リコリスinタルコフ   作:奥の手

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空挺降下

 千束とたきなを乗せた輸送機は、現在ノルヴィンスク地方の高度千メートルを飛んでいる。

 二人は作戦行動に必要な食料、弾薬、医薬品などが入ったバックパックを体の前に回して、背中側にパラシュートを収納したバックを背負って座っている。

 メインアームは二人とも体の側面にパラコードで固定している。上空からの空挺降下は気温の変化も激しいため、戦闘服とアーマーリグの間には防寒着も着込んでいる。

 

 二人が頭につけているヘッドセットに、機長から通信が入る。

 

『あと五分で降下ポイントだ』

「りょうかーい」

「わかりました」

 

 再度、二人は装具を目で見て、手で触って、引っ張ったりゆすったりして確認する。不備はそのまま命を落とすことになる。緊張した空気が、エンジン音で震えるキャビン内に充満する。

 

『あと一分だ」

 

 千束とたきなは立ち上がり、輸送機後方へとゆっくり歩いた。

 後方の扉がガコンと鳴り、緩慢な動きで開いていく。昼下がりのロシアの空が、少しずつ顔を出してきた。

 

 千束は目を細めながら空を見て、それからたきなの方を見る。

 たきなも千束を見て、何も言わず一つ頷いた。それから前を見て、輸送機の床の端まで歩きだす。

 

「私からいくね、たきな」

「ええ、後に続きます」

 

 眼下には緑が広がっている。遠くの方には聳え立つ山。これから降下し着地する予定の場所は、タルコフ内でも緑の多い場所。

 プロゼルスク自然保護区。クルミが集めた情報によると、地元の人間からはウッズと呼ばれている森林エリアである。

 

 そこへ高度千メートルから降下する。地上には輸送機のエンジン音が響き、パラシュートの姿も捉えられているだろう。無事着地した後は迅速にその場から離れなければ危険である。そのことは二人ともしっかりと頭に入れている。

 

『降下十秒前』

 

 機長のアナウンスが通信機に流れる。千束は全身に力を入れた。

 

『4……3……2……1……降下、降下、降下!』

 

 耳朶を叩く降下の合図に従って千束は降下口から身を投げた。みるみる離れていく千束に続いて、たきなも大空へと身を放り出す。

 

 風が二人のほおを叩く。防寒と、顔面の肌色を隠すために着用している黒いバラクラバ越しにも、強く冷たい風が叩きつけられる。

 

 手足を広げて大の字で降下していく。パラシュートは一定の高度になると自動で開くようになっている。DAの開発した空挺作戦用のパラシュートは、二人の命を吊るしている。

 

 まず千束のパラシュートが開いた。これまでの自由落下から一気に減速し、体が天に引っ張られるような感覚が来る。強く当たっていた風は半分以下になり、周囲と真下の景色を見る余裕が生まれる。

 千束は上を見てたきなの様子を伺おうとしたが、自分のパラシュートに隠れてたきなの様子はわからなかった。無事パラシュートが開いていればそれでいい。

 

 そう思った直後だった。

 

 自分の目の前を、人影が高速で上から下に流れていった。

 人影なんてそんなもの、今この空には二人しかいない。一人が私なら、もう一人は────。

 

『たきなッ!』

 

 ヘッドセットの通信機に大声で叫ぶ。帰ってきた言葉に、千束は背中を氷水につけられたような感覚がした。

 

『千束、パラシュートが開きません!』

『自動がダメなら手動で開いて! 右の赤い紐!!』

 

 たきなは焦る気持ちとは裏腹に、こういうトラブルは想定していただろうと、自分に言い聞かせる。千束の言う通り、右の肩紐に赤い紐が泳いでいた。

 紐を掴む。下を見る。地面はどんどん容赦なく迫っている。当然パラシュートが開かなければ、生えている木に串刺しになるか硬い土に投げつけられたトマトのように広がるだけである。

 

 たきなは神に祈るような気持ちで赤い紐を引いた。今まで神など信じていたかと一瞬思ったが、DAに祈るよりはマシである。

 

 紐を引いた瞬間、背中側で化学繊維の布が大量に放出され、擦れてシュルシュルと音を立てているのが聞こえた。一秒もしない間に体がグッと上に引っ張られる。

 高速で近づいていた地面が急激にその速度を緩め、ゆっくりと解像度を上げていく。地面に生えている木や草、落ちている枝、横たわる岩、少し遠くに点在する小さな湖などが見えるようになっていく。

 

『な…………何とか開きました』

 

 安堵の声と共にたきなはヘッドセットに声を送る。

 聞こえてきたわけではないが千束の息を漏らす音が鳴り響いたような気がした。すぐに声が返ってくる。

 

『よかったよたきな…………ぺちゃんこになるところだったよ…………』

『あとでDAに文句言っときます。何が自動開傘ですか死ぬところでした』

『だね。言ったれ言ったれ』

 

