リコリスinタルコフ   作:奥の手

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仕事

「ぐぅう…………痛えぇ……」

「男の子でしょ、我慢して」

 

 負傷した男の足と腕に止血帯を巻いた千束は、リグから鎮痛剤を取り出して男に渡した。

 男は自分で鎮痛剤の蓋を開けようとして、左手に力が入らず舌打ちを一つ。動かせる右手で容器を口元まで持っていき、歯で開けようとして千束に止められた。

 

「ばっちいでしょやめて。開けてあげるから」

「あ、あざす……」

 

 千束は奪い取るように男から鎮痛剤を受け取ると、パカッと蓋を開けて一粒取り出し、男の口に放り込んだ。

 男は水無しでも難なく飲み込み、少し安堵したような表情で息をつく。

 

「名前は?」

「仲間からはタラカンって呼ばれてる」

「タラカ……うわ、ゴキブリのことか」

「ゴキ……なんて?」

「いんや、こっちの話。私は千束、そう呼んで」

「あぁ、わかった」

「んで、あんたはスキーヤーの仲間? 敵? それとも無関係?」

 

 目をまっすぐ見据える千束に、タラカンは頷きながら、

 

「部下だ。ある連中から鍵を預かるよう言われてる。お前らのことか?」

「だね。鍵は私の相棒が持ってる。今ガソスタに────あ、帰ってきたね」

「千束、敵は裏手に回りました。そっちでも銃声がしているので、少なくとも三勢力が交戦中のようです」

 

 たきなとイレーネが車止めを乗り越えてコンテナ裏に戻ってきた。イレーネはコンテナの端からガソスタの方に銃口を向けて警戒している。たきなが千束に報告と相談をする。

 

「どうします? 一度撤退して混乱に巻き込まれないようにするか、全員黙らせるかの二択ですが」

「んー撤退かな。とりあえずスキーヤーの部下はここにいるし」

 

 日本語で話す千束とたきなに、座り込んでいるタラカンは首を左右に動かしながら顔面に疑問符を浮かべていた。

 

「お、お前ら何人だ? 何語喋ってんだ?」

「内緒だよー。知らないほうがいいよ」

「あなたには関係ないことですから。それより移動しましょう。裏手の銃声が止みました」

 

 二人はタラカンにロシア語でぴたりと言い切った。

 それから千束は立ち上がり、タラカンの腕を抱えてこちらも立たせる。

 

 たきなのいう通り、ガソスタの西側で散発していた銃声がぴたりと止まっている。勝負がついたのならば、生き残っているどちらかの勢力がこちらにくる可能性がある。スキーヤーの派閥なら構わないが、それ以外なら厄介極まるため移動することに決めた。

 

 イレーネが最後尾について後方を警戒しつつ、千束が前方、たきながタラカンの腕を支えて移動を始める。

 数メートル歩いてすぐに「自分で歩ける」と言ってたきなから離れた。たきなはすんなりとタラカンを解放して、ボルトアクションライフルを体の前に持ってきた。

 

 コンテナの裏から南側に動くと、葉っぱの落ちた木のすぐそばに緑色のドラム缶が大量に放置されていた。

 そのすぐ裏手には、左右に伸びているコンクリート壁と、その壁が一部倒れて向こう側へ行けるようになっている。

 倒壊した壁を飛び越えて、ガソスタ南側へ出る。右は草木が鬱蒼と茂っており、視界が通らない。

 左は進める。一行は左に進路を取って、壁伝いに東側へ移動した。

 再び倒壊している壁を無視して、すぐそばの茂みに身を隠す。

 

 東側から南側には鉄道が通っている曲線状に盛り上がった丘があり、すぐ北側はこれまで沿ってきたコンクリート壁、西側は草で視界が切れているという、身を潜めて一旦体勢を立て直すのには十分な立地にたどり着いた。

 

 タラカンがほっとしたように息をつきながら地面に座り込み、コンクリート壁に背中を預ける。

 千束、たきな、イレーネはその場にしゃがみ込んでたきなとイレーネはマガジンに弾を込める。

 千束は弾を消費していないので、KSGショットガンを油断なく構えて周囲を警戒。その間に、たきなが弾をこめながらタラカンに話しかけた。

 

「スキーヤーの部下ですか?」

「そうだ。あんたが鍵を持ってんのか?」

「はい。ですが、今渡して取引が完遂するとは思えません。スキーヤーからは報酬を用意していると」

「あーそれな。奪われたよ」

 

