カスタムM4を持っていた二人組を倒した千束は、丁寧に、しかし迅速に倉庫内をクリアリングしていた。
車の裏からコンテナの物陰まで、隠れられるところ、潜められるところの全てに銃口を向けて、一瞬だけ見て回った。
地上一階の北側には二つの死体が転がっていた。ひとつは千束が股間を撃ち抜いた、MP5の男。もう一人は知らない男だったが、おそらくM4の二人組と交戦して敗れたのであろう。千束は口を結びながら少しだけ手を合わせて、何も言わずにその場を去った。
ゆっくりはしていられない。感傷的になっている暇もない。
気絶しているたきなを長時間そのままにはして置けないし、もし誰かがたきなのそばを通ったら、それだけでたきなの命は危険にさらされる。
行きで敵がいないことを十分に確かめた千束は、たきなの元へ戻る帰りの順路を全速力で走った。倉庫内地上を通り、北から南へ。口を開けた出入り口から飛び出して、右手の軍用トラックのところまで駆け寄る。
たきなは無事だった。誰もここにはきていない。
「たきな……たきな、目を覚まして」
トラックにもたれかかり、今なお意識を戻さないたきなの肩を少し揺する。脳震盪での気絶であれば、時間をおけば回復するはず。
千束はそう判断した。そしてダメ押しで心拍数を上げる興奮剤と鎮痛剤の入った注射器を取り出し、たきなの首筋に刺した。
数秒して、
「ん…………あれ、ここは…………いや、千束…………っ!」
たきなは瞼を震わせながらうっすらと目を開け、そして目の前で祈るような顔をしていた千束を見つけて、意識が覚醒した。
もたれかかっていたトラックから体を起こし、周囲を一度見まわしてから千束に問いかける。
「どれくらい寝ていましたか」
「十分くらいかな。倉庫の敵は眠らしたよ。四人いて……二人死んじゃってたけど、私たちにはどうにもできなかったことだから」
「ええ、気にしない方がいいです」
気していては前には進めない。どうにもできないことをどうにかしようと考えるほど無駄なことはないし、そんなことに割いている時間もない。
たきなは立ち上がり、そばに立てかけていたM24A3ボルトアクションライフルを抱え上げる。マガジンを外して、弾がフル装填されているものに差し替えた。ついでに一発消費しているマガジンにも給弾しておく。
「屋上の敵は、どうなりましたか?」
「わからない。でもいなくなってるよ。たきなすっごいね」
「いえ……一発もらってしまいました。ヘルメットがなかったらと思うと」
そう呟くたきなに、千束はゆっくりと首を振って、
「でもヘルメットは着けていた。命が助かった。たきなは狙撃の腕もあるけど、運も味方してると思う」
KSGショットガンに少しだけ目を落として、それから千束はたきなをまっすぐに見た。
「運が味方してくれているうちに、早く探し物を見つけて帰ろうぜ」
「えぇ、全くその通りです」
お互いに深く頷いてから、二人は軍用トラックを離れ、西の方角へと歩き出した。
◯
抜けるような気持ちの良い青空の下、コンクリート製の無骨なフェンスが左手に伸びているとても見通しの良い通路を、二人は警戒しながら進んでいた。
倉庫の屋上、建物の出入り口、放置された車両、草陰、コンテナの裏。
敵が潜んでいそうな場所、射線が通っていそうな場所。それら全てに抜かりなく銃口を向けていく。
しばらく歩くと、左手に聳え立っていたコンクリートフェンスが倒壊している箇所に遭遇した。
大きな破片状に砕けて手前側に倒れている。大人二人が余裕で通れそうなその場所の先には、カスタムズを東西に横断している舗装路が見えていた。
「やった、ここから通れるよたきな」
「ですね。気を付けてください。これは……検問所でしょうか?」
コンクリートフェンスを抜けたすぐ右手には、国連の印が刻まれた青い鉄製フェンスが道路を寸断していた。つまり、この道を通ってカスタムズのさらに西へはいけないようである。探せば抜け穴があるかもしれないが、東を目指す二人にとっては、西側に続く道などどうでもいいことであった。
すぐ近くには見張りのための施設なのか、茶色い二階建ての建物が立っており、南の方角にはもともとあったのであろう鉄製のゲートが閉じられていた。おそらく、工場内に運び込む荷物の安全検査などをここで行っていたのだろう。
紛争時に、もともと検査場だったところを後から分断して検問所にしたのだろうか。それとも分断しなければならない地理的な理由があるのか、それは定かではなかったが、とりあえずおかげで西側からの射線は気にしなくて良くなっていた。
「建物には人影がありませんね」
「東側の道路上にも今のところ誰もいないね。こりゃ気持ち良くお散歩できそう」
「油断しないでくださいね。どこから狙撃されるかわかりません」
「頭に一発もらった人が言うと重みが違うね……」
肘で小突きながらそう言う千束に、
