リコリスinタルコフ   作:奥の手

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予定変更

 ガソリンスタンドから東へ向かった千束、たきな、イレーネ、タラカンの四人はその後誰とも接敵することなく川を渡って押収品保管庫────この辺りの住民からは赤倉庫と呼ばれている、スキーヤーが取引によく使っている倉庫へと足を運んだ。

 

 ちょうど昨日、千束とたきなが十数人の敵を無力化し、そしてスキーヤーとその部下が虐殺を行った場所である。

 

 たきなからは千束の背中しか見えなかったが、どんな顔をしているのかは見なくてもわかった。

 たきなのボルトアクションライフルを握る手に力が籠る。ここにスキーヤーが出向いているとしたら、あくまで気丈な態度を取らないといけない。あれはそれを必要とする男であるから。

 

 赤倉庫の南側入り口に差し掛かると、中から足音がした。複数人いる。千束が拳を上げて足を止め、壁に張り付いて中の様子を探った。

 

「昨日の死体がない」

「スキーヤーが処理したかもしれませんね」

 

千束が頷き、再度中の様子を確かめる。コンテナのそばに人影を視認した。

 

「三人……。PMCじゃないね。どうするたきな?」

「スキーヤーの部下でしょうか」

 

 たきなはタラカンに目配せして、タラカンがひとつ頷いた。千束と場所を変わって倉庫内部を覗き見る。そして、

 

「お! 護衛の旦那方じゃないか。大丈夫だ。スキーヤーの仲間だ」

 

 堂々と入り口に全身を晒した。倉庫の中の人間が一瞬でこちらに銃口を向け、そしてタラカンの顔を見て銃口を下ろした。千束、たきな、イレーネもタラカンの後に続いて中へと入った。

 

「また生き残ったみたいだな」

 

 護衛の男のうち、東側の短機関銃を手にした男が銃の安全装置をかけながらタラカンの目を見て呟いた。感心と疑問符が半分半分の声音だった。

 タラカンがニヤつきながら両手を広げて応える。

 

「まぁ見ての通り、撃たれちゃいるが俺には幸運の女神がついていた。こちらのお三方だ」

「知っている」

「え、知ってんの?」

「いや、待てその小さいのは知らんな。誰だ?」

 

 男がイレーネの方を睨みながら顎でしゃくった。イレーネは自分より四十センチ以上身長の高い男に気押されることなく、ロシア語で堂々と答えた。

 

この子達(千束とたきな)の仲間よ」

「そうか。昨日の今日で手を組む相手ができるとはな。女の絆ってやつか?」

 

 スキーヤーの護衛三人が小さく肩を揺らしながら笑った。イレーネは眉を顰めたが、言い返すことはしなかった。

 代わりにタラカンがジャケットのポケットに手を入れながら口をひらく。

 

「そうバカにするのはよしてくれ。こいつらがいなかったら俺はここにいないし、スキーヤーの鍵も手に入らなかった」

「そうだな。それで、肝心の鍵はどこにある?」

「ここに」

 

 タラカンがポケットから鍵を引っ張り出し、そしてすぐに戻した。そのまま口元に笑みを浮かべながら、男の目を見て低い声で言い切る。

 

「俺が持っておく」

「渡せ」

「嫌だね」

 

 男は短機関銃の安全装置をこれみよがしに外した。しかし銃口は向けない。まだ向けていない。

 

「スロビア、お前の言いたいことはよくわかる。やりたいこともな。だがそれはスキーヤーの意思に反するんじゃないのか? この鍵で手に入る物と〝俺〟という存在、スキーヤーはどっちを優先すると思う」

「…………」

 

 スロビア、と呼ばれた短機関銃を持った男は、押し黙った。視線だけはタラカンから外さず、しかし口は開かない。言葉を探しているようにも見て取れる。タラカンはひとつ息をつくと、続けた。

 

