抜けるような青空と、不快感など一切ない快適で乾いた空気が流れるタルコフ市、カスタムズの一角に千束とたきなが座っていた。
左手には浅い川が流れ、右手には建設途中の大きな建造物。正面にちょっと行った先には国連が敷いた高さ五メートルほどのロードブロックのフェンスが見えている。そしてすぐ背面には完全に封鎖された、これまた国連のロードブロックがそびえ立っている。正面に見えているものと同じ色で、同じ大きさの金属製の壁が立ち塞がっている。千束とたきなはそれを背もたれにしてしばし休息していた。
二人のすぐ脇には、気を失っている小柄な女性の姿があった。背負っていた黒いバックパックと被っていたベレー帽、耐破片ゴーグルが近くに置かれている。口元を覆っていたシュマグは吐瀉物で汚れていたため、たきなが破棄した。
千束たちの座る数十メートル先では、数人の男たちが後ろ手に縛られて転がされていた。気を失っているものや足を撃ち抜かれた後手当てされたものがいる。抵抗できないようインシュロックで後ろに回した親指を結ばれている。
千束とたきなが、イレーネと交戦する前に戦っていた一団である。一応、それら数人は道に積み上げられた土嚢の影に転がされており、通りかかった人間に射殺される可能性を少しは落としている。動ける人間が通りかかったら、千束とたきなが対処する予定であった。
「流石に連戦はきつかったわ」
「おかげで助かりました。千束の体力は無限に湧いてくるんですね」
「んなわけあるかアホ。足とかもう結構きついんだぞ」
「あんまりそういうふうには見えませんでしたけど」
「いやいや、この女の人と戦う前に私五人倒してるからな? しかも一人だかんな? 狭い場所なら得意だけど、こういう開けた場所で数相手すんのむっちゃ大変なんだからな?」
「わかっています。だから今は休みましょう」
そう言ってたきなはペットボトルの水を傾けた。千束もまぁそうなんだけどという顔をしながら同じく水を傾ける。
それから千束は横で倒れている女性に目を落とした。
「この人とは話したの?」
「ええ。名前はイレーネというそうです。元USECです」
「まさかこの場所に女性兵がいたなんてね。多分珍しいよね?」
「そうですね。逃げ遅れた一般人ならともかく、あそこまで動ける戦闘員で、かつ女性というのは珍しいです」
「ま、勝ったけどな」
「そうですね。斧を私が撃たなかったら結構危なかったですけど」
「それは…………」
千束がたきなを見て何度か口をぱくぱくさせた後、
「そうだったかも」
「千束の体勢じゃショットガンを撃てませんでしたし、まともに食らっていたら今後の行動に支障が出るくらいの負傷はしていたかもしれません」
「たきながいるからあそこまで突っ込めたんだよ。ほら、私たきなのこと信頼してるから」
「えぇ、私もです」
「そこは照れたりとかしろよ……」
千束が口を尖らせるのを横目に、たきなは一度左手の川を見て、それから正面の土嚢とその影に転がる男たちを見た。うーんとひとつため息を漏らす。
「千束、この後はどうしますか」
「デートのお誘いみたいだね」
「真面目に聞いています」
「悪かったって。そうだねぇ……とりあえずこの女の人が起きるまで待つ?」
「そうなると、あそこの人たちはどうするんですか? 追っ手が来たら面倒ですよ」
「だねぇ。それにふんじばったまま置いていくと確実に死んじゃうからね。どうしようかな」
手を顎に持ってきて唸る千束。
スキーヤーが探している死体は早急に見つけないといけない。しかし拘束している男たちを放置していくこともできない。さらに横の女性、イレーネの話は聞いてみたい。
別にイレーネを放置するという選択肢もあったのだが、それはたきなが否定した。
イレーネの口ぶりでは、彼女はUSECに不満があったらしい。事実、彼女の服装のどこにもUSECの隊員であった証が残されていない。腕章や部隊章が剥ぎ取られている。よっぽど古巣が気に食わなかったのだろう。タルコフがこうなるきっかけを作ったUSEC側の作戦を知っている可能性が高い。それは、このタルコフで何があったのかを知る手掛かりになるとたきなは踏んだ。
あわよくばラジアータのアップデートファイルの所在に結びつく情報が手に入るかもしれない。そんな確率はごくわずかだが、ゼロではないなら当たる価値はある。
ゆえにこうして彼女が起きるのを待ちながら、休憩しつつ今後の動向を考えている。