 タラカンが首を横に振りながら薄ら笑いを浮かべる。自分の右足と左腕に視線を落として、それからたきなの方を見た。たきなは拳銃のマガジンに弾を込め終えて、リグのポーチに刺しながらタラカンの目を見返した。

 

「何があったんです?」

「あの辺りを縄張りだって勝手に吹いてる連中がいてな。頭の名前はリシャーラってやつだ。タルコフがこうなる前からでしゃばってた気に入らない野郎だが、最近輪をかけて調子づいてる。取り巻きに雇ってんのが元警察関係者だとかなんとか、スキーヤーが言ってたぜ」

 

 クソ野郎が、と悪態をつきながらタラカンは空を仰ぎ見た。

 

「そんで、あんたらとの取引を嗅ぎつけたあいつらが邪魔しに来たって寸法だ。あんたらに払う報酬も、あんたらの見つけた鍵も、それからその鍵で手に入るスキーヤーのお荷物も全部あいつらは奪うつもりだ」

「スキーヤーの荷物っていうのは、何が入っているんですか」

「知らねぇよ。でもスキーヤーは気にかけている。別にリシャーラに渡ったからってすぐにどうこうなるもんじゃないだろうが、まぁタダで渡していいもんでもねぇな」

「そうですか」

 

 たきなは千束に一度目配せをして、それからイレーネの方を見た。弾を込め終えたイレーネも、千束とたきなの方を交互に見ていた。

 イレーネが英語でつぶやく。

 

「千束ちゃんたちはその報酬が欲しい?」

 

 千束は数秒迷った後、首を横に振って、

 

「どちらかというとスキーヤーの信頼の方が欲しいかな」

 

 英語でそう返した。

 タラカンはイレーネと千束の顔を流し見た後、「俺も英語勉強しとくべきだったかな……」とロシア語で小さく呟いて地面を見た。千束が少し笑っている。

 

 イレーネは大きくうなづくと、音を立てないように立ち上がって周囲に視線を走らせながら、

 

「そんじゃ、千束ちゃんとたきなちゃんの要望通り、まずはスキーヤーの信頼を得ないとね。この男ならスキーヤーと電話でコンタクト取れるでしょ?」

「だね。そんでスキーヤーの要望に応えよう。もしリシャーラを殺せって言われたら断るけど、代わりに殺し以外ならどんな仕事でも請け負うようにしよう」

「賛成です」

 

 たきなと千束も立ち上がり、たきなはタラカンにスキーヤーから渡された携帯端末を差し出した。

 

「スキーヤーに電話してください。番号は知っていますよね?」

「あ、あぁ。わかる。なんだ、今の状況を報告すればいいのか?」

「そうです。自分の携帯があるならそれでどうぞ。報告が終わったら私に代わってください」

「わかった」

 

 タラカンはたきなの差し出した携帯を受け取り、番号を入れてスキーヤーに繋いだ。

 

 千束、たきな、イレーネの三人は周囲に敵の気配がないか、ガソスタからの追手が来ないかを十分に警戒した。タラカンがスキーヤーとのやりとりを終えて、たきなの肩を叩く。

 

「代わってくれるってよ」

「どうも」

 

 携帯端末を耳に当てたたきなに、スマホの向こう側からスキーヤーの訛りの強いロシア語が響いた。

 

『よう、子羊ども。生きてるようだな』

「おかげさまで。あなたの部下は死にかけてましたけど」

『生き残ったってことは使える部下だ。死んだ奴と殺した奴の心配はしなくていい』

「そうですか」

『それで話ってなんだ? 世間話をするほど暇じゃねぇ。簡潔に話せ』

「リシャーラという男をどうしたいですか?」

『殺したいところだが、殺すにはコストがかかる。そしてあの男を殺したところでそのコストに見合った見返りは期待できねぇ。だが俺のブツを横取りするようなら、そうだな。相応のコストをかけてもいい』

「殺しの依頼は引き受けられません」

『あぁそうだったな。お前らは探し物の方が得意なようだ。その才能は認める』

「ありがとうございます」

『優秀なメス犬にはそれなりの対価を払ってやってもいい。そのエリアのどこかにリシャーラのクソどもが溜め込んだ物資がある。お前らがあいつらを殺すかどうかは好きにすればいいが、その物資のある場所を突き止めてメチャクチャにしろ。置いてあるものは好きに持って行ってかまわねぇ。とにかく物資を使えなくして奴の蓄えを減らせ』

「期限は?」

『なるべく早くだ。お前らの働き次第であいつらを消すかどうか決める。あぁ置いてあったものの写真を撮ってメールで送ってくれ』

「…………物資を見つけたとして、それがリシャーラのものである確証はどうすれば得られるんですか」

『金色の悪趣味なトカレフが置いてあったら間違いなく奴らの物資だ。あとはそうだな、白いラインの入ったジャケットは奴の取り巻きが全員着ている制服みてぇなもんだ。それがあったら目印だろうな』