 命を失うようなトラブルに見舞われたが、作戦が始まっていることには変わりない。

 千束とたきなは降りられそうな開けた場所を探して、そこへ向かう。ちょうどよく木に囲まれた十メートル四方ほどの場所を見つける。

 

 まずたきなが着地してゴロンと転がり、地面に衝撃を逃す。続いて千束が着地して、同じように横に転がって衝撃を逃した。

 二人は手早くパラシュートの入っていたバックと、固定していたハーネスを外しその場に捨てる。

 着込んでいた防寒着を脱いで、バックパックに収納する。そのまま手早く背中に背負い直して、それからたきなが衛星通信機を取り出した。

 

「ちさと、DAに通信します」

「了解。ささっと済ましちゃおう」

 

 衛星通信機を操作して、前もって接続していた周波数に呼び出しをかける。すぐに応答があった。

 

『こちらDA作戦本部』

「こちら遠征組。現時刻をもって作戦地域に潜入、状況開始」

『了解。健闘を祈る』

 

 楠木ではない女性の声が通信機から聞こえてくる。

 24時間常に現地と作戦本部がやりとりできるよう、この作戦中はDA本部で特別作戦室が立ち上げられている。まれに楠木が出ることがあるらしいが、基本は交代制のオペレーターがやりとりをする手筈になっている。

 

 たきなは通信を切る前に、

 

「楠木司令に伝えてください。〝パラシュートが自動で開かなかった。殺す気か〟と」

『了解です。…………お怪我は?』

「ありません。作戦に戻ります」

『了解です。アウト』

 

 通信を切り、端末をバックパックに引っ掛けて、固定していた銃を使えるように体の前に回していく。

 たきなのボルトアクションライフル、千束のKSGショットガンが、昼も過ぎたロシアの太陽に照らし出される。

 

 二人は着地ポイントから離脱した。

 

 ◯

 

 このウッズという森林地帯は特徴的な地形をしている。

 南に広がる大きな湖と、そこに沿うように作られている伐採場。そこから南東の方向には医療キャンプが設立されており、情報によると医薬品や食料品が見つかっているらしい。

 湖の北東には大きな岩山があり、その岩山を目印にして北西に進むと小さな湖が点在していたり、水没した村があるそうだ。

 岩山のちょうど北の方にはちょっとした住宅も建っている。物資があるとしたらそういうところだろうが、物資があるということはそれを目指して集まっているスカブもいるということだ。

 

 千束とたきなは前進する足を止めてコンパスを取り出し、印刷したウッズの地図と現在地を照合する。

 GPSを持ってくればよかったのかもしれないが、パルス攻撃の名残で現在地と情報がずれていたら問題なので、あえて持ってこなかった。コンパスと地図を頼りにするのはアナログな方法だが、道にさえ迷わなければそれで十分である。

 

「ちさと、現在地は?」

「今多分この辺かな。近くにPMCのキャンプと地雷原があるね」

「地雷は気をつけないといけませんね。キャンプには潜入しますか?」

 

 千束は少し考えた後、

 

「そうだね。アップデートファイルを見つける手がかりがあればいいな」

「望みは薄いですが、とにかく今は情報が必要です。些細なものでも拾っていきましょう」

 

 地図とコンパスをしまって銃を構える。お互いに別々の方向を警戒しつつ、キャンプの方を目指す。

 バラクラバは目の部分だけを露出させて後は黒い布で覆っている。表情はわからないが、二人の目は警戒と緊張を少なからず孕んでいた。

 

 地雷原を避けつつ、キャンプの南側から潜入する。ゆるい坂を登って、岩陰に隠れるように立てられているテントやコンテナ群が視界に入る。

 

 一旦岩のそばに膝立ちになり、千束はKSGショットガンの銃口を右から左へ動かして警戒する。同時に音もよく聞いている。

 たきなは今通ってきた順路を警戒する。スコープ越しに見る右目の世界と、裸眼の左目の世界、遠近両方から敵の存在を探る。

 

「いないっぽいね」

「こちらもいません。進みましょう」

 

 立ち上がって前進する。周囲の音に警戒しつつ、千束が銃を構えてたきなが漁る。

 コンテナの上、机の上、木箱の上とその中身。地面に落ちている物や書類にも目を通していく。

 テントの中に放置されていた書類に目を通しながら、たきなは呟いた。

 

「ここはUSECのキャンプだそうですね」

「肝心の兵隊さんはいないんだね。捨てられたのかな」

「あるいは作戦中なのか。どちらにしてもあまり物資は残っていません」

「漁られた…………のかな?」

「可能性はありますね。そろそろ出ましょうか」

 

 千束が頷いた、その直後だった。

 

 ターーーン………………。

 

 やや遠くの方から銃声が響いた。千束とたきなはすぐさまその場にしゃがみ周囲に銃を向けて警戒する。

 

