交錯
カスタムズから西の位置にあるウッズまでは、地図上では直線距離で約10kmほどであったが、実際の移動距離はその二倍から三倍を想定しなければいけなかった。
ロシア連邦軍と国連軍の敷いたロードブロックの残骸を始め、その地域の半グレ地元住民が私的に封鎖した道を迂回する形を取ると、行っては戻って回り道をしての繰り返しであった。
封鎖を強行突破することも考えたが、割り出せない位置からの狙撃を警戒すると難しかった。わざわざ「この先狙撃手あり。渡るな」の看板を赤文字で立てているあたり、本気で通行人の頭を弾き飛ばすつもりなのだろう。
道を物理的に塞ぐトラックやコンテナに加えて、そう言った見えない敵からの攻撃を警戒しながら移動していると、どうしても距離が伸びてしまう。
それに伴って疲労も蓄積していく。ヒュージーが案内していた地下通路は、一応の安全が保障された上で、街と街を最短距離で繋ぐ地下通路だったのだと千束とたきなは気がついた。それゆえにヒュージーは「安全を保証する」といい、そしてウッズからカスタムズへの順路はそれほど長い距離を感じさせなかったのだろう。
「地上を移動するのがこんなにきついとはねぇ……」
千束が気だるげな声でつぶやいた。持ち前の体力があるためかまだ疲労の色は見えなかったが、それでもいつ攻撃されるかわからない緊張感を保ちながらの行軍は一定以上の精神的疲労感を蓄積させていた。
そして、千束は横を歩くたきなをちらりと見る。
「大丈夫? たきな。ちょっと休憩挟む?」
「いえ…………大丈夫です。もう少しいきましょう」
そう返事を返したたきなだったが、千束にはバラクラバ越しでもたきなの表情に疲労が見えているのがわかった。
ここまで休憩回数は一回。赤倉庫から出発して3時間が経過。カスタムズからウッズまでの直線距離は残り6kmほどだが、これまでの状況から考えるにあと20km以上は歩かないといけない。それもなるべく早く、他のPMCに書類を取られる前にウッズの伐採場に辿り着く必要がある。
先頭を歩き、前方の警戒をしているイレーネが時々こちらへ振り返って二人の様子を伺っている。イレーネに疲労の気配はない。さすがのPMCであり、数ヶ月間このタルコフで生き残っている所以が見られた。
イレーネが立ち止まる。三人が歩いているのは片側一車線の比較的広い道路の脇であり、木々が散発的に生えている。ちょうどカスタムズの東西に伸びる通りと似た雰囲気の道であり、その林側を歩いている。
イレーネが、すぐ近くに見えているバス停留所を指さして振り返った。
「あそこで休憩しよう。たきなちゃんちょっと休ませないと」
「賛成だね」
「私は…………いえ、そうですね。少し休みます」
休憩の必要性を否定しようとしたたきなだったが、そんなことをしてもし突発的にPMCとの戦闘になったら、千束を守ることができなくなると判断した。
大人しく千束とイレーネについていき、停留所のベンチにバックパックを下ろして腰を預けた。
イレーネと千束もバックパックを下す。二人は銃から手を離さず、イレーネは立ったまま周囲を警戒、千束はたきなの隣に座った。
「…………自分の体力がここまで頼りないとは思いませんでした」
たきなが俯きながら漏らす。千束はそれを聞いて少し思案顔になった後、柔らかい笑顔を浮かべてたきなに向けた。
「たきながセカンドの制服に袖を通してるのは、体力を買われたんじゃなくて射撃の能力を買われたんだよ。それと、こんなおもったい荷物を背負って何十キロも歩いてんだからその辺の一般人とかサードリコリスよりは体力ある方だよ」
「逆に千束がなんでそこまで疲れていないのかが謎です」
「昨日も言ったけどほら私人造人間だから」
「心臓だけでしょ。どんなトレーニングをしたらそんな体力になるんですか」
「んんー…………」
空を見上げて少し考えた千束は、ポンと膝を打つと、
「やっぱりひたすら弾避けながら何十メートルも走る訓練繰り返すといいんじゃない?」
「絶対違いますよ。そもそも無酸素運動と有酸素運動がごっちゃになっています」
