この工場はどうやら鉄を切ったり曲げたりする加工場のようだった。工作機械が一定間隔で数種類鎮座しており、そのどれもがしばらく使われていないことがわかった。薄く埃が乗っている。
そして工場内の至る所に食べかすやゴミが散乱している。ここを根城にしている人間がいて、実際その人間たちは一人が頭を半分無くし、残り三人がゴム弾を叩き込まれて意識を失ったり、両手の指を複雑に飛ばされて何もできなくなったりしている。指を飛ばされた男は、たきなが慎重に手当てをしていた。
「動かないでください」
壁に力無くもたれかかりながら右手をたきなに差し出している男が、痛みのあまり右手を引こうとする。
かなりきつめに止血帯を巻いているたきなに、男は複雑な表情で睨んだ。
「指飛ばした相手に手当てするってのは、お前どんな気持ちでやってんだ?」
「無心です。死なれては困るからやっているだけです。本当はあなたなんかに医療品を使いたくありません」
「わけわかんねぇよ……」
天井を仰ぎ見た男にたきなは一瞥をくれた後、ぎゅりっと強めに包帯を縛った。「いてぇいてぇ」と身悶える男を無視してたきなは作業を続ける。
「足も手当します」
「自分でやるよ」
「その指でですか? 左手も使えないでしょう」
「お前が飛ばしたんだろ。人差し指と中指」
「また生えてきます」
「うるせぇ今必要なんだよ」
「だから代わりに私がやると言っているんです」
「くそ……」
男は抵抗をやめてたきなに右足の太ももを差し出した。ひとまずの応急処置で止血はしているが、これではいくらタルコフでも治るのかどうかわからない。
たきなの見立てでは、男がポケットに入れていたトカレフが暴発した際、その破片や弾が足に残っているだろうと考えている。
たきなはナイフを取り出した。男の表情に青いものが浮かんでくる。
「おい嘘だろ」
「弾が残っています」
「わからねぇだろそんなの。やめてくれ」
「残っているのでほじくり出します。出さないと治りませんよ」
「いやそうだろうけど。せめて鎮痛使ってくれ。なんでさっきから鎮痛剤使わせてくれねぇんだ」
「?」
「俺おかしなこと言ってるか……?」
「私たちを殺そうとした敵にそんな恩赦は必要ありません。苦しんでください。命は助けます」
「てめぇマジでイカれてんな。覚えとけよ」
男の目に怨嗟の炎が浮かび始めた時、たきなの後ろからイブプロフェンが差し出された。振り返ると、バラクラバを外した千束が困った顔で首を横に振っていた。日本語でつぶやく。
「ダメだよたきな。そういうことしたら、無駄に敵が増えちゃうから」
「もう大丈夫なんですか、千束」
「大丈夫。イレーネさんのおかげ」
たきなは差し出されたイブプロフェンを受け取り、一錠出して男の顔の前に持ってきた。
男が困惑している。
「何話してたんだ? 何語だ今の」
「教えませんが、彼女が鎮痛を使うことを許可してくれました。感謝してください」
男は千束を見上げた。視線に気付いた千束が、柔らかくにこりと微笑んだ。白金髪の毛先が緩やかに揺れたのを見た男は、小さな声で「天使だ……」と呟いた。
口を開けた男にたきなが鎮痛剤を放り込む。水なしで飲み込んだ男は、痛みで眉間に寄っていたシワを少しばかり広げてきた。
「お前が悪魔で、あっちのブロンドのネェちゃんが天使だってのはよくわかったぜ」
「失礼ですね」
「礼なんかとっくに消えちまったよ。この街にそんなものはねぇ」
「どうでもいいです」
たきなは男の右足の衣服を切り裂き、流れるような動作で傷口にナイフを突き立てた。男が呻き声をあげるが、鎮痛剤が効いているのか叫び散らすようなことはない。
ナイフで傷をこじ開けて、サージカルキットで破片と弾を摘出する。糸と針で傷口を縫い合わせて、止血帯と骨折用のスプリントも巻く。
「折れてたのか?」
「折れていました」
「…………ありがとよ」
