リコリスinタルコフ   作:奥の手

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解放

「まぁでも鎮痛剤くらいは飲ませてあげるよ。撃ったのは私だし」

 

 千束はリグから錠剤タイプの鎮痛剤を取り出して、P90の男の口に放り込んだ。男は水無しでも難なく飲み込み、心なしかほっとしたように一息ついた。

 

「次、千束ちゃんにセクハラしたらテメェのポークピッツ切り落とすからな。言葉には気をつけろよ」

 

 横でイレーネがドスを効かす。男は何度か力無く頷き、そのまま押し黙った。

 千束がリグに鎮痛剤のボトルをしまいながら男へ、

 

「いくつか聞きたいことがあるんだけど、答えてもらってもいい?」

 

 優しく問いかける。男は小さく「あぁ」とうめき、千束の言葉を待った。

 

「名前は?」

「昔はファイアフライ。最近じゃシャーマンって呼ばれることが多い」

「シャーマンさんって呼んだらいい?」

「それでいい」

「私は錦木千束。ちさとって呼んで」

「気が向いたらな」

「二階から入ってきた人たちとは知り合いなの?」

「そうだ。タルコフから脱出するためにつるんでいた」

「シャーマンさんはUSECだよね。アイゼンって人とは元々同じ部隊だったの?」

「違う。タルコフに来て、偶然出会った。一緒に行動しているのは奴の下なら生き残れると思ったのと、あとは運が良かっただけだ」

「そっか」

 

 千束は顔を上げてたきなの方を見た。たきなからなにか聞くことはあるかと言う意味だった。

 たきながゆっくりと口を開く。

 

「この建物には何をしに来たんですか?」

「書類を探しに来た。制圧するつもりで二手に分かれて、一階と二階から侵入した」

「そうですか。何の書類ですか」

「それはわからねぇ。隊長と副隊長しか内容は確認してないからな」

 

 たきなはシャーマンの「隊長」「副隊長」という言葉に首を傾げた。千束の方へ視線を投げて、

 

「千束の言うアイゼンという人が隊長ですか」

 

 千束が頷き、シャーマンが「そうだ」と返事をする。

 千束はシャーマンに向き直って質問した。

 

「副隊長ってのは?」

「文字通りだ。隊長の補佐役。情報の管理から索敵、進軍、撤退のバックアップまで幅広くこなす」

「USECの人?」

「そうだ」

 

 シャーマンの言葉を聞いて、イレーネが小さく首を振って目を瞑ったのが千束の視界に入った。

 千束が怪訝そうな顔をしていたので、イレーネはため息をつきながら答える。

 

「ステッチって奴がいる。たぶんあいつのことだ。アタシの部隊でも副隊長だった。こいつ(シャーマン)の言うとおり何でも器用にこなす野郎だよ」

「どういう人なの?」

「使えない武器なんてないってくらい何でも使う。状況に合わせてどんなことでもする。誰と組んでも一定の成果をあげるけど、中でもアイゼンの指揮と相性が良かったから、この二人はだいたい同じ部隊の配属だよ。まさか今も生きてるとはね」

「最後に手榴弾投げてきた人かぁ。うわー」

 

 千束は顔を顰めながら肩を落とす。あまり敵に回したくないタイプの人間だったが、すでに戦っているので今さらどうしようもない話である。

 どうしようもないことに頭を悩ませていても埒が開かないので、千束は決心して次の話をすることにした。

 

「それでさ、シャーマンさん。一つお願いがあるんだけど」

「…………」

「私達ちょーっとこの辺の探索というか、探し物をしててさ。迷惑はかけないから私たちのことを見逃してほしいんだ」

「見逃す? 俺とお前じゃその言葉を使う立場が逆なんじゃないか」

「どゆこと?」

「命を握られてんのは俺の方だ。お前が〝見逃す〟側じゃないのか」

「あーそういうことか。まぁそうだね。いやほら野に放った瞬間噛みつかれたら嫌だなって話」

 

 千束の言葉に、シャーマンは軽く笑って肩を揺らすと深く息を吐いた。

 