「私弾避ける時呼吸してるよ」
「そうなんですか?」
「うん。なるべく心臓の稼働率上げないように平常時と同じ呼吸で戦ってる。どーしても頑張んないといけない時は本気出すけど、普段は歩いてる時も走ってる時もあんまり変わんないよ」
たきなは千束を見つめた後、小さくため息を漏らした。バラクラバの下では口がへの字に曲がってるんだろうなと千束は予想した。
「私には真似できませんね」
「そうかもねぇ。あ、一ついい方法があるよ」
「なんですか?」
「たきなも私と同じ心臓にしよう。ヨシさん見つけ出して、もう一つお揃いのやつ作ってもらうんだ」
たきなはぶふっと吹き出した後、千束から顔を逸らしてしばらく肩を揺らしていた。
「そこ笑うところ!?」
「いえ、千束にしては珍しいブラックジョークだなと」
「いんやいんや大真面目に言ってんだけど!」
「だとしたら、私に使わずに千束の今つけている心臓がダメになった時のスペアとして使ってください。私は千束と一日でも長く居たいです」
「ば、おま、そりゃまぁ私もそう思ってるけどさぁ! いやいや待ってそう言う話をしてるんじゃなくて…………」
まごまごと千束が口を動かしているのを横目に、たきなはバラクラバをずらしてペットボトルから水を数口飲んだ。キャップを閉めていると、胸のリグから振動を感じた。
「ん?」
バラクラバで口元を覆う。
スキーヤーから渡された端末が通知を出している。取り出して画面を見るとメールが入っていた。差出人はもちろんスキーヤーである。
「お? なに?」
「スキーヤーから、追加の詳細な情報が来ていますね」
「イレーネさん、依頼の詳細がきたよ。聞いてて」
千束は英語に切り替えてイレーネに声をかけた。イレーネは目線を周囲に向けたまま、手だけを挙げて返事した。
たきなが内容を読み上げる。
────世の中には善と悪があるが、いずれにしても絶対的な善も絶対的な悪も存在しない。誰かにとっての善行は別の誰かにとっての悪行であり、誰かにとっての利益は誰かにとっての不利益だ。
俺はこの街で未だに自分のことを善人だと思っている偽善者が大嫌いだ。なんなら始末してやりたいところだが、銃を握ることに抵抗のある奴らからその偽善者は支持を得てしまっている。チヤホヤされて自分のことを天使か救世主か、あるいは俺らのような〝悪人〟に審判を下す女神だと思い込んでいる。まったく鼻につくババアだ。そのくせPMCを抱え込んで俺の部下を好き放題殺しやがる。
だから俺も、俺の善行を守ることにする。ウッズの伐採場内に労働者用の寄宿舎がある。簡易的なものだと聞いたからたぶんコンテナハウスのようなものだ。そのどこかの建物に、例のセキュアケースが隠されている。
元々はテラグループの連中が使おうとしていた食糧の輸送ルートらしいが、今は誰のものでもない。ただあるのは売り捌けるほどの大量の食料と、それを運ぶ指示を受けて待機している人員だけだ。そいつらを取り込んで動かすために必要な書類がそこにある。この情報を掴んでいるのは、ある程度この街で
そして掴んだとしても、その膨大な利益を使いこなせる連中しか手を出してこない。逆に言えば、あのババアはこう言った情報に敏感だ。すでにPMCを派遣していると思われる。
セキュアケースを見つけて書類を持ち帰れ。〝探し物〟が得意なお前たちに任せる────。
○
ところかわって。
その場所はタルコフ市内に散在しているいくつかの地下防空壕のうちの一つだった。
おそらくは第二次世界大戦時、それら防空壕はドイツからの侵攻に備えて作られたものであり、大戦から数十年が経ってもこの街に点在している。廃墟となるものもあれば手入れされて使用者や所有者がいるものもある。
そして、タルコフ市が激しい紛争地帯を経て鳥籠の中となって久しい今、それら防空壕はPMCやスカブ達が一息をつけるセーフハウスとして生まれ変わった。住み着いた者に合わせて中身は変貌していき、要塞のようになっている防空壕もあれば、水や酒を作って売り捌く場所、ネットの世界でひたすら仮想通貨を掘り出す場所となっていることもある。
