リコリスinタルコフ   作:奥の手

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役割

 スキーヤーとのコンタクトを果たし、紆余曲折の末仕事を取り付けることに成功した千束とたきなであったが、その内情は複雑なものであった。

 

 ここはタルコフ。殺しと略奪が当たり前の世界であり、それは千束にもわかっていた。ただまざまざと見せつけられた〝違う世界のやり方〟に、千束はどうしようもない怒りと無力を感じていた。

 

 スキーヤーは、ああでなくては()()()()()()()()()()()()()。それはわかっている。スカブたちのボスとして、法のない世界に自らが法となって集団を取りまとめる男のやり方に、異を唱えることはできない。たとえそれが、平和で安全な日本の中で殺しの技術を磨かれ、そして不殺を誓って戦う千束だったとしても、スキーヤーのやり方を咎め、それをやめさせ、違う方法でタルコフの大地を踏ませることが不可能であることはわかっている。千束にも、たきなにもそれはわかっている。

 

 ただ、理解はできても納得はできない。

 見過ごすことはできても許すことはできない。

 

 真反対を向く信念と生き方に、千束はどこへ向けたら良いのかわからない怒りを抱えながら、たきながスキーヤーから受け取った携帯端末を眺めていた。小型のスマートフォンで、一般的なものの大きさより一回り小さい。世界中に流通しているものとは少し違う形だった。

 

「ここに連絡が来るんだね」

「そのようですね」

 

 千束の声はすこし掠れていた。先ほどまで泣き腫らしており、今やっと涙が止まって移動したところである。

 置いてきたバックパックを回収して、赤倉庫内の2階に上がったところである。2階は事務所のようになっており、そのエリアへ入る鍵は閉じられていたが、なんのことはなくピッキングですんなりと開いた。

 中に入って、二つある部屋の奥の方へ入り、少し物色したあと部屋の隅に腰を下ろしたところである。

 

 スキーヤーが殺した男たちの死体を漁る気にはなれなかった。それを漁ったら人として終わってしまう。そんな感情が二人共に抱かれていた。死体について話し合うこともなく、二人は二階の事務所に居座っている。

 

 千束は端末を操作した。当然だがロシア語で表記されており、言語設定欄には日本語の設定がない。ロシア国内向けのモデルということだろう。

 

「アンテナが立っているってことは、使えるってことなんだね」

「どこかに生きている基地局があるんでしょうね。パルス攻撃で電子部品はほとんど全滅したと聞いていましたが、残っているものもあるんですね」

「だね。んで、これには電話がかかってくるのかな?」

「どうでしょうか」

 

 千束が適当に弄んだ後、たきなに返す。たきなは着信履歴とメールの受信ボックスを確認するが、どちらにもなんの痕跡もなかった。

 電話帳はどうなのかと確認したが、そこも空欄で登録はゼロ。本当にただ仕事の連絡を受け取るための端末である。

 

「自分で忙しいと言っていましたし、口頭で伝えられるほど簡潔な仕事がこの街にあるとは思えません。メールで送られてくるんじゃないでしょうか」

 

 たきなはそう言いつつ電源をスリープにして、端末をリグのポケットにしまった。しばらくすれば向こうからアクションがある。それを待てば良いという判断で、ならばこれからどうするかという思考にたきなは切り替えた。

 

「ん、たきな。さっきはありがと」

 

 千束がすこし上擦った声で、飲み物の缶を差し出した。拾ったエナジードリンクである。缶に凹みはあるものの穴は空いておらず、問題なく飲めそうである。千束の左手にも同じものが握られている。

 

「ありがとうございます。それと…………お礼を言われるようなことはしていませんよ。これからも存分に泣いてください。慰めてあげますから」

「言うねこのやろー」

 

 ぷしゅっ、と小気味の良い音を立てて二人とも開封する。一口、二口と飲んで、二人揃って顔を見合わせた。

 

「……あんま美味しくないね」

「ぬるいからですかね。まぁ……馴染みのない味です」

 

 エナジードリンクの味に国の違いがあるのだろうか。それとも単にこのメーカーがあまり日本人の舌に合わないのか。

 複雑な顔をしながら二人は無言で飲み干した。入っている成分は疲労回復や覚醒作用があるものであったから、飲み残すのは勿体無い。

 

 缶をあおって、二人してふうと息を吐き、空き缶をその場に置いた。

 

「……置いてっても良いかな」

「誰も咎める人はいませんよ。ポイ捨てが罰金なら、今頃この街の役場は大金持ちです」

「それもそうだ」

 

 そう言いつつ部屋の隅に缶を置く。立ち上がり、千束はKSGショットガンを前に、たきなはM24A3ボルトアクションライフルを抱えようとして、

 

「ん?」

 

