リコリスinタルコフ   作:奥の手

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まぁここインテリだからね……そりゃ来るよね……。


挟撃

 

「ッ!!」

 

 目の前にあるドアが勢いよく開いた。そしてほぼ同時に投げ込まれた小さな物体が床を転がるのを、千束はしっかりと視認していた。

 次の瞬間には体が勝手に動いていた。KSGショットガンを保持している両手を一度に離し、前に立っているたきなとイレーネの首根っこを掴んで力一杯、事務所の方へ引きずり込む。自身の体も部屋の中へダイブするように放り込む。

 

 直後、背後の廊下が爆発した。無数の鉄片が壁や天井を裂き、穴を開け、粉塵が舞う。

 

「こんにゃろう!!」

 

 うつ伏せで倒れ込んだ千束はすぐさま起き上がった。バックパックを背負うのを最後にしていてよかった。もし背負っていたら、二人を引き込むのも自分が退避するのも遅れていたかもしれない。おかげで自分も二人も無傷である。

 

 事務所から飛び出した千束の前に、一人の男が現れた。

 千束よりも二十センチ以上身長が高く、オリーブグリーンの戦闘服に同じくオリーブ色を基調としたアーマーリグ、そして両手を突き出すように構えて保持しているのは黒いAK。

 見ただけで型がわかるほど千束は銃器に精通しているわけではなかったが、その男の持つAKがAK100系、つまり近代的な改修を施された新鋭の武器であることはすぐにわかった。

 

 加えて肉抜きされたハンドガード、取り付けられたマグプルのAFGフォアグリップ。換装された細いストック。一瞬見ただけでもその男の持つ銃が入念に吟味され、カスタムされていることが窺えた。千束の運が良かったのは、その男が最初に銃口を向けていた方向が自分の立つ位置ではなかったこと。廊下の奥、もう一つの出入り口の方を男は警戒し、そちらに銃口を向けていたこと。

 

 それはチャンスだった。千束はKSGショットガンの照準を男の手、AKのグリップを持つ右手に合わせ、間髪入れず発砲した。

 

 狙い違わず放たれたゴム弾は男の右手の甲を捉え、いくらグローブをしているとはいえ耐え難い激痛に男は一瞬、AKのグリップから手を離す。その一瞬の間は、確実に男が反撃できない〝隙〟であった。

 

 男がこちらを視認する。首を向け、取り落としそうになったAKを左手に持ち替え、左手一本で千束に向けようとする。下を向いた銃口が千束に牙を剥こうとするその前に、千束は男の顔面へ躊躇いなく発砲した。

 

 男がのけぞる。同時に左手一本で支えられているでたらめな狙いのAKから弾が連射される。千束は少しだけ左に動いた。弾は千束のだいぶ右の方に逸れて、そして事務所の壁に穴を開け、男は意識を手放して床に倒れ込んだ。

 

 その時を待っていたかのように、たきなが千束の右側、廊下を北の方角へ進む。出入り口から見てその廊下の壁際はちょうど遮蔽になっており、たきなからすれば左壁の戦闘において有利なポジションであった。そこを陣取る。

 

 イレーネもたきなと同時に動き出した。出入り口を自分の左側に捉えながら、あえて全力ダッシュで廊下の南側へ走った。

 ほんの数瞬、時間にして一秒にも満たない間であったが、イレーネの姿が出入り口の外側から視認できる移動だった。イレーネはわざと自分の体を晒していた。

 

 その行動には理由があった。出入り口から侵入してきた男の仲間が必ず外にいる。いるとしたら何人なのか、どのような武器なのか。それを()()()()ことで判別する。

 USECを抜けてここまで一人で生き残ってきたイレーネの持つ、この街で生き残る術の一つであった。情報は自分の命を繋ぎ、敵の命を断つ。敵が何を持っていて、何人いて、そして目的は何か。殺しか探索か。それとも通りすがりか。それがわかるだけで自身が生き残る確率は跳ね上がる。

 

 廊下を横断する形で体を晒したイレーネに、襲撃者はその姿を逃すまいと、ある意味イレーネの予想通り発砲してきた。

 

