千束とたきながカスタムズのエリアに入ったのは、当初の予定通りその日の昼を少し回った時だった。
朝方は綺麗に晴れていた空にやや雲が広がってきた。太陽の隠れている時間が長く、真っ昼間でも道端を照らす光量にかげりが見える。
二人はなるべく戦闘を回避するため、交戦しそうな箇所と明らかに罠を張られていそうな場所を迂回しながら進んでいた。結果、数キロメートルの距離でも普通に移動する何倍もの時間がかかる。
「この街の地形に詳しい人が一人いてくれるだけでどれだけありがたいか、身に染みてるよ」
「そうですね」
カスタムズの川から東側にあるガレージ郡の中を移動しながら千束がぼやいた。
スキーヤーとの集合地点である例の赤倉庫はもう目前であるが、大通りを突っ切るような危険な真似はなるべくしたくない。
大通り以外が安全かと言われたら首を傾げざるを得ないが、少なくとも数百メートル先からいきなり狙撃されることはないため狭い通路を選択している。
曇り空の薄暗いアスファルトを、なるべく足音を立てないように二人は慎重に進んでいた。
千束が言葉を発さずにガレージの中を指さす。たきなが軽く頷き千束の後ろをカバーする。
クリアリングと物色を兼ねてガレージ倉庫の中の物資を確認する作業が、これで五回目になる。
ほとんどはもぬけの殻であったり、そもそもシャッターが閉まっていたりするのだが、稀に中に大きなボストンバックや誰かの武器ケースが置いてあった。
中にはゴミも宝もごっちゃになって入っており、今の千束とたきなにはひとまず食料以外は持って帰る意義を感じない。ゆえに大半のものは手を付けずそのまま置いていくが、口にできそうなものは拾い上げていった。
「お、エナジードリンク。なんかこれいたる所で見るなぁ」
「人気なのかもしれません」
「逆だよ多分。人気ないから余ってるんだって。まずいもん」
「ふふ」
思わず小さく笑ったたきなだったが、千束に一本渡されたので受け取ってその場で開けた。バラクラバをずらして口元を露出させ、ゆっくりと口に含む。千束も同様にして飲み始めた。
「ま、贅沢は言えないね。飲めるだけマシ」
「その通りです。いつ飲み物が不足するかわかりません」
「ただこれ飲み過ぎるとトイレ行きたくならない…………?」
「それは、そうですね。仕方ありません」
「ちゃんとしたトイレが恋しいよたきなぁ」
「なんですかちゃんとしたトイレって…………」
「水洗式で、座るところがあったかくて、いい匂いがするところ」
「別に千束のセーフハウスもいい匂いはしませんでしたよ?」
「そういうこと言わないで! まるで臭い家みたいじゃん!」
「臭くはないですけど、いい匂いではありませんでした」
「やめて! やめてたきな! 千束さんのライフはあとちょっとだよ!」
「バカなこと言ってないで────」
直後、千束は手に持っていたエナジードリンクをその場で手放し、神速の勢いで腰から拳銃を抜いた。
まだ中身の入っている缶が地面に落ちるよりも早くに、胸の前で二発発砲。そして足元で鈍い音を響かせてエナジードリンクの缶が倒れた。
千束はそのまま胸前で保持した拳銃を入り口に向けて前進。
扉の端まで来た瞬間に勢いよく飛び出して左を向く。直後に、拳銃を左目の前まで上げてから三発発砲。フロントサイトの向こう側で、ふらふらになっていたPMCが地面に引き倒れた。
「やったよたきな」
「お見事です」
マガジンをチェンジしながら素早く倒れた男の元に駆け寄り、意識が完全に消失していることを確認。
足を持ってガレージ内に引き摺り込む。
「作戦成功だね」
「〝おしゃべり一本釣り〟というネームセンスはどうにかなりませんか」
「めっちゃ合ってると思うんだけど」
「それは確かにそうですが…………まぁいいです。調べましょうか」
たきなも飲みかけのエナジードリンクを近くにあったコンテナの上に置き、気を失っている男の身柄を調べる。
「BEARですね。武器はポンプアクションのショットガン。と、サイドはリボルバーですか」
「うわでっか。何口径よこれ」
「12.7×55mmのやつですね。何でこんなものを…………」
