リコリスinタルコフ   作:奥の手

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ルール

「あんた、名前はなんて言うんだ?」

 

 スキーヤーへの電話を終えた男は、地べたに腰を下ろしたまま千束を見上げてそう尋ねた。両手は縛られていない。たきなが拳銃を抜いてすぐ近くに立っているので、抵抗する気力もないのかもしれない。

 千束はKSGショットガンを点検していた手を止めて、男の方を見ながら答えた。

 

「千束だよ。千に束ねるって書くんだ」

「聞いたことねえ言葉だ。どこの国なんだ」

「日本。知らない?」

「あぁ、日本か。世界で一番安全らしいな」

 

 男は自嘲気味に笑った。タルコフの有り様と自分の置かれた境遇を思っての表情だった。

 

「俺の名前はソーニン。生まれも育ちもここのもんだ。まさか生きたまま地獄に落ちるとは思わなかったけどな」

 

 ため息をついた男、ソーニンに千束は首を傾げながら質問を投げた。

 

「なんでこうなる前にタルコフから出なかったの? 封鎖される予兆はあったんでしょ」

「あったさ。だが逃げられなかった。複雑な問題なんだ」

 

 ソーニンは振り返って、大きく開いた倉庫出入り口から外を覗いた。抜けるように青く高い空を、四角い枠組みの中から物欲しそうに目を細めた。

 

「俺たちのような人間に自由はない。好き勝手生きてるように見えて、その実は鳥籠の中でバタバタ足掻いているだけだ。上の人間に気に入られれば生きていける。嫌われたら肩身の狭い思いをするか、いっそこの世から解放されるかの二択だ。タルコフがこうなる前も酷かったが、なってからはもっとひでぇよ」

 

 ソーニンの言葉からは、自身の人生に対する諦観のようなものが垣間見えた。どうしようもないものに抗う気力はなく、巻かれるだけ巻かれる人生。そんな人生の終わりを、千束に銃口を向けられて覚悟したのだろう。だから今生きているこの時間はおまけとでも言うのだろうか。どこか投げやりな態度だった。

 

 千束にはそれがわかった。全ては汲み取れなくとも、この目の前の二十代中頃の男が人生に諦めの念を抱いているのを、千束はどうにかしたいと思った。

 

「会ったばっかでこんなこと言うのも変だし、場所が場所だけどさ。もうちょっと自分のために生きても良いんじゃない?」

「…………?」

「誰かのためじゃなくて、自分のために生きようよ。恩があるなら恩返しをする。やりたいことがあるならやりたいことをする。運命とか生まれとか境遇とかで自分の体を縛り付けるのは良くないって。鳥籠にも出口はあるよ。まずはそこから出ることを目指したら良いじゃん!」

 

 ソーニンはあっけに取られたように口を開けたまま固まった。それからすこし目を伏せて、しばらくすると肩を揺らして小さく笑った。

 

「あぁ…………そうだな。その通りだ。せっかく生き延びたからな、そういうのも悪くないかもな」

 

 ソーニンの小さな笑顔に、千束は満面の笑みを返して頷いた。

 

 ◯

 

 十五分ほど経って、倉庫入り口に人影が現れた。

 たきなが拳銃のセーフティを外して出入り口に向ける。入ってきたのは六人の男たちだった。うち五人が手に銃を持っている。東側のサブマシンガン、ショットガン、ライフル。西側の狙撃銃を持っているものもいる。銃を持った男たちが、持っていない一人の男を囲うようにして、つまり護衛して倉庫内に入ってきた。

 

 集団の中央にいる、スキー帽を被った男が、倉庫の床に転がっていまだ目を覚さない男たちと、後ろ手に縛られて大人しく座っている足に包帯を巻いた男を見て、鼻で笑った。男の集団は、たきなと千束、ソーニンから十メートルほど離れたところで止まる。

 

 周りの護衛が、拳銃を持つたきなに向かってそれぞれの銃口を突きつけた。セーフティを外す複数のカチリとした金属音がやけに大きく倉庫内に響く。

 スキー帽の男が両手を広げて肩をすくめながら口を開いた。

 

「おいおい。俺の取引にジョン・ウィックが乗り込んできたってのは本当みたいだな。ツラを拝ませろ」

 

 スキー帽の男はたきなと千束を舐めるように見た。それから右手を軽く上げて下ろした。それが合図だったのか、周りの護衛は銃を下ろした。

 

