探索しはじめた。

 

 

 

 

 

 




必要とあらばたきなは平気で敵のズボンとパンツをずり下ろしそう。
無表情で「大丈夫です、けがは大したことありません」とか言っちゃって。
横で千束が顔真っ赤にしてんだけど、その千束の顔を見て初めて自分がしていることに羞恥心を覚えて同じく耳まで赤くしそう。直後にサイドアーム抜いて敵の頭に照準を合わせそうだからこの話はここで終わりにしよう。
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