たきなが拳銃のマガジンを抜いて弾を確認し、スライドを引いて薬室の一発を取り出した。マガジンに一発を戻しながら千束に話しかける。
「屋内の方が安全かもしれませんね」
「隠れる?」
「ええ。イレーネさんを連れて移動しましょうか」
「男の人たちはどうするの」
「一人だけ拘束を解いて、銃を持たせましょう。後は自己責任です」
「後味悪いなぁ……それに死体を先に見つけられるかも」
「そこはちょっと考えがあります」
そう言ってたきなは立ち上がった。バックパックに水を戻して背中に背負う。千束も立ち上がり、移動の用意を済ませる。
「考えって?」
「お願いしてみるんです」
そう言ったたきなは、右手に拳銃、左手にナイフを持って、足を負傷している男に近づいた。後ろ手に縛られて地面に転がされている男は、何も言わずに恨みがましい目をたきなに投げつけていた。
たきなが男のそばに来てしゃがみ、低いロシア語で話しかける。
「拘束を解いてあげます。銃も持たせてあげます。ただし助けるための条件が一つ。スキーヤーの部下だった者の死体を探すのをやめてください。私たちは、あなたたちが死体を探し続ければ必ずまたあなたたちと戦い、そして勝ちます。次は左足の膝を撃ちますから、車椅子生活を送りたくなければいうことに従ってください」
たきなの言葉に男は一瞬眉を顰め、それから重々しく口を開いた。
「そいつぁ俺のボス次第だ。俺の左足一本じゃ釣り合わねぇよ。死体は探し続けるだろうな」
「あなたの足だけではありません。これからぶつかるあなた方のチーム全員の足を撃ち抜いていきます」
「へへへ……マジでやりそうだな、ねぇちゃんよ。そっちのショットガンのお姉ぇちゃんとは目つきが違うぜ」
「…………昔は、よく殺しすぎて怒られていましたので」
「だろうな。まぁ、そういうことならボスも手を引くんじゃねぇか。知らねぇけどよ」
たきなは男の親指を結んでいたインシュロックをナイフで切って、近くに落ちていたマカロフの弾倉を確認した。弾が入っていることを確認して、男に渡す。
男が緩慢な動作で受け取りながらたきなの目を見て呟いた。
「今ここであんたらを撃つとは思わねぇのか?」
「一度負けた相手に、その足で勝てると思いますか」
「思わねぇな。次はどこを撃たれるのか想像しただけでちびっちまう」
「死んだ方がマシな目に遭いますから、引き金は私たち以外に引くべきです」
拳銃をホルスターに戻し、ボルトアクションライフルを体の前で両手に保持しながら後ずさるたきなに、男は小さく笑って、
「そうするか。まぁ、拾われた命だ。大事に使う」
「幸運を。ボスによろしくお伝えください」
「脅されてんだぜ? よろしくもクソもあるかよ」
自嘲気味に笑う男にたきなは一つ頷いて、それからイレーネの方へと向かった。後を千束がついていく。
「たきな、なかなかやるね。なんか映画の主人公みたいだった」
「この街のやり方に順応しつつあるのかもしれませんね」
「それって」
「あまり嬉しいことではありませんよ」
イレーネのところへ着くと、二人はイレーネを両脇から抱えて立たせた。まだ意識の戻らないイレーネの全身は力が抜けていたが、もともと小柄なだけあって重さは大して感じない。イレーネが身につけていた武器や装備品は黒いバックに入れて本人の両肩に背負わせた。足を引き摺りながら移動する。
数十メートル先に建物があった。二階建てのレンガブロック造りの建物で、大きさは例えるなら日本の各地にある二階建てアパートくらいである。一階の入り口から中に入ると、若干の埃くささと古い血液の匂いが二人の鼻腔を燻った。
足元にはいくつかの薬莢が落ちている。ここで何者かが交戦した痕跡である。つまり人間の出入りがある。
「誰かの隠れ家かな?」
「の割には鍵もついていません。人の出入りがあるようですから、気をつけていきましょう」
「おーらい。イレーネさんはどっかの部屋に隠してちょっとクリアリングしていこうか」
「ですね」
そういうと入ってすぐ右手の小部屋にイレーネを寝かせて、そこに二人のバックパックも置いた。元々は事務所だったのだろう。小さなデスクと鍵をぶら下げて保管する戸棚、金属製のロッカーが置かれている。簀の上にマットレスも敷かれており、人がいた痕跡がある。だいぶ前のようだが。
イレーネの手足をインシュロックで拘束する。目覚めてもすぐには抵抗できないようにして、その状態でマットレスの上にそっと寝かした。