「うるさいですね」
たきなは眉を顰めながら千束を睨んだ。ちょっと怒っているのがわかったので千束は「ごめんってたきなぁー」と呟きながら歩みを進めた。
しばらく歩くと、これまた道路が寸断されていた。
今度はフェンスではなく、大型のトレーラーと普通乗用車が重なるように道路を塞いでいる。そしてその合間の通行を拒むように有刺鉄線や金属の車止めが積み上げられていた。
「どうやって進むんじゃこれ」
口をへの字に曲げながらそう漏らした千束の肩を、たきながとんと叩いて南の方を指差す。
「このガソリンスタンドの中を通っていけそうですよ」
「うーわ、見るからになんか居そうなんだけど」
「警戒していきましょう。距離が近いので、千束が前でお願いします」
そう言ってたきなはボルトアクションライフルを体の横に回して、拳銃を抜いた。安全装置を外していつでも撃てる状態にする。千束はKSGショットガンの銃口を前方に突き出した。
千束が前を先行し、たきなが後方、側面を警戒して拳銃を向けながら進んでいく。
かつてはガソリンスタンドであり、今は荒れて廃墟同然になっている建物に侵入する。中は薄暗いが電気が来ているらしく、ところどころ明かりが灯っていた。
音を聞く。足音はない。当然銃声もない。
人のいる気配がしない。念の為入り口から入ってすぐの部屋と、商品が置かれているメインフロア、そしてさらにその奥の部屋も見て回る。隠れている人間はいないようだった。
ついでに部屋の中に放置されていたダッフルバックを漁って、使えそうなものを拝借していった。メインフロアに放置されていた食料品も、まだ食べられそうなものは持っていくことにして、バックに詰め込んでその場を後にした。
東に面した店舗出入り口から外に出る。道路側には乗り捨てられたのかあえてそこに配置してあるのか、大量の車両が放置されていた。
「ちょっと見てみていい?」
「ええ、そうですね」
鍵のかかっていない車両が転がっている。
たきなが周囲を警戒し、千束がボンネットを開けてエンジンルームを覗いてみると、バッテリーが抜かれていた。三台調べて三台ともバッテリーがない。うち二台はエンジンプラグも抜かれているようだった。
「なーるほど。乗り捨てられた車からバッテリーを拝借して電力を確保するのか」
「でもどうやって充電するんです? 発電機があるんですか」
「あるんじゃないかな。ほら、ジャックさんの隠れ家にも小型の発電機あったじゃん? ああいうの集めてバッテリーに充電しとけば、燃料が切れてもしばらくは使えるし。見かけたら持っていく?」
千束の問いにたきなは少し考えてから首を振った。
「重いしかさばります。どこかに拠点を作れたら考えましょう。それまでは機動力の方を重視した方がいいです」
「それもそうだな。んじゃ車漁りはこの辺で」
ボンネットを閉じて、二人はガソリンスタンドを後にした。
◯
その後は、周囲を警戒しながらも東西に伸びる道路を東の方に進んでいき、その行程は至って順調であった。
途中、南側にオレンジ色の建物が見えた時、その建物から複数の銃声が聞こえてきた。
「あれが社員寮かな?」
「そうみたいですね。千束、たしか寮の鍵を拾っていましたよね」
「あるよ。行く?」
「いえ、やめときましょう。確実に敵がいます」
たきなの即答に千束も同意して、寮側から見つからないように足早にその場を離れた。
道を左手にして二人は少し木々の生えているところを東に進んだ。視線と斜線を切りつつ警戒して進んでいく。特に南側、寮のあった方向からは敵がこちらに来る可能性も十分にあったため、その方向はたきなが警戒した。
しばらく進むと橋が見えてきた。川を挟んで東側のターミナルエリアへと続く橋である。
橋の上には複数の車両が乗り捨てられている。一応遮蔽になるようであったが、千束は橋から見て北西の方角にある、建設途中の二階建ての建物が気になっていた。
目の前には南北に道が走っており、視界が開けている。進むにはどの角度からも狙われる場所であったため、一旦手前の草陰で地図を開いて位置関係を確認する。そして建設途中の建物の方を見て、難しい顔をした。
「千束、どうしました?」
「いやね、なんかあの建物が気になるなって」
「気になる? 探索したいということですか」
「いや、そうじゃなくて。あそこから、私たちが渡ろうとしてる橋って丸見えなんじゃないかなって」
そう言われてたきなも一瞬、数百メートル先にある建造物を見て、再び南側に視線を戻しながら口を開いた。
「その通りかもしれません。スナイパーが待ち伏せしていて、かつ獲物を狙うとしたら、橋を渡る人間は好都合でしょうね」
「ううーん、どうすっかなぁ……」
「でも渡らないと東側のターミナルエリアにはいけませんよね」
「そうなんだよ。えぇ……川に入って泳いで渡るか……? それは嫌だな……」
