リコリスinタルコフ   作:奥の手

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鵺的

「繋がらないって…………どゆこと?」

「そのままの意味です」

 

 たきなが衛星通信機の呼び出しボタンを押した。周波数はDAから指定されたものであっているし、電源も当然ついている。アンテナも伸ばして少し高く掲げてみる。

 

 片耳に刺したイヤホンをたきなが軽く抑え、そのまま数十秒が経過した。訝しげな表情のまま千束も立ち上がり、首を傾げる。

 

「ダメです。これで5回目のコールですが繋がりません」

「この建物が電波を遮断してるとか」

「ありえます。外に出ますか?」

「おっけ」

 

 千束は振り返ってスカブたちが抵抗の意思を見せていないのを確認してから、ロシア語で忠告した。

 

「ちょっと出てくるから大人しく待っててね。もし暴れられちゃったらまた撃たなきゃいけないから」

 

 スカブの一人が大きな舌打ちを打ったが、言われた通りその場では大人しくしていた。

 千束とたきなは出入り口のトラップを解除して慎重に外に出た。もちろんアーマーリグやメインアームを装備しており、万が一戦闘になっても応戦できる準備は整えている。

 

 たきなが呼び出しボタンを押す。電子的なシンプルな音が延々続き、本来であればDAが応答しているだろう呼び出し時間の三倍の時間が過ぎてから、たきなは諦めたように首を横に振った。

 

「…………何が起きているのでしょうか」

「わかんないねぇ。まさかDA本部が誰かに襲撃されたとか」

「ありえない……とまでは言えませんが、可能性は限りなく低いです。私たちの方に問題があると考えた方が合理的です」

「それもそうだね。…………あ、リコリコには繋がるの?」

「やってみましょうか」

 

 たきなは通信機を操作して、周波数を喫茶リコリコの通信機器へつながるように設定した。応答番はくるみがすると出発前に聞いている。寝てても出てやると胸を張っていたので、たきなは内心で淡く期待しながら通信を開始した。

 

 しかし。

 

「…………ダメです。応答ありません」

「寝てるとか? 今って、でも日本は6時間くらい時間進んでるよね? 昼でしょ」

「寝てるわけはないので、やはり通信機が壊れているんでしょうか」

「あちゃー。え、やばくない?」

「やばいですね。この街から脱出する方法をまだDAから聞いていません」

 

 千束の笑顔が引き攣る。

 とりあえず外で棒立ちはまずいので建物の中へと戻った。トラップも仕掛け直して、歩きながら相談する。

 

「通信機が壊れてるとしたら、この街のどっかでまた衛星通信機を調達して繋がないとダメじゃない?」

「しかし、パルス攻撃を受けた後ですからもともと街に置いてあったものは大半がダメになっているかもしれません」

「うわー…………やっば……え、やばくない? これもしかして私たちずっとこの街で暮らすことになる?」

「そうはさせません。なんとしてでも通信機を手に入れて、DAと連絡をとります。────ですが、その前にこっちも試しましょう」

 

 たきなは自分のバックパックから小さな端末を取り出した。千束に見えるように差し出す。

 

「なにこれ?」

「予備の衛星通信機です。通話はできませんが、短いメッセージをDAに送ることができます」

「ほえー、市販されてんの?」

「いえ、DAが開発したものらしいですよ。念の為にと装備調達班の人が入れてくれていました」

「よっし使ってみよう」

 

 こくりとたきなが頷き、端末を展開してアンテナを伸ばした。小さなキーボードで短くメッセージを書き、周波数を指定して送信ボタンを押す。

 

 そして、たきなは表情を曇らせた。

 

「ダメ……ですね。送れません。エラーを吐いています」

「うっそでしょなにそれ。壊れてる? 弾当たった?」

「いえ、物理的には何も。不良品という可能性もありますが、いずれにしてもこれでDAとの連絡手段が絶たれました」

「マジかー……」

 

 その場に崩れ落ちる千束。たきなもくしゃりと前髪を掻き、口元を一瞬歪ませた後顔を上げた。

 

「軍事施設…………当たってみますか?」

「なんで?」

 

 しゃがみ込んだまま千束がたきなの顔を見上げた。たきなは千束の目を見ながら、

 

「軍の施設ならパルス攻撃に備えて対策をしているかもしれません」

「あ、なるほど。そこに通信機があれば」

「使える可能性が高いです。ですが、あくまで可能性の話です。ないかもしれませんし、そもそもこの状況の街の軍事施設に入り込むのはかなりリスクが高いです」

 

 たきなは使い物にならない通信端末を雑にバックパックに押し込み、背中に背負った。

 千束も立ち上がって同様にバックパックを背負う。周囲に忘れ物がないか確認しながら静かにつぶやいた。

 

