リコリスinタルコフ   作:奥の手

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談笑

 ジャックのハイドアウトでは、千束とたきなとイレーネが目を覚まして食事を摂っていた。ジャックは数時間前に言った通り、交代して仮眠をとっている。

 

「んんー」

 

 千束は細長く切られたドライソーセージを口に咥えてもごもごしたまま、自身の右手に巻いてある包帯を手早く解いた。

 止血していた腕からガーゼを剥がして患部を睨む。出血どころか傷跡すら残っておらず、綺麗さっぱり治っていた。

 

はおっへふは(治ってるわ)

「食べてからしゃべてください千束」

 

 たきなの諌めに千束は頷きながら、口から飛び出していたドライソーセージをもぐもぐと押し込んでいく。そして目の前のエナジードリンクで胃に流し込んだ。ドライソーセージの塩気とエナジードリンクの甘味、よくわからないハーブの香りが鼻を抜ける。ジャンクな食べ合わせだが、千束は好きな部類だった。

 ごくりと飲んでから、右手をたきなの方に差し出して「やっぱ治ってる。たきなだけじゃなかった」と嬉しそうにはにかむ。

 

「よかったです。もし私にだけ適用される環境だったらと────」

「心配してた?」

「はい」

「あっりがとたきな! 見ての通り、私も死ななければ無敵だから!」

「無敵ではありません。被弾しないでくださいね」

「そりゃごもっとも」

 

 腕組みをする千束に、たきなは表情をやや柔らかくしながらゆっくりとクラッカーを口に運んだ。オレンジジャムがついている。

 

「食べ終わったらどうする? スキーヤーに報告はまだしてないんでしょ?」

 

 小魚のオリーブオイル漬け缶から一匹取り出したイレーネが、それを口に運ぶ前に質問をした。それから口に放り込む。

 千束とたきなは頷いて、

 

「この後すぐにメールかな。受け渡し場所も確認したいし」

「カスタムズだとしたらなかなか時間がかかりそうです。それに…………」

 

 たきなは手を止めて自身のバックパックを見た。そこにはスキーヤーが欲している書類の入ったセキュアケースが納められている。

 

「あれを狙って何者かに襲撃される可能性は捨てきれません」

「むしろ来るって思ってた方がいいかもよたきな。どうやって私たちを特定すんのかはわからんけどさ」

「そうですね」

 

 再びしゃくしゃくとクラッカーを口に運んで、たきなは少々の思案顔になった。

 昨晩のウッズから跡をつけられていると言う可能性は低い。つけられていたらとっくにこのハイドアウトは襲撃を受けている。

 それがないということは、ウッズから捕捉されている可能性は低い。ただし、千束が交戦したアイゼンという男がどこで何をしているのかはわからない。最悪痕跡を辿られて追い付かれる可能性はある。

 だとしたら、あまり悠長にはしていられない。

 

「千束」

「ん? なに?」

「体力は回復しましたか」

「私は眠たかっただけだよ。むしろたきなの方が心配なんだけど」

「私も大丈夫です。動けます。早めに出発して、なるべく早くあの書類をスキーヤーに渡した方がいいです」

「だねぇ。アタシもそう思うよ」

 

 パクパクとオリーブオイルに漬かった小魚を口に運んで、合間にクラッカーを咀嚼していたイレーネが、深く頷きながら賛同した。

 

「アイゼンのクソ野郎が何してくるかわからない。ステッチが一緒だったら、多分アタシ達の痕跡を見つけて追いかけてくる」

「ステッチさんてそういうのも得意なの?」

「得意中の得意だね。探偵にでもなった方がいいんじゃないかってくらい、痕跡から敵の位置を割り出したり、どのくらい前に何人がそこにいたかを推測したりできる」

「まるで特殊部隊ですね」

「もしかしたら、アタシが知らないだけでそういう訓練を受けたことがあるのかもね」

 

 なんにしても丸一日休息日、とはいかない状況であった。何より、数時間安心して熟睡したことは千束とたきなの精神、肉体の両方をしっかりと回復させた。長すぎる休養は不必要だという認識が二人の間にあった。

 加えてイレーネはもともとそこまで疲労していない。睡眠は必要であり、故に六時間とったがこれで向こう半日の活動は問題ないとイレーネ自身が判断した。

 

「じゃ、千束ちゃんとたきなちゃんが食べ終えたら、行こっか」

「ジャックさんは? どうするの?」

「叩き起こすよ」

 

 ぶふっ、っと千束が吹き出し、たきなが少しだけ肩を振るわせた。

 