 たきなは未だ拳銃をスキー帽の男に向けている。その様子が気に食わなかったのか、男は顔を歪めながら吐き捨てるように言った。

 

「お前も銃を下ろしたらどうだ? 話し合いがしたいんだろ。それともそのママに買ってもらったおもちゃを向けてなきゃ安心しておしゃべりできねぇのか?」

 

 たきなはひとつ舌打ちをして、ゆっくりと銃を下ろした。セーフティは外したままである。

 

「俺を探してるんだってなお二人さん。そうだ。俺がスキーヤーだ。こんなことは滅多にないぞ? 俺は忙しいからな。ぽっと出の雑魚に構っている暇はねぇんだが……今日のこれは話しが違う」

 

 スキーヤーは口元に笑みを浮かべながら、今度は千束の目を睨め付けた。千束はうっすらと笑顔を浮かべながら、スキーヤーの視線に応える。

 

「どうも、スキーヤーさん。私が千束で、こっちの黒髪の子がたきな」

「ほー」

 

 スキーヤーはたきなと千束を交互に見て、何度か頷いた。

 

「こんなガキが俺の部隊を二人で全滅させたとはな。しかもザブロフの野郎ものしちまってよ。感心だ」

「どう? 私たち結構腕には自信があるんだけど、折り入って頼み事があるんだ」

 

 千束の言葉に、スキーヤーはニヤニヤと笑みを浮かべながら手を前に出した。続きを話せと言うことだった。

 

「私たちを雇ってほしい。というか、仕事があるならそれを受けたい。もちろん、タダってわけじゃないし条件もつけるけど」

「条件? なんだ」

 

 スキーヤーが眉を顰めてまっすぐ千束を見た。千束は臆するそぶりを一切見せず、きっぱりと言い切った。

 

「私たち、殺しはしないんだ。だから人を殺す依頼はなし。それ以外だったら受けてあげるよ」

「はっ! 人殺しをしねぇだと?」

 

 スキーヤーは鼻で笑って、周りの護衛たちに振り返った。護衛の男たちもくっくっくっと笑いを押し殺したようにわざと肩を揺らす。

 スキーヤーは、まるでとびきりのバカを前にしたかのように笑いを浮かべながら千束の方へ歩いてきた。たきなが前に出てその進路を塞ごうとするが、

 

「たきな、いいよ」

 

 千束の声でたきなは動きを止めた。視線だけはスキーヤーから離さず睨みつけ、スキーヤーの千束への接近を許す。

 

 スキーヤーが千束の目の前に立ち、上着のポケットに両手を突っ込んで千束の目を覗き込む。

 

「お前、自分の言っていることの意味がわかっているのか? それともロシア語は苦手か?」

「母国語は日本語だけど、ロシア語は喋れているつもりだよ」

「じゃあマジでイカれてんのか? ここはタルコフだぞ。殺しも盗みも罪にはならねぇ。テミスは休暇とって世界旅行中だ」

「知ってるよ。タルコフにはタルコフのルールがある。あなたにもあるんでしょ? それが、私たちにもあるってだけ」

「はははっ! そうか!」

 

 スキーヤーは大きく笑って、それから千束の後ろへ歩みを進めた。

 

「気に入った。お前らに仕事を回してやる。せいぜい役に立ってくれ────それと」

 

 スキーヤーは、手を突っ込んでいた上着のポケットからマカロフを取り出して、スライドを後退させた。薬室に弾が一発送られる。そのままマカロフを、足元に座っていたソーニンの頭に向けて発砲した。

 

 タン。

 

 控えめで簡潔な発砲音が一発、倉庫内に響く。

 それから間髪入れずスキーヤーは空いている左手で倉庫内に気絶している男たちを指さして、指を振り下ろした。

 

 直後、護衛の男たちが一斉に発砲する。床に転がっている無抵抗の男たちを容赦なく撃ち殺していく。それは、自分たちの部下だった者も、今回の取引相手だった男も、その護衛も、皆等しく弾丸の雨に撃たれていった。頭にも背にも腹にも腕にも足にも、もう助からない量の弾丸が降り注ぐ。千束が気絶させた男たちと、たきなが足を撃ち、手当てをした男たちが、全員物言わぬ肉塊となった。

 