「んでも行くしかないよ。タルコフからの脱出方法がないと私たち…………ていうか私は数ヶ月で死んじゃうから」

「わかっています。絶対にそんなことはさせません。千束がそんな死に方をしたら、私も後を追います」

「うわ嫌だたきな。そんな未来考えたくない」

「私もです」

 

 全力で首を振る千束に、たきなも大きく頷きながら答えた。

 バラクラバを装備して、お互いの武器と防具に不足がないことを確認してから、千束は拘束されているスカブたちのところに歩み寄った。

 たきなに手当てを受けたスカブが、千束を見上げながら静かな声で口をひらく。

 

「行くのか」

「だよ。私たちが出た後は、頑張って全力で抜け出してね。入り口の鍵閉められないから、自分たちでなんとかしてもらわないとダメ」

「わかってら。まぁ、昨日死んでてもおかしくない人生だ。せいぜい抗うに限る」

「その意気だよおじさん」

「ふんじばった本人が何言ってんだか」

 

 肩を揺らし押し殺したように笑うスカブに、千束も小さな微笑みを返してから体をたきなに向けた。

 たきなも一つ頷き、加工場から立ち去る。

 

 外へつながる出入り口前で、二人は一旦立ち止まった。

 

「それじゃ、まずはスキーヤーたちに書類を渡して」

「それからジャックさんとイレーネさんと合流します。その後に、タルコフ内の軍事施設の場所を聞き出して侵入する計画を立てましょう」

「ジャックさん達も来てくれたら心強いんだけどなぁ」

「そうですが、無理強いはできません。二人にメリットがなさ過ぎます」

「それもそうだ」

 

 千束は納得しながら、ひんやりとしたドアノブに手をかけた。「いい?」と短くたきなに確認して、たきなの首肯をもってドアを開ける。

 早朝の柔らかくもはっきりとした日の光が、二人の視界を照らし出した。

 静かで明るいが、至る所に血痕とゴミと薬莢の落ちている道を、千束とたきなはカスタムズへ向けて進んでいく。

 

 

 ◯

 

 

 ところかわって、ここは地元住民達が〝カスタムズ〟と呼んでいる一角から西の方角へ直線距離で10km以上移動した地点。

 少し前まで右も左も寂れた工場が見えていた通りが、いつの間にか建物の大きさをサイズダウンしていき、果てには土を踏み固めただけの道と数百メートルに一件あるかないかの木造住宅が建ち、その間には木々と草が茂るような場所に変わっていた。

 

 そんな、お世辞にも栄えているとは言えない田舎道を歩く二人の男がいた。

 一人はロングバレルのP90を保持した元USEC隊員。もう一人はフルカスタムのAK105を掲げる元BEAR隊員。

 シャーマンとイワンであった。機械的な足運びで、お互いの死角をカバーしながら流れる木々の間や遠くに見えている木造の小屋を警戒して進んでいる。

 

 その場所はウッズと呼ばれているエリアに近かったが、厳密にはそう呼ばれているエリアには到達していない。ウッズ周辺は地雷原になっている箇所も多くあり、外からアクセスできる人間は安全なルートを知っている者のみとなる。

 特にウッズの南側と西側は、知識なしでは通り抜けることができない。何も知らずに通れば足が短くなる。

 

 前方をイワンが、後方をシャーマンが睨みながら、依然として二人は道を西の方角へ進んでいた。

 P90を握りしめながらシャーマンがつぶやく。

 

「そろそろか?」

「あぁ、この辺りにあるはずだ。合図さえ間違えなければ合流できる」

「それは俺の身の安全も保証されてるのか」

「60%ってところだな」

「半分以上か。じゃあ充分だ」

 

 シャーマンはほくそ笑みながら後ろ歩きで続いていく。

 口を開きながらも後方に見えた人影には引き金を引くつもりで、常に警戒心を絶やしていない。

 その緊張感のまま、イワンに質問を投げた。

 

「その、前の上官ってのはBEARにいた時のか?」

「いや、その前だ」

「あぁ? イワンお前、PMCの前は何やってたんだ」

「ロシア連邦軍」

 

 イワンの回答に、シャーマンは肩を揺らした。

 

「ベテランってわけだ」

「そうでもないぞ。実戦経験はBEARに入ってからになる。だがそんな奴はBEARにはごろごろいる」

「そうか、まぁ…………事情があるわな。ロシアさんの事情って奴だ」

「詳しく知りたいか?」

「今となっちゃどうでもいいし、知ったところで腹の足しにもならねぇから話さなくていい」

「そうだな」

「それより上官の話だ。ってことはロシア連邦軍時代の上官ってことか」

「そうなる。名はアダム・ミハイロヴィッチ・ヴァルナフスキー。俺たちは単に少尉とかアダムって呼んでいた」

「そいつがここ(タルコフ)にいるのか?」

「あぁ。BEARに入った時期はバラバラだったし、そもそもアダムがBEARにいたことすら知らなかった。この街が糞溜めになっちまった後に再開して、短い期間だったが一緒に行動していた。アイゼンと知り合う前だ」

