リコリスinタルコフ   作:奥の手

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寄宿舎

 西の空に見えていた太陽が姿を隠し、あたりは燃えるように真っ赤な光に包まれた。

 

 残滓の当たる赤い面と、そうではない真っ黒な影がコントラストとなって世界の雰囲気を変える。まるで人外や超常の生き物が世界に君臨したことを知らせているかのような、そんなことを思わせる紅い光景だった。

 

 千束、たきな、イレーネの三人は、なんとか日没に間に合う形でウッズのエリアを踏んでいた。

 南側にはスカブが占領している工場地帯。そのすぐそばの道がウッズの東側に伸びている。三人はそこを歩いてきて、ついさきほど国連のロードブロックを超えたところである。

 

 一時の方向に医療キャンプがあることを確かめつつ、三人はそれを迂回する形でキャンプ東側を北上した。

 膝の高さほどにしげる柔らかい草を踏みしめながら、死角をカバーするように前進する。タルコフ市内の地上はどこでも戦闘地帯だが、ここは特に物資が集まり、故にスカブもPMCも頻繁に出入りする戦闘地帯である。一瞬たりとも気は抜けない。

 

 たきなは周囲の光量が五分前に比べて明らかに落ちたことを確認して、後ろを振り返って千束に合図する。

 千束の首肯を確認して、ヘルメットに取り付けてあるナイトビジョンを下ろした。

 

 無骨なデザインの二眼ナイトビジョンが、たきなの視界を緑色と白色で映し出す。地面、草、岩、遠くの方の建物や木々がはっきりと輪郭を表した。

 

 そして、たきなはボルトアクションライフルを背中に背負った。腰のホルスターから拳銃を抜き、銃口を下に向ける。

 

「たしかに、たきなちゃんのサイトだとそれ(NV)に干渉しちゃうね」

「そうなんです」

 

 イレーネが納得し、たきなが肯定の言葉を返した。

 

「遠距離は射程外になってしまいますが、そもそも夜間の作戦では交戦距離が短くなります。私なら、これ(拳銃)でも当てられます」

「ドローンだって撃ち落とすからねたきなは」

「マジ? え、飛んでるやつを?」

「ホバリングしてたけどね。しかも夜だよ。たきなの腕はすごいんだから」

「わぁ、頼もしいねぇ」

 

 まるで自分のことかのように鼻高々に言う千束と、その言葉に素直に感心するイレーネだった。

 口を動かしながら足も目も動かす。周囲の見える範囲に敵影や人影はなく、銃声もない。

 

「たきな、まだ伐採場には人が行ってないのかな」

「あるいはもうすでに占拠されていたり、書類が回収されているかもしれません」

「それはいやだなぁ」

「占拠ぐらいならいいですが、物がすでになかったらこの依頼の完遂には骨が折れますよ」

「そんときはまた考えよう」

 

 そうこう話しているうちに、一行は進路を若干調整して北西に舵を取った。

 まばらに生える木の幹を遮蔽にすることを意識しつつ、もうすっかり辺りが闇に包まれているウッズ東側を進んでいく。

 

「見えました。伐採場です」

 

 先頭を行っていたたきなが足を止め、その場に膝立ちになる。体の左半分を木の幹に隠して、緑色の世界で映し出される伐採場を丘上から見下ろす。

 

 ちょうど、ジャックと共闘してシュターマンやPMCと戦った場所である。その、最初にシュターマンに襲撃されたポイントのすぐそばだった。

 

 千束がたきなの隣の岩に張り付き、左側から顔を出して、伐採場の中を覗き見る。

 ざっと右から左、西側、倉庫の中などを見るも、人影はない。手前側は急な崖になっておりその付近は死角のため確認できない。

 

「…………死体、残ってるかな」

「どうでしょうか。もうすでに漁られて、別の場所に隠されているかもしれませんね」

 

 数日前。

 シュターマンとPMCのアッキーを置いて伐採場を後にした千束たちが、背後で響いた二発の銃声を思い出した。

 

 何があったかはわからない。定かではない。しかし想像することは難しくなく、命を奪わないことを誓って置いてきた千束にとって、置いて行かれた敵同士が引き金を引いたと言う事実は、千束にとって言葉にできない胸の痛みを覚えさせた。

 