「わかりました。探してみます」

『タラカンを生かしたことについてはまた別に礼をしてやる。回収した鍵はそいつに渡して、可能なら川向こうの赤倉庫まで連れてこい。リシャーラの物資を探すのはその後でもいい』

「わかりました」

 

 通話はそれで終わった。たきなは端末をしまいながら千束とイレーネにことの成り行きを話し、とりあえず川向こうの赤倉庫へ行くことにした。鍵をタラカンに渡しながら、たきなは怪訝そうな顔で質問を投げた。

 

「あなたは、スキーヤーに気に入られているんですか?」

「ん? なんで?」

「いえ、あの男は部下を平気で殺すものだと思っていたので」

「あー、そういう時もあるがまぁ使えるか使えないかの一点だろうな。俺は自分で言うのもなんだが〝使える〟側の人間だろうよ」

 

 一行は草むらから離れて、鉄道の走っている丘に登って周囲を見渡した。ガソスタ側からも追手はなく、進行方向である東側にも今の所人影はない。丘を越えて低い草を踏みしめながら先へ進む。

 

「なんで俺が〝タラカン(ゴキブリ)〟って呼ばれてるか教えてやろうか」

 

 タラカンは上着のポケットに手を突っ込みながら得意げに鼻を鳴らした。

 千束が前を向いたまま口をひらく。

 

「顔がゴキブリっぽいから?」

「言うねぇねぇちゃん。正解は〝叩かれてもしぶとく生き残るから〟だ。銃弾が飛び交う取引は今回で18回目だが、今回も生き残っちまったな」

 

 得意げに、しかしどこか寂しそうにタラカンは空を見上げながら独りごちた。完全にただのジンクスであろうが、生き残っていることに変わりはなく、ある意味強運はこの街で生き残る大切な要素なのかもしれない。銃を一丁も持っていない彼が、千束たち三人に護衛されながら歩いている事実がそれを物語っている。

 

「ところでよ」

 

 タラカンは見上げていた空から千束の方へ視線を戻して、声を弾ませながら続けた。

 

「俺まだあんたの素顔見てないんだけど、気になるから見せてくんない? そっち、えっと、名前なんだっけ」

「たきなです」

「そっか、たきなちゃんの顔も見たいな。目元がくそ美人だから期待してるぜ」

 

 にやにやと笑みを浮かべるタラカンに、左側を歩いていたイレーネが睨め付けながら低いロシア語で唸った。

 

「この子らまだ高校生なんだ。手ェ出したらテメェのケツの穴頭に開けるぞ」

「え、マジ? そりゃちょっと幼すぎるわ。てかあんたロシア語喋れんの?」

「少し。お前の言っていることくらいはわかる」

「かー! やっぱPMC様はすげぇな。たどたどしいロシア語が似合ってるぜ」

「頭からクソ垂れたいか?」

「普通外国語でそんなにすらすら汚ねぇ言葉出てくるか……? 俺は英語でその言い回しは出来ねぇぞ」

 

 眉根を寄せるタラカンに、イレーネは鼻で笑いながら英語で「クソの詰まった頭じゃ確かに無理だな」と呟いた。千束とたきなには聞こえていない。

 

「てかあんたも大概整った顔してんな? 年は俺と同じくらいか? 流石に十代てことはないよな」

「まぁね」

「どうだ? 俺のセーフハウスに招待するぜ。あんたになら手を出してもいいんだろ」

 

 明るい声でそう言いながらイレーネの顔を覗き込むタラカンに、イレーネは返事をせず右手で中指を立てた。

 閉口するタラカンを横目で見ながら、イレーネはその立てた中指を折り曲げて、今度は親指を人差し指と中指の間に挟んだ。

 タラカンはイレーネのハンドサインを見つめた後、目を瞑って何度か頷いた。それからふと思い出したような表情になり、

 

「…………どの意味だ?」

 

 困惑した声でつぶやいた。

 タラカンの右側を歩いていたたきなにはイレーネの仕草や言動が全て見えていた。

 伏せた目の下で若干頬が赤くなっていたが、それはバラクラバのおかげで誰にも気付かれることはなかった。

 

 

 

 




ハンドサインって国によって意味が違うらしいですね。
良い意味で使ってんのに相手には侮辱の意味で伝わってたらたまりません。
……まぁイレーネは分かっててわざとやってますけどね。
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