せや! 可愛い女の子をタルコフ市に派遣しよう!
こうして生まれた「リコリス・リコイル×タルコフ」をお楽しみください。
発端
「最悪だ」
ダイレクトアタック、通称DAの司令官である楠木は、赤茶色に染めた髪をかきあげながら頭を抱えた。
目の前にはパソコンのモニターが煌々と光り、そこには「作戦失敗」の報告が事細かに書き出されている。
旧電波塔、および延空木での真島率いる一連のテロ事件から一年と少しが経過。DA上層部では、かの事件で後手に回ってしまった原因の一つであるラジアータの脆弱性について、議論と対策が進行していた。
日本国内のあらゆるインフラに優先して通信される人工知能。作戦立案から運用まで、言うならばリコリスに関わる作戦行動の要と言える。それがハッキングされ、作戦運用に支障をきたしたとなればその対策の是非は問えない。
事件後、真っ先に考案されたラジアータのセキュリティシステムのアップデート計画は順調に進んでいた。
日本国内での開発は情報の漏洩や資金の流通、技術力の観点から却下され、国外での開発が主導となった。場所はロシア国内。とりわけ外国企業の参入が容易な経済特区として、ここ数年で目覚ましい成長と躍進を遂げたノルヴィンスク地方のとある街。
その名はタルコフ市。世界的な大企業組織であるテラグループを筆頭に、資金、技術、人員といったおおよその経済活動に必要な要素が潤沢に集まったこの街で、日本の平和と安全を守るリコリスを動かすシステムのアップデートファイルは開発されていた。
ところが。
テラグループによる違法な研究の内部告発、つまるところスキャンダルから事件は始まった。
テラグループの抱える民間軍事会社USECによる証拠隠滅活動と、それを抑止しようとしたロシア政府が送り込んだ民間軍事会社BEARによる激しい衝突が、タルコフで起こった。どちらが勝利したとも、敗北したとも決着はつかず、タルコフは荒廃し、悲惨な戦場と成り果てた。
ついにはロシア政府により同市は完全封鎖され、孤立。タルコフ市内は少ない物資と情報を巡って、殺すか殺されるか、奪うか奪われるかの地獄と化した。
開発も最終段階になり、日本国内へ持ち込んでの実装が待たれていたこのタイミングでの一連の事件に、DAはいち早く情報を掴んだ上で動き出していた。
まずはインターネット上でのサルベージを試みた。しかし、紛争の初期段階で行われたEMP攻撃により、タルコフ市内のインフラは壊滅。インターネット上でのサルベージは不可能となった。
それを受けて、DAは現地へ直接部隊を送り込んでの奪還を計画、実行した。
何十にも組織を介して、奪還するファイルが何物であるかを一切秘匿した上でロシア人、アメリカ人、ドイツ人などの外人部隊で構成される民間軍事会社に作戦を実行させた。
その結果は、今楠木の前にあるパソコンがまざまざと見せつけている。
外人部隊は現地での武力衝突により壊滅。ファイルの奪還どころか見つけることすら不可能であった。
「どうしたもんか」
消え入るような声で楠木はつぶやく。椅子の背もたれに深く体を預け、天井を仰ぎ見る。
外の組織を使ってダメだったのであれば、自前の組織を使うしかない。しかし日本国内での運用を想定して育て上げたリコリスを、ロシア国内に送り込んで果たして作戦が成功するのか。
「いや、待てよ」
楠木の頭にふと、打開策が思い浮かんだ。
それは、リコリスでありながら国外での活動に舵を切った独立組織。DAの支部でありながらも、独自の路線で活動を続ける、そして腕も立つリコリスの存在。
「千束。…………それにたきなか。あの二人なら、あるいは」
楠木は携帯端末を手に取り、喫茶リコリコの現在活動している番号へと指を滑らした。
◯
「あっれ先生! 電話なってるよ!」
「悪い千束、今手が離せないから取ってくれ」
「はいはーい」
千束は元気に返事をしながら、手に持っていた空の食器を流しにおいて、受話器の前に立った。今時珍しいモニターも何もついていない古臭い受話器を手に取りながら、快活な声で電話の向こうの相手に挨拶をする。
