リコリスinタルコフ   作:奥の手

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不可解

「え…………どゆこと? たきな何したの?」

「何もしていませんよ。寝ていただけです。というか何したのはこっちのセリフです」

 

 千束は食い入るようにたきなの左腕を見つめた。見間違いなどではなく、あきらかに銃槍が塞がっている。

 確かにそこに弾が当たり、貫通した跡はある。

 しかしその傷跡は、まるで負傷から数年経ったかのように綺麗に塞がっており、出血はおろか消毒の必要性すら感じない。つまるところ完治していた。

 

「え、足は? たきなの左足、バキバキに骨折してたんだよ?」

 

 千束の言葉に、たきなは訝しげな表情を貼り付けたまま立ち上がってジャンプした。

 左足一本で立つ。そのまま屈伸する。飛び跳ねる。蹴りを出す。

 

「痛くないですよ……?」

「うっそでしょ!? ちょっとたきなズボン脱いで!」

「え、いやです」

「傷口を見るためだから!」

「じゃあいいですよ」

 

 ずるりとズボンを下ろして左足を千束に差し出した。千束は巻いていたスプリントを恐る恐る外し、止血帯を解く。

 包帯とガーゼを外して傷口を確認すると、左腕同様にこちらも完治していた。

 

 千束の目が白黒する。

 骨が内部でどうなっているのかはわからないが、飛んで跳ねて屈伸できるのならば異常があるとは思えない。

 

 しかし千束の頭は混乱するばかりだった。傷を負った本人のほうがまだ落ち着いている。負傷箇所を直接目で見て手当てをしている分、千束には今目の前にある現実が現実とは思えなかった。

 

 イレーネに振り返り、そういえばこの人は昨晩から「大丈夫だ」と言っていたことを思い出す。

 

 池の鯉のように口をぱくぱくさせている千束に、イレーネは肩を揺らしながら笑顔で答えた。

 

「言ったでしょ? 頭や胸を撃ち抜かれていない限り、治療したら大丈夫だって」

「いやいやいやいやあり得ないでしょ!? 一晩だよ? 一晩で穴の空いた体が元に戻るわけないでしょ!? 擦り傷でも戻らないよ!」

 

 千束の言葉に、イレーネは「まぁそうだよね」と頷きながら顎に手を当てて何かを思い出すように宙を見た。

 たきなはズボンを上げて、ベルトを絞めながら千束につぶやく。

 

「傷の治療以外に何か変わったことはしましたか?」

「変わったことって……あ、注射は打ったけど。2本」

「それの効能、ということはありませんか?」

 

 たきなの言葉に、返事をしたのはイレーネだった。口角を緩く上げながら、

 

「それはないよたきなちゃん。たきなちゃんに千束ちゃんが使った薬は、あくまで免疫機能と代謝機能をあげて、バイタルを安定させる効果しかない。広義では自己修復のための薬剤だけど、傷を1日で治すような薬じゃないんだよ」

「じゃあなんで…………イレーネさんは何か知っているんですか?」

 

 首を傾げるたきなに、イレーネは頭の後ろを掻きながら「知ってるってわけじゃないんだけど」と前置きをして続けた。

 

「ここじゃみんなそうなるんだよ。出血してても、止血帯を巻いたら瞬時に止まるし、骨折してもスプリントを使ったらすぐに治る。鎮痛剤を使ったら骨折してても痛く無くなるし、腹や腕に銃弾を食らっても、弾を除去して傷口を塞げば、いつのまにか綺麗さっぱり治ってんの」

 

 千束とたきなは顔を見合わせた。イレーネが言っていることの内容はメチャクチャだが、現に目の前のたきなの傷は塞がっている。

 そしてたきなは、ウッズで出会ったPMCのことを思い出した。

 

 思い返せばジャックも腹に重傷を負っていたが、自らの治療で普通に動けるまで回復していた。.338ラプアマグナム弾を腹に叩き込まれたアッキーというUSECの兵士も、そういえば千束の止血と治療で生きながらえていた。

 

 その時は疑問にすら思わなかったが、よく考えればおかしい。あり得ないことが起きている。

 