「千束、この場所で感傷に浸るのはやめましょう。その生き方は千束の強さでもありますが、今だけは、それは千束自身の命を奪うかもしれません」

「わかってる。もう考えないよ。集中していこう」

 

 たきなが頷き、立ち上がった。

 後方を警戒していたイレーネが前を向き、たきなのすぐ横に来る。

 

「どう入る?」

「湖側から侵入して、崖になっているところを右壁にして進んでいきましょう」

「寄宿舎の位置はわかるの?」

 

 イレーネの疑問にたきなはゆっくりと首を横に振った。

 

「まずは外側から探しましょう。どの建物が寄宿舎なのか、そもそも書類が本当に寄宿舎にあるのか、確証が得られません」

「それもそうか」

「賛成。んじゃ私が先頭行くから、たきなは伐採場の中央を警戒して。イレーネさんは万が一のために後方警戒で」

「了解」

「了解です」

 

 三人とも頷き、木と岩の影から湖の方角へと歩き出した。

 

 ○

 

 湖の方角から伐採場の敷地内へと侵入した三人は、まず一番手前にあった白い煉瓦造りの小屋に取り付いた。

 中から足音はなく、気配もない。伐採場中央との間に葉っぱの茂った大きな木が二本立っており、西側からの射界が切れている。三人は足早に侵入した。

 

 小屋の中には冷蔵庫、レンジ、クローゼット、ベット、そして木製の事務机と簡素な椅子。

 寄宿舎といえばそう見えるような気もするが、どちらかと言うと当直室のような雰囲気である。

 

 三人は手分けして部屋の中を漁ることにした。たきなが外を警戒。千束とイレーネが部屋の中を探す。

 

 まず初めにイレーネが事務机の上にカードを見つけた。テラグループの文字が書かれており、上部には紫色のカラーが入っていた。スキャンするための磁気もついている。

 

「…………研究所のどっかのカードキーかな? なんでこんなとこに?」

 

 首を傾げながらも、まぁいいかととりあえずポケットに突っ込んだ。詳細はあとで調べればいい。

 

 そのほか、金属製のドロワーや冷蔵庫の中まで調べたが、書類ケースらしきものは見つからなかった。

 

「ないねー。移動しよう」

 

 千束の合図で速やかに小屋から出発。予定通り右側に急な登りの崖を捉えつつ、三人は北向きへ進んだ。数十メートルの距離だが中央と西側から射線が通っている。十分に警戒しつつ、しかし音は立てられないので歩いて移動した。

 

 平積みされた木材や放置されたトラックを通り越すと、すぐに木造建ての小さな小屋が見えた。細長い形をしている。

 一番手前の建物をぐるりと回ると、白いペンキで1と書かれていた。隣の建物は2、3と続いている。

 

「もしかしたらこれが寄宿舎かも」

「1番から順に見ていきましょうか」

 

 先ほどと同じく、たきなが警戒してイレーネと千束が手早く捜索する。ベッドの下やシーツとマットレスの間も隅々まで見る。すると、マットレスとシーツの間に手を突っ込んでいた千束が声を上げた。

 

「何かある」

 

 引っ張り出す。手触りは本、あるいは雑誌のようなものだった。部屋の中は真っ暗で流石に何が書かれているのか見えない。確認のため千束はペンライトを取り出して左手に持ったものを照らした。

 

 光に照らされ映し出されたのは、ブロンドの若い女性が全裸で股を開いてポージングしている姿だった。日本ではまず発行できなさそうなシロモノである。千束は思わず叫びそうになったのを無理やり押し殺し、どうにかギリギリ「んぐ」くらいの声量で我慢してすぐにライトを消した。手早く雑誌を元の位置に戻す。

 

「なんだったの?」

 

 イレーネが顔を上げて質問したが、千束は「なんでもない、ただの本だった」とあくまで平生を装って答えた。人工心臓が一生懸命動いているが、千束はそれどころではなかった。

 

 イレーネが立ち上がり、ここにはなさそうだと告げる。残りの二人も頷いてすぐに移動。そのペースで2番と3番の寄宿舎を順に見て行った。

 

 3番目の寄宿舎のベット下を千束が覗いたとき、そこに黒いケースが落ちていた。取り出してペンライトを当てる。

 

「0052って書いてある。なんかのロゴと」

 

 ケースの大きさは手のひらより二回りほど大きい。振ってみると、中で紙の束らしき物がわずかに動いているのがわかった。

 