「俺一人でお前たちをどうこうできるとは思えない。次は殺すんだろ? 何で今生かされてんのかさっぱりわかんねぇけど、お前たちに関わる気はもうねぇよ」

「アイゼンさんのところには帰らないの?」

「どうすっかな……なんて顔して帰りゃいいのかわかんねぇよ」

「そりゃあ笑顔で、元気よく、生きてましたぁーって」

「あほか」

 

 シャーマンは鼻で笑いながらも、どこか体の力を抜きながら顔を上げた。

 

「目隠しをとってくれねぇか。あんたの顔が見たい」

「いいよ」

 

 千束はシャーマンの後頭部に手を回し、縛っている布を取り払った。

 薄暗い蛍光灯に照らし出された千束の顔を見て、それからその後ろにいるたきな、横でクリスベクターの銃口を向けているイレーネの顔を順番に眺めていった。

 

「ずいぶん若い奴らにやられたんだな。あんたいくつだ?」

「18」

「そっちの東洋人は?」

「17だよ。ていうか私も東洋人なんだけど」

「うそだろ。それ地毛か」

「そだよ」

「見えねぇなぁ。だが綺麗な色だ、大事にするといい」

「あんがと。おっさんは何歳なの?」

「今年で34になる。そんなこと聞いてどうすんだ」

「いや別に、興味本位」

「そうか」

 

 シャーマンは小さく笑うと、一度視線を床に落として、それからもう一度あげて千束、たきな、イレーネを流し見た。

 

「あんたらの顔は覚えた。もう関わらねぇよ」

「よければアイゼンさんにも言ってくれない? もう戦うのはやめよって。敵じゃないよって」

「敵じゃねぇってのが意味わからんね。ここじゃ味方以外は全員敵だぞ」

「文字通りだよ。私たちは…………いや、私とたきなは不必要に人を殺したくない。できれば争いたくないし、殺さなきゃいけない人間を作りたくない」

「そうかい。んじゃそっちのベクター握ってるネェちゃんは、あんたのその博愛主義には含まれないってわけだ」

 

 イレーネを横目で睨んだシャーマンに、イレーネはひどく冷たい目で、しかし口元には笑顔を浮かべながら答えた。

 

「そうだよ。千束ちゃんとたきなちゃんはアタシの大事な友人だ。友人が引き金を引くのに困っている時は、代わりにアタシが引き金を引く」

「お友達の思想とは矛盾するようだがそれでいいのか?」

「何を信仰するかは個人の自由だ。神を信じてもいいし自分の45口径を信仰してもいい。たまたま千束ちゃんの信じるものが〝殺さない〟教理だったって話だ」

「なるほどね。勉強になったよお嬢ちゃん。ちなみに歳はいくつだ」

「教えてやろうか。アタシの歳の数だけ鉛玉をぶち込んでやるよ。数えな」

「いや、やめておこう。算数は苦手だ」

 

 ゆっくりと緩慢な動きで首を振った後、シャーマンは掠れた声で言葉を続けた。

 

「アイゼンには、まぁ言うだけ言ってみる。あいつが何を考えているのかは、いつもわからねぇ。お前たちとこの先殺し合いをすることになるかどうかは、あいつの判断に委ねるしかない」

「それでいいよ。もし戦うことになったら、手加減してね」

「かわりに俺の息子を狙うのも勘弁してくれ。…………ん? まて、なんだ」

 

 シャーマンは後ろ手に縛られている体を目一杯捻って、背後で拘束されている男を視界の端に見つけた。

 

「俺以外にも生きてんのか?」

「そだよ。BEARの人。仲間でしょ?」

「あぁ、まぁ一応な」

「名前はなんて言うの」

「知らねぇ。名乗らねぇから俺たちはイワンって呼んでる」

「そっかぁ」

 

 名乗らない理由があるのだろうが、そこを探る必要はないので千束はひとまず納得して立ち上がった。

 

「それじゃシャーマンさん、拘束を解いてあげるから、もう私たちには関わらないでね。武器は返してあげる。悪いけど、アーマーはもらっていくよ」

「あぁ、それくらいなら好きにしろ」

 

 千束はたきなに一つ頷いて、ナイフを抜くとシャーマンの体にぐるぐる巻きにしていたパラコードを切って外した。シャーマンは両手を前にして何度か握っては開いてを繰り返した後、膝に手をついてゆっくりと立ち上がった。その間、イレーネは油断なくシャーマンの頭に照準を合わせている。

 

