リコリスinタルコフ   作:奥の手

37 / 132
夜襲

『ステッチ、報告しろ』

「1番寄宿舎、南側一人ダウンしました」

『殺したか?』

「いえ、足を狙ったので行動不能になっただけです」

『そのまま続けろ』

「了解」

 

 伐採場の西側に位置する小高い丘の上で、岩に囲まれるようにして一人の人間がサーマルスコープ付きのM700ボルトアクションライフルを構えていた。原型がわからないほどにカスタムされており、一つ一つのパーツが入念に吟味されていることがわかる。

 

 通信機越しにステッチと呼ばれた男がサーマルスコープを覗き込む。映し出される表面温度の世界の中で、1番寄宿舎に張り付いているもう一人の人間に照準を合わせる。

 

 どこから撃たれているのか、方角はわかっても場所までは絞れていないらしい。当然だ。こちらは体の大部分を岩に隠し、銃身と頭しか露出していない。加えて距離は百メートル以上ある。反撃はおろか見つけることも難しいだろう。

 

「まぁ、だったらどうするかって話ですよ」

 

 俺なら1番寄宿舎の東側に身を隠す。

 そう内心でつぶやいたステッチの行動をなぞるかのように、壁に身を寄せていた人間が、先ほど撃ち抜かれて倒れた人間を引きずって移動しようとしていた。その隙を逃すようなことはしない。

 

 ステッチは息を止めて引き金に人差し指を当てた。一秒も待たずに引き金を引き絞る。

 7.62×51mmの大口径弾が、サプレッサーに音をくぐもらせて辺りに響き渡る。

 音が響いても周りの地形とサプレッサーの影響で発射地点が撹拌されている。ステッチはそれも見越しての位置取りをしていた。

 

 弾は宵闇の中を音よりも早く飛び、

 

「…………ラッキーな人ですね」

 

 百メートル以上離れた向かい側の崖を削った。

 敵は地面の石に足を取られ、体勢を崩して頭の位置が変わったが故に、弾が頭に当たるのを免れた。ステッチは口元に薄い笑みを浮かべながら、右手をグリップから離した。

 

 ボルトを操作して排莢、給弾する。次弾装填と敵の姿が二人とも見えなくなるのは同時だった。

 

「隊長、二人、1番寄宿舎東側へ逃げました。撃てますか」

『いや…………一人こちらに向かっているらしい。見えるか?』

 

 ステッチはサーマルスコープから目を離し、ヘルメットに取り付けてあったナイトビジョンを下ろした。そしてすぐに寄宿舎左側、方角では北側を注視する。

 

 しかしそこに人影はない。月明かりを増幅して見えるこの世界では、たとえ距離が離れていても、暗闇に乗じて逃げ切ることは難しい。

 

「見えません」

『足音が聞こえる。どこからだ……』

 

 通信機から聞こえる声に応えるように、ステッチはナイトビジョンを跳ね上げてサーマルスコープを覗き込んだ。

 倍率のかかった世界で拡大してもう一度探す。岩陰、木の幹、積み上げられた木材。それらの端から端をなぞるが、人影はない。移動している人物も見当たらない。

 

「こちらからは補足できず。気をつけてください」

『あぁ』

 

 直後、伐採場東側、崖の上から12ゲージショットガンの発砲音が聞こえた。三発連続して響く。間髪入れずに応戦するよう、サプレッサーでだいぶくぐもった5.56mmの発砲音が夜空に響いた。十発ほど音がした後、再び12ゲージの発砲音。そして二種類の銃声はぴたりと鳴り止んだ。

 

 ステッチの背中に冷たい汗が吹き出る。

 

「隊長! アイゼン隊長! 無事ですか!」

 

 ヘッドセットのマイクへ叩きつけるようにステッチが叫んだ。三秒ほど時間が経つ。ステッチの感覚では数十秒に感じた。

 ヘッドセットにわずかなノイズが走った後、よく聞き慣れた声が返ってくる。

 

『無事だ。少し南側に移動している。まだ崖上だ』

「よかったです…………やられてしまったかと」

『心配するな。それより────敵の装備に見覚えがある』

 

 身を潜ませているのか、アイゼンの声はだいぶ意図的に小さく絞られていた。それでも、その情報を確としてステッチに伝えなければならないと判断したのか、位置がばれるリスクを踏んででもアイゼンは通信機に喋りかけた。