「いつからですか?」

「タルコフがパルス攻撃を食らった直後くらいかな? あの辺からなんか傷の治りが早いなとは思ってた。自分だけかと思ってたけど、周りの人も治ってたからさ、不思議だなーくらいに思ってたの。原因はちんぷんかんぷん」

 

 現実ではあり得ないことが、パルス攻撃後に起きている。にわかには信じ難いが、たきなは自分の左腕と左足に視線を落とし、紛れもなくこれは夢でも幻覚でもなく現実に起きていることだと再確認する。

 

 イレーネはその場に座ってAKの男のバックパックから三人分の食料を出しながら、少し弾んだ声で口を開いた。

 

「そんなわけで、回復さえできれば頭と胸を撃ち抜かれない限りこの街ではなかなか死なないってこと。まぁ逆に殺すのも難しいんだけどね。敵に回復の隙を与えちゃダメ。殺すつもりならね。千束ちゃんの戦い方だとあまり参考にならないアドバイスだけど」

 

 缶詰を床に並べて、千束とたきなにも座るように手招きをする。三人集まって座り込み、手を合わせて挨拶をしてから缶詰を開けた。

 

 千束は考え込むような表情で数口食べて、そして自分の中で何かがつながったように頷いてから、

 

「頭と胸を撃たれなければいいんだね」

「そ。逆に、撃たれちゃうとほぼ確実に死ぬ。これはタルコフの外でも同じことだけどね」

「わかった。たきな、新しいアーマーもあるからしっかり着込んどこう。少しでも被弾したらすぐに治療しよう」

「そうですね。それがいいと思います」

 

 たきなも頷きながら、缶詰の中身を口に運んだ。何口か食べた後に、千束とイレーネの方へ顔をあげて、缶詰を地面に置いた。

 

「別件なんですが、お願いがあります」

「どした?」

「なんでも聞くよたきなちゃん」

 

 たきなは、自分の髪の毛の左側を持ち上げながら淡々と伝えた。

 

「髪、切ってもらえませんか?」

 

 ◯

 

 たきなの髪は、元来濡れたような漆黒で、十人中十人が綺麗な髪だと褒めそうな、長く整ったストレートである。背中の中ほどまで伸ばしているのに実はそれと言った理由はないのだが、幼い頃からこの髪型で育ってきた。

 

 しかし、今たきなの持ち上げた左半分の髪は、赤黒く変色してガチガチに固まっていた。昨日の戦闘での負傷で出血し、その血を吸い込んだ髪は禍々しい見た目で、美しさとは対極に位置する存在感を放っていた。

 

「流石にこのまま行動するのは気持ちが乗りません」

「気持ちの問題なんだ」

「なので、切ってもらえませんか?」

 

 たきなの問いかけに、千束はみるみるうちにぱぁぁっと満面の笑みになり、缶詰を蹴飛ばさん勢いでたきなの手を取りながら大きな声を上げた。

 

「もちろん! たきな! たきなの長くて綺麗な髪は大好きだったけど、こうなったら仕方ないよね! 私と同じ髪型にしよう!」

「そんなに嬉しいですか?」

「たきなの髪を切り捨てるのは悲しいよ? でも私とお揃いにできるなら、プラマイむしろプラスだぜ!!」

「じゃあ、お願いします」

 

 たきなの表情も、自然と柔らかいものになっていた。イレーネはもぐもぐと缶詰の中身を食べながら、

 

「ほんじゃアタシが切ってあげようか」

「え、イレーネさん髪切れるの?」

「実家で兄妹の髪を切ってたからね。千束ちゃんと同じ感じにしたいんだよね?」

「そうですね」

「モデルが目の前にあるなら楽勝。そんじゃパパッと食って切り始めよう」

 

 二人とも頷き、缶詰をかき込んで数分後には、床に空の容器が転がった。

 

 ◯

 

「どう?」

 

 イレーネはハサミを持っている手と反対の手で鏡を掲げて、たきなに見せた。壁際から敵の様子を伺うための小さな鏡では、自分の髪型の全体像を見るのは難しかったが、そこには、千束の髪型でそのまま黒染めしたような人間が写っていた。肩の少し上で毛先が揺れる。前髪まで千束とそっくりだった。