「これじゃない? たきな、どう?」

 

 入り口に立つたきなの元に行き、ケースを渡す。千束が代わりに入り口に立って、周囲を警戒する。

 

 ケースを受け取ったたきなはNVを跳ね上げてじっくりと観察する。ぴたりと閉じた蓋に、複雑そうな鍵穴。ピッキングするにはかなりの時間とセンスが必要そうである。イレーネが近寄ってきたので、見えるように差し出しながらクルクルと回す。

 

「これじゃないかな?」

「ですよね。他にそれらしいものはありませんでしたし、とりあえずこれを持ち────」

「伏せてッ!!」

 

 千束の叫び声が耳に入った瞬間、たきなとイレーネはその場にうつ伏せになった。入り口真横で千束も部屋の中に飛び込んでくる。直後、けたたましい音と共に周囲に爆光が撒き散らされた。

 

 一瞬だが真昼のように明るくなり、周囲を照らし出す。直視すれば数十秒間、下手したら数分間視力を奪われる。

 スタングレネードが、三人の居る寄宿舎の入り口付近に投げ込まれていた。

 

 体を投げ出してどうにか回避した千束が、すぐさま立ち上がり背後を見た。崖である。十五メートルほどの高さの崖であり、そしてその上にほんの一瞬だけ人影が見えた。KSGショットガンを構えるが、人影はエイムが合う前に下がって見えなくなった。

 それとほぼ同時に。

 

 カ、コココ────。

 

 重たく小さな金属が、千束の目の前に落ちた。千束は瞬時の判断で踵を返し、もう一度寄宿舎の中に入った。たきなとイレーネはベッドの脇に張り付いて姿勢を低くしており、千束は冷蔵庫を盾にして身を屈める。

 

 空気を震わせながら手榴弾が爆発した。寄宿舎のボロボロのガラス窓がさらに砕け散り、木製の壁に幾数十の穴を開けた。

 

「脱出!」

「建物の裏へ!」

 

 千束の声、イレーネの叫びが響くと同時に三人とも動き出す。千束が入り口から飛び出して、狙いをつけずに崖上に一発放った。ただの威嚇射撃。これで万が一でも敵が頭を引っ込めれば御の字。

 

 しかしそこに人影はなかった。千束は構わず3番寄宿舎の裏へ回る。たきなとイレーネはさらに後退して、1番寄宿舎の崖側に身を寄せた。

 

 たきながNVをおろし周囲を索敵する。崖上は死角が多く、上を取られているこの状況はあまりにも不利。一人でも良いので三人の中の誰かが崖上に上がり、敵の排除、ないしは位置を知らせるだけでもしないと損害が出る。

 

 そう判断した直後、再び手榴弾が寄宿舎のそばに落ちる音がした。たきなとイレーネのすぐ横、2番寄宿舎の崖側で音が止まる。

 

 歯を食いしばるたきな。考えるより先に体が動き、手榴弾の爆風と破片から身を守るため、1番寄宿舎の湖側へと身を投げ出した。地面にダイブしてギリギリ壁の向こう側へと行く。

 ほぼ同時にイレーネも同じ動きをする。たきなと違ったのは、身を投げ出さずぴたりと寄宿舎の壁に張り付いたことだった。

 

 直後に手榴弾の爆発音。ヘッドセットが爆音を電子的に処理してくれるおかげで、鼓膜にダメージを負わなくて済む。

 

 だからこそ。

 たきなは、そして3番寄宿舎の壁に張り付いていた千束は、その銃声を聞くことができた。

 聞き覚えのある音。よく似た音。このタルコフに来て、その音と共に放たれる弾丸は幾度となく正確無比に敵の元へと辿り着いてきた、必中の音。

 

 たきなの、M24A3ボルトアクションライフルにサイレンサーを取り付けたものと同じような音が、伐採場の西側から響いてきた。

 

 そして、1番寄宿舎の壁に身を寄せていたイレーネがその場に崩れ落ちた。

 

 




イレーネさんがとりあえずポケットに突っ込んだ紫色のカードキー。
時期にもよりますが現在(2023/09/22)では一千万ルーブルほどでフリマ取引されています。これでもラボのカードキーたちの中では安いほうなんですよね。レッドとか目玉飛び出そうな値段ついてましたもん。
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