 

『敵は昨晩のインテリ小屋にいた連中だ。イレーネも一緒だろう』

「…………わかりました。自分はここから支援を続行します」

『了解』

 

 通信はそこで終わった。ステッチはサーマルスコープを覗き込み、寄宿舎の三棟全ての動向を見張るため、照準を合わせた。引き金には人差し指が当たっている。

 

 ○

 

 伐採場南東、すぐ南には湖を控え、木々や岩がまだらにあるその場所で、アイゼンは膝立ちで周囲の音を聞いていた。

 ヘッドセットから聞こえる電子的に調整された環境音。風音を含む雑音はカットされ、人の足音と同じ音域を増幅して耳に届かせる。ナイトビジョンは跳ね上げて、AK101の銃口を北側に向けている。

 

 敵がその方向にいる可能性は高いが、確信は得られない。一度捕捉し撃ち合ったが、相手の弾もこちらの弾も当たらなかった。

 そして、フラッシュライトで一瞬だけ照らし出した相手の姿は、昨晩インテリ小屋で交戦したパーティーの一人だと思われる。

 

 少女、と呼んで差し支えない敵の姿に、引き金を引くことを躊躇う自分がいるかどうか、アイゼンは自問した。

 

 そして、そこに躊躇いはないと自答した。誰が相手であろうと、殺さなければならないなら殺す。それだけであり、そこに不必要な思考は持ち出さない。

 引き金を引く必要がある時に、躊躇いなく引き金を引く。それが仕事であるから。

 

 アイゼンは暗闇に目を這わせながら、しかし視覚情報はあまり当てにせず、耳から入る情報に集中した。

 確実にいる敵の存在。最低でも一人。まだいるかもしれない。

 

 崖上に上がってきている敵が二人以上であれば、この位置に止まるという選択肢がそもそも危険である。ここはステッチからの援護が望めない。射線が通っていない以上、自分一人で相手取る必要がある。

 

 確実に勝てないのならば勝負はしない。

 

 この仕事、この世界に身を染めてからというもの、この精神で現場を渡り歩いてきた。今までも、そしてこれからも、このスタンスを変える気は毛頭ない。これで生き延びて仕事をこなしてきた。金を稼ぐ必要がある。〝命を対価に〟金をもらうつもりはない。

 

(写真は……あるな。十分だ)

 

 小型カメラの電子処理に頼って、暗闇でも姿や顔がわかるように設定したそれは、3番寄宿舎に入って書類のファイルを手にした三人の姿を捉えていた。これさえあればヒュージーからの依頼はとりあえず完遂したことになる。

 

 生きて捕らえればさらに報酬は上乗せされるが、そのためのリスクと報酬の天秤は慎重に揺らさなければならない。

 

 アイゼンはリグからスタングレネードを取り出した。安全ピンを抜いて、伐採場の北東の方へ遠く投げる。

 そして投げた直後に南側へ走り出そうとした。グレネードの落下する音や、スタングレネード特有の大音量が周囲の音を撹拌してくれる。当然自分の足音も敵に察知されず、位置を変えるにはこれ以上ないタイミングを自分から作り出せる。

 

 そのはずだった。

 

 南側に体を向けた瞬間、自分の左側に何かが見えた。見間違いかもしれないという考えが一瞬頭をよぎるより早く、体はAK101をその方向に向けていた。同時にライトを点灯。暗闇を切り裂いたLEDの白い光は、そこに周囲の緑色に溶け込むような人影を映し出した。

 

 アイゼンは躊躇いなく引き金を引き絞った。移動を決めて体を南に向けてからの経過時間は二秒ほど。敵はこちらに気付いていなかったのか、それともただの偶然か。アイゼンの発砲は敵のそれよりも早かった。

 

 サプレッサーで減音された5.56mmの音が周囲の暗闇と木々の枝を揺らす。ホロサイトの中で、ライトに照らし出された少女の姿が右に左に移動する。それの姿を追うように、なぞるように、アイゼンは引き金を引き続けながら目の前の敵────少女に銃弾を浴びせ続けた。

 

 しかし当たらない。まるで弾が意志を持っているかのように、少女の背後へ、横へ、上へ逸れる。

 

