休日
「おお……お兄ちゃんなかなかいいところ占領してるね」
ジャックのハイドアウトを見渡したイレーネが、感心したように声を上げながらクルクルと回った。
そんな妹の様子を横目に、ジャックはバックパックとメインアームのビチャズをスタッシュ近くに置きながら口をひらく。
「その辺のマットレスや毛布を適当に使って休んでくれ。イレーネも仮眠していいぞ」
「お兄ちゃんはどうすんの?」
「起きて見張りをする。お前たちが休めたら交代だ。今日一日は休息日だな」
ジャックの言葉にイレーネが頷く。
千束とたきなが目をこすりながら荷物を下ろし、それぞれのメインアームも近くにまとめて置いていく。ヘルメットやキャップ、バラクラバやリグとアーマーなどの装備も外していく。戦闘服の上着も脱いだ。拳銃とホルスターだけはそのままにしている。
たきなの短くなった黒髪が、肩の上の方で少し揺れた。ジャックが不思議そうな表情で尋ねた。
「たきな、髪切ったんだな」
「えぇ、はい。血がついてしまったので、イレーネさんに」
「上手いだろ。昔は俺も切ってもらっていた」
イレーネが得意げな顔で「どうよ?」とジャックに胸を張ったので、ジャックは軽く笑いながら「腕は落ちていないな」と返した。
そんなやりとりを横目に、大変眠そうな声で千束が呟く。
「ありがと、ジャックさん。またお世話になっちゃって」
「いいんだ。ゆっくりしていってくれ。たきなもな」
「ありがとうございます。このお礼は必ず」
その言葉を最後に、千束とたきなは三日前にも体を預けた小汚いマットレスに、二人並んで丸まった。一分も経たずに二人共から寝息が漏れ始める。
イレーネが黙って毛布を手繰り寄せ、千束とたきなに優しく被せた。完全に寝入ってしまった二人に、柔らかな笑みを向ける。
「あんなに強いのに、寝る時は子供みたいに寝るんだね」
「よっぽど疲れているんだろう。夜通しだったのか?」
「まるっと一日活動してる。その間にも何度か戦闘したし、移動距離もトータルで50km超えてるよ」
イレーネも自身のバックパックを下ろしてクリスベクターをそこに立てかけ、数歩離れたジャックの寝床に腰を下ろした。
少し離れたところで食料箱をガサゴソと漁っているジャックを見上げる。
「どこで出会ったの?」
「千束とたきなにか? ウッズだよ。北の方の集落でスカブに腹を撃たれて小屋に隠れていた時に、バッタリだ。侵入してきた千束を狙ってハンドガンで撃ったんだが、避けられた」
「外したと思ったでしょ」
「そうだ。最初は俺が外したと思った。だが違ったな」
「千束ちゃん、弾避けるからね」
ふふ、と肩を揺らしたイレーネに、ジャックが缶ジュースを差し出した。中身はコーラのようである。
ジャックも同じものを開けて缶を傾け、喉を数回鳴らしながらコーラを飲んだ。食事時に使う簡素な椅子に腰を下ろす。
「お前は?」
「アタシも千束ちゃんたちと戦って、ぶっ倒されて、んで命助けてもらって一緒に行動してる」
「直接戦ったのか」
「そ。最初はたきなちゃんだけだと思ったんだけどね。
イレーネもコーラの缶を傾けて一息ついた。口の端を上げながら壁の一点に視線をやり、そう遠くない記憶を思い出すように呟く。
「それでたきなちゃんが千束ちゃんを呼んで、千束ちゃんと交戦した。アタシのベクターの弾が全く当たらなくて、近接格闘になったけど今度はアタシの斧がたきなちゃんに撃たれてね」
「ほう」
「切り替えて徒手格闘に持ち込んだんだけど、やっぱ千束ちゃんの方が身長も高いしリーチもあるわけ。だから懐に入ろうとしたら────」
「ハンドガンに持ち替えただろ」
「そう、それ」
イレーネはジャックを指差した。ご名答とばかりに笑って頷く。
ジャックも「そりゃそうだ」と口角をあげながら肯定した。
「千束は自分から敵との距離を詰める。至近距離での戦闘を好むし、実際それで強い。千束の懐になんか入れんし、入ったらこっちが撃たれる」
「だよね。でも、千束ちゃんの面白いところはそこじゃ無くて」
「「殺しをしない」」
お互いに見合わせて、お互いが頷いた。
「やっぱり、相変わらず殺そうとしないんだな」
