倉庫内へ突撃した千束が、何も背負っていないのをたきなは確認した。
たきなの背中にはバックパックが背負われている。もし、万が一にもこの場から逃走しなければならなくなった時、二人のうちどちらかがバックパックを持っていれば数日は生き延びられる。
今回の戦闘でたきなは機動力を必要としない。できれば毎回こういう形で、二人のうちどちらかは保険でバックパックを保持して戦ったほうがいいだろうなと、たきなはスコープの中に男の足をとらえながら考えた。
右目では2倍に拡大された男の様子を、左目ではぼんやりと倉庫の中全体の様子を捉える。
千束が暴れ回っている。
たきなの位置から見て十時の方角の入り口から攻め込んだ千束は、まず最初にいちばん手前にいた敵の頭に立て続けにゴム弾を叩き込んだ。走りながら、接近しながら二人を倒す。それぞれに一発づつ、計二発を発砲している。
KSGショットガンの装弾数は片側七発。薬室に一発で、連続して撃てるのは合計八発である。マガジンチューブの切り替えスイッチを操作すれば、もう片側のマガジンが使えてプラス七発が撃てるようになる。
千束は片側に非殺傷弾、もう片側に実弾の7mmバックショットを詰めているので、現実問題千束は最大八発しか撃てないことになる。
たきなは倉庫の敵の人数を瞬時に把握した。二人倒れて残りは、
「……十人、ちょうどですか」
つまり初めからいた人数は十二人ということ。一人に一発で千束が倒したとしても四人倒しきれない計算になる。
で、あるならば。
たきなは自分の位置から見ていちばん右端いた男の足を狙う。今まさにAK系の武器を千束に向けて発砲しようとしている男の、左足、膝より少し下を狙う。
左目を閉じて、息を吸って、止める。ぴたりと照準を安定させて、右手の人差し指をまるで赤ちゃんの手を握り込むかのように優しくゆっくりと引き絞った。
強烈な発砲音。サイレンサーが仕事をしているとはいえ、金属が打ち付けられたかのような甲高い音と、獣が唸るような印象すら覚える低くくぐもった砲声が、倉庫の中で混乱の最中にあるスカブ達全員の耳に届いた。
.338ラプアマグナムの強力な弾は狙い違わずAKを持った男の左膝少し下に命中。男の左足は強烈な足払いをかけられたかのように吹っ飛び、男はたちまちバランスを崩してその場に倒れ込む。床に這いつくばったまま、痛みか、それとも衝撃か、はたまた両方からか、男が起き上がる素振りを見せることはなかった。
たきなは発砲と同時に左目を開けて状況を分析する。自分が一人撃つ合間に、千束はすでにもう三人倒していた。
集団の中をまるで波縫いするかのように縦横無尽に走り回っている。拳銃を抜いて銃口を向けてきた男を、その拳銃の引き金が引かれるより早く真正面から撃つ。
直後にその場でスライディング。千束を狙っていた別の男がショットガンの銃口を地面に向けたと同時に千束は立ち上がり、男が慌てて銃を上げようとしたところに顔面へゴム弾の嵐を叩き込む。
敵の背後から側面へ、正面から背後へ。しゃがんでヘッドラインを床ギリギリに下げたと思ったら今度は立ち上がって即座に走り出す。かと思いきや急に止まって逆方向に後ろ歩きを挟んで再び全速力で走り出す。
興奮状態の野うさぎを思わせるような予測できない千束の動きに、その場にいた男達の誰もが翻弄され、とらえきれず、そして非殺傷ゴム弾の洗礼を顔面もしくは頭部に受ける。発砲するものもいたがその弾が千束を捉えることはない。そして発砲した者よりも、発砲
千束が八発目の弾を叩き込んで、八人目の敵が倒れた時、その場に残っていた残りの敵三人の持っている武器と位置関係をたきなは一秒もかけずに把握した。千束が中央に立ち、たきなから見て千束の向こう側に二人。たきなの側に一人立っている。
向こう側二人が手に持っているのはどちらも黒く小さなサブマシンガン。全長が短く、細いストックが展開されているのを見るに、おそらくPP-91────ケダールではないかと予測する。マガジンの長さまでは見えない。二十連か三十連か。
それが二丁。ケダールは発射レートが高く、特に室内などの近距離の制圧力には目を見張るものがある。狙わなくてもばら撒かれるだけで、常人であればなすすべなく蜂の巣になる。
