今回はいつものお話の半分くらいの文量しかない。
許しておくれ……。
その分ちょっと味濃いめにしたから。
「…………ジャックさんですか?」
『二日、いや三日ぶりか? 思ったより早い再開だったな』
落ち着いた、しかしどこかおどけたような口調でたきなの耳に届いた通信音声は、このタルコフ市に来て初めてたきなと千束が接触した友好的なPMCの人間だった。
たきなはイレーネに合図を送り、二人して崖上へと登る。北東の方角を見ると、木々の合間からチカチカとライトが点滅していた。
『俺だ。見えるか?』
「視認できます。そちらに行きますね。北側を警戒していてください」
『了解だ』
「千束は……」
たきなが言い淀んだところに、まるで話を振られるのを待っていたかのように千束の声が弾んだ。
『ヒーロー登場だよたきな。こんなかっこいいところ見せられたら惚れちゃうよ』
「やめてください。体は無事ですか? 負傷箇所は?」
『ないよ。ちょっと右手にかすり傷程度。…………え、やめてくださいってのはどういう……?』
「いえ、それは失言です。千束の恋愛感情に口出しする気はありません」
『いやなんかたきな勘違いしてない?? まってそれなん────』
そうこうしているうちに、北側を警戒するジャックと、地面に腰を下ろして右手に止血帯と包帯を巻いている千束の元へ、たきなとイレーネが合流した。
木々もまだらなそのエリアに、タイミングよく月が顔を出して辺りを青白く映し出す。ちょうど包帯を巻き終えた千束が立ち上がりながら足についた土を払い落とし、北側を向いていたジャックが振り返ってたきなを見た。
そして、たきなの後ろでクリスベクターを両手に保持したまま、まっすぐに視線を送る女性を見て、ジャックは目を見開いた。
「おい…………まさか、イレーネか…………?」
名前を呼ばれた女性。イレーネもまた、大きく息をのんだ。
開いた口が塞がらないまま、掠れた声で後を続けた。
「おに────兄貴…………? うそでしょ? 何してんのこんなところで?」
「それはこっちのセリフだ」
○
「兄貴って、え、なに? 二人ともまさか兄妹なの??」
千束が忙しなくジャックとイレーネの顔を交互に見て、二人に勝るとも劣らない驚嘆の声を上げる。
ジャックもイレーネもゆっくりとうなずきながら、しかし信じられないようなものを見る目でお互いを指さした。
「お前、だって海兵隊に入るって」
「いやいやお兄ちゃ────兄貴だって、航空機の工場にいるって連絡してたじゃんか!?」
「そりゃもう随分前の話だ。金がいるから民間軍事会社に鞍替えしたんだ。お前こそなんでここにいるんだ? まさかBEARか……?」
「んなわけ! アタシも金がいるから、報酬の高いUSECからの引き抜きに応じただけ。んでこんなクソみたいなところに閉じ込められてんの」
「なるほどな。いつ入隊したんだ?」
「三年前くらいだよ。兄貴は?」
「約半年前だ。新兵教育が終わってすぐにここの配属テストを受けて、合格した。晴れてロシア勤務になった矢先にこれだ」
「うわ…………」
ひどく哀れむような目でイレーネはジャックを流し見たが、ジャックは顔色ひとつ変えずにまっすぐにイレーネを見つめ、目を細めた。
「どんな経緯であれ、家族が無事でよかった」
「うん、まぁ、それはそう。まさかおに、兄貴がUSECだったなんて思いもしなかったけどね」
「所属が安定したら母さんと父さんに伝えようと思った。アンリのこともあるしな」
アンリ、と言う名前を出した時、ジャックの声は少しばかり悲しげな音を含んでいた。
それに気がついた千束が、おずおずとジャックに問う。
「アンリさんって……」
「娘の名前だよ」
「あ、病気の」
「そうだ」
ジャックの目を見て、千束は何度か頷いた。それからイレーネの方に向き直り、再度確認する。
「ジャックさんと、本当に兄妹なの?」
「あぁ、間違いないよ。兄貴とはもう何年も連絡をとってなかった。それはまぁ、色々事情があるんだけどさ」
後ろ頭を掻きながら言葉尻を窄めたイレーネに、たきなは首を少しだけ傾げながら質問を投げた。
「仲が悪いんですか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどさ。なんかこう、家から出ると……ね? ねぇ、兄貴?」
照れ笑いを浮かべながら同意を求めるイレーネに、しかしジャックは「いや別に」と答えながら口角を上げた。
「それにしてもさっきからなんだ? その〝兄貴〟ってのは」
「え、いや、ほら、アタシ昔から兄貴って呼ん──」
「呼んでない。ずっと〝お兄ちゃん〟だったぞ? 心変わりでもしたのか」
ジャックの言葉にイレーネは下を向いたまま黙った。ヘッドセットで耳は覆われているが、もしつけていなかったら月明かりでもわかるくらい赤くなっていたかもしれない。
それからイレーネは消え入りそうな声で、
「お、お兄ちゃんって呼ぶのなんかダサいじゃん…………」
「呼び方にダサいもイケてるもないだろ」
「あるよ」
下を向いていたイレーネがチラリと顔を上げた時、千束と目が合った。千束がにんまりと笑っている。
「千束ちゃんたちには知られたくなかった…………」
「私はイレーネさんのそういうところが見られて嬉しいよ! ね、たきな!」
たきなの方へ振り返った千束だったが、同意を求められたたきなは伏し目がちに何度か首を横に振って、おもむろに答えた。
「正直どうでもいいです。早くバックパックと書類を回収してここから離れましょう」
「まぁそれはそうだ」
たきなの一言は、とりあえず一行の総意となった。
やや弛緩していた空気が急激に締め上げられ、千束、たきな、イレーネは伐採場のほうへ体を向けた。
「俺も同行していいのか?」
ジャックの質問にたきなが答える。
「現在、私たちはスキーヤーからの依頼を完遂しようと動いている真っ最中です。ジャックさんの立場は大丈夫ですか?」
「お前たちからの情報は〝聞かなかった〟ことにする。それに、そんなことは正直二の次だ。────イレーネと、妹と一緒にいたい」
ジャックの声にはどこか哀しみがあった。一人の孤独、部隊や仲間を失い、利害関係のみでしか行動することのできない世界。そんな世界に疲弊と苛立ちを覚えているような、そういうつぶやきだった。
イレーネは前を向いたまま、ジャックの問いに静かに答えた。
「いいよ、お兄ちゃん。一緒にいよう。生きてここから一緒に帰ろう」
千束とたきなの前では「お姉ちゃん」なイレーネでしたが、ジャックの前では「妹」なんです。これだ。これがやりたかったんだ(癖
たきなの髪をバッサリ切った時に、たしかイレーネ本人が「兄妹の髪も切っていた」と言っていたはずです。あれを回収しました。地獄の写し世界みたいなタルコフに兄妹として立たせる形で回収するのマジで性格悪い(自画自賛)