リコリスinタルコフ   作:奥の手

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倉庫戦

 誰に言ったのか、いつ言ったのかは覚えていないが、なぜ弾を避けられるのかと聞かれたときに、確かに自分は「ありゃ勘だよ」と答えたのを覚えている。

 

 聞いてきたのはたきなだったか、先生だったか、それとも指令か。はたまた真島か? 

 相手の銃口と引き金を引く指の動き。相手の目線、息遣い、周囲の状況、遮蔽物の位置と大きさ。そう言った総合的なものを見てはいるが、結局どうやっているのかと聞かれれば「勘」と答えざるを得ないのだ。

 

 なぜなら、自分が見ていない場所から撃たれても、なんとなく「撃たれている」「狙われている」というのを感じるからだ。どこから、どのように、どのタイミングで撃たれるのかが、なぜか体に伝わってくる。そしてどこに体を動かせば当たらないのかが「勘で」わかる。

 千束は弾を避ける時、論理的に理解して体を動かしているわけではなかった。

 

 だからこそ。

 

 軍用トラックの右側から飛び出した瞬間、千束は嫌な予感を感じ取っていた。具体的に言葉にはできない。説明できるものではない。でも確かに「いつもと違う」違和感。囮として飛び出したのに、自分を狙う存在をどこからも感じない。

 

 それは、つまり。

 

 倉庫上のスナイパーが、自分ではない誰かを狙っているということ。

 いや、誰かなんて曖昧なものではなく、今戦っているのは自分か、それとも相棒のたきなか。

 

 自分が狙われていないのなら、今銃口を向けられているのはたきなしかいない。当然、たきなは弾を避けるなんてことはできない。

 

 千束は北西の倉庫に向けて全力で出していた足を無理やり引き留めて、すぐさま踵を返した。

 同時に銃声。たきなの持つボルトアクションライフルのくぐもった音と、倉庫屋根から響いた長くたなびく乾いた銃声。

 

「たきなッッッ!!!!」

 

 全力で走る。今までで一番早く走った。トラックの向こう側が見えない。死角になっている。たきなはどうなった。無事なのか、被弾していないか。

 

 右手でトラックのボンネットを掴みながら勢いよく裏へ回る。すぐさま視認。そこには、

 

「たき────」

 

 たきながいた。うつ伏せで、顔を地面につけて、ぴくりとも動かないたきなが。

 

 千束の手の平にじわりと汗が染み出した。拍動のないはずの心臓がどくりと大きな音を立てた気がした。

 地面を蹴り出す。数歩でたきなの元へ駆け寄り、声をかけるよりも先にたきなの左手、自分に近い方の腕を掴み、あらん限りの力で引っ張ってトラックの裏へ引き寄せる。

 

 たきなを仰向けにする。背中に背負っているリュックが邪魔でうまく起こせない。すぐに肩紐を外してリュックをトラック下に放る。たきなをトラックのタイヤ部分にもたれ掛けさせて、傷はどこか、出血はどこか瞬時に見検める。

 

 出血は────ない。

 アーマーリグに弾痕は、ない。

 足は、手は、腹は。こちらもない。じゃあどこに。

 

「あ…………」

 

 そして千束は頭を見た。たきなのかぶっているヘルメットの頭頂部。ナイトビジョン装置を取り付ける溝のちょうど上のあたりに銃弾が当たり、跳弾している跡を見つけた。貫通はしていない。たきなへのダメージは、ヘルメットに加わった衝撃で脳震盪を起こしている、それだけだと悟った。

 

 千束は胸を撫で下ろす。ひとまず命に別状はない。たきなは死んでいないし、致命傷も負っていない。

 

 息を吐く。長い時間息をしていなかった。詰まっていたものを吐き出すように長く息を吐いて、それから近くに落ちていたたきなのボルトアクションライフルを手繰り寄せた。

 

 たきなの近くに立てかける。トラック左側に寄り、一瞬だけ顔を出して西側倉庫の屋上を見る。

 

「………………」

 