 バララララララララッ────。

 

 一続きかと間違えるような恐ろしい速度の連射性能。弾はイレーネの後方ギリギリのところを逸れたようで、壁に当たって粉塵を上げた。

 千束からはイレーネの動きが見えていた。発射された弾丸は赤い曳光弾で、まるでレーザービームかのように壁を穿っていた。

 

 そして、自分ではない誰かを狙って撃っているのならば、千束にとってそれは好機以外の何ものでもない。出入り口のすぐ脇に張り付き、タイミングを測る。

 

 視界の右端にたきなの半身が映った。今、千束とたきなの間に通信手段はない。バラクラバをつける前に戦闘になったため、たきなはヘルメットもヘッドセットもつけていないし、千束もキャップとヘッドセットをつけていない。故に通信手段はなく連携はやや取りにくいが、お互いに視認できる場所にいる限りは代わりにハンドサインで意思を伝えることができる。たきなは〝この位置でロックしているので、思う存分動いてください〟と左手でサインを送った。

 

 千束は頷き、外から弾を撃ち込んでいた敵の射撃が止んだのと同時に飛び出した。

 刺すような明るい陽の光に一瞬目が眩みそうになるが、その程度で行動に制限がかかることはない。外に飛び出した千束は、外壁に張り付いていた敵を視認する。数は一人、武器はP90だった。バレルが長くサプレッサーが取り外されている。隠密性を捨てて精度を上げているカスタムだった。

 

 男は驚愕の顔で千束を見下ろした。同時、千束も内心で舌打ちをした。男の顔がクリアに見えない。男は、ヘルメットに取り付けたバイザーを下ろし、顔面を覆っていた。

 これではゴム弾を顔に向けて撃っても効き目はほぼない。千束は一瞬で次の手を打つべく男の全身を見る。そして、そのあまりの防御力の高さに閉口した。

 男のボディアーマーは股間部まで守っている。腹部や胸はもちろん堅牢に覆われている。撃つ場所がない。少なくとも真正面から攻撃して有効打を与えることができない。

 

 そこまで千束が判断するのに一秒も掛からなかったが、その過ぎた一秒弱は同時に相手にも与えられた猶予の時間である。男は銃口を千束に向けた。流石の装弾数である。イレーネに向けて撃ってもまだ半分以上残っているのだろうか、男は躊躇いなく引き金を引いた。

 

 連続した発砲音が響き、P90のマズルから強烈な光と共に曳光弾が放たれる。

 しかし弾が千束を捉えることはなかった。三メートル以内での発砲にもかかわらず、千束の胴体に男の弾が吸い込まれることはない。千束は自分から見て左側、男から見て右側に足を運びながら、依然と引き金を引き続ける男の顔面に銃口を向ける。

 

 KSGショットガンに残されたゴム弾はあと六発。六発以内に仕留められなければサイドアームのデトニクスに入っているマガジン一本分、こちらの六発が砦になる。

 それでも仕留めきれなかった時、どうしてもの時は、まだKSGショットガンに七発の実弾が込められているが、これを使うのは本当に命が危ない時である。文字通り最後の手段。そうなる前に敵を沈黙させる。

 

 まずはバイザー越しに男の顔面に発砲した。発砲と同時にポンプアクションを挟みながらその場にしゃがむ。間髪入れず今度は男の持つP90に向かって、下から打ち上げる形で発砲した。バイザー越しとはいえ顔面に弾をもらった男はほんのわずかに顔を上に向けており、千束を追う手が止まったP90は、千束の放った打ち上げるような射撃に銃口を跳ね上げた。

 

 上半身が一切ぶれないまま放たれた神速の二射に、男は反応できていなかった。千束は落とした姿勢そのままの高度で、男との距離三メートルを一気に埋めて肉薄する。

 

 男が回復した。跳ね上がった自分のP90を力で押さえつけ、突っ込んでくる千束の頭めがけて発砲しようとする。引き金を引き切る前に千束が到達した。

 