そしてこの位置関係。千束の背後、そしてたきなに最も近い人物をもしたきなが排除しようと撃つならば、.338ラプアマグナム弾は間違いなく貫通して千束のところまで届いてしまう。つまりたきなは今撃てない。援護射撃ができないため、千束に横へ逸れてもらう必要がある。
一瞬の膠着状態。破ったのは敵の方だった。千束の背後にいた敵が、チャンスと見たのか腰撃ちで引き金を引いた。
重苦しく、甲高い発砲音。大口径のそれだった。しかし千束の背後にいた敵が持っている銃は恐ろしく短い。
千束は、背後に目がついているのかと見紛うようなタイミングで右へ逸れた。そのまま二人並んでいる敵の方に体の正面を向けたまま、ステップを踏む。千束の背後の男が追うように右へ銃を向けた。
チャンスである。たきなはその瞬間を逃さなかった。
男が持っていたのはモシンナガン。しかし全長が異常に短い。ストックと銃身を切り落としたソードオフモデルのモシンナガンということになる。つまり、一発撃ったらボルトを操作しなければ次弾は撃てない。
たきなは左目を閉じて息を止め、ぴたりと男の右足を狙った。男がモシンナガンのボルトを後退させ、元の位置に戻そうとしたその瞬間に引き金を引く。
一瞬後に、男は右足を吹き飛ばされてその場に崩れ落ちた。足がちぎれたわけではないが、もうまともに立って走ることは困難だろう。
たきなは瞬時にボルトアクションを行い、次弾を薬室へ送り込む。その操作と同時に左目を開けて千束と残り二人の動向を確認する。
その判断がたきなを救った。
二人のうち千束に近い側の一人は千束に銃口を向けていた。もう一人は、ぴったりと、たきなの方へ銃口を向けていた。
たきなはすぐさま右へ傾けていた体を左へ無理やり動かす。そのまま地面に倒れ込んで、うつ伏せで体を投げ出した。
ほぼ同時に数十発の9×18mm弾が倉庫入り口に押し寄せた。地面を削って土煙が舞う。倉庫入り口の壁を貫通して火花と共に穴をあける。地面に倒れ込んだたきなの判断は正しかった。薄い鉄板の倉庫の壁では、銃弾を防ぎ切ることはできない。貫通した弾がいくらその威力を減衰していたとしても、当たれば十分に死ねる。たきなは無傷であった。
KSGショットガンの非殺傷弾を使い果たした千束は、右へステップを踏みながら背後で援護してくれていたたきなに銃弾が放り込まれたのを確認していた。だが慌てることはない。この距離、敵の武器が有効打を出せるような距離ではない。
あの程度の攻撃でたきながやられるわけがないと信じた千束は、今自分にできることを全力でやると決意した。
KSGショットガンを握ったまま、自分にケダールの銃口を向けている男に向かって突っ込んで行った。男が発砲する。男の顔が千束にはよく見えた。恐怖。混乱。その二つ。怒りではない。怨嗟でもない。ただただ瞬く間に仲間も取引相手の用心棒も次々やられて、目の前の襲撃者は仲間があれだけ発砲したにも関わらずかすり傷ひとつ負っていない。その事実に恐怖し、混乱し、いままさに自分に突撃してくるこの────。
「な、なんなんだこのガキ……!」
白金髪の柔らかそうな髪を迷彩柄のキャップに収め、表情の見えないバラクラバに素顔を隠し、しかし見えている目元から察するに相当な美人、いや美少女だと、ケダールの弾をばら撒きながら男はぐちゃぐちゃの脳内でそうひとりごちた。
男の放った数十発の9×18mm弾は、これまた一発も千束にかすることなく、千束は男に肉薄した。
KSGショットガンを腹部の中心に押し付ける。男が後ろに後退する動きに合わせて千束も強く前へ出て、ピッタリと鳩尾に押しつけたまま右手を操作する。千束の右手の指には二発の非殺傷ゴム弾が挟まれていた。
KSGショットガンの下部、イジェクションポートへ右手の指に挟んだ二発のうち一発を突っ込む。そのままスライドを動かしてポンプアクション。一発だけだが撃てる状態に持ち込む。
この間わずか一秒であったが、敵の男が死を覚悟し、これまで行ってきた自分の行いとこれから召されるであろう地獄の風景を頭に思い描き、それは嫌だと拒絶するのには十分な時間であった。
しかし拒絶したからといって目の前の少女が引き金を引く手を止めてくれるわけではない。男は、残された一秒にも満たない時間を必死の懇願に当てることにした。すなわち、