「もらってく?」
「何に使うんですか」
「ほら、スキーヤーこういうの好きそうじゃん。お土産みたいな感じで」
「媚売りですね」
「言い方よ」
「効果がありそうなので持っていきましょう。リグには……」
仰向けに寝かした男のリグをたきなが漁ると、広いポケットからも同じ口径のリボルバーが出てきた。
「二丁持ちですか」
「マジで何してたのこの人」
「千束、この人のカバンも見てみてください」
「あいよー」
たきなの指示に従ってカバンも物色する。チャックを開けた瞬間に千束が驚嘆の声を上げながら笑った。
「ちょ、たきなあと三丁入ってる」
「そうですか……」
「何でこんないっぱい持ってんの? マニアなの?」
「いえ、確かにリボルバーの場合は複数装備することで装弾数と装填速度の遅さをカバーできます。が、それをするくらいなら現代では自動拳銃を使うべきです」
「だよね。たきなみたいに9mm使えばいっぱい撃てるのに」
「何か意図があるのかもしれませんね」
「その意図を汲み取る前に私たち全部持って行こうとしてんの性格悪くない…………?」
「じゃあ汲み取るのをやめましょう」
ぶふっ、と千束が吹き出し、その間にせっせとたきなが自分のバックパックに合計五丁の大口径リボルバーを回収した。
「縛る?」
「千束はどうしたいですか」
「流石に可哀想かなって。入り口閉めるだけ閉めて見えないようにしておいて行こう」
「そうですね」
ガレージの奥に男を寝かせて、半開きだった扉を完全に閉めてから二人はその場を後にした。
このPMCの男以外には音も気配もない。先ほどより足早に二人は進み、ガレージ倉庫郡の西側の窪地を抜けて、一部が崩壊したコンクリ壁を乗り越えて赤倉庫のある土地へ侵入する。
赤倉庫南側の入り口から、千束が恐る恐る中をのぞいた。
スキーヤーからの連絡通り、中には数人の男がいる。スキーヤー本人の姿はない。
「タラカンさんはいないね」
「てっきり窓口になるかと思いましたが、そう単純ではないんですね」
「みたいだね。合図出すよ。交渉はよろしくね、たきな」
「了解です」
千束は一度息を吸って、それからKSGショットガンのストックで入り口の鉄扉を3回叩いた。
中にいる男たちが一斉にこちらを向き、何人かが銃口を向ける。
すぐに中から金属と金属を打ち付ける音が2回聞こえた。
千束は一度頷いて、1回鳴らす。それから入り口に身を出して姿を見せた。たきなも後に続く。
倉庫内の男たちも全員が銃口を下すが、千束とたきなを睨む目は鋭かった。自分たちの胸ほどの背丈しかない華奢な二人を見て、訝しげな目線と好奇の視線、この街にそぐわない存在感に眉根を寄せるものもいた。
たきなが前に出る。リグからセキュアケースを取り出して、胸の前で表裏を見せた。
「こちらです。受取人は?」
「俺だ」
口元を黒い布で覆った、背の高い筋肉質なロシア人がずいっと前に出た。右手にマカロフ拳銃を握っている。
たきなとの身長差は頭四つ分ほどあり、たきなは男を見上げながら、セキュアケースを指差した。
「報酬を見せてください」
「その前にブツを渡せ。偽モンだったらここで殺す」
「本物です。ですが報酬を見える位置に出していただかないと、これは私の手から離れません」
男は舌打ちをしてから、左手を挙げた。後ろに控えていたショットガンを持った男が、革のカバンを開けてルーブル紙幣を掴み出した。
それをたきなの前に投げる。ちょっとした山になっている。
「18万ルーブルだ。スキーヤーから預かっている」
「わかりました。どうぞ」
そう言ったたきなが、セキュアケースを札束の上に放り投げた。マカロフを握っている男のこめかみに青筋が浮かぶ。
「テメェ、舐めるのも大概にしとけよ」
「舐めているのはあなたたちです。私たちはスキーヤーと対等に取引をして、その成果物を持ってきました。立場に上下はありません。取引する物を床に投げるのがあなたたちの慣習のようなので、それに従っただけです」
たきなの言葉に、周囲の男の何人かが目の色を変えた。怒りの色である。同時に「こいつなかなか面白いな」という感心と興味の声を漏らすものもいた。場の雰囲気が二極化してきている。