「それに、お前が持つより俺が持った方がこの鍵をスキーヤーに渡せる確率が上がると思わないか?」

「…………ジンクスってやつか?」

「そのとおり。なんてったって俺は幸運だからな。お前たちが全滅しても幸運なタラカン(ゴキブリ)はきっと生き残り、そしてこの鍵はスキーヤーに渡る。奴は喜ぶことになる」

 

 笑みを貼り付けたタラカンに、スロビアは舌打ちを一つ鳴らした後、銃の安全装置を再びかけて振り向いた。

 

「あれ持って来い」

 

 スロビアの指示で、後ろに控えていたAKを持った男が、すぐ脇に置いてあったアタッシュケースを持ってきた。スロビアが受け取り、一番前に立っていたタラカンを手の甲で追い払いながら千束たちの方へ近づいた。

 

 たきなが一歩前へ出る。

 

「お前がこのパーティーの頭か?」

「私たちにそういう役割はありません。お互いがお互いの相棒です」

「は、そうかそうか。まぁそういうのもいるんだろうな。女の連帯感って奴だ。ここいらじゃ最近見ねぇ現象だな」

「用事があるなら早くしてください」

「そう焦るなよ。ほれ、報酬だ」

 

 男は無造作にアタッシュケースをたきなに渡した。たきなは左手で受け取り、ボルトアクションライフルを体の側面に回してその場でアタッシュケースを開けた。

 

「…………」

 

 中身は500ドルの札と7mmAKのマガジンが一本入っていた。マガジンは空である。

 

「シケたもの入ってんなって顔か? 悪いがお前らに払えるのはそんだけだ。もっと稼ぎたきゃもっと働け。文句があるならその辺で死んでくれ」

「いえ、いただきます。ありがとうございます」

 

 そう言ってたきなは500ドルの札をリグに押し込んで、空のAKマガジンを手に取るとそっちはAKを持った護衛の男に投げ渡した。男は片手で難なく受け取ったが、訝しげな顔をする。

 

「私たちはAKを使わないので、それは私たちからのプレゼントです。そのマガジンでタラカンさんを護衛してください」

これ(空マガジン)でか? へへ、言うぜこのガキ」

 

 空のマガジンを受け取った男はチラリと物を確認すると、リグの中に放り込んだ。

 

「取引はこれで完了ですか?」

「あぁ。追加の仕事はスキーヤーから渡ってくる」

「リシャーラという男の物資を破壊しろと言われました」

「んじゃそれだ。せいぜいぶっ殺されねぇように頑張れよ。あぁ死んだら教えてくれ。お前らの死体をファックしにいってやる」

 

 イレーネの目にじわりと殺気がこもったが、スロビアは無視して踵を返した。

 タラカンもスキーヤーの護衛三人についていく。歩き出す直前に紙切れをイレーネに渡していた。ウィンクをして指を振りながら、

 

「そんじゃま、お前たちも頑張って生き残れよな。また会おう」

「ええ、お気をつけて」

「じゃね、ゴキブリさん」

「…………」

 

 イレーネだけはなにも言わずに、渡された紙切れを少しの間眺めた後、その紙をズボンのポケットにしまった。

 

 千束は護衛の集団が見えなくなった後に、首を傾げながらイレーネの方を向いた。

 

「なにが書いてあったの?」

「大人の秘密」

「えぇー、教えてほしいなぁー。気になるなぁー」

「ダメだね」

 

 イレーネは柔らかい笑みを浮かべながら、しかしポケットから紙切れを出すことはなく、クリスベクターを持ち直した。千束とたきなの方を見ながら一呼吸置いて明るい声で尋ねる。

 

「それで、この後はどうする?」

「リシャーラの物資がどこにあるのかを探さないといけませんね」

「見当もつかないんだよねぇ。一体どこに────」

 

 その時、たきなのリグの中で携帯端末が震えた。音は鳴らないようになっているが着信はバイブレーションでわかるようにしている。たきなが取り出し、応答ボタンを押して電話に出た。