「私は泳げますよ?」
「装備が濡れちゃうでしょ。濡れちゃ困るものもあるし、どうにか迂回して渡れないかなぁ」
困り顔でため息をついた千束は、しばらくうーんと唸ったのち、決心したように地図をしまって立ち上がった。
「とりあえず橋の下に行ってみるか。浅瀬があるかもしれないし」
そうして、目の前の南北に走っている道を横断して、草木が茂っている川縁へ進んでいった。急な斜面を下っていって、木々と背の高い草をかき分けて前を見ると、
「お!」
千束が思わず声を上げた。
そこには、いくつかのコンテナを川に沈めて隙間に鉄板と木材を渡しただけの貧相な、しかし確かに体も装備も濡らさずに川を渡れる通路が存在していた。
千束はにんまりと笑い、たきなはほっとした顔で頷いて、そのお手製の橋を渡っていった。
対岸のこれまた急斜面を登っていくと、左手十一時の方向に建物が見えた。
赤錆びた色の大きな倉庫。周囲は鉄のフェンスで囲まれていて、どこからでも入れるわけではなさそうだった。
道を渡ってフェンスのそばに取り付く。そのままフェンス伝いに東の方へ進むと、中に入れそうな入り口があった。鍵はかかっていない。ありがたく侵入する。
数十メートル先に聳え立つ赤い倉庫。これが、このターミナルエリアを代表するような建物であった。紛争前は確か押収品保管倉庫として使われていたと、ヒュージーが話していた気がする。
赤倉庫の外側まで、なるべく足音を立てないように進んでいく。ヒュージーの情報ではカスタムズの東側、つまりこのエリアのどこかにスキーヤーがいると言う話だった。いや、もしかしたらそれはあくまでこの辺りが根城というだけであって、ピンポイントにこの赤倉庫にスキーヤーがいるわけではないかもしれない。なにせこのような建物は目立つ。隠れ家にするにしても根城にするにしてもこんな場所にこんな大きさで横たわっている建物に常時いるとは考えにくい。
ではなぜこの倉庫に二人は歩みを進めたのか。音を消して、壁際に取り付いたのか。
それは。
「────だな」
「いや────この──」
中に人がいる。遠くからたきなが人影を確認して、壁際に取り付いた今、中で話をしている人間の声が途切れ途切れで聞こえてくる。
微弱な音を増幅するヘッドセットから聞こえてきたのは、訛りのあるロシア語だった。喋っている人数は二人のようである。
大きく開いている出入り口の端から、千束が一瞬だけ中を覗き、様子を伺う。
中には十人近い人間がいた。銃も持っている。集団の真ん中で話をしている人間が二人いて、一人はジャケットにスーツパンツ、もうひとりは迷彩柄のカーゴパンツに派手な赤色のジャンパーを羽織っていた。
どうも、倉庫内にいる人間の集団はPMCの雰囲気ではない。服装や持っている銃、装備、背格好から伺うことしかできないが、スカブのような気がする。
「何をしてるんだろう」
「取引……ですかね」
中に聞こえないように最小限の音量で千束とたきなは意見を交換した。
「どうする? 全員気絶させてふん縛って話聞いてみる? スキーヤーと関わりのある人たちかもしれないし」
「違った時が面倒ですね…………解散したところを何人か襲って話を聞いてみるのはどうです」
「その方が難しいでしょ。誰がどこにいくかわかんないし。今なら話に夢中だから先手打てるよ」
「そうですね……」
たきなは顎に手を当てて、それから数秒して頷いた。
「そうしましょう。ここから見て右側半分の敵は私が足と武器を撃ちます。千束は建物左側に回り込んで、手前の敵を片付けてください」
「りょうかーい」
「…………くれぐれも、気をつけてくださいね」
「そりゃこっちのセリフだ。反撃もらうなよ。いざとなったら引っ込んでいいから」
そう言い残して、千束は建物を反時計回りに回り込んでいった。
たきなはボルトアクションライフルの安全装置を外し、ボルトを少し引いてチャンバー内の弾を確認する。しっかりと銅色の弾頭と黄金色の薬莢を視認して、たきなはよろしく頼みますと念を送っておいた。
可変倍率スコープの倍率を2倍に合わせる。入り口の端に膝立ちになり、体を右にリーンすれば銃身を出せるように体勢を整える。
ぴたりと止まって息を吸い、ゆっくりと吐く。千束からの通信を待つ。
程なくしてヘッドセットに千束の声が届いた。
「位置についた。用意OK?」
「できています。いつでもどうぞ」
「了解。攻撃3秒前──2、1──状況開始」
千束の声とほぼ同時に、赤倉庫内にKSGショットガンの銃声と、M24A3ボルトアクションライフルのくぐもった重く響く銃声が轟いた。
最近は水曜&日曜が休みで、他は出勤しているんですが、こう……仕事の合間にみなさんからいただくメッセージを読むのが何よりも楽しくてですね。励みになります。スルメを噛み締めるように一言一句味わっております。仕事しろや。