 少女の顔を視認した。黒いバラクラバは目元以外の全てを覆っており、見える情報は少女の瞳だけであったが、その、二つあるうちの一つは閉じられていた。

 片目だけ開けられている少女の瞳は、まるで曳光弾のように赤い光を残していた。残像が目の前でたなびく。決して人並外れた俊敏な動きというわけではない。しかし読めない、予測できない不規則な動きに、アイゼンはそのような錯覚を覚えた。

 

 連続で吐き出され続けていたAK101の弾も無限には続かない。マガジン内の30発を撃ち切り、メインウェポンが沈黙する。敵の少女には一発も当たっていない。距離は15メートルほど。にわかには信じ難い事実であったが、アイゼンの判断は早かった。

 

 敵の少女が、KSGショットガンを前に突き出しながら肉薄してきた。

 

 アイゼンは迷いなくAK101から両手を離す。スリングベルトで体の前面にぶら下がったAK101が、その銃口を完全に下に向けるより早く、アイゼンは腰のシースからM2ソードを抜いた。同時に身を捩ってすぐ隣にあった細い木の幹に体を重ねる。

 

 少女が発砲。木の幹を削るも、アイゼンの体には当たらない。

 二人の距離が十メートルを切った。細い木の幹から体を出したアイゼンは、目の前の少女が先ほど瞑っていた目とは反対の目を開けて接近していることに気がついた。

 

 上手い、と内心で褒めながら、膝を曲げて重心を落とす。右足を後ろに引き、右手をやや後方に伸ばし、M2ソードの切先を地面に向ける。

 

 少女がKSGショットガンのポンプを後退させたその瞬間。

 アイゼンは自分から接近した。後ろで地面を蹴り出した右足を前に踏み込んだ。左半身から右半身へ。神速とも言えるような踏み出しで、一気に間合いを詰める。

 

 ポンプを後退させて排莢していた少女が、そのポンプを前方に戻して次弾を装填、そして引き金を引くよりも早く、アイゼンのM2ソードが少女の腹部に突き刺さることは明白だった。もうあと三センチ、それだけ剣先が前に押し出されるか、少女が前進する足を止めずにそのまま突っ込めば、少女の腹部に穴が開く。

 アイゼンは、その一合の趨勢を自らの勝利で確信した。同時に、何が起きても即座に対処するつもりでいるという心構えが存在した。

 

 目の前の敵が完全に息を引き取ってもなお警戒を緩めない。

 確実に勝つ勝負でなければ自分からは打って出ない。

 

 その信条が、アイゼンの命を救った。

 少女は足を止めることなく前進し、KSGショットガンのポンプを後退させたそのままに、両手を離した。間髪入れず少女はその場で右足を前にしたまま身を捩って回転した。

 少女の体の中心線が、アイゼンから見て左に逸れる。アイゼンのM2ソードは少女の左脇腹に狙いを定めていたため、剣先は空を切った。

 

 少女が半回転しながら身を落とした。アイゼンの腰より低く体勢を落とし、いつ抜いたのかわからない拳銃をぴたりとアイゼンの顔面に向けた。

 

 殺すつもりで突いた剣が避けられたことを悟ったアイゼンは、自分の足元で、酷く縮こまった構えで拳銃を向ける少女の顔面に右の膝を叩き込もうとした。踏み込んで重心の乗った右足を即座に蹴り出すためには、左足に重心を乗せ替えねばならない。

 

 右足は地面を蹴っていた。数瞬前に地面を蹴ったのと同じかそれ以上の力で地面を抉り、膝蹴りを少女の顔面に繰り出す。

 

「くっ!!!」

 

 少女が苦悶の声を漏らしながら左手で膝を受け止めた。引き金が引かれ、銃口から弾が出るが、それはアイゼンの体を捉えることなく天へと射出された。

 

 一瞬の膠着時間。

 先に動き出したのは少女だった。低姿勢のまま、そして左手でアイゼンの右膝を受け止めたまま、少女は右手一本でアイゼンの顔目掛けて引き金を引き続けた。

 