 敵がいない。消えている。先程までこちらを狙い、撃ってきていたスナイパーがそこにはいない。たきなの弾が当たったのか。倒したのか。────死んだのか。

 

 敵の生死はわからない。死んでいたら嫌だなと一瞬思ったが、千束はあえてもうそれ以上は考えないことにした。

 たきなの射撃の腕は信頼のおける逸品である。命を奪わないという千束のやり方もたきなは納得してくれている。きっと、きっとたきななら、敵の武器を破壊したり、腕を撃ったりして無力化してくれている。

 

 だから考えないことにした。今はそれよりもやるべきことがある。

 たきなの命を、何者からも守らなければならない。

 

 千束は自分のリュックを下ろしてたきなのリュックの隣に置いた。KSGショットガンを水平に突き出して、自分たちが先ほど出てきた倉庫の方へ向ける。数十秒前、確かに銃声がなり、今は鳴り止んでいる倉庫へ。

 

「待っててねたきな。すぐ戻ってくるから」

 

 ありがとう、たきな。私を守ってくれて。戦ってくれて。

 今度は私が守ってあげるから。

 

 千束は小さく呟き、倉庫入り口へ駆け寄った。

 

 ◯

 

 この倉庫は薄暗い。昼間だというのに日の光はほとんど入っておらず、倉庫内に放置された車両や資材が濃い影を落としている。

 

 正直言って千束の得意な場所ではなかった。目で見て避ける精度が否応なしに落ちる。いくら勘が働くとはいえ、飛んでくる何十発もの弾丸を何も見ずに避けることはできない。

 

 だからここでは定石通りの戦い方をする。遮蔽物を使い、常に移動して敵に自分の位置を読ませずに、かつ敵の位置は全て正確に把握する。そのつもりで動く。

 

 千束は入り口近くの車両に身を寄せて音を聞いた。ヘッドセットが機械的に増幅した小さな音を聞き分ける。風の音、鳥の鳴き声、それらを意識の外へ排除して、今聞きたいのは人の足音と息遣い。どこにいるのか、何人いるのか、近いのか遠いのか。

 

「…………下か」

 

 自分たちが数分前に探索した、崩落した入り口を降りて侵入できる地下。そこから微かだが足音と、物を漁る音が聞こえた。

 

 千束は足音を殺して倉庫南側の地下へ続く崩落場所へ進む。屈まなければ出入りできない狭い穴に向かって、KSGショットガンをぴたりと構える。

 

 音を聞く。下にいる人数を探る。一人……足音が聞こえる。同時にバックか何かを漁る音も聞こえる。ということは最低でも二人はいる。千束が今いる場所からさらに南側で音がしている。目の前に崩落している穴に渡されている石柱を降りて、ちょうど真後ろということになる。

 

 ならば好機。

 千束は足音を殺して石柱を降りた。姿勢を低くして穴に潜る。ブーツの裏からこぼれた小石がコロコロと落ちた。同時に、千束は石柱から飛び降りて地下に降り立ち、南側に銃口を向けた。

 

「ッ!」

 

 瞬間、千束は走り出す。瓦礫を蹴り上げ、地下を南側に進む。数十メートル先に、落ちているダッフルバックを漁っていた一人と、周囲を警戒していた一人が見える。どちらもしっかりとしたアーマーにアサルトライフルを持ち、バックパックを背負っている。見張りをしていた方が反応した。下げていた銃口が持ち上がる。千束に狙いを定める。その前に、

 

「くらえ!」

 

 ダァンッ!! 