 男の腰よりも低い位置から、千束は男の目を見上げていた。男は、自分を見上げてくるまだ子供と言っても差し支えない年齢の少女に対して、えも言われぬ恐怖を覚えた。赤みがかった千束の瞳を見て、その瞳がなぜが光を放ち、そして残像を残しているのかと見紛うような気持ちになった。それほどに早く、低く、狙いにくく、対処のしようがない動きだった。

 

 だからこそだろうか。男は反射的に体が動いた。考えるよりも先に体を動かした。腰より低い位置に迫る敵に対して、最も早く、最も強力に繰り出せる攻撃。すなわち、男は右足で膝蹴りを放った。膝の位置には樹脂製のパットが縫い付けられている。向こうから突っ込んでくる人間の顔面を捉えれば大ダメージは必至であった。

 

 男にはそこまでの考えがあったわけではなかったが、とにかくタックルのように突っ込んでくる人間に対して、反射的に膝をくり出した。

 それが、もし相手が千束ではない誰かだったら。ノータイムで繰り出された膝は、突っ込んでくる者の顔面を無慈悲に捉えたであろう。

 

 しかし男の相手は千束だった。並外れた反射神経と人間離れした動体視力、それらの入力に対して余すことなく発揮できるスペックのしなやかで強靭な肉体を持つこの少女には、男の膝蹴りは届かなかった。

 

 跳ね上がった男の膝を寸でのところで無駄なく躱し、流れるような動作でその膝裏に、千束はKSGショットガンを外側から差し込んだ。ちょうどストックの位置に男の膝裏が当たり、銃口の位置が男の左膝頭に当たった。つまり、男は差し出した右足を戻すことができないまま、左足一本で立つことを強要された。

 

「なッ!!!」

 

 苦悶の声が男から漏れる。自分の体制が崩されたことが一瞬にして知覚できた。と、同時に千束の姿が男の視界から消えた。右の下の方にかろうじて見えていた白金髪の少女は、男の前から完全に姿を消した。

 

 消えた、と男が思ったのと、その耳に45口径の重たい音が届いたこと、そして股間から下腹部に電撃が走ったかのような衝撃が襲ってきたのが、ほぼ全て同時だった。

 

 男の右膝と左足をKSGショットガンで縫い付けた千束は、その姿勢の低さのまま男の背後に周り、拳銃を抜き、そして男の股間に後ろから発射した。

 

 前を厳重に覆っていたボディーアーマーも、背後から、しかも下から打ち上げられるようなことは想定していない。当然そこにプレートはなく、男が履いているズボンと下着のみが男の股間を守っている。そんなものは守っているうちには入らない。

 

 千束は二発立て続けに発射した。放たれた二発のゴム弾は、二発とも後方下部から男の股間を襲う。男は一瞬硬直したのち、そのまま前に倒れ伏した。バイザーの中で男は泡を吹いて気絶していた。目が開いたままである。

 

「ふぅ……危なかったぜ。え、死んでないよね?」

 

 KSGショットガンを回収しながら男の様子を伺う。泡が出たり戻ったりしているので呼吸はある。大丈夫だろう。

 千束は内心で手を合わせながら、急いでKSGショットガンに弾を込め、デトニクスにも新しいマガジンを入れる。

 

 建物入り口から左手だけを出してたきなに合図を送る。それからするりと建物に戻った瞬間。

 

 たきなのいる側の廊下に、ちかちかと光が走っていた。たきなが持っているものではない。そもそもたきながそこを照らす道理がない。廊下は北側に三十メートルほど伸びていて、ちょうど、その廊下の端から強力な光を照らせば、そしてその光にたきなが照らされたら、今目の前に飛び込んできているような光と影ができる。光源は千束からは見えない。死角になっている。見えないが、ライトが照らされているということは確実にそこに人がいる。否、〝人〟ではなく〝敵〟であり。

 

 その敵が放つ光がたきなの姿を照らしているということは────。

 

「たきなッ!」

 

 千束の声が建物に響くと同時に、銃声が立て続けに廊下の北側から轟いた。

 たきながいたはずの場所から、血の霧が舞ったのが千束の目に焼きついた。世界が遅くなる。そして。

 

 ひどくゆっくりとした世界の中で、たきなが廊下の角から、仰向けに倒れてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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