そんな数ある防空壕の一つ、そこは言うなれば要塞に近い使われ方をしていた。数々の武器、弾薬、装備が集められ、綺麗に整理して保管されている。食糧の備蓄や休憩スペースもあり、また電子機器と連携した射撃場も備わっている。武器をカスタムし、試射やゼロインをその射撃場で行える。
蛍光灯で白く明るく照らし出された射撃場には二人の人間がいた。一人は銃を持ち、もう一人はその横でターゲットの映し出されたモニターを見ている。
銃を握る男が、その銃のレシーバー後端部から伸びているスコープを覗く。木製のストックを肩に当て、ストックから繋がるトラディショナルな形状のグリップを右手で軽く握る。左手はストックに添えて、銃そのものはテーブルに置いてあるクッションに委託して構える。
「いいぞ」
横に立つ男が短く言った。直後、銃を持つ男が引き金を引き絞り、銃はけたたましい音を立てて発砲された。
続け様に引き金を引く。セミオートのライフルが、7.62mm×54R弾を立て続けに十発吐き出す。
防空壕内を震わせた轟音が嘘のように途切れた後、銃口からは細く硝煙が登った。銃を構えていた男がスコープから顔を上げてモニターの方を見る。
「どうです? 隊長。これがSVT-40ですよ」
「悪くないな。大口径ゆえに跳ね上がりがあるかと思ったが、見てみろ」
「どれどれ…………」
銃を構えていた男がモニターを覗き込む。映し出されている40m先の的には、頭の位置に四発、胸の位置に五発の穴が空いていた。
「ステッチ、どこを狙った?」
「まず胸に五発、それから頭に五発です」
「あの連射でこのグルーピングか」
「優秀ですよこの武器。撃ってみます?」
「そうだな」
頷いた男が場所を変わって、SVT-40を両手で保持、マガジンを外してテーブルの上の別のマガジンを差し込む。チャージングハンドルを引いて初弾を薬室に送り込んだ。今度は委託射撃ではなく、男は両手で保持したまま構えてスコープを覗き込んだ。
覗き込んだ瞬間に撃つ。発砲音が防空壕内に響いて収まるより前に続け様に撃つ。それを五回繰り返し、五発の銃弾が40m先の的に当たって火花を散らした。
「おおー、さすが隊長。全弾命中です。一発が腹、三発が胸、最後の一発が頭に入ってますね」
「スコープを覗いての速射は避けたほうがいいな」
「ですねぇ。胸二発くらいで落とせそうですけど、相手が動いてたらこの距離だときついです」
「そうだな」
そう言うや否や、男は腰の位置に保持していたSVT-40をその位置から発射した。立て続けに五発。マガジンの中は空になり、銃口から硝煙がたなびく。若干先の方が熱を持って赤くなってる。空になったマガジンを取り出して何度かボルトを後退させ、男は銃をテーブルに置いた。
「ちょ、隊長! びっくりしたじゃないですか!」
「かなり素直な弾道だな」
ステッチと呼ばれた男が抗議の声をあげたが、銃を撃った男はそれには反応せず15m先の的を見つめた。人の上半身を形どった的には、胸の位置に五発の穴が空いていた。
「腰打ちの咄嗟の射撃でこの精度なら、近距離も遠距離も十分に戦えるな。これでいいんじゃないか?」
「まぁそうですけど、これ光学機器が載らないんですよ」
抗議の言葉を無視されたことについてはあまり気にならないのか、ステッチはケロリとした顔でSVT-40を指差した。
「つけられるスコープはこれだけですし、ライトもレーザーもつきません。まぁ無理やりねじ止めすればつくでしょうけど、そんなことするくらいならモダナイズのSVDでも握った方がいいですよ」
「そうかもな。…………ん? 電話だ。出るぞ」
「どうぞどうぞ」
ステッチが手を差し出し、男は羽織っていたジャケットのポケットから携帯を取り出して操作した。
踵を返して少し歩き、射撃場のテーブルから離れる。
端末を耳に当てると、電話の向こう側からロシア語訛りの英語が聞こえてきた。