「なんで別れたんだ? メシの奪い合いでもしたのか」

「いや、厄介なスカブ連中と揉めて別行動を余儀なくされた。余談だが、そのスカブ共は別件でアイゼンが殺した。スカっとしたぜ」

「そうか。あーだからか」

「邪魔な連中はもうこの街にはいねぇから、宿を失った俺たちはかつての上官を訪ねるって話だな」

「まともなのか」

「〝前は〟な。今はわからん。ちょっと怪しくなっているかもしれん」

「そいつぁおもしれぇ。顔見た瞬間キスしてくるかもな」

「それはない。タルコフでのアダムは寝る時と飯を食う時以外ずっとペストマスクをはめている」

「…………は? なんて?」

「ペストマスクだ。発音合ってるよな?」

「あぁ、いや合ってるが。なんでペストマスク?」

「BEAR入隊後に指揮していた分隊をカルトの連中に皆殺しにされたらしい。夜中の工場で、休憩中にだ。その時の怒りや絶望、恐怖心を忘れずに生き残るために付けてるらしい」

「カルトの連中がつけてたのか」

「だな。部下を殺した奴の持ち物を常に身につけていれば、忘れることはないと」

「ヤベェ奴だな。じゃああれか、部隊が全滅して自分だけ生き残った後にお前と再開したのか」

「そのようだな。連邦軍時代は比較的正義感のある男だったが、タルコフで再開した時にはもう〝正義〟が抜け落ちていた。夜にしか行動しないし、目的のためならどんな手段も選択していた。もう殺してやれよって思うような状態にして、仲間を誘き寄せてからまとめて殺したりもしていた」

「流石のアイゼンもそこまではしなかったな…………いやいい手段だけどよ」

 

 そう独りごちたシャーマンの視界の端に、イワンの上げた手が映った。足を止めて姿勢を低くする。

 

「敵か?」

 

 シャーマンの問いに、イワンは一拍の間をもって判断してから、

 

「スカブ、だと思うが武装していない。二人組だ。一人が非武装、もう一人は短機関銃を持っている」

「殺すか」

「いや…………どうやら先客だ」

 

 イワンがAK105を下ろした。シャーマンは後方へP90を向けたまま顔だけを前方へ向けてスカブの姿を確認する。

 二百メートルほど先に、地下へ続いているであろうコンクリート製の通路の入り口がある。そこへ二人の人間が入って行った。

 

「もしかしてあそこか?」

「あぁ。あれがアダムの隠れ家だ。…………言い忘れていたが、タルコフがこうなってからアダムは自分のことを〝ザイーツ〟と名乗っている。そう呼んだ方が都合がいいかもな」

ザイーツ(野うさぎ)か。……マジかよ自分でそれ名乗ってんのか。怖え奴だな。何考えてんのか全くわかんねぇよ」

「知ったところで何も変わらんよ。殺されなければそれでいい」

「まぁ……それもそうだな」

 

 イワン、シャーマンの二人はメインアームのセーフティーを解除したまま、人差し指を伸ばして地下通路への入り口前まで歩いた。

 ドアは分厚い鋼鉄製。取手付近には電子ロックが取り付けられている。自然に囲まれたこの場所には似つかわしくない頑丈なロック機構であった。

 

 おもむろにイワンがポケットからバードコールを取り出した。つまみを握り、軽く捻って音を出す。

 

 摩擦で小鳥の鳴き声によく似た音が鳴る。それを、規則的に短い時間で繰り返した。シャーマンはそれがモールス信号になっていることに気がついたが、黙っていた。

 

 数秒間鳴らして、イワンはバードコールをポケットにしまった。AK105に持ち替える。

 十秒以上が経過したのち、地下通路へと続く扉のロックがガチャリと音を鳴らした。

 

 イワンが口角を上げ、シャーマンの目を一瞥した。

 

「どうやら合図は間違っていなかったらしい」

「熱烈な歓迎を望むぜ」

「銃弾のプレゼントだったらお断りしよう」

「そんときゃ俺らからも贈り返せばいい」

「そうだな」

 

 重い鉄の扉を、二人はゆっくりと開けた。

 




千束とたきなの周りはあまり複雑な人間関係になっていないようですが、そうですね……敵とか敵だった人たちがかなりややこしいことになってきましたね(ワクワク)
世界は広いですが世間は狭いです。仲間を殺した人物が、別の仲間の上官だったりするんですよね。
仲間ってなんだっけ(哲学)
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