 シャーマンの身長は高い。190cmはある。千束を見下ろしながら、複雑な表情でゆっくりと口を開いた。

 

「礼を言わないとな。本当なら死んでるところだ」

「お気になさらずー。こっちの事情で殺してないだけだから。でももしまたちょっかいかけてきたら、今度はゴムじゃなくてたきなの実弾が当たるからね。たきな超射撃上手いから、一番当てられたくないところを当ててくるよ」

「ははは、そうか。そりゃおっかない」

「アイゼンさんによろしく」

「あぁ」

 

 それから千束とたきな、イレーネの三人は建物東側から外に出て、スキーヤーの部下の死体を捜索し始めた。

 

 シャーマンとイワンは、千束たちとは反対側の出口から、時間を空けて出た。千束の言いつけ通り、シャーマンもイワンも、千束たちの向かった方向には近づかなかった。

 

 P90に目線を一瞬落としたのち、前方に油断なく構えながらシャーマンは前進する。その後ろを、後方へフルカスタムのAK105の銃口を向けながらイワンがついていく。

 

「なぁイワン。俺たちは幸運だな」

「…………間違いない。一生分の運を使った気分だ」

 

 シャーマンの英語に、イワンは少しばかりロシア訛りの流暢な英語で返した。顔立ちからしてロシア人であることは間違いなく、バックパックに貼られたパッチにもロシア側所属を意味するBEARの文字が入っているが、英語はしゃべりなれている様子だった。

 

「鉛玉じゃなくてゴムが当たった。あんたは玉を撃たれて、俺は顎を撃たれた。今も痛えけど、それだけですんでんのはどう考えても神の加護だろう」

「どの神だ?」

「さぁな。だが野郎じゃねぇのは確かだ。俺は結局目隠しのせいで声しか聞いてねぇ。撃ったやつは美人だったか?」

「まだ子供だ。だがこの先いい女になるだろう。是非とも生き残って、タルコフ以外で再開したいね。そん時は俺がゴムをプレゼントする番だ」

「そういう下品なアプローチは女神様に嫌われるぜ」

「かもな。ここだけの話にしておこう」

 

 お互いの死角をカバーしながら、二人はカスタムズの西の方を目指した。

 遠くでスカブの叫び声が聞こえる。銃声が連なる。

 二人はその方向へと、足音を殺して進み続けた。

 

 ◯

 

 ここはロシアのタルコフ市からは遠く離れた国、日本。

 その首都、東京からこれまた数十、数百キロ離れた人気のない森の奥地。まるで何かからその存在を隠しているかのような場所に立つこの施設には、これまた数百人の少女と数十人の大人がうろついていた。

 

 少女のうち、あるものは実弾を使って射撃訓練に勤しみ。

 あるものはペイント弾を使って同世代の少女をインクまみれにしたり。

 またあるものはベンチプレスや腹筋マシーンで体力と筋力の向上を図ったりと、それぞれ各々が元気に逞しく活動をしていた。

 

 十代の少女が己の青春を投げ打って自己鍛錬に勤しむ中、その少女たちを管理し、時に死地に送り込むことを厭わない大人たちが、こちらもそれぞれの役目を果たさんと仕事に邁進していた。

 

 あるものは犯罪を犯す可能性のある者のリストをアップして上司に報告したり。

 あるものはすでに犯罪の起きている地域に重点的にリコリスを派遣する算段を立てたり。

 またあるものは、派遣するリコリスの適応能力を高めるための育成要綱を考えたり。

 

 大人も大人で、それはそれは忙しく仕事に人生を捧げていた。

 

 そんな中。

 部屋の隅で報告書の整理を任されている新人の女性もまた、仕事に一生懸命な大人の一人である。

 サードリコリスとしての十代を終え、現場での任務から解放された直後に迫られる選択肢。

 

 つまり、全てを隠蔽して〝普通の人間〟として社会に紛れて生きていくのか。

 それともこのまま〝リコリス〟だった者として生きるのか。リコリスを管理し、育成し、消費する大人になるのか。

 

 彼女は後者を選んだ。こちらの道を選ぶリコリスは実際のところあまりいなかった。普通の生活、普通の人間、普通の生き方というものに憧れを抱く者が多い中、この女性は、半ば自分の能力に諦めのようなものを持ってリコリスに関わることを人生の選択とした。