「やめ────」
それだけだった。男はロシア語で制止の言葉を吐こうとしたが、言葉になる前に千束は引き金を引き、12ゲージのゴム弾は男の鳩尾を容赦なく襲った。男がくの字になって吹き飛ぶ。背中から地面に崩れ落ちて、起き上がってくる様子はない。
千束は男が地面に打ち付けられるのを横目に、スライドを引いて排莢、すぐさま右手に収めているもう一発をイジェクションポートに突っ込んだ。スライドを戻して発射可能な状態にする。そして、最後に残った男に銃口を向ける。
数秒前、たきなにマガジン内の弾を全てばら撒いた男は、ポケットに入れていた予備のマガジンを取り出し、今まさにケダールに叩き込もうとしていた。焦っているのが一目でわかる。弾のない銃など文鎮にもならない。男は焦りで震える手を制し、なんとかケダールにマガジンを差し込み、銃口を千束に向けようとした。その瞬間。
男の手に激痛が走った。弾け飛ぶケダールは無情にも男の立っている場所から数十歩先まで吹き飛び、地面を滑っていった。
なにが起きたのか男は一瞬わからなかったが、千束が、数メートル先に立つ少女が、銃口から煙のたなびくKSGショットガンを構えているのを見て、あぁ、手を撃たれたのかと悟った。
なんでわざわざ手なのか。他の奴らみたいに頭を撃てばいいのに。即死させればいいのに。なぜしない?
男は疑問に思ったが、同時に撃たれた手に視線を落とした。
「…………?」
手は痛むが、血は出ていない。皮膚は裂けていないし骨も折れていない。少し赤くなってきたぐらいだ。ショットガンの弾で撃たれてこんなことがあり得るか? ズタズタにならないか? なんだこれ?
男は視線をあげて、目の前のKSGショットガンを構える少女を見据える。少女が、メインウェポンのショットガンを体の側面に回して即座に右腰のホルスターから拳銃を抜いた。見たことのない形をしている。特注品か。銃口にコンペンセイターが見える。しかもなんだその構え方は。頭の近くまで腕をたたんで左目でサイトをのぞいている。そんな位置でリアサイトは見えないだろう。はなから精密な狙いなどつける気がないのか。フロントサイトだけで狙っているのか。
男にはもう、武装がない。銃はたった今吹き飛ばされたケダールのみ。ポケットの中には缶切り機能のついた折りたたみナイフはあるが、そんなものでこの目の前のバケモノに勝てるとは思えない。男は半ば諦めの気持ちで両手を上げた。
もう、死ぬのか。タルコフが封鎖されて何だかんだうまく生き延びてきたつもりだったが、こういう形で運に見放されるんだなと、男は自嘲気味に笑った。
「…………降参だ。俺の負けだ。殺すのか?」
ロシア語で問いかける。目の前の少女はバラクラバをしているので目しか見えていないが、ロシア人でないことは一目でわかる。しかし、返ってきた答えは流暢なロシア語だった。
「殺さないよ。あえて君一人、気絶しないように残してあげたんだ。話をする人が欲しくてね」
「そうか。…………そうか、気絶、か」
「そ。誰も死んでないでしょ?」
少女、千束の言葉に男は辺りを見回す。頭を撃たれたはずの連中は脳みそをぶちまけることなくおねんねしている。
足を撃たれたやつはうずくまっていたが、撃たれたのは足だ。今すぐ死ぬわけじゃない。それも、太ももの大動脈を外して膝下を撃たれている。徹底して〝殺さない〟意思が見えた。
「わかった。俺に話せることは話そう。だが……先に、足を撃たれたやつを手当てして欲しい。そっちのモシンを持ってるやつは俺のダチなんだ。生かしといてくれれば、礼はする」
「あいよ。そんじゃ先に手当しよっか。たきな、状況終了。こちらに損害なし」
『了解です。こちらも怪我はありません。そっちに行きます』
「手当てするよ〜」
たきなからの通信。千束は拳銃をホルスターに戻して、たきなの合流を待った。
それから足を負傷している二人の男を治療して、念の為その場にいる全員の武装を解除。そしてしばらくこの場で話をすることを想定して、気絶している九人と足に包帯を巻いた二人を後ろ手で縛っておく。親指にインシュロックを通して動けなくし、その辺に転がしておく。