たきなと正面から対峙している大男はというと、血管が今にも破裂する程顔面を震わせており、マカロフのグリップが軋んでいる。
「小娘が…………あまり大人をからかうと痛い目見るぞ」
「からかっているつもりはありませんが、からかわれているという自覚があるんですね。可哀想に。早くスキーヤーのところへ帰って慰めてもらったらいかがです?」
たきなのすぐ後ろに控えている千束が思わず吹き出して肩を振るわせた直後、大男がマカロフをたきなに向けた。しかしたきなは顔色ひとつ変えずにその場で立ったまま動かない。
大男が怒りで腕を震わせながら二歩前へ出てマカロフの銃口をたきなの眉間に押し付けた。
千束の目から笑顔が消える。反射的にKSGショットガンのスリングがかちゃりと鳴った。銃口を大男に向けようとした千束だったが、たきなの右手が低い位置で千束に向けられており、その意図は〝手を出すな〟であるとわかったので千束は上半身から力を抜いた。
「死にテェようだな! 脳みそ引き摺り出してから通りに放りだされてぇのか!」
「お断りします。それと、スキーヤーは私たちを高く評価しています。彼の悩みを解決できる私たちを殺してしまうと、次はあなたが犬の餌になりますよ」
たきなの言葉に、大男は顔を歪めた。周囲の男たちの中には「殺せ!」「ぶち殺して裸に剥いてやろうぜ!」などとヤジを飛ばす奴もいたが、半分以上の人間が黙って成り行きを見守っていた。
初めこそたきなの言葉に不快感を表した連中も、少しばかり「こいつは何か違う」という表情をしていた。千束はぐるりと周囲を見渡してそう感じた。
たきながわざと、あきれた様子で大きくため息をついてから言葉を吐いた。
「いつまで押し付けているんですか? 引けもしない引き金に指をかけるのは愚かですよ。それともあなたはスキーヤーの意志に背きますか。それはそれで構いませんが、私たちは今はスキーヤーの味方です。楽に死ねると思わないでください」
「うるせぇ。てめぇをここで殺しとけば怖いもんはねぇぜ」
「あなたの周りの人間はどうですか。それと、私の後ろにいる子は私より遥かに強くて厄介です。どうします? 今ここで始めますか?」
「たきな厄介は余計でしょ」
日本語で千束が呟いたがたきなは無視した。煽り倒された大男だったが、目だけで周囲の様子をチラリと見渡して舌打ちを鳴らした。
周囲の人間は別に大男の味方というわけではなかった。それもそうである。ここにいる連中は利害関係が一致した上で
その中で多少の上下関係があるとはいえ、所詮はその程度の繋がりでしかない。大男がコケにされたからと言ってそれに体を張ってまで怒る連中はいない。
ましてスキーヤーが気に入っているという〝使える奴〟と銃弾のやり取りをしようという気は、少なくとも周りの男たちにはもうすでに無くなっていた。つまり大男が引き金を引いてたきなの頭を飛ばすメリットも、飛ばした後に大男に建設的な人生が訪れる確率も大変低くなっていた。
流石にそれがわからない奴ではない。それすらわからないのなら、もうすでに千束が非殺傷弾をぶちこんでいる。
たきなは、やっと相手がテーブルについたことを確信した。
大男は怨嗟のこもった目でたきなを睨みながらも、マカロフをゆっくりと下ろした。一歩下がる。
たきなはバラクラバの中で少しだけ微笑んだ。口元が見えないのでわかりづらかったが、目元にも若干の笑顔が浮いていたので周囲にはなんとなく伝わった。この状況で笑っているということが。
「ありがとうございます。それで、ここからはスキーヤーとの取引ではなくあなた方との取引です」
「あ?」
「このタルコフ市内に存在している軍事施設の情報を教えてください。些細な情報から現地への侵入経路、中の様子まで、どんなことでも構いません。情報の質次第で、そこの18万ルーブルを差し上げます。それと」
言いながらたきなは自分のバックパックから、ついさきほど拝借した大口径のリボルバーといくつかの予備弾薬をその場に置いた。
「一丁はスキーヤーに届けてください。後の四丁は前金ということで差し上げます」