弾の摘出と止血のみを行うと思っていた男は、意外にもたきなが丁寧な治療を施したことに感謝の言葉が漏れ出た。たきなはそこに何か特別な感情を見出したり、反応したわけではないが、男はたきなの目をじっと見て、
「…………悪魔って言ったのは撤回する。手当してもらってるしな」
「どっちでもいいです。私には関係ありません」
「可愛くねぇなぁ。そんなんじゃ男が寄りつかねぇぞ」
「必要ありません」
「レズなのか……? さっきの金髪ネェちゃんがお相手か?」
「違います」
表情ひとつ変えず淡々と受け答えをして、包帯を巻き終えたたきなが立ち上がった。男はたきなにニヤついた口元で、
「この工場には俺たちしかいねぇから、好きに使えばいい。事務所にはベットがあるぜ。お前らの体格なら
「そうさせてもらいます」
ぶふっ! と吹き出した男にたきなは怪訝そうな表情を向けた。なんで笑ったんだこいつという顔をする。
男は肩を小刻みに揺らしながら、
「いやーこんなやつこの街にいるんだな。ピュアすぎて心配になるぜ。お前何歳だ?」
「17です」
「ガキだったか…………まぁ風邪引かねぇように気をつけるこった」
「あなたに心配される筋合いはありません」
「マジで可愛くねぇなお前」
○
ひとまず、たきな達はこの工場で一晩を明かすことにした。
気絶している二人はパラコードで拘束し、負傷している男には緩い拘束で行動を制限する。どのみちしばらくは自力で動けない。
唯一の出入り口である事務所前の扉にはスタングレネードを仕掛けて、万が一侵入者がいたらわかるようにしておく。施錠ももちろん行なっている。
生きているスカブ三人が常に視界に入るところで、千束とたきなは食事を始めた。ジャックとイレーネは近くで見張りをしている。
交代で食事を取る予定だ。
食べながらこの後の動きを相談する。すべて英語でやりとりし、スカブ達には一応伝わらないように気をつける。英語のわかるスカブだったとしても、声量を絞って全容はわからないようにする。
「んじゃ、夜明け前にジャックさんとイレーネさんが先に赤倉庫に行ってプラパーからの依頼品を回収。その依頼品を隠している間に私たちがスキーヤーに書類を渡して、後で合流だね」
「そうだな。それなら俺はスキーヤーや部下に顔を見られなくて済む」
「集団で動けるのは心強かったけど、今回は別行動しないとね」
イレーネが残念そうにため息をつく。単純な戦力の減少以外にも、憂うことがあるかのような息のつき方だった。
ジャックが周囲に目線を這わし、まだ寝ているスカブにも視線を投げた後、たきなの方へ振り返ってゆっくりと口を動かした。
「お前達なら大丈夫だと思うが、もし万が一定刻通りに集合地点へ辿り着けなかったら、三十分待つ。それ以上経ったら俺たちは出発するし、逆もまた然りだ。どこかで死んだら…………その時はお互い、別々の生き方を歩む」
「…………そうですね。もとよりあなた達と共に行動できたのは幸運でした。戦略が広がったのを感じています」
たきなの言葉に、ジャックは小さな笑みを浮かべて軽く頷いた。イレーネが千束の方を見て眉を八の字にする。
「アタシは心配だよぉ。千束ちゃんから離れたくないよぉ〜」
「わがまま言うなイレーネ。それに────彼女はもう立派な兵士だ。己の信念を貫く強さがある。俺たちは、むしろ邪魔だろう」
いやそんなことはないでしょ、と呟くイレーネと同時に千束もかぶりを振った。
「イレーネさんのおかげで、私もこの街で戦うことの覚悟ができたと思う。私のやり方はこの街では異常なんだよ。でも、それをたきな以外に強要はできない。私とみんなは違う。それで、その上で、この街で生きていく覚悟が…………さっきできたよ。やっと」
「さらっと言ったけどたきなちゃんには強要するんだね」
「もちろん! たきなは私の相っ棒だからね!」
満面の笑みを向けてきた千束に、たきなはクラッカーをしゃくしゃくと咀嚼しながら少し困った顔を浮かべた。粉コーヒーを一口飲んでクラッカーを胃に流し込んだ後、千束の方を見ながら小さく呟く。