最後に残った一人にも、手を後ろに回させて親指を縛った。その場に座らせて話をする。
「んじゃまぁいくつかの質問に答えてもらおっか」
「なにが聞きたい?」
男は怒るでも、悲しむでもない表情で千束を見ている。見ようによっては安堵の顔色を浮かべていた。死んでもおかしくない状況で、たまたま敵が博愛主義者のおかしな奴らだった。死なずに済んだ。ダチも生きている。運はまだ俺を見放してはいなかった、と。
だから男は千束の質問に素直に答えた。答えられることはなんでも答えるつもりでいた。
このバケモノじみた強さを持ってして、なぜ俺たちを殺さなかったのかは大いに疑問であったが、それを聞くのはこの少女からの質問に全て答えてからでいいだろうと男は考えた。そう思いながら質問に答えていくと、少女、千束は最も肝心で最も大切な質問を投げてきた。
「スキーヤーって人は知ってる?」
「あぁ、知っている。俺たちの大ボスだ」
「その人に今から会いに行ける?」
「行けるには行ける。だが行きたくはないな」
「なんで?」
「殺されるからだ。今日のこの取引をスキーヤーは重要視していた。だが失敗した。無能は間引く方針だ。使えない奴に食わせる食糧の余裕はねぇからな」
「そっか…………じゃあさ、こういうのはどう?」
千束はバラクラバをずらして笑顔を見せた。にっこりと、しかしそれは優しさや善意、博愛とは程遠い、背筋に寒気が走るような笑顔だった。
「君たちを全滅させて、しかも殺さず生かしておくほど腕の立つ超絶美少女たちが部下になるって聞いたら、スキーヤーさん喜ぶんじゃない? 君のことも、使える人間を引っ張ってきたってことで殺しまではしないんじゃないかな」
千束の言葉に、男は最初驚いたように目を見開き、それから何度か頷いて、そして少し笑った。感心したような笑い方だった。
「食えない奴だ……わかった。案内しよう。一本電話させてくれ」
たきなは横で聞いていて感嘆の声をあげそうになった。千束ほどの顔の整った、しかも戦える人間が仕事をよこせと言い寄ってきたら、確かに揺らぐ男は多いだろう。腕が立つかどうかはスキーヤー自身の部下をぶちのめした上で生かしている事実が担保している。これ以上ない説得力だ。
自分もこの作戦を知っていたということにしたほうがいい。実際には知らなかったわけだが、昨日千束がヒュージーに言っていた〝仲良くなる方法〟とは、つまりはこういうことだった。納得のいったたきなは、目の前で座る男の背後にまわり、拘束を解いて電話をさせた。
倉庫の外、遠いところで、鳥の鳴く声が青空に響いていた。
【ちょっとしたタルコフ妄想小話】
大事な取引なら倉庫の入り口に見張りくらい立てろ、って思ったそこのあなた!
あなたの感性とこれまでに培ってきた「こういう取引」の解像度はとても高いです。うらやましい。惚れてしまいますわ。
そう、これが普通の世界の普通に危ない取引だったら、それでよかったんです。大正解です。見張りくらい立てろやバカ……!
しかし残念ながらここはタルコフ。倉庫の入り口? んな射線通りまくりの激やば立ち位置に人員を配置するわけがないんだよなぁ! 貴重品だろうがタスク品だろうが現ナマだろうがやり取りするなら「射線を切って」「動線を外して」「なるべく素早く迅速に」行うのがタルコフ市内で生き残っていく大原則よ。わざわざ撃たれるような場所に突っ立って周り見てたら命が(文字通り)何個あっても足りないぜ。
ん? 死んでもいい下っ端を出入り口に立たせとけばいいじゃんって?
鬼か……。わかるけど。そうかもしれんけど。でもそう簡単に「死んでもいい新人」が調達できる世界じゃないと思うんよね。やっぱ人の命もタルコフに残された貴重な資源だからさ。目玉は多いほうがいいじゃん? 徒党組むならでかいほうがいいじゃん?
みたいな妄想と考察のごちゃ混ぜミックスジュースの飲み残しみたいな文章を今後もあとがきで垂らしていくかもしれません。ぐへへ。ゲームするだけでも面白いのにこういう考察と妄想がはかどるのもタルコフのすげぇところだよな同志諸君!(突然の赤化)
あとあと!
誤字報告、感想メッセージ本当にありがとうございます!
めっちゃ助かる! マジですんごい誤字してることあるからどしどし送ってね!