ウッズと呼ばれている森林地帯の北の方には、木造の家屋が湖に水没している一帯がある。
地図上でそう記されているだけであり、その一帯がたとえばどういった経緯で水没したのか、誰かが住んでいたのか、どのような物資があるのかなどはわかっていない。
クルミが提供してくれている情報はあくまで衛星写真や現地に残されていたわずかなデータから拾い上げて、クルミの技術で補完したものにすぎない。
つまるところ気になるならば直接見て調査するより他はないということである。
小さな湖が点在し、その周囲を木々が囲っている。西から東に伸びている電線を南の方角に捉えて、千束とたきなは湖の淵を東の方角へ進んでいた。周辺は開けており見通しが良い。
その分射程距離も伸びるため、先行するのはボルトアクションライフルに6倍の可変スコープをのせているたきなである。遠くまで見えて、かつ攻撃能力を有しているため索敵、先制、離脱の一連の流れに長けている。
千束の銃と戦い方はあくまで近距離に特化しているため、こういう見通しの良い場所では分が悪い。たきなに任せるのが筋である。
千束は自分達が通ってきた後方を警戒しながら後ろ歩きで進んでいる。自分が警戒している方向に敵はいない。しかし、数十分前にはここで銃声がしていた。何者かがまだいる可能性は十分にあり、その何者かが襲ってくる可能性もまた十分にある。警戒は怠れない。
たきなもそのことがわかっているため、最大限前方、進行方向を警戒している。遮蔽物も何もない場所。右も左も湖に囲まれている。前か後ろにしか進めないこの場所は不利である。
「千束、少し戻って進路を変えますか?」
「んーでももうすぐ日が暮れるよ。迂回してたら水没村で夜を迎えちゃうんじゃない? 危ないかもよ」
「それもそうですね」
歩みは止めず移動しながら協議する。迂回している時間はない。できれば日のあるうちに水没村を調べたい。
太陽はだいぶ西の空に傾いている。オレンジにこそ染まってはいないが、もう後三時間もすればライトなしでの行動は難しくなる。
「急ぎましょう。走りますか?」
「だね。ここ危ないよ。一気に抜けよう」
走れば索敵が疎かになりかねないが、危険地帯に長く止まるよりはマシである。二人は構えていた銃口を下ろして走り出した。
程なくして開けた場所を抜け、再び森の中に入る。木と草むらの影に一旦身を寄せて、千束がコンパスを取り出した。
「こっから北上しようか」
「ちょうど真北に水没村があるようですね」
千束は頷き、コンパスをしまってKSGショットガンを構える。たきなも進行方向を睨みながらボルトアクションライフルを構えた。
「先行します」
「了解。後方は任せて」
たきなが前、千束が後ろの配置で再び進む。そのまま十数分進むと、岩が見えてきた。その先に木々はなく、やや下っているような地形である。
「岩の上から偵察しますか?」
「たきなお願い。私はそのまま坂を下って村に入るよ。最初の建物に誰もいなかったらたきな入ってきて」
「わかりました」
ここからは別行動になる。たきなは素早く岩に登って、水没村の方角に銃口を向けながら腹這いになった。伏せることで被弾面積を最小にし、かつ発見されるのを遅らせる。
たきなの持つM24A3にはバイポットがついていない。軽量化をとった結果、こういう場面では、
「よいしょ……っと」
バックパックをボルトアクションライフルの下に敷いて高さを出し、狙えるようにするという方法をとった。銃は安定し、狙いやすくなる。
スコープを覗いて千束が前進している姿を捉える。たきなの仕事は、千束の正面に敵が現れたらそれを無力化すること。高台から望む景色は広く、索敵には向いている。確かに水に浸かっている木造の、まるでログハウスと呼ぶのが一番あっているような建物群を一軒一軒スコープで舐めていく。
特に入口、反対側の壁際、窓枠などを警戒。敵の存在を一秒でも早く察知するため、たきなは全神経を集中させていく。
たきなが後方から支援しているので、千束は思い切った動きができる。クリアリングも迅速に。一番近い、倒壊したログハウスの外周まで走り寄る。ヘッドセット越しに敵の足音や息遣いが聞こえないか注意する。
「…………」
音はない。壁の向こうに気配はない。しかしここまで走ってきた自分の足音は確かに周囲に響いている。建物の中で敵が息を潜め、入り込んできたところを狙うというのは常套手段である。
千束はKSGショットガンを油断なく前方に構えて、建物入り口の脇に立つ。ここはおそらくたきなからは見えていない。
「…………よし」
声にならないくらい小さな声で気合を入れて、建物内に侵入。右、左、地面。素早く銃口を向けてクリアリングしていく。
建物には部屋が二つあり、入り口に近い部屋の床は剥がされて地面が露出していた。見たところこの部屋には誰もいない。奥に続くドア枠が、ドアを失った状態で口を開けている。
千束は一度、隣の部屋へ続く入り口の前を素通りした。走るでも歩くでもない中間の速さで移動する。
物音はしない。通り抜けざまにちらりと見た部屋の中にも人の気配はない。
千束はKSGショットガンを前に突き出すようにして、隣の部屋へ素早く入った。
その瞬間。
「ッ!」