 

 KSGショットガンの引き金を引いた。マズルフラッシュが暗い地下を一瞬照らす。弾は、今まさに銃口をあげようとしていた男の胸にあった。男が体をくの字にする。銃口が下がる。だが男はその場に倒れずたたらを踏んだだけで、すぐさま顔を上げて千束を見た。

 

 千束の足は止まらない。今撃った男の右側へ回るようにして恐ろしい速さで移動する。柱の裏へ回る。男からの視界を切る。柱の裏で、千束は百八十度ターンした。男は、千束の進行方向に自身の武器────カスタムされたM4を向けていたが、千束が顔と銃口を出したのは男がむけている方向とは反対側だった。

 

 男がそれに気づいてM4を水平に動かすより先に、千束のKSGショットガンが火を吹いた。マズルフラッシュに千束の顔が照らされる。バラクラバ越しに見えた千束の目が、やけに男の脳裏に焼きついた。男が意識を保っていられたのは、そこまでだった。

 

 非殺傷ゴム弾が男の頭を揺らした。後ろに崩れ落ちる。千束は男が地面に完全に倒れるより前に動き出した。柱から飛び出して、たった今倒れた男の方へ走る。近くに瓦礫が積み重なっている。姿勢を低くすれば遮蔽物になる大きさである。

 

 数瞬前まで千束の体のあった場所を白い光が裂き、弾が数発通り過ぎた。

 

 暗闇の地下にサイレンサーで減音された音が響く。立て続けに数発。音の発生源は地下空間の一番南の壁際からだった。ダッフルバックをあさっていた男が異常に気付き、そしてたった今仲間を倒した千束に発砲したのである。銃口付近に取り付けられたフラッシュライトが千束の体を照らそうと追いかける。光の中心点に弾が吐き出される。

 

 だが当たらない。千束の後ろを通り過ぎる弾丸が、横凪に撃ち込まれたとしても、千束の体を捉えることはなかった。

 

 千束は最初に倒した男の近くまで走ると、瓦礫の裏に体を滑り込ませた。敵が持つM4に取り付けられたフラッシュライトが、千束の体を隠している瓦礫を暗闇に浮かび上がらせる。瓦礫の周りは闇である。地下の北側に置かれている工事用電灯の光が壁に反射してわずかに届いているのみであり、敵の男は、千束を袋に閉じ込めたネズミのように思ったのか、口角をゆっくりと持ち上げた。

 

 敵はまっすぐ千束のいる瓦礫を照らし、そして照準を置いている。だが撃たない。確実に仕留めるために撃たない判断をしている。千束が姿を表せば、その命を刈り取るだけの弾を浴びせるつもりで銃口を固定している。

 

 そのまま数秒が経過した。戦闘においてその数秒は、男にとって数時間にも匹敵するような時間だった。

 痺れを切らして男が怒鳴る。英語だった。

 

「出てきやがれ小鼠め。お前はもう終わりだ。ぶっ殺して装備を剥ぎ取ってやる」

 

 男は照準を瓦礫に向けたまま右へ足を進めた。出てこないなら自分から回り込んで蜂の巣にしてやる。そのつもりでゆっくりと動き出した。ゴツいブーツがジャリジャリと地面の砂や小石を踏みしめる。やけに静かな地下空間に、男の立てる足音が大きく響いた。

 

 男がちょうど10歩動いたところで、瓦礫の裏から千束が英語で喋りかけた。

 

「やーおにいさん。殺さないからさ、降参してくれない?」

 

 千束の声を聞いて男は足を止めた。訝しむように首を傾げる。

 

「女か? お前」

「そうだよ」

 

 千束の返事に、男はくっくっくっと喉を鳴らして押し笑うと、再び右へ回り込むように足を動かした。

 

「ラッキーだぜ。糞みてぇな戦場続きでちょうど溜まってたところだ。なるべく生かしといてやる。お前こそ武器を捨てて降参しろ。もう逃げらんねぇぜ」

「あー、そういうこと言っちゃう?」

 

 千束が軽い調子でそう言った。男がもうあと3歩で瓦礫の裏側に射線を通すというところで、千束のいる瓦礫の端から物音がした。

 

 瓦礫の端に、拳大ほどの石が投げつけられる。男はすぐさま銃口をそこへ向け、躊躇わず発砲した。三発の銃弾が何もいない地面を穿ったのと、そこで捲れ上がった砂埃を踏み潰すように千束が走り出したのが同時だった。

 

 男は慌てて銃口をあげる。千束の跡を追うように発砲する。フラッシュライトは確かにその端に千束の姿を照らしていた。白金髪の千束の髪が、被っているキャップの後ろからたなびいているのを男は視認した。だが銃口は追いつかない。虚しくも5.56mm弾は千束の後ろを通り過ぎていく。