たきなの言葉に大男はその真意を訝しみ、周囲の男たちは破顔しながらも顔を見合わせて「おい軍事基地って、あそこのことじゃねぇか」と口々に喋り始めた。
たきながリグからメモとペンを取り出す。大男は初めこそたきなに疑問と怒りのないまぜになった視線を投げつけていたが、諦めたのか根負けしたのかどうでも良くなったのか、息を吐きながら首を横に振ってマカロフをポケットに捩じ込んだ。
先ほどまでの怒りをあらわにした顔から一変して、今度は呆れ切ったような表情でため息混じりに口をひらく。
「ここから南西に突っ切ったところに連邦の野郎どもが根城にしていた基地がある。秘匿されていたがここ最近噂に出るあたり、持ち主が変わったか変わりつつあるんだろうよ。軍事基地ってぇとそこと、あとは海岸沿いの国連の連中のところか。スキーヤーは関わりがあるみてぇだが、よくわからねぇ」
「ありがとうございます」
それからも、たきなは周囲の男たちから情報を集めて逐次メモに取っていった。
一通り情報が集まり、そこには噂話程度から実際に訪れたもの、物資を回収したもの、取引をしたものなど幅広い情報が集まった。
基地の名をリザーブと呼び、侵入するためには装甲列車か下水道か山越えしかないということ。基地内部には豊富な物資が溢れているが、同時に腕利のPMCやスカブが蔓延っていることがわかった。
たきなは礼を言いつつ、床に山になっている18万ルーブルを指差しながら、
「これはすべて差し上げます。情報ありがとうございました。またよろしくお願いします」
軽く頭を下げた。たきなの態度に千束が若干驚きながらも一緒に笑顔で礼を言い、二人はその場を後にした。
○
雲が多くどんよりとした道を、千束とたきなは慎重に西側へ進んでいく。
ジャックとイレーネとの集合地点を目指す。カスタムズ西側の、工場地帯へ抜けるための地下道の入り口を目指す。
「にしても、たきななかなか演技派だったね。ヒヤヒヤしたけど結果的には最高の取引だったよ」
「ありがとうございます。そうですね…………以前に千束が見せてくれた映画の人物を参考にしました」
「才能あるなぁ。タルコフから出たら女優にならない?」
「いやですよ。演技が好きなわけではありません」
「それもそっかぁ。たきなは狙撃の仕事が向いてるよね」
「はい」
「否定してよ……」
「なぜです? 私はこれが1番得意です。続けるなら得意なことの方がいいです」
「それはそうなんだけどさぁ、ほら、さっきもだけど銃突きつけられてたら嫌じゃない?」
「千束に教えてもらった方法で、あの距離なら避けられると思いました。それ以前に、スキーヤーとあいつらの関係から撃たれることはまずなかったです」
「万が一があるじゃんか相手がとびっきり話通じないやつとか」
「その時は…………」
「その時は?」
「千束が守ってくれます」
「流石にあの距離のたきなを守るのキッツいよぉ〜ゼロ距離じゃん〜危ないってぇ〜」
「次は気をつけます」
眉を八の字にして嘆く千束に、たきなはこともなさげにそう言い放った。目元には笑みが浮かんでいる。
取引はうまくいき、軍事基地の情報も無事に買えた。スキーヤーにもメールを飛ばして今は返信待ちだ。
パルス攻撃を免れた生きている端末同士なら、タルコフ内部でのメッセージが送れる。外には繋がらないがタルコフ内は繋がる。その奇妙な事実に千束もたきなも首を傾げたが、考えても仕方のないことなのであまり深くは考えなかった。
曇天の空は、いつの間にか本格的な雨雲になっていた。もう幾時もせずに雨が降るだろう。時間帯はまだ昼過ぎであるが、薄暗く陰惨な街の景色が、硝煙の匂いと共に居座っていた。
遠くで銃声が聞こえる。厚い雲に反響して、高く遠くへ立て続けにたなびいていた。
スキーヤーの部下には無能というか極端に話の通じない奴がもういないんじゃないかな?
だって使えない部下は間引くからねあの人(リコタル世界観)
何かしらの能のあるものか才を認められた者が現在も生き残ってるってイメージがしっくりくるかな。「わざと」話通じないふりをしてる奴はいそうだけど。