銃声。乾いた発砲音がログハウス内に1発響く。千束は撃っていない。
千束が入ってきた部屋の入り口に続く壁際、つまり千束の左側に一人、人間が壁にもたれかかって拳銃をこちらに向けていた。今ほど撃たれた弾丸は、千束の頭を的確に狙っていたが、千束はその弾を避けた。残像すら覚えるほど流麗な動作だった。
千束は避けた体勢そのままに一気に踏み込み、ショットガンの銃口を壁に寄りかかっている人物に当てる。そして、
「うえ! ちょいちょいちょいちょい! あんた怪我してるじゃん!」
日本語でそう叫んだ後、その場でショットガンを手放すと同時に相手が右手一本で握っている拳銃を奪い取った。一瞬のうちにマガジンを落として薬室内の1発を排莢、拳銃はそのまま後ろへ放り投げた。
自分を守る最後の砦を目の前で奪われ無力化された相手は、血濡れの左手で腹部を押さえながらその場で崩れ落ちた。千束が急いで倒れゆく敵の右腕を抱き、勢いを緩和する。
「たきな、敵一名ログハウス内。負傷してる。無力化した」
『了解です。周囲に敵影なし。合流します』
通信機越しにたきなの声を受け取る。千束は敵の首裏に手を置いて、ゆっくりとその場に寝かせた。
敵が、消え入りそうな声で口をひらく。英語であった。
「お前…………なんなんだ…………殺さねぇのか」
「殺すわけないでしょ。怪我してるんだから喋らないの。弾は……よし、抜けてるね。止血するよ」
千束も英語で返す。
敵の左脇腹には穴が空いていた。血が漏れ出ている。千束は止血剤を取り出して、傷口を処置した。同時に鎮痛剤を敵に飲ませる。
そうこうしていると足音が聞こえてきた。ログハウスの入り口からたきなが入ってくる。
「千束、無事ですか?」
「私は大丈夫。敵さんは運が良ければ助かるかな」
二人のやりとりは日本語である。それを聞いていた敵が、弱々しい声で千束に語りかけた。途切れ途切れの英語である。
「あんたら……日本人か? 子供がなぜ、こんなところに…………」
「んー? ちょっとしたお使いだよ。それよりあんま喋らないで。体力なくなるよ?」
「あ、あぁ……分かった………………」
それから敵は喋らなくなった。千束は他に怪我をしていないか見改めて、腹部以外はどこも撃たれていないのを確認して一息ついた。
敵のバックパックが近くに落ちてあったので中身を覗くと、食料と水がある。取り出して敵に飲ませる、食わせるの作業をした。
その間たきなは外の様子を警戒してくれていた。敵影はなく、襲ってくる様子はなさそうである。
敵は少し落ち着いたのか、先ほどよりは力を取り戻した声で、側に屈んでいる千束を見ながら口を開いた。
「俺の名前は…………ジャックだ。お前は?」
「私は千束、あっちはたきな。よろしくね。USECの人?」
千束はジャックが来ているアーマーの胸元を見た。デカデカとUSECの文字が書かれている。
このアーマーは胸しか覆っていない。おかげでジャックは腹部に被弾し、負傷している。
「そうだ。まぁ、その……新米だがな。初めての実戦でここに送られてきた。ここは地獄だよ」
「そうだろうね。ジャックさん、他に仲間は?」
「はぐれた。どこに行ったか探しても見つからねぇし、なんなら他のUSECの隊員にも撃たれた。殺されかけたよ」
「あちゃー、味方も敵も関係なしかぁ」
千束は苦笑しながら、自分の持ってきた水を飲む。そのまま入り口で外を見ていたたきなにも投げて渡す。たきなも飲んだ。
「私たちにどうして欲しい? このままここで話し相手になるか、置いていって欲しいか」
「そうだな…………俺はもう、この体じゃしばらく動けない。だがここは危険だ。スカブが寄ってくる」
千束は何度か頷き、地図を取り出して水没村にメモを書き込んだ。スカブが寄ってくる旨である。
「じゃ、しばらく休んだら私たちと移動しよう。これも何かの縁だから」
「そりゃ…………いいのか? 俺がお前たちを殺して、物資を奪うかもしれないぞ」
ジャックの目には、懐疑と殺意の入り混じった色が見えた。千束たちを本気で殺そうと思っているのが半分、そうするかもしれないのだから簡単に人を信用するなという忠告の意味が半分の言葉だった。
千束は、イタズラっぽくにんまりと笑った。
「好きにすればいいけど、たぶん私たちジャックさんより強いよ? 殺せないだろうからやめときなって。私の弾すっごく痛いんだから」
ジャックは信じられないなといった目で、小さく笑った。
笑った後、先ほど自分の撃った弾を目の前の白金髪の少女は躱していたことに気づく。偶然だろうか。いや、まさかな。銃弾を避ける人間なんぞこの世にいるわけがない。さっき外れたのは俺のミスであって、つくづくツイてないなと自嘲した。
そしてジャックは思い返した。このタルコフでまさか敵を助けるようなバカと出会えるとは、その点では俺は幸運だ、と。
ジャックは口元に笑みをこぼしながら、鎮痛剤でだいぶ痛みの遠ざかった腹部を撫でた。
この少女たちを信用はしない。だが利用はできる。ここはタルコフだ。そういう場所だ。
多くの感想、評価ありがとうございます! タルコフやりながらちまちま書いてるんで引くほど遅筆ですが、あったかい目で見守ってくださると尻尾振ってキーボード叩きます。感想メッセージうんめぇバリバリ。