 

「くそ! ちょこまか動きやがって!!」

 

 発砲しながら男が悪態を突く。しかし叫んだところで弾は千束を捕えない。千束は初めに身を隠した柱のところまで行くと、今度はそのまま走り抜けた。柱に男の弾が数発あたりコンクリートを砕く。粉塵が舞う。そこで男のM4は静かになった。弾切れだ。

 

 千束はその瞬間を見逃さなかった。下げていたKSGショットガンの銃口をぴたりと上げて男に向ける。男は走り出した。同時に空になったM4のマガジンをその場で弾き飛ばして、胸のリグから新しいマガジンを取り出し、M4に叩き込もうとする。

 

 千束はその手元を狙った。新しいマガジンがM4に突き刺さるその一瞬前で発砲。ゴム弾は男のマガジンを持つ左手の指と、マガジン本体にぶち当たった。

 

「いッ!!!」

 

 男が思わず声をあげる。マガジンは弾き飛ばされ、千束の打ったゴム弾のうち何発かのペレットがM4本体にも当たり、男はM4を取り落としそうになった。

 

 千束はすぐさまポンプアクションをする。次発が薬室に装填され、いつでも撃てる状態になる。今度は男の頭を狙った。横へ逃れようと走る男を頭を追う。

 

 男はM4を潔くその場に手放し、すぐさま腰のホルスターから拳銃を抜いた。銃口が千束に向けられる。引き金が絞られ、乾いた音とマズルフラッシュがちかりと瞬く。千束は一歩もそこから動かず、身じろぎもせず、ぴたりと銃口を男の頭に合わせていた。

 

 男の拳銃弾はハナから当たらなかった。だから千束は避けなかった。そして十分落ち着いてエイムをし、KSGショットガンの引き金を引いた。

 

 重く大きな発砲音。直後、走っていた男の体が左に大きく跳び、頭から崩れ落ちた。非殺傷ゴム弾は男の側頭部を撃ち抜いていた。男はもう、しばらくは一言も喋れない体になる。

 

「ふー…………よし」

 

 銃口を下す。すぐさま胸の弾薬ポーチからゴム弾を取り出して、KSGショットガンに装填する。弾が銃本体に擦れる質素な音が地下に響いた。ポンプして薬室に一発、マガジンに七発送り込み、改めて周囲に銃口を向けて警戒する。

 

 数分前の銃声は三つだった。順当に考えてこの二人組と誰か一人が戦闘をして、そして一人の方が負けたと考えるのが自然だ。だがここは戦場である。気を抜いていい理由にはならない。たまたま身を隠しただけで、脅威はすぐそこに迫っているかもしれない。

 

 千束は、たった今気絶させた二人の武装から弾を抜いた。拳銃のマガジンと薬室の弾を適当にそこらへ放り投げ、スライドを分解してバラバラにする。M4はテイクダウンしてガスブロックを放り投げる。もちろんマガジンも別々の場所へ投げた。これで簡単には使えない。

 

「よし、行きますか」

 

 分解中も物音に集中して、残存する敵がいないか探っていた。物音も足音も今の所はしない。しかし一通り倉庫内をクリアリングしといて損はないだろう。用心には用心を。千束は地下から見て回るため、足を進めた。

 

 早くたきなの元へ帰りたい。

 たきなの声が聞きたい。

 千束の胸中には、そんな思いが走っていた。

 

 

 

 

 




現実ゲームの話なんですけど、流石に最近は高レベル高級装備プレイヤーに轢き殺されるばかりで、全然レイドに行ってないですね……。
でもオフラインでマップを散歩するだけでも謎の中毒があって楽しいです。カスタムズの隅々まで散歩していると、西の方の建物の中ですごいものと遭遇しまして。あれ有名なんですかね……? 変なマネキン。
なんで便器被ってるの……? びっくりして心臓止まるかと思った。千束が不整脈起こすレベル。
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