「そのおかげでアタシは生きてるよ。この街でそんな宗教を掲げて生きてる子、たぶん千束ちゃんだけだけどね。敵も殺さないしなんなら助ける。でも、だからおもしろい」
そうだろうなと、納得しながらジャックはコーラの缶を飲み干した。潰さずに近くの空容器が重なっている場所に置く。再利用するつもりだ。
「なんなんだろうな、この二人は」
「さっきも眠そうな声で通信してたよね。あれ日本に向かって飛ばしてんでしょ?」
「だろう。俺といた時も朝に送っていた」
「私の時もだよ。てことは定時連絡だ」
「内容わかるか?」
「日本語できないんだよねぇ。ちょっとは知ってるけど、この二人の通信内容は流石にって感じ」
「そうだな」
イレーネもコーラを飲み干し、ジャックに空の缶を渡した。ジャックは自分の飲み干した缶の横にイレーネの分を置いた。
それから少し考えるように腕を組んで中空を見た後、意を決してジャックはイレーネに質問を投げた。
「元海兵隊員的には、この二人どう思う」
「どうって?」
「日本のなんなのか。俺が訊いた時には〝エージェント〟だと千束が言っていた。だが諜報部員にしては銃の扱いに慣れすぎている。日本でハンドガンは違法なはずだ。あとスパイが自分からスパイですとは言わんだろ」
「それはそうだね。…………首を突っ込むのはよしたほうがいいんじゃなかったの?」
「雑談だ」
「そっか、ならいいか」
何度か頷いたイレーネが、そのまま上半身を倒してマットレスに仰向けになった。
「正規軍…………自衛隊ってやつかな。えぇーでも、だとしたらこの程度の移動距離と活動時間でここまで疲弊するのおかしいね。ん、おかしいって言うか、慣れてないのが変だね」
「だよな。USECの新兵訓練ですら丸一日走り回って陣地構築するからな」
「ちぐはぐだなぁ。戦闘はアタシより全然強いのに、それ以外がなんかおざなりというか。なんかまるで…………」
言葉尻が消えていったイレーネに、ジャックが視線をやった。イレーネは数秒の沈黙を作った後、体を起こしてジャックの方を見た。目があう。
「警察っぽくない? それも特殊なやつ」
イレーネの言葉に、ジャックは顎をさすりながら少し考えて、やがて合点が行ったかのように二、三回頷いた。
「そうかもしれんな。そうなると一つ一つの状況に説明がつく。短時間の作戦が前提の訓練を受けていて、かつ激しい戦闘を想定している。長距離の行軍や長時間の活動は視野になく、想定していないために訓練も受けていない。孤児を集めてそう教育する〝組織〟とやらが日本にはあるのかもしれんな」
「え、千束ちゃんたちって孤児なの?」
「そうだぞ。まぁ千束が言うには、だが」
「うわー、謎が多すぎる。面白いねぇこの子達」
イレーネは静かに、にんまりと笑った。そのまま再び上半身をマットレスに預けて、今度は足も伸ばす。
「すっきりした。まぁでも答え合わせはしないよお兄ちゃん」
「当たり前だ。ややこしい問題には関わりたくない。テラグループとのいざこざで腹一杯だ」
「同感」
それからイレーネはマットレス横で無造作に転がっていたタオルケットを体にかけて、眠そうにあくびを一つ打ってから小さな声でつぶやいた。
「じゃ、ちょっと寝るね」
「あぁ。6時間経ったら起こすぞ」
「十分すぎる。おやすみ」
「おやすみ」
イレーネが寝息を立てはじめる頃、ジャックは三人を起こさないように、静かに慎重にビチャズの分解整備に取り掛かった。
作業台の脇では、細く湯気をたなびかせる熱いコーヒーがジャックの集中力を手助けしているようだった。
○
タルコフ市内、某所。
そこは地元民からカスタムズと呼ばれている一帯からやや外れたエリア。寂れた工場と倉庫、いくつかの平屋が立ち並ぶ地帯。
タルコフの街が紛争地帯となり、住民のうち避難が遅れた者たちが一時凌ぎとして使っていた場所である。紛争開始から数ヶ月が経ち、街は封鎖され物理的に脱出が困難となった現在、この避難場所に留まる人間はその大多数が武装化、つまりスカブと呼ばれる集団になっていた。