「寝かせてあげなくていいんですか?」

「兄貴が活動してたのは昨日の夜のほんの数時間だけで、その前はたっぷり休んでたんだって。なんかハイドアウトの電気をいじってたらしいけど」

 

 イレーネの言葉に千束が天井を見回した。確かに裸電球の数が数日前より増えていることに今更気がついた。

 

「なんかちょっと明るくなったなと思ったわ。そういうことか」

「いいよねぇ。こんだけ充実してたら隠れ家ってよりもう家だよ」

「イレーネさんはどこかに隠れ家というか、拠点みたいなのは作ってないの?」

「ないよ。定住はしてない」

「え? でも装備とか弾薬とかどうしてるの?」

「街のいろんなところに隠してる。あとは、休息するときは────」

 

 そこまでしゃべって、イレーネはハッとしたように言葉を切った。「どした?」と首を傾げる千束に、イレーネは小声で眉を寄せながら訊いた。

 

「日本の成人年齢って何歳?」

「18だけど」

「んじゃ千束ちゃんは大丈夫だね」

「な、なにが? 何の確認??」

「何を話しているんですか?」

 

 目を白黒させる千束を訝しげに睨みながら、たきながクラッカーを置いた。

 身を寄せようとするたきなの体を、イレーネがやんわりと押し戻す。

 

「たきなちゃん、ちょっと耳塞いでて」

「なぜです?」

「いいから」

 

 有無を言わせない強引なイレーネの要求に、疑問符を浮かべながらもたきなは両手で耳を覆った。

 それからイレーネは後ろを振り返ってジャックから寝息が聞こえていることを確認し、千束の顔のすぐそばまで寄って、耳打ちをした。

 みるみるうちに千束の顔が赤くなり、耳まで真っ赤になってから俯いた。イレーネが離れる。

 

「ってなかんじで休息してる」

「マジか…………大人の女性だ…………やば……」

「たきなちゃん、もう手離していいよ」

「一体なんの話ですか、千束」

 

 少し憤りを感じているのか、たきなの語調に鋭さが出始めていたので、千束は真っ赤な顔をパタパタと手で仰ぎながら、

 

「いやその、たきなはもう一年待って欲しいんだけど、なんというか」

「?」

「ほら、レンタルビデオ屋さんの端の方のコーナーみたいな話だからさ」

「全くわかりません。レンタルビデオ屋のコーナーと隠れ家に因果関係はありませんよ」

「あるんだよ! 頼むから私の口からの説明は一年待って! 一年あれば私も整理できそうだから!!」

「意味がわかりません。待てませんよ」

 

 半目で睨むたきなに、しかし千束は顔を赤くするだけでそれ以上は何も言わなかった。

 イレーネはそんな二人の様子を見ながら「ウブだねぇ…………大丈夫かな……心配になるんだけど……この街男だらけだよ……?」と聞こえるか聞こえないかくらいの小声で漏らした。

 

 ○

 

 食事の後、スキーヤーに書類を回収した旨をメールで報告すると、労いの文言はなく受け渡しの場所と日時だけが送られてきた。

 画面を千束とたきなが二人で覗き込みながら、

 

「明日の午後一時に赤倉庫か。間に合いそうだね」

「でも何があるかわかりません。出発は今日しましょう」

「だね。夜の間はカスタムズの近くに待機して、夜明けと一緒にあのエリアに入ろう」

「賛成です。イレーネさんもそれでいいですか?」

「いいよ。あとは…………兄貴か」

 

 イレーネはジャックの寝ているマットレスまで忍足で近づくと、仰向けで寝ているジャックの腹の上にまたがり、そのまま勢いよく腰を落とした。

 

「ぐふおあ!」

「おはよ、お兄ちゃん。目は覚めた?」

「もう少しマシな起こし方はなかったのか…………」

「1番早くて確実じゃん」

「肋骨が折れるかと思ったぞ」

「もし折れても鎮痛飲んでスプリント巻いてれば治るよ」

「そういう問題じゃない。あと胸部にスプリントは巻けないぞ」

 

 ジャックは自身の腹の上で八重歯を見せながらにこりと笑うイレーネと目を合わせた後、起き上がりかけていた上半身から力を抜いてマットレスに体を預けた。

 

「どいてくれ」

「えー? どかして見せてよ。腹筋と胸筋の見せ場だよ」

「起き抜けにこれはきついな……」

「上官命令だよ新兵くん」

「くそ……そうだった、階級はお前の方が上か……」

 

 ジャックが両目から光を失いながら天井のシミを見た。

 イレーネは最高の悪戯をしているような気分で、ジャックの腹の上でゆさゆさと腰を動かす。

 