「千束が
たきなの言葉を聞いたジャックが、
「なんか引っかかる言い方だな……」
と首をかしがる。イレーネが「あぁー」と納得したようにポンと手を打った。
「前もたきなちゃん言ってたもんね」
「千束が死んだら、千束を殺した奴を死ぬより酷い目に合わせてから殺します」
「それ」
小さく笑いながらたきなを指差すイレーネ。
そんなことを言ってのけたたきなに、閉口しながら千束が嫌そうな顔で懇願した。
「マジでやめてねたきな。私成仏できないよ」
「だから死なないでくださいね」
「そうきたか…………」
「逆に、もし私が死んだらどうしますか? 千束」
たきなの問いに、千束は最初目を見開いて驚いていた。そうなることを考えていなかったかのような反応だった。
そして、千束は思い出した。このタルコフで二度、たきなは命の危険にさらされている。その時自分は何を思ったか。
「…………どう、しよっか」
本当に困ったようだ。たきなが死んだら。たきなを失ったら。自分はどうなるのか。どうするのか。
近くに置いてあるKSGショットガンに視線を落とす。それから、右手で腰のホルスターに収まる拳銃を触った。
たきなは、私が死んだら復讐すると言っている。じゃあ、私は…………?
本当に大切な人を失っても、それでも〝いのちだいじに〟を守り続ける……?
ヨシさんの顔が浮かんだ。一年前、あの日私はヨシさんに怒鳴った。怒りをぶつけた。馬鹿にしないでと。
実弾を渡され、非殺傷弾を失い、そしてたきなの命を守るためにヨシさんを撃った。殺してはいない。だけど、
「…………」
だけど、あれが〝違う〟のは明白だった。私は人を殺すために銃を握っているんじゃない。その気持ちは、意志は、自分だけは変えちゃいけない。変えたくない。
「殺さない……かな。たとえもし、万が一にでもたきなが敵討を望んでいても。それしちゃうとさ…………たきなが認めてくれた私じゃなくなっちゃう……かな」
少しばかり震えた声でそう呟いた千束に、たきなは肩の力を抜きながら優しい笑みを浮かべた。
「千束らしいですね」
困った顔を浮かべたままの千束と、どこか誇らしげな表情で笑うたきなを見ながら、イレーネとジャックは二人に背を向けた。
そして二人に聞こえないように、小さな声で漏らした。
「死なないでほしいなぁ。二人とも」
「そうだな。だが……仲間が死んだら、生き残った方は考え方や生き方を変えるきっかけになる。十分すぎる〝言い訳〟だろう」
「同感。ここじゃそれが当たり前……いや、っていうか……」
「〝そうしないと〟生き残れない」
「嫌な世界だね。本当に」
「子供が来るような場所じゃないんだよ」
ジャックの言葉に、イレーネは心底嫌そうに眉根を寄せながら頷いた。
○
それから交代で睡眠をとり、十分な休息を経てジャックとイレーネは夜明け前にカスタムズへ向けて出発した。
通信端末はジャックが持っている。集合場所と時間は指定してあるが、万が一にも辿り着けなかった場合、そして通信もできなかった場合。その時は、お互いのグループが覚悟を決めてそれぞれの道を歩むという取り決めにした。
ブービートラップを解除した出入り口前で、四人が集合する。
「じゃあね、千束ちゃん、たきなちゃん。生き残って、明日会おう」
「まかせてよ。ジャックさんも。…………生きててね」
「おう。たきなちゃん、千束ちゃんを頼んだぞ」
「私より千束の方が強いですよ」
「そうだったな」
からからと笑うジャックをイレーネが肘で小突いてから、入り口のドアノブに手をかけた。
少し開けて、慎重に外を伺う。人の気配はない。
「クリア」
「じゃあな。先に行って待つ」
「気をつけて」
「死なないでくださいね」
まだ日の光の届かない世界に、ジャックとイレーネ兄妹は身を溶け込ませた。砂利を踏み締めるわずかな足音だけを残して、工場から立ち去っていく。
たきなが入り口を静かに閉めて、トラップを仕掛け直す。もう数時間はここで待機して、それから昼過ぎの赤倉庫を目指す。