たきなはバックパックを置いたところにボルトアクションライフルも下ろしていく。拳銃を抜いてスライドを引き、薬室に一発入れた。安全装置を外す。
千束はKSGショットガンの弾倉にフルで弾が入っていることと、薬室にも一発入っていることを確認して、同じく安全装置を外した。
「部屋の中は私が見ていくからさ、たきなは廊下を警戒してて」
「了解です」
事務所から出る。薄暗い建物の中ではあるが、生きている蛍光灯もあるようで、どこからか非常用電源を受けて廊下を弱々しく照らしている。
ゴミ袋や紙屑、そして空薬莢の転がる廊下を慎重に進む。事務所から出てすぐ向かいの奥にも出入り口があり、その手前で死体袋が膨らんでいた。
念の為確認する。カバーをめくり、持ち物を漁る。鍵らしきものは出てこなかった。
移動する。廊下に差し掛かる最初の部屋、左手のドアを千束はゆっくりと開けた。音をよく聞く。人の気配はない。するりと入って部屋を見渡した。左を見た時、
「うひゃあ!」
「っ!」
千束が声を上げた。すぐさまたきなが部屋に入ってきて拳銃を向ける。千束の視線の先には、戦闘服に身を包み、バラクラバを被った死体が壁にもたれかかっていた。大型の懐中電灯にその姿を照らされていて、薄暗い部屋に血みどろの死体が浮かび上がる。そしてなぜか左手にプラスドライバーを握っていた。
「死体ですか」
「なんでライトに照らされてんのさ。びっくりしたじゃんかもう!」
「私は千束の声に驚きましたよ。死体くらいでびっくりしないでください」
「いや、そうだけどさ。そうなんだけどさ」
「ほら、鍵を持っていないか漁りますよ」
ぶすーっとした千束を尻目に、たきなが死体を調べる。鍵やメモのようなものは持っていなかった。スキーヤーの部下ではないらしい。
「ねぇたきな、もしかして私たちって、これからこの辺で見かける死体全部漁らないとダメかな」
「スキーヤーの部下の特徴がわからない限り、手当たり次第探すしかありませんよ」
「うひゃー…………」
言葉尻に元気をなくした千束を置いて、たきなは部屋から出た。千束も後に続く。
それから、一階の部屋を全て探索し、二階も慎重にクリアリングしていった。敵影はなく、死体がもう一体見つかったのみで、その死体からも鍵やメモは見つからなかった。
「とりあえず安全かな」
「のようですね。建物の出入り口は一階に二つ、二階に一つですね」
「なんか仕掛けとく?」
「そうですね。侵入者がいたら音が鳴るように、簡単なトラップを用意しましょう」
一階の事務所に戻ってバックパックから細く透明な糸を取り出す。建物の中に捨てられていた空き缶や缶詰のゴミをその糸にくくりつけて、各入口のドアの裏に設置した。ドアが開くとその空き缶や缶詰が落ちて音を立てる仕組みである。敵味方の判別はできないが、何者かが建物に入ればわかるその仕組みはゴミを原初の警報装置にした。
事務所に戻って腰を下ろす。二人はそれぞれの持つ銃の安全装置をかけて、すぐ手に取れる場所においた。そしてバックパックから携帯食料を取り出して開封する。だいぶ遅めの昼食になった。
「いただきます」
「いっただっきまーす」
開封したDA印の携帯食料は、時間がない時でもサッと補給ができるように開発された高カロリーの一品である。冬でも夏でも安定して供給でき、例えば火の起こせないような場所でも常温で問題なく食せるよう工夫されている。見た目は粘土、食感も粘土のようなものという評価が正しい。香りはピーナッツバター。味はピーナッツバターに塩気が足されたようなもの。美味しいか美味しくないかで言われると美味しくはないが、戦場でたまに食べる分にはマシな味である。三食これだと絶望する。
二人はもそもそと口に運んだ。
そうしていると、
「あの、動けないんだけど。あとなんかいい匂いだね。アタシの分もある?」
イレーネが目を覚ました。
現実の方のタルコフ(語弊がある)は、未だにワイプが来ていませんね。今期は長いようです。
なんかカスタムズにキラ店長とシュターマンとリシャーラが同時に出てくるとかいう地獄みたいなイベントが開催されているようですが、筆者はそんな魔窟へレイドに行く勇気が持てません……。
七月中旬からお仕事の方が繁忙期を迎えて、向こう二ヶ月は忙殺されそうです。ワイプが来ても間の悪いことにプレイできないかもしれませんが、『リコリスinタルコフ』は毎週更新で死守して参ります。だって楽しいんだもん……!