 

「いいですね。頭がとても軽いです」

 

 たきなの感想に千束が目をキラキラさせながらにんまりと微笑む。体の前でこぶしを握り、上下に振っている。

 

「たきな可愛い!! 似合ってる! 頭軽いでしょ! 動きやすいでしょ!!」

「そうですね。弾を避けるのは無理ですけど、一度この髪型になるともう長くするのが嫌になりますね」

「ずっとそのままでいようたきな! おそろがいいって」

「お揃いがいいかどうかはわかりませんが、こちらの方が実用に優れていることがわかりました」

「合理主義者…………」

 

 千束は笑顔のまま顔を引き攣らせた。

 

 イレーネも満足のいく仕上がりだと思ったのか、数回頷いてハサミをしまった。

 たきなの体に巻いていた雨具をはたいて、バックパックにしまう。もう一度、自分の切ったたきなの髪型を見て、自信ありげな微笑みを浮かべた。

 

「ありがとうございますイレーネさん。すごく上手ですね」

「近所にヘアカットの店がなくてさ。隣町まで行くのだるいって、兄貴も妹も言うもんだから趣味の一つで切ってたんだよ。家族以外を切ったのは初めてだけどね」

 

 照れくさそうに笑うイレーネに、たきなも千束も惜しみない感謝を述べつつ、荷物を整理する作業に取り掛かった。

 同時進行で、DAへの報告も済ませる。イレーネからは少し離れたところで、衛星通信を飛ばして昨日の報告をした。

 

 負傷箇所が1日で完治したことも報告する。DAの職員はにわかには信じられないという態度だったが、現場がそう言うのだから報告はそれでまとめられる様子だった。引き続きアップデートファイルの捜索に励むよう言い渡される。

 

 荷物をまとめて、銃の状態を確認して、戦えるよう準備を済ませた。

 たきなはこれまで使っていたアーマーリグからアーマーの機能を取り外し、代わりにP90の男から拝借した6B43アーマーを着込んでサイズを調節した。

 

「……これは、なかなか」

 

 ぽんと腹部のあたりをアーマーの上から叩く。

 

 胸から下腹部まで覆った堅牢な作りに、たきなはどこか安心感を覚えた。少し重く、以前に比べると若干行動に制限はかかりそうだが、着込んでいるうちはそこまで重さを感じない。千束ほど激しく移動する必要がないことを考えるに、たいした違いはないだろう。

 

 すぐに出られる準備を整えてから、三人は顔を見合わせて目配せした後、事務所の出入り口のすぐそば、建物の東側出入り口でぐるぐる巻きにされている男二人を見る。

 

 男たちはとっくの昔に目を覚ましている。目隠しと猿轡をされているので、呻き声が時折小さく上がる以外は静かなものだった。

 

「どうしますか? 千束」

「殺さないよ」

「いやそれはわかっていますが、このまま縛って放置するのかどうかです」

「一応話をしてみて、それから拘束を解くか、そのままにしておくか決めるかな。どっちにしてもこの近辺でスキーヤーの部下を探さないといけないから、襲ってこられたら厄介じゃん」

「そうですね」

 

 話し合いの末、とりあえず男たちの猿轡だけを解いて会話することになった。

 イレーネはクリスベクターを両手に持ってジャコンと一発目を薬室に送り込んだ。セーフティーを外して右手の人差し指をピンと伸ばし、まずはP90の男の頭に照準を合わせた。

 

「いつでもどうぞ」

 

 イレーネの呟きに千束も頷き、P90を持っていた男の猿轡を外した。男は目隠しをされたまま、うめくように一言目を吐き出す。

 

「玉が……痛てぇ……たのむ、鎮痛剤をくれ…………ゴルスタあるか……? できれば直接塗ってくれ……」

「誰が塗るか殺すぞ玉なし野郎」

 

 イレーネが舌打ちをしながら呟くと、男はただ体を震わせながら言葉を失った。

 




ショートボブたきなちゃん☆爆誕☆
みんな脳内で千束とおそろいの髪型のたきなちゃんを愛でてね。
かわいいね。頼む誰か描いてくれ……発狂しそうなんだ……この目で見たいんだ……。
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