『どうもご無沙汰しております。生きてますか? アイゼンさん』
「死んでいたら電話には出ないだろう」
『誰かがあなたの電話を拾って使っている可能性もありますからね』
「そうだな。それでどうした?」
アイゼンの後ろで、ステッチがSVT-40を持ち上げて眺めていた。「見た目は好きなんだけどなぁ…………」などと呟いているが、アイゼンは一瞥しただけで電話の向こうの男の言葉を待つことにした。
『いえ、ちょっと依頼というか、様子見をしてきて欲しいところがありまして』
「様子見?」
『ウッズの伐採場に、食料の運搬ルートに関する書類が落ちていると情報が入りました。ただ、ちょっとこの情報を掴むのが遅かったというか、すでに何者かが動き出した形跡があるんですよね』
「伐採場を調査しろということか」
『そういうことです。正確には、その〝書類を求めて集まる人間〟を見つけて欲しいんですよね。書類そのものはくれてやってもいいです。いまさら食料ルートなんて漁ってもねぇ?』
「そっちの事情は知らんが、報酬はどうなる?」
『ルーブルがいいですか?』
「いや、あるなら弾の方がいい。最近何かと消費する」
『いつもの5.56mm×45のM995をお出ししましょうか』
「助かる。あと7.62mm×54Rの弾はあるか?」
アイゼンは振り返ってステッチの方を見た。ステッチはSVT-40を指差して眉を上げた。「これの弾ですか?」という顔をしている。アイゼンが頷くのを見ると、ステッチはなんとも言えない満足げな笑みを浮かべた。
『あーありますよ。クラス4までのアーマーなら楽に抜けるPS弾と、6まで抜けるSNB弾があります。PS弾なら200発、SNB弾なら100発お渡しできます』
「SNB弾で頼む」
『承りました。なにか質問はありますか』
「相手の現れそうな時間は?」
『今夜から明日の明け方にかけてですかね。きっと取り合いになりますよ』
「わかった。今から向かう」
『写真の方をお忘れなく。あと、しゃべれる状態で捕らえていただけたら追加で報酬を出しますよ』
「善処しよう。殺したらまずいか?」
『いえ別に。何人死んでも構いません。うちのお客さんも混ざっているかもしれませんが、それとこれは別問題です』
「わかった」
『まぁもし生かして捕らえて〝ヒュージー〟の名前に聞き覚えのある相手でしたら、なるべく五体満足で連れてきてあげてください。あとはこっちで処理します』
そこで通話が終わった。アイゼンはステッチに依頼の内容を話し、出撃準備に取り掛かった。
AK101にグレネードランチャーを取り付け、M995を詰めたマガジンをリグに差し込む。AK101本体にあらかじめ取り付けてあるライトが問題なく点灯することを確かめて、ステッチの方を見た。
視線に気がついたステッチが、手にしていたフルカスタムのM700ボルトアクションライフルを軽く叩きながら応えた。
「こいつにサーマルスコープ乗っけて支援しましょうか」
「そうだな。夜明け後の戦闘になる可能性もある。サーマル以外も持って行っとけ」
「分かりました。どれにしようかな〜」
鼻歌を歌いながらサーマルスコープを取り付け、通常の可変倍率スコープを吟味しているステッチを横目に、アイゼンは食料保管庫から冷えたコーラを取り出して栓を開けた。近くにあった丸椅子を引き寄せて腰を下ろす。
二口ほど飲んで、気だるげに息を吐いた。
「…………二人になるのは、研究所以来か」
アイゼンの独り言は、スコープを保管している箱を覗き込んでいるステッチには聞こえなかった。
リアルライフのほうが繁忙期を潜り抜け、無事タルコフライフを満喫できるようになりました。マジで毎晩遊んでます。たーのしー。
え? たまった書類? 報告書? 連続で迎えるイベント運営? んなもん勤務時間中に職場でやるんだよ! 家に帰ったら酒飲んでPC起動してタルコフ市から脱出するんじゃい!
休日はコーヒーとサンドイッチ食べながらリコタル書くんじゃい!
じゃますんな労働!! てめぇは隣町でホットドックでも食ってろ(意味不明)