 リグの胸のあたりが震えたのがわかった。ボルトアクションライフルを一旦床に置いて、リグから端末を取り出す。

 

 スキーヤーから受け取った端末に、一通のメールが届いていた。

 

「スキーヤーから来ました。仕事でしょうか? 開きますね」

 

 たきなの言葉に千束も寄ってきて画面を覗き込む。たきなは少し画面を傾けて、千束にも見やすいようにしてからメールの受信ボックスを開いた。

 

 スキーヤーからのメールの内容は、たきなの予想通り仕事の指示であった。

 

「〝ミルクとおむつが必要なガキには難しいかもしれねぇが、これができないなら俺からの仕事は今後一切ないものと思え〟────一行目でこれですか。癪に触りますね」

 

 たきなは舌打ちをしてから続きを読み上げた。

 

 ────カスタムズのどこかに俺の部下だった奴の死体がある。俺の荷物を客先に受け取りに行って、そのままとんずらこいたクソ馬鹿たれだ。挙句、この荷物を受け取りたければ金を払えとヌかしてきた。情報を掴んだ相手の組織がこのバカを殺そうと挑んだらしいが、川向こうでドンパチやった末どっちも死んだときた。んで、肝心の俺の大事な荷物はこのバカが隠して鍵をかけたらしい。鍵は死体にある。相手の組織が見つける前に死体を漁って鍵を回収しろ。ついでに荷物の場所も特定したらボーナスを払ってやる。いいか? もし相手の組織が先に俺の荷物を回収するようなことがあったら、お前らとのビジネスは無しだ。お前らの装備と体で損失分を補ってもらう。仕事を成功させろ────。

 

「腹が立って仕方がないんですが」

「右に同じ。タンスの角で小指ぶつけて欲しい」

 

 そう言いながらも、たきなは端末をしまってボルトアクションライフルを抱える。千束ももう一度KSGショットガンを持ち直し、薬室に一発入っていることと、セーフティがかかっていることを確認する。

 

「んじゃ行きますか。あのむかつくおっさんの部下の…………死体、だけどさ。探しに行こう」

「そうですね。とりあえず、川の周辺を探しましょう。そこで何かあったらしいですから」

 

 赤倉庫二階の事務所を出る。階段から下を見下ろして、音を聞き、生きている者の気配はないことを確認してから二人は倉庫を後にした。

 

 ◯

 

 ところ変わってここは日本。東京某所、日本各地どこにでもあるような住宅街の一角に佇む、和モダンなコンセプトの喫茶店。

 

 名は喫茶リコリコ。現在この店には三人の従業員が働いている。カウンターと厨房を行き来するのは、長身で黒人のミカ。ホールと洗い場を忙しなく移動するのは妙齢な女性のミズキ。そして年齢が読めず、しかし見た目は子供と同程度の体格のクルミが、今は押入れの自分のスペースで、難しい顔をしてハイスペックなパソコンを操作している。

 

 喫茶リコリコの客席充填率は九割を埋めようとしていた。本来であれば千束とたきなの役回りがあり、それほど客が来ても余裕を持って回せるはずであった。

 が、今二人は遠い異国のタルコフの地を踏んでいる。喫茶リコリコが少ない従業員で客を回していることなど露も知らない。

 

 ミズキが皿の山を洗い場に放り投げた後、ズカズカと店の裏へ回ってクルミのいる押入れを力一杯引き開けた。

 

「ちょっと! クルミ! あんたも手伝いなさいよ! 死にそうなんだけど!!」

「今忙しいんだ。千束とたきなの命がかかってる」

「そう言って三日経つんですけど! あんたまさかあの二人が帰ってくるまでそれ続けるつもり!?」

「続けるつもりだ。僕だって寝てない」

 

 クルミが一瞬ミズキの方を見て、そしてすぐに画面の操作に戻った。ミズキは、その一瞬で見えたクルミの目の下のひどいクマを見て、二の句が告げなかった。

 完全に言葉を失ったミズキに、クルミはキーボードを高速で叩きながら告げた。

 

「タルコフについて僕は何も知らない。無知は罪だ。そんな場所に仲間を送り込んでおいて、僕が何もしないのも、何もできないのも嫌なんだよ」

 

 クルミはそう言って手を止めると、脇に置いていたVR機器を手に取って頭に装着した。クルミ自身が開発してネットの世界に秘密裏に解き放っているAIと、この機器は接続されている。クルミの要望に、ネットがつながっている場所限定ではあるが限りなく100%に近く答えてくれるマシンである。

 

「店の手伝いができないのはすまない。飯代を稼ぐ必要があるのは充分わかってる。でも、今ここで僕があの二人のサポートをしなかったら誰がやってくれるんだ」

「それは……まぁ、そうね」

 

 ミズキは、普段のクルミの無気力と無責任からは想像もできない姿に気圧されつつ、たしかにその通りだと納得した。

 