 銃声が聞こえたということはそこにスカブ、ないしPMCがいるということになる。

 交戦しているのか、あるいはただ撃っただけか。

 すると、

 

 バラララララララララ…………。

 

 先ほどのに比べると軽く、そして連射速度の速い銃声が聞こえた。ということは何者かが交戦している可能性が高い。

 

「どうするたきな? 避けて通る?」

「そうしたいところですが、水没している村の方を調査したいです」

「ちょうどいる方向だねぇ……。カチあっちゃったら戦って無力化して、それから調べようか」

「わかりました。警戒していきましょう」

 

 立ち上がり、テントから出たのと同時に銃声が響いた。それは先ほど聞こえた位置からのものではなく、キャンプの南側、千束とたきなが侵入した付近から聞こえてきた。

 そして間髪入れず、千束とたきなはピュンッ! という甲高い音を聞く。これまで何度となく日本国内でも聞いた、聞き慣れた音。

 それは近くを銃弾が通った風切り音。それの意味するところは、

 

「たきな、前!」

「了解です!」

 

 敵がすぐ近くで、二人に向けて発砲したということ。

 千束はたきなの前に躍り出てKSGショットガンをキャンプ南の方へ構える。たきなはコンテナの裏に回って膝立ちになり、コンテナの側面からわずかに顔と半身を出してボルトアクションライフルを構える。スコープの倍率は一倍にしている。

 

 千束が走る。キャンプ南側に一直線に走る。KSGショットガンの銃口は進行方向に常に向いており、いつでも撃てる状態である。

 岩のところまで来た。右側を見る。人影はない。そこにないということは、

 

「はーい出ておいでー」

 

 千束はロシア語で喋りながら岩の左側に飛び込んだ。たきなのスコープから千束の姿が消える。同時に発砲音が聞こえた。先ほどの銃声と同じ、つまり襲撃者の銃の音である。

 2発、3発、4発。立て続けに単発の銃声が響く。全部襲撃者の銃の音。その合間に声が聞こえる。

 

「くそ! 当たらねぇ! なんだお前!」

 

 ロシア語の叫び声。直後に乾いた、そしてやや重たい銃声。千束のショットガンに装填されている非致死性ゴム弾の発射音であった。

 たきなは立ち上がり、千束が飛び込んだ岩の反対側から拳銃を構えて進む。ボルトアクションライフルは体の横に回している。岩陰を進むと同時にヘッドセットに話しかける。

 

「右から回っています。無力化しましたか?」

『やったよー。怪我なし。相手さんPMCっぽいね。一人かな?』

 

 ヘッドセットからいつもの千束の明るい声が聞こえる。たきなは岩の裏と、キャンプ南側の森の方を警戒しつつ千束の元へ合流した。

 千束の足元に倒れている人物は見事に気絶している。ヘルメットにボディーアーマー、リグ、手にはSKSライフル銃、背中にバックパックを背負っている。千束のゴム弾のかけらが顎についていた。

 

 ボディアーマーの胸元にはBEARの文字があった。ということはこのキャンプの持ち主ではない。

 

「カバンの中漁っちゃう?」

「見てみましょうか。千束、周囲を警戒していてください」

「任せて」

 

 千束はゴム弾を1発再装填してから周囲を警戒する。特にこの人物がやってきた方向であろう南の森は要警戒である。

 たきなは気絶しているロシア人のポケット、リグと漁ってから、バックをずらして中身を検める。

 

「食料品と弾、包帯に止血剤…………ん? これは」

 

 たきなの目に止まったのは鍵であった。取り出し、細かくみていく。

 よくわからない刻印が片面についている。もう片面にはZB-014の文字。どこかの鍵なのは間違いないが、どこで使えるのかはよくわからない。

 

「千束、鍵が見つかりました。家の鍵とは違うようです。持っていきますか?」

「この人の命にかかわるような鍵だったら嫌だなぁ」

「そんなこと言ってたら何も持って行けませんよ」

「そうだねぇ……うん、まぁ持って行こうか。他には何かあった?」

 

 ゴソゴソとバックパックを漁るが、めぼしいものは特になかった。

 たきなはバックパックを元に戻し、今度はこの人物が持っていたSKSライフルを抱える。

 

「銃を使えないようにしておきますか?」

「いや、それはやめておこう。この人も武装がないと生き残れないだろうから」

「しかし、追ってこられたら面倒ですよ」

「顎にクリーンヒットしたからしばらく起きないでしょ。起きた後この人も生きて帰らなきゃ行けないから、残しといてあげよ」

「了解です」

 

 頷きながらたきなはSKSライフルを男の近くに置いた。立ち上がり、背中に回していたボルトアクションライフルを体の前に持ってくる。

 千束も南の森から目を離し、

 

「行こっか」

「そうですね」

 

 USECキャンプを後にした。

 進行方向、水没村の方角からの銃声は、いつの間にか止まっていた。

 

 

 

 

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