「はい、こちら喫茶リコリコです。ご用件はなんでしょうか?」
「楠木だ。千束か。仕事がある」
「あっれ楠木さんじゃん。どしたの? いまベトナムにいるんだけど日本での仕事? だとしたらちょっと時間かかるよ」
「いや────込み入った内容になる。一度日本に帰国したのち、作戦内容を説明する。帰ってこい」
「ええ〜」
千束は露骨に嫌そうな顔をして舌を出した。もちろん電話の向こうの楠木には見えていないはずだが、まるで見えているかのように楠木は一つため息をもらすと。言葉を続けた。
「こんなことを言うと調子に乗るから言いたくないんだが、千束、それからたきなの力が必要だ」
「あれあれ? そんなこと言うなんて珍しいね。え、ていうかたきなも一緒でいいの?」
「必要だ。詳しいことは日本で話す。早急に帰ってこい」
「強引だなぁーもう」
そこで電話は切れた。千束は口を尖らせながらも先生────リコリコの店主であるミカに電話の内容を説明する。
一通り説明が終わるとミカは頷き、すぐに荷物をまとめるように千束、たきな、クルミ、ミズキに言った。
喫茶リコリコは現在、日本から離れて国外での活動をメインにしている。ハワイ、グアム、タイ、アメリカ、中国と来て今はベトナムである。
その間にもごく短期間であるが楠木の依頼で日本に戻り、仕事をしていたこともあった。今回もその類だろうと千束、そしてたきなは思っていたが、
「…………やはりきたか」
ミカが、神妙な面持ちでそう呟いたのが、たきなには聞こえていた。なんのことか気にはなったが、日本に行って楠木の話を聞けばわかる。たきなはその場では深追いしなかった。
それから翌日には日本に着いた。リコリコの一行は、日本で構えていた店に荷物を置いて、昼過ぎに千束、たきなの二人でDA本部へと向かった。
特急と電車を乗り継ぎ、人里離れた山奥へと入っていく。駅には迎えの車が来ており、その車で二人は本部へと入っていった。
窓口で用件を話す。すでに話は通っているらしく、低い机とそこそこの座り心地のソファが並ぶ小さな会議室に千束とたきなは案内された。
「なんだろうね? いつもは電話で済ますのに、よっぽど大事な仕事なのかな?」
「わかりません。ただ、昨日先生は〝やはりきたか〟と、なにか知っているようなことを呟いていましたよ」
「やはりきたかぁ? 知ってるなら飛行機の中でも教えてくれればいいのに」
「司令から直接話すと言うのであれば、なにか極秘の、外では話せない内容なのかもしれません」
「めんどくさいのだったらやだなー」
「どうでしょうね」
口を尖らせる千束から目を離したたきなは、ドアの向こうに人の気配が来たのを察して立ち上がった。千束も後に続いて立ち上がる。
程なくしてノックが鳴り、楠木司令とその補佐の女性が入ってくる。女性は資料の束を低い机に置くと、一礼して部屋から立ち去った。
「座ってくれ。国外での活動は上手く行っているのか?」
ソファに腰掛けながら楠木は千束とたきなを見ながらそう聞いた。千束は頷きながら、
「失敗はしてないかな。それより、楠木さんがそんなことを聞いてくるなんて意外だね。いつも単刀直入一直線に仕事の話をしてくるのに」
千束の言葉に楠木は若干眉を顰めたが、すぐに元の感情の読めない表情に戻り、机の上のファイルから一枚の書類を取り出した。
千束とたきなの方へその書類を置く。自然と、二人は書類の内容へと目を移した。
「仕事の内容はそこへ書いてある通り、ロシアへの遠征だ」
「遠征……ですか」
「えー待ってよこれ、やばくない? タルコフ市って今バチバチに紛争してるとこだよね」
「紛争はとっくの昔に終わっている。今はそれよりもまずい状況だ」
「どういうことですか?」
たきなの問いに、楠木はまたファイルから一枚の紙を取り出して見せた。
「お前たちにはラジアータのアップデートファイルを同市から見つけ出し、奪還してもらう。現在タルコフ市はロシア政府の方針で完全に封鎖され、中は無法地帯だ。民間軍事会社の残党と、武装した現地住民、スカブと呼ばれているらしいが、そいつらが蔓延っている」