「ま、わかった。そっちのことはあんたに任せたわ。店は私たちでなんとかする。────頼むわよ」

「頼まれた」

 

 そうしてミズキが押入れの扉を閉めて、数分後。

 

 電脳世界をあちらこちらへ泳いで、とにかくタルコフについて微細な情報でも良いからと手当たり次第に探していたクルミは、ある情報の前で動きを止めた。

 

「…………? なんだ、この痕跡」

 

 それは、タルコフに直接関係のある情報ではなかった。なんなら、表面上は全く関係がない。ロシアとは対極の場所、アメリカからのログだった。

 

 アメリカから日本への膨大なアクセス。もちろん日本からアメリカへの巨大なアクセスもある。相互に深く関わり合い、情報を無限にやりとりしているその痕跡の中の一部に、クルミのAIが違和感を唱えた。

 

「日本政府にアクセスしている…………なんだこれ? どこからだ?」

 

 違和感を手繰り寄せる。それは、無数に張り巡らされている糸のうちの、本当に細く儚い一本の糸に過ぎなかった。糸であることすらも偽装するように隠されていたその情報が、逆にクルミの目には怪しすぎるほどに光っていた。

 昨日まではなかったはずだ。あればとっくに見つけている。ということはこの数時間でできた新しい繋がりか?

 

 途切れ途切れになっているログを解析する。偽装し、隠蔽し、消去し、欺瞞に溢れたその一連の繋がりとも呼べないかすかな痕跡を無理やり繋ぎ止める。

 

 すると。

 

「…………いや、いやいやいやなんでそうなるんだよ。おかしいだろ」

 

 思わず独り言が漏れる。冴えてはいるが連続した徹夜で確実にダメージを負っている脳内に、興奮物質がドバドバと流れ込んでくる。

 アメリカと日本のつながり。その繋がりの中に、どう考えてもあってはならない接続がある。バレずに探って、探ったことを隠そうとした痕跡がある。

 探られたのはダイレクトアタック。DA。千束とたきなを殺し屋として育てた親。日本の犯罪者を〝事件が起こる前に〟秘密裏に暗殺し、事件は事故へ葬り去る。危険なんて最初からない。そんな楽園(日本)を作っている。

 ────その、DAの情報を嗅ぎ回っている組織がいる。

 

 そして、そいつらは。

 

「ロシアに……タルコフに居るぞ…………」

 

 クルミはVR装置を外してキーボードを直接叩いた。目にも止まらない速さでタイピングする。脳内では複数の情報処理を同時にしつつ、手元は一切止めることがない。

 

 アクセスしたのはアメリカ合衆国。中央情報局(CIA)

 そして内部の組織図を端から順番にざっと漁っていく。この時点ですでに違法も違法で真っ黒なクラッキングになるのだが、そんなことはお構いなしにクルミはセキュリティの眼を掻い潜って、検知されないように必要かつ大雑把な情報に目星をつけて抜いて行った。

 

 情報収集管理担当官。ちがう。ここじゃない。

 工作担当官。ちがう。数は多いけどこれじゃない。

 工作補佐担当官。いや、これも違う。当てはまらない。さっき見つけた痕跡と形が違う。

 準軍事工作担当官。これは────。

 

「あ…………った。いや、そんな……うそだろ……?」

 

 AIが導き出した回答を見る。念のため二度演算する。結果は同じだった。そこには、事実であれば千束とたきなの命の危険性が恐ろしく増す内容が導き出されていた。

 クルミは知っている。自身の開発したAIの演算結果が〝事実でない〟可能性は極めてゼロであることを。だからこそクルミは、信じられないという顔をしながら消え入りそうな声で独り呟いた。

 

「────パラミリがタルコフに潜伏しているのか? リコリスの情報を探している……?」

 

 




ふふふ……やっとお話が動き出しました。
ほのぼの時々ガンアクションのタルコフお散歩小説だと思いました? 一理ある(認める)
だがしかし、せっかく作り込まれた超絶面白い世界観のタルコフワールドなわけですから、しゃぶり尽くさない手はありませんよ。
ロシアの経済特区都市で起きた違法研究スキャンダル? それを揉み消そうとする民間軍事会社? さらにそれを叩き潰そうとする政府の息のかかった民間軍事会社ぁ? そいつらがドンパチやった挙句都市丸ごと封鎖だと?
そんなうまそうなロシアの内情をあの国がああそうですかと傍観するわけがないんだよなぁ!

にしても、書いててこんな楽しい物語は本当に久しぶりです。というか初めてかもしれん。毎週ワクワクしている自分がいる。
それもこれも読者の皆さんの感想メッセージ、評価、誤字修正、もろもろのご支援のおかげです。感謝してもしきれねぇぜ! 本当にありがとうございます!!
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