 二発、撃ち出された弾はしかしアイゼンには当たらず、背後の木の枝と葉っぱを数枚散らすにとどまった。

 拳銃の握られた少女の右手を、アイゼンは左手で捕まえた。右足を下ろしながらそのまま引き、少女の右手をピンと伸ばす。少女の体ごと持っていくつもりで引いたアイゼンは、その伸びた少女の()()()()()()M2ソードを振った。

 

 刃は少女の右手を両断するに値する速度で迫った。少女の体勢は右手を引かれたことで崩れている。膂力でアイゼンに勝てるはずもなく、無慈悲にも刃は少女の右手を切断────できなかった。

 

 暗闇に包まれていた二人を、一筋の赤い線と白い光が照らし出した。直後、アイゼンの着用しているKILLAアーマーに数発の銃弾が着弾。アイゼンの腕から力が抜け、刃の勢いは大きく落ちて少女の右腕に到達した。

 

 M2ソードがもたらしたダメージは、少女の着用している戦闘服の袖と、皮膚から数ミリが切れる結果に終わった。

 アーマーに数発の銃弾を受けたアイゼンが後ずさる。光の元を睨みつけ、そして赤いレーザーが自身の頭に伸びていることを一瞬で把握したアイゼンは、まずその場で姿勢を低くした。

 

 軽い、しかし連射性能の高いサブマシンガンの音が伐採場東側に響き渡る。レーザーの従う通り数発の銃弾が飛び、姿勢を低くしたアイゼンの頭上を通り過ぎた。

 

 チッ。と、アイゼンは一つ舌打ちをしながら、その低い姿勢のまま走り出す。左手にAK101、右手のM2ソードは口に咥えて、ポケットから手榴弾を取り出した。左手で保持しているAK101のフロントサイトに安全ピンを引っ掛けて引き抜き、背後に投げる。

 

 投げながらも木々の幹で遮蔽を切りながら北上する。

 新手が追ってきている気配はない。手榴弾が爆ぜる直前に聞こえてきた、男の声が耳に残る。

 

(〝ちさと〟…………あの子供の名前か。覚えておこう)

 

 新手の男が叫んだ名前。十中八九、戦っていた少女の名前だろう。

 仲間か。離れたところにいたのか、あるいは別行動していたか。

 

 真相はわからなかったが、これ以上の単独戦闘は勝ち目がない。アイゼンは撤退の選択肢を選んだ。

 

 十分な距離を二人から取ったことを確信して、M2ソードを腰のシースに、AK101には新しいマガジンを差し込んだ。

 

「ステッチ、撤退だ」

 

 通信機に呼びかける。数秒待つが、応答がない。

 

「ステッチ、応答せよ。撤退だ」

 

 再度、呼びかけるも返事がない。電波干渉か、あるいは返答できない状況にあるのか。

 思えば先ほどの近接戦闘中、伐採場西側の発砲音を聞き逃していた。交戦しているのか、別の勢力の存在がいるのか、それすらわからない。

 

「応答せよ。ステッチ。無事か」

 

 三度の呼びかけ。しかし返答はなく、西側の状況がつかめない。

 どうなっているのか。まさか寄宿舎の敵が反撃したのか。

 

 いずれにしても合流しなければならない。ヒュージーからの依頼は果たした。これ以上ここにいる必要はない。

 

 伐採場北側へ大きく回る進路をとったアイゼンは、西側へと先を急いだ。

 積み上げられた木材のそばを通り、数メートルの開けた場所に出た瞬間。

 

 ぴゅん。

 

 風切り音が、ヘッドセット越しに背後を通った。

 アイゼンが走り出す。それを追うように、そして追い越すように、風切り音と、

 

(まずいな…………M856A1か……)

 

 赤色の軌跡をたなびかせ、曳光弾が襲いかかった。

 西側から撃たれていることはわかったが、発砲音がまるで聞こえない。わずかにタシッっという音が木々に響くのみ。

 敵はわざわざ単発で連射している。夜、サプレッサー、単発撃ち。出どころのわからない────否、敵が〝わからなくさせている〟戦い方に、アイゼンは内心で毒を吐いた。

 

 生きていてくれよ、ステッチと。

 心に願いながら、足を早めた。

 

 

 




夜ウッズで襲撃されると心臓が口からまろび出そうになります。
大体そのままキャラは命を引き取り、私は横に置いている水筒からお茶を一口飲んでつぶやきます。

「おったんか…………」

と。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。