「ほらほら。早く用意しないと千束ちゃんとたきなちゃんが待ってるよ」

「いえ、お構いなく」

「どーぞどーぞ思う存分イチャついてください! 千束さんはここで見守ってますから!」

 

 たきなは本当に興味がないようで、イレーネとジャックの方を一瞥することなく自分の装備を点検し始めた。

 千束は目を細めてニヤニヤしながらジャックの様子を観察している。両手を差し出して「どーぞ」とジャスチャーも加える。「今度たきなにやろう」と呟いた時、たきなが無言で千束を睨んだ。

 

 イレーネはそばかすの浮いた頬をにこりと上げて、三白眼を糸のように細めながらジャックを見下ろす。

 

「ほら、お兄ちゃん起きて。起きなさい。障害を跳ね除け自らの任務を全うせよ。これは命令である」

「調子に乗りやがって……」

 

 困り果てたように力無く呟いたジャックだったが、次の瞬間には何事もなく体を起こしてイレーネを跳ね除けた。

 足元に仰向けで転がったイレーネは「起こしてよお兄ちゃん」とケタケタ笑いながらふざけていたが、ジャックは無視して立ち上がり、

 

「…………」

 

 三秒ほど考えた後、未だ転がったままのイレーネの腕を強引に引っ張って起こした。

 イレーネも立ち上がりながら感心したように漏らす。

 

「なんだ、筋力は十分じゃん。もうおっさんなのにね」

「ずっと体を使って生きているからな。お前のような奴から身を守るために」

「逆でしょー。逆でしょ普通。そこはアタシを守ってよ。なんで敵側になってんのさ」

「胸に手を当てて考えてみろ」

 

 それからジャック、イレーネ、千束もそれぞれの装備を点検して、体に装着していった。

 数分後に出撃準備が整う。千束とたきなもいつものバラクラバを装着し、イレーネはハイドアウトに転がっていたベレー帽を被った。ジャックには必要ないようで、置いていても捨てるか売るかしたものなのでもらったようである。

 ジャックもクラス3のヘルメットを装着する。

 顎紐を締めているジャックに、千束が後ろから声をかけた。

 

「これからカスタムズを目指すけど、ジャックさんは本当にいいの? ウッズに用事があるんじゃない?」

「いや、昨日の夜に終わらせた。プラパーから頼まれている新しいタスクだが、今度はカスタムズの倉庫から書類を取ってきて、ファクトリーの小屋に置いて欲しいそうだ」

「運び屋みたいなこともするんだねぇ」

「こういう仕事の方が気が楽でいい。タイミングがいいからお前たちについていくぜ」

「書類を回収した後は?」

「その時考えよう。別行動が最適な選択肢とは限らんからな」

「たしかに」

 

 そして、四人は各々のメインアームを持ち、最後に確認をしてジャックのハイドアウトから外の世界へと足を運んだ。

 太陽は1番高いところより少し傾き始めている。日没までにはカスタムズ付近まで進める算段であり、計画に遅れはない。

 イレーネが低い声で告げた。

 

「ウッズからの追跡者に注意」

「了解」

「了解だよ」

「あぁ」

 

 抜けるような青空を、一羽の自由な鳥が東の方角へ飛んでいった。

 

 

 

 

 




今日知ったことなんですが、英語には「お兄ちゃん」と「兄貴」の使い分けはないそうです。基本的に名前で呼ぶ文化だそうで、日本や中国のような儒教文化の影響を受けている国でのみ、兄弟姉妹の言い方が豊富だそうです。
つまり英語でやりとりをしている、バリバリアメリカ人のジャックとイレーネが「お兄ちゃん」と「兄貴」の使い分けで会話しているのはちょっとおかしいんですよね。
作者の英弱が露呈しました。英語の偏差値45とかだったんです。(自己申告)
もう今更直しようがないのでこのまま行きます。細けぇこたぁいいんだよ(開き直り)
ロシア語文化とか1ミリも知らんですからね。絶対どっかでやらかしてそうですけど多分気付きもしないですよ。

にしても、イレーネの属性がとんでもないことになってますね。
「毒舌低身長お姉さん系妹キャラ」から「毒舌低身長お姉さん系妹上官ビッチ」というとんでもないことになっています。高級パフェとか二郎系ラーメンみたいな盛り方ですね。
いや、実は装備募集でいただいた貴重な娘さんなんです。「毒舌低身長ビッチ」までは初期案でいただいています。千束&たきなやジャックとの関係性の中で「お姉さん」「妹」が判明していますね。
うへへ。最高です。今後も丁重に扱わせていただきます(大歓喜)
ただビッチはビッチでも関係を持つ相手はしっかり選んでいますからね。ポークピッツに出る幕はない(クリスベクターの音)
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