「さーて、どうするたきな? 出発まで時間あるけど」
「そうですね…………どうしましょうか」
工場内に戻りながら思案する。中に入り、スカブ三人が大人しくしているのを確認したとき、千束がポンと手を打った。
「体拭こう。んで着替えよう。今日で五日経つけど、バタバタしてたりジャックさんがいたりでそういうことできなかったし」
「そうですね。どっちから着替えますか?」
「たきなからでいいよ。私見とくから」
KSGショットガンを両手で保持してすぐにでも撃てる状態にした千束が、スカブの方と出入り口の方を警戒しながらたきなに言った。
たきなも頷き、
「わかりました」
と口に出しながらその場で戦闘服の上着のボタンを外し始めた。
「ちょいちょいちょいちょいっ! たきな! 向こうで着替えて!」
「なぜです? スカブを警戒していた方が────」
「そのスカブが見てるから! あいつらも男なんだから!! あと体拭くんでしょ! こんなところでストリップすんな!!」
「はぁ……そうですか」
「羞恥心とかないんか!?」
「不特定多数に見られたくはないですけど、襲撃される危険と天秤にかけたら別に……」
「私が見とくから。バッチリ警戒しとくから。乙女としてそれは許さないから」
「そうですか」
渋々といった様子でたきなは自分のバックパックを持って、工場内の背の高い機械の裏手に身を隠した。衣擦れの音が響き、しばらく無音になったあと、数分してたきなが戻ってきた。
「終わりました」
「おっけ。んじゃ次は私が……お、たきなのシートはなんか森っぽい匂いなんだね」
「これですか?」
たきながバックから出した汗拭きシートには、ウッドグリーンの香りと記載があった。
たきなはこともなげにシートに視線を落としながら、
「少なくとも木はあると思ったので、偽装効果を狙ってこれにしています。アルコールシートは匂いでバレるかもしれませんから」
「げ、そこまで考えてなかった」
「? 千束は何を持ってきたんですか」
「キンモクセイの香り」
「これ貸すんでこっち使ってください」
「そうするわ」
たきなから汗拭きシートを受け取り、千束も同じ物陰に入った。数分して満足げな顔で出てくる。
それから食事を摂り、銃の手入れを交代でして、マップを見ながらカスタムズまでのルートを確認していたら出発の頃合いになってきた。
「じゃ、そろそろDAに定時連絡して、あのスカブ達の拘束に細工して、んで私たちも出発しようか」
「頑張ったら外せるくらいの、あれですか」
「そうそう。30分くらいかかるやつがいいかな」
「そうですね。私がDAに連絡するんで、千束はスカブのほうをお願いします」
「あいよー」
軽い返事をしながら千束がスカブの拘束に細工と説明をする。三人とも起きており、千束に眠らされていた二人は恨みがましい目で千束を睨んでいたが、たきなに手当てを受けていたスカブが軽く説得するとひとまず大人しくしていた。
手際よくパラコードの結び方を変えて、頑張れば三十分ほどで自力脱出できるように細工をしていると、千束の元にたきなが近づいてきた。
「お、たきな終わった? こっちは後もうちょいで完了」
「それが、千束」
「どした?」
「DAに繋がらないんです」
リコタルを書き始めてもう九ヶ月経とうとしているのに、千束とたきながタルコフ入りしてからまだ五日しか経ってないの……?
物書き下手くそか……?(戒め)
いやでも「紛争地帯のロードムービー」とかいうわけわからんジャンルだから、なんか下手に時間飛ばしたり「あれから数日後」みたいなのがめっちゃくちゃやりにくいんですよね。ゲームでも雑に五分放置したらほぼ確実に死ぬのに、千束たちを数日勝手に行動させたらめちゃくちゃ事態変わることになるよ。下手したら仲間誰か死んでるよ(クソデカ大声)
とはいえ話のテンポが若干悪いような気もするので、どっかで加速するか……?
わからん……物書きわからん…………。