 千束はあるはずのない鼓動を感じるほどに胸に痛みを覚えた。胃の中のものが戻ってくるほど腹の奥底が熱くなった。目頭が熱を帯びて、閉じられないほどに目を見開いた。

 

 怒りが、千束の中で銃弾よりも早く膨れ上がり、そして右手が勝手にホルスターの拳銃を抜いていた。銃口をスキーヤーにぴたりと向けて、サムセーフティーをなんの迷いもなく下す。グリップが軋みを上げるほど強く握りしめ、いつものCARシステムを使った構えなど忘れてしまったかのように、右手をピンと伸ばしてデトニクスコンバットマスターをスキーヤーに突きつけた。

 

 倉庫の中に、静寂が戻る。口径の違う数十発の弾丸が発射され、さまざまな重さと形の薬莢が音を立てて床を転がり、やがて動かなくなった時、千束は拳銃をスキーヤーに向けたまま震える声で絞り出した。

 

「…………何で殺したの」

 

 千束の問いに、スキーヤーは先ほどまで浮かべていた笑みを不気味なほど消し去って、表情のない顔で千束を睨みつけながら答えた。

 

「お前にルールがあるのと同じように、俺にもルールがある。〝使えないやつは間引く〟〝邪魔なやつは殺す〟〝ルールは常に自分で作る〟」

 

 スキーヤーはマカロフを上着のポケットに突っ込みながら、体の正面を千束に向け歩き出した。

 

「俺がお前のルールを守るかどうかなんてのは関係ない。お前も俺のルールは守らなくて良い。ここはタルコフだ。世界で一番自由な街だ。何をしようが好きにすれば良い。仕事をすればそれで良い」

 

 スキーヤーはそのまま千束の横を通り過ぎた。と、同時に左のポケットから無造作に携帯端末を取り出して、それをたきなへ投げた。たきなはスキーヤーに怨嗟のこもった視線を突き刺したまま、投げ渡された携帯を受け取る。

 

「仕事の指示はその端末に送る。逃げても良いが、その時は俺の組織をあげてお前らを探して殺す」

 

 話しながら、スキーヤーは止まることなく護衛を引き連れて倉庫出入り口の方へ歩みを進めた。

 通り抜けざま護衛の一人が、死体の中から茶色い紙包を回収していった。拾い上げてポーチの中に入れる。

 最後尾の二人がこちらに体を向けて後ろ歩きをしつつ、六人は倉庫から立ち去って行った。

 

 千束は、拳銃を持っていた手を下ろして、力無く項垂れた。頭から血を流し、もう動かなくなったソーニンを見る。じわりと、目の端に涙が滲み出た。

 

 何か言おうとして、その言葉は喉に上がることなく消え去って行く。後ろから覆い被さる無力感が全身を重くした。

 

「…………千束」

 

 たきなの声がやさしく投げられる。その声に、少しだけ千束は冷静になれるような気がした。

 

「たきな、私…………私は、どうして…………」

「その先を考える必要はありません」

 

 たきなはゆっくりと歩み寄り、千束の横に立ち、そしてそっと千束の拳銃を持つ右手に左手を重ねた。

 

「今は、自分と私のことだけを信じてください。あなたのやっていること、やってきたこと、これからすることは正しいことです。そう信じてください。私も信じます。────世界で一番、正しいことです」

 

 赤錆びた、死体のたくさん転がっている倉庫の中に、静寂をそっと切り裂くように、千束の嗚咽がしばらく響いた。

 

 

 




自分で書いといてなんですがマジでスキーヤーてんめぇぶっ殺してやるからな(怒り)
千束にマジ泣きさせた罪は重いぞ。

話は変わるんですが、おかげさまで『リコリスinタルコフ』も十万文字を超えるボリュームになってきました。ラノベで言うと大体一冊分あるらしいですよ。すごいですね。たぶん前回の更新で十万文字超えてたんですけど更新してから気がつきました。チリも積もればってやつです。
ここまで書き続けられたのも皆さんの温かいメッセージのおかげです。マジで助かってます。地面を穿つほどのお礼をこの場でさせてください。ありがとうございますッッ!!

これからもちまちま、週一更新くらいでほっそり活動していきます。十万文字書いといてじゃあ物語全体の進捗はどうなんだって思ったんですけど、まだまだ先は長いですね。だって物語内時間で千束とたきながタルコフ入りしてからまだ三日しか経ってませんからね(草)
どっかでペース早めるというか、日にちがワープするかもしれないです。
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