 

 射撃が上手いわけではなかった。卓越した状況判断力があったわけでもなかった。身体能力が高いわけでも、推理や交渉に長けているわけでもなかった。

 

 平凡。凡庸。普通。何かが特に下手なわけでも、上手いわけでもない平均的なリコリス。彼女に押された烙印は、突出した能力のないサードリコリスというどうしようもない現実だった。自他共に認める凡庸な人間。普通の少女と違うのはグロックの撃ち方を知っていることくらい。あと、ほんの少し爆薬や銃火器に詳しいだけ。

 

 そんな少女が大人になったからといって、例えば急に事務処理能力が上がるわけでもなければ、誰にも書けないようなプログラムが書けるようになるわけでもない。

 少女が女性になり、引き金の代わりにペンとキーボードに指を触れる生活になったとしても、平凡極まりない存在であることに何ら変化はなかった。

 

 その結果、彼女はオフィスの隅で報告書をまとめる仕事についている。

 東京都内で起きる〝はずだった〟事件を未然に消し、あるいは事件を事故として片付けて、その成り行きを文書にしたものを保管する。

 

 何百、何千枚という膨大な数の書類を事案のクラスや種類、解決方法などで振り分けていく。本来ならプログラムを組んでコンピューターに任せるような仕分け作業だが、あいにくそのプログラムでは分けることの難しいものばかりが物理的に舞い込んできていた。

 

 とはいえ人の手にかかれば単純で簡単で誰にでもできて、それゆえに能力のある人間には回ってこない仕事。それを彼女は片端から引き受けていた。

 

 そんな仕事の最中に、彼女の手は珍しく止まった。

 いつもなら書類の内容を見るのに三秒。振り分けに悩むのに二秒。一枚あたり五秒で振り分け作業を終える彼女が、その時、その瞬間に持っていた書類に目を止めた。すでに十秒が経っている。

 

「…………?」

 

 何か違和感があった。その書類に書かれていることに。内容に、なにか喉の奥でつっかえるものがあった。

 

 その報告書は国外で活動しているリコリスからの通信内容をまとめたものだった。

 通信を受け取った時間、発信者、受信者、通信内容。それらが簡潔に書かれている。

 何か事件を解決したわけでもない。消した人物がいたわけでもない。内容だけ見るなら、本当にただの経過報告である。

 

 だがしかし違和感のある箇所はそこではない。報告の内容ではなく、女性は通信が来ている時間に目を止めた。否、止めたのではなく止まった。

 

 ロシア国内の、タルコフ市というところから発信されたその衛星通信は、DAの24時間稼動している作戦司令室で受け取られている。

 昨日から、4回。定時連絡という形で、初回の連絡の後約3時間後に一回、その約4時間後にもう一回、さらに約4時間後に4回目の通信が来ている。

 

 おかしい。何だこの違和感のある通信間隔は。なにより報告内容と時系列が矛盾している。最後の通信では〝負傷が1日で治った〟と報告が上がっている。そもそも負傷が1日で治るという内容がおかしいが、まずこの子達はタルコフ市に派遣されてからまだ丸一日経っていないはず。

 にもかかわらずなぜ、まるでもうすでに数日間滞在しているかのような通信を送ってきているのだろうか。

 

「なにこれ…………」

 

 よくわからない。頭が混乱してきた。たぶん報告書が間違っているのだろう。

 24時間体制のオペレーターも激務だから、きっと何か色々書き損じてこうなっているんだろう。女性はそう思うことにした。

 そして、手元の報告書は適当なそれらしいフォルダに区分けして、放り込んでおいた。

 

 数秒後には違和感のことなど微塵も残らず忘れて、次の書類に手を伸ばしたのであった。

 

 

 




凡庸元サードリコリスちゃん、報連相が死んでて無能かわいい。多分年齢も20歳とかそこらだからね。学生のバイトとそう変わらんよ。

それはそうとタルコフ、やっとワイプが来ましたね!
私にとっては初ワイプ。良いスタートダッシュを……決めたかったんですがね。
ちょっと仕事が繁忙期まっしぐらすぎてゲームする余裕ないですわ。泣きたい。ゆっくりプレイできるのは九月も半ばかな……一か月後か……。
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