地上を巡回し余所者を排除するスカブと、そこに近づく人間を発見し狙撃するスナイパースカブが目を光らせている。特に街で生き残ったPMCにとっては危険極まりないエリアであった。
そのエリアの一角。40mほどの高さがある貯水タンクの上に、腹ばいになってモシンナガンを構える一人のスカブがいた。
目の前の大通りを東側に望む形で見張っている。大通りの端々にはスカブが歩いており、それら全員が粗悪でありながら十分に人を殺せる突撃銃やショットガンで武装している。
貯水タンク上のスナイパースカブに、地上のスカブから通信が入った。定時連絡である。
地上に異常なし、とのこと。
タンク上から見たところも異常なし、と連絡を走らせるため通信機のスイッチを操作しようとしたスナイパースカブの頭が、弾け飛んだ。
側頭部から側頭部へ。脳漿を引き摺り出しながら貫通した5.45mm弾が、空へと消えていった。
『スナイパー排除。移動する』
「了解。貯水タンクから西側は俺がやる」
『了解。東に向かう』
スナイパースカブの頭を撃ち抜いたPMCから通信を受けた別のPMCが、通りに面した場所で見えているスカブの頭を次々に一発で撃ち抜いていく。
5.7×28mm弾を吐き出す、ロングバレルのP90を保持して貯水タンクすぐそばの茂みから射撃していた。元USECの隊員であることが服装と腕章から窺える。
貯水タンク東側でも、かなり音の軽減された射撃音が響き、数十秒後に通信が入った。
『シャーマン、貯水タンク以東のスカブは排除した』
「了解。こっちも全員あの世行きだ。さっさとここを抜けよう」
『合流する』
「了解」
シャーマンはその場に膝立ちになり、P90のマガジンを交換した。前方を注意深く警戒する。保持しているP90にサプレッサーは装着しておらず、代わりに銃身を伸ばして精度を上げている。取り回しの良さから近距離でも戦え、そして長銃身が織りなす精度の良さで中距離も問題なく射撃できる。その代わりに隠密性を犠牲にしているため、付近のスカブは寄ってくる仕様だった。
千束とたきな、イレーネとの戦闘を経てアーマーを失っていたシャーマンは、ここまでの道中に交戦し殺したPMCからクラス3のアーマーを拝借。
心許ないが、もう返す必要のない装備を借りてなんとか凌いでいた。
膝立ちで茂みに隠れていたシャーマンに、後ろから合流する人影があった。
近付いた人物をちらりと確認した後、シャーマンは正面を見据えながら口を開く。
「イワン、ここから先は?」
「この道を西に向かって10kmだ」
「わかった。スカブの数が腐ったステーキにたかる蝿より多い。引き締めていくぞ」
「あぁ。弾を節約する必要があるな」
「そのとおりだ」
立ち上がり、移動を再開する。
前方はシャーマンが、後方をイワンが警戒しながら通りを進んでいく。
「にしても」と、P90に取り付けたホロサイトを覗きながらシャーマンが漏らした。
「どこのバカがうちのハイドアウトを荒らしたんだか」
「わからん。ただアイゼンの死体もステッチの死体もなかった。外出中だったのは運がいい」
「おかげで装備も物資も全部奪われたがな。あの二人がいりゃ返り討ちにして今頃お届け物の選別でもしていただろうよ。クソ空き巣め。見つけたら腹にケツの穴作って胃から直通路を開設してやる」
「いい案だ。手伝うぜ」
「おっと、スカブのお出ましだ」
前方百メートルほど先に、六人のスカブが集団で出現した。二人はその場に立ち止まり、順番にスカブの頭を弾いていく。
通りに死体が六つ重なったところで、シャーマンとイワンは前進した。
「イワン、お前の言う〝次の隠れ家のアテ〟ってやつが当たることを祈るぜ」
「希望は大事だ。こういう時の支えになる唯一の救いだからな」
二人は軽く肩を揺らして笑い、西の方角へ歩みを進めた。
イレーネがお兄ちゃんのジャックとお話しするときは若干言葉遣いがマイルドになってますね。たぶんジャックはイレーネの口がかなり悪いことを知っていそうですけど、その辺イレーネは頑張って隠そうとしてますね。かわいいね。
シャーマンに向かって言い放ってた言葉とか録音してイレーネの目の前でジャックに聞かせて反応を楽しみたい(ゆがんだ願望)