「んで、その無法地帯からデータを取ってこいって? 無理じゃない? っていうかラジアータのアップデートファイルって何?」
「それをお前たちが詳しく知る必要はない。必要なのはデータファイルの入った物理的な端末、あるいは記録媒体を見つけ出し、それを持って帰ることだけだ」
「簡単に言うけど、ひろーいロシアのひろーい街の中からたった一つのUSB? HDD? SSD? 何かわかんないけど保存されてるのを見つけるなんて不可能でしょ。プロ雇えないの?」
「お前たちに依頼している。国外での活動を今後も続けたいのであれば、DAの仕事に貢献しろ」
「うへぇー」
眉を八の字にして舌を出す千束を横目に、たきなは資料をくまなく読み取って質問を投げる。
「ここって、無法地帯って言ってますけど、発砲は許可されているんですか?」
「当然だ。PMCの残党はおろか現地住民も武装している。非殺などと甘いことを抜かしていたら頭に穴が開くぞ」
「いやーそんな脅されても困りますって。第一これ断ってもいい仕事なの? 別の人はやれないの?」
「無理だ。すでに別動隊が作戦に参加していたが、先日連絡が途絶えた。お前たちが完遂するより他にない」
「やっば。死にに行くようなもんじゃんそれ」
「お前たちの技術を高く買っている。成功すれば向こう五年間、国外での活動を全面的に認めてやる。もちろん、DAのライセンスは残した状態でだ」
たきなと千束は目を見開いた。
「五年もですか!?」
「それ、そのまま私たち引退するような年齢になっちゃうけどいいの?」
「構わない。その代わりこの仕事を完遂しろ」
ぴしゃりと言いのけた楠木は、ファイルからまた一枚別の資料を取り出した。そこには、大まかな作戦行動の内容が書かれていた。
「交戦の避けられないエリアへの侵入が予想される。装備はこちらで用意するが、作戦が長期化した場合は補給ができない。現地での調達も必要になってくる」
「ゴム弾は? ありったけ持たせてくれるんでしょ?」
「あくまで殺さないつもりか……」
「そりゃそうだよ。私の信条だからね。一年前に使ったショットガンでもいいよ。あれ使いやすかったし」
「…………」
楠木はじっと千束を睨みつけていたが、千束はにんまりと笑って睨み返すだけだった。
ふぅ、とひとつ楠木はため息を漏らしながら首を振り、根負けしたかのように頷いた。
「わかった。12ゲージのショットガンと非殺傷弾、それから実弾も手配する。たきな、お前は何か希望はあるか?」
話を振られたたきなは少し悩んだ末、
「千束が近距離での戦闘を受け持ってくれるなら、私は遠距離まで攻撃のできる武装を望みます。あまり重すぎると障害になるので、精度と軽さの両立ができたものを用意してください」
「わかった。手配しよう」
それから楠木は、作戦行動の内容が書かれた紙を指差して、
「現地への侵入は空路から行い、アップデートファイル奪還後は海路から脱出する。当然海も遮断されているため、なるべくこちら側で根回しをしておく。連絡は衛星通信を用意する。他に聞きたいことはあるか?」
「空路から入るってどう言うこと?」
「空挺降下だ。やったことはあるだろう」
「うわーマジ? たきな聞いた? 飛ぶんだって私たち」
「ええ……まぁ、一応訓練してますから飛べると思いますけど」
自信はない、という表情を二人ともした。楠木はそれについては励ますでも責め立てるでもなく、頑張ってくれと一言言い残した。
「以上でいいか? 作戦の実行日程は追って連絡する」
「はいはーい」
「わかりました」
話が終わったのを見計らって、補佐の女性が部屋に入ってきた。机の上の書類をまとめて、楠木と女性は退室する。
「私たちも行こっか。晩御飯何食べて帰る?」
「駅前にあるそばとかどうでしょう」
「いいねーそば! そばの口になってきた。私は海老天も載せるけどたきなはどうする?」
「私も載せますよ」
「んじゃ決まり! 特上そば海老天盛で!」
「え、特上なんですか?」