 

「はい」

『俺だ』

「スキーヤー? なんですか」

『緊急の用事だ。何よりも優先しろ』

 

 ○

 

 スキーヤーからの連絡は一分も経たずに終了したが、たきなはその内容に頭を抱えた。

 端末をリグに収めながら、言いにくそうな顔で千束とイレーネの方に顔をあげる。

 

「スキーヤーから、別の依頼が来ました」

「どんなの?」

「食料ルートを確立しようとしている人間を妨害する。そのルートの形成に必要な情報が入った書類ケースを持ってこいと」

 

 千束とイレーネが顔を見合わせる。二人とも疑問符が表情に浮かんでいた。

 イレーネが首を傾げながら漏らす。

 

「具体的には何をするって?」

「ウッズの伐採場付近にその情報の入った書類ケースがあるらしく、それを他のPMCに取られる前に回収しろと言っていました。食料ルートを確立しようとしている人間が遣っているPMCとの取り合いになると」

「うへーマジか。え、て言うかそれって今からウッズに逆戻りしろってこと?」

「そういうことになりますね。今から出発してもウッズのあたりに到着するのは夜になります」

「でもその依頼を達成させるなら、急いで回収に向かわないとダメだよね」

 

 千束の言葉にたきなは頷き、腕時計を確認した。

 

「到着は日没。闇夜に紛れながら伐採場でケースを探して回収。もしスキーヤーの言う〝遣われているPMC〟と遭遇した場合は戦闘し、逃げ切らないといけません」

「ハードだなぁ…………」

 

 肩を落としながらつぶやいた千束だったが、三秒後にはシャキッと顔を上げてたきなに笑顔を向けた。

 

「まぁでもやるしかない。スキーヤーはこの依頼がどのくらい大事か、とか言ってた?」

「かなり重要視していました。その情報の入ったケースが他人に渡ると自分の利益が大幅に減るし、逆に回収できたら今の儲けにかなり上乗せされると言っています。私たちに払う報酬も色がつけられると」

「んじゃあやるかー。イレーネさんは大丈夫? ウッズ行っても良さそう?」

 

 千束に目を向けられたイレーネは、二つ返事で頷いた。

 

「あっち方面にはあんまり行ってないんだけど、二人がいかなきゃいけないんだったらアタシはついていくよ。道案内はできないけどね」

「その辺は大丈夫。私たち一回行ったことある場所だから」

 

 千束はそう言って、そして伐採場でのことを思い出したのか、表情がほんの少し曇った。たきなは見逃さなかったが、そのことに対して声はかけずに、ちょんと千束の脇腹を小突いてわかるかわからないかくらいで口角を上げた。

 

「…………」

 

 少し驚いたような反応を見せた千束だったが、すぐにたきなにだけ見えるように小さく笑いかける。「大丈夫だぞー」とでも言いたげな笑みだった。たきなは一つ頷き、千束の気丈さに改めて感心した。

 

「じゃあ、もう出発しちゃおうか」

 

 周辺を見渡していたイレーネが安全を確認したので、一行は赤倉庫を後にした。

 目指すはカスタムズのエリアから数十キロ西にあるウッズの伐採場。先を急ぐため休憩は最小限に留めなければならず、そして伐採場では高い確率で戦闘になる。

 長距離行軍を含めた長時間の作戦行動。三人は覚悟を決めて、歩みを進めた。

 

 




自衛隊を含め多くの軍隊は一日に20kmも30kmも重い装備と荷物を背負って行軍するそうですね。
奥の手は飲み物だけ背負って友人と15kmほど山登りをしたことがありますが、足ちぎれるんかってくらいキツかったのを覚えています。

銃とアーマーだけでも20kgほど。そのうえ食料や弾薬などのもろもろを背負ってなん十キロも移動する、そして戦闘になったら戦う。え、これ女子高生にやらせていいの……?(今更)
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