リコリスinタルコフ   作:奥の手

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すまない。
何話か前に千束たちが「工場地帯へつながるイレーネたちとの合流地点を目指す」描写で「東側に向かっていた」と描写していたけど、違うんだ……正確にはカスタムズの西だ…ZB-1011なので西側なんだ。ごめん。直しておきました。

さて!
年末! なので水曜日じゃないけど更新するよ!! ゆっくりしていってね!


曇天

 カスタムズ西側に位置している地下道の入り口。地元住民からはZB-1011と呼ばれている抜け道の前で、千束とたきなはもう三十分以上隠れていた。近くの茂みに身を隠し、しとしとと振ってきた小雨から装備を守るために大きめのポンチョを羽織っている。銃もすっぽりと中に収めることができ、前面にスリットがあるため素早く発砲することも可能。

 東京の街中でも雨天時の野外作戦で着用が許可されているDAの雨具であり、それをより自然に溶け込めるよう緑迷彩に塗装している。フードもついているため頭からびしょ濡れになる心配もない。

 

「…………来ないね」

 

 千束が小声で漏らした。地下道の入り口周辺を見張りながら、すぐ横のたきなの存在を確認する。

 

「東側も南側も、イレーネさんたちの姿どころかスカブすら居ませんよ」

「普通に考えたらあの二人の方が早くここに辿り着いてるし、約束の時間はもう過ぎてる……何分?」

「もう四十分過ぎました。当初の予定で行くなら────」

 

 地下道の入り口から視線を外した千束が、眉を八の字に落としながらたきなの方へ振り返った。

 

「電話は? 呼び出しはしてるの?」

「してます。ですが応答しません」

 

 たきなも、少しばかりトーンを落として首を横に振った。一度目を伏せて、それから顔を上げる。

 雨具のフードに目の半分が隠れたまま、静かな声で告げた。

 

「何らかの理由で応答できない、合流できない、あるいは……命を、落としたのかもしれません。ここはそういう場所です。覚悟を決めて先に進むべきです」

「…………そう、だね」

 

 千束の声が震えているのは、雨と寒さによるものなのか、それとも他の理由があるのか。両方かもしれなかったが、たきなはかける言葉に迷った。二人して立ち上がり、出発のために周囲を見渡す。

 

 千束にかける言葉を探し、迷った結果、たきなはボルトアクションライフルから左手を離して千束の右袖をそっと掴んだ。

 まっすぐに千束を見る。たきなの瞳を見返した千束の目には、うっすらと涙が浮いていた。

 

「……なに、たきな」

「私がいます。私は、千束を置いて先に逝くことはしません。そのために全力を尽くします」

 

 静かに、しかし力強くそう言い切ったたきなに、千束は一度目に溜まった涙を手の甲で拭ってから、目を細めた。

 

「ありがと。私もなるべく長く生きるよ。できれば寿命で。ほら、死因は心臓の停止がいいな」

「そうですね。それも…………何年も後の話がいいです」

「うん」

 

 小雨から本降りになり始めた薄暗いカスタムズの西の端。地下道へ続く道へ、ポンチョを羽織った二人は雨水を地面に落としながら降りていった。

 

 

 ◯

 

 

 千束とたきなが集合地点へ到着する一時間前。

 

 ZB-1011よりやや東に位置する倉庫と事務所を兼任する建物、そのさらに東隣に並ぶタンク型貯蔵庫の並ぶ場所にて。

 複数の銃声が断続的に各所から響いていた。

 

「くそっ! イレーネ、後退だ! 弾がない!!」

「アタシも後一本だよ! どうすんのさ!」

「走りながら詰めろ!」

「できるかバカ!」

 

 二人の兄妹が、飛び交う銃弾の中を命からがらワンブロック後退した。タンク一つ分後ろに下がっただけであり、依然として危険な状況なのは変わらない。

 

 イレーネが空になったマガジンをリグに戻し、最後の一本をクリスベクターに差し込んだ。真横でジャックがビチャズのマガジンに弾を込めているが、イレーネが時間を稼いだとしても作れるのはマガジン一本が関の山である。

 

「お兄ちゃん怪我は?」

「左足にもらった。止血はしたが多分壊死している。鎮痛剤が切れたら動けなくなるぞ」

「敵の数は建物側に少なくとも三人、南側に二人。建物の三人はPMCで南側はスカブ。くそ……なんでこんな鉢合わせに……」

 

 悪態をついている間に、二人が身を潜めているタンクに銃弾が叩き込まれた。イレーネは着弾した側の角とは反対側に体を寄せて、一気にクリスベクターを差し出した。

 

 単発撃ちで二発。南側のタンク端から顔を出していたスカブの顔面に一発が当たり沈黙した。しかし直後にその倒れたスカブの後ろから三人のスカブが体を出して発砲してきた。

 たまらずイレーネは引っ込んでジャックのそばに肩を寄せる。

 

「増えてる!! 南側が増えてるぅ!! もう何人いるのかわかんないっておにいちゃん!!」

「落ち着け。スカブ共とは距離が離れている。まだ詰められることはない。問題は西の倉庫の中から撃ってきた連中だ」

「いや落ち着いてんだけど状況がまずいんだって! 東から足音してた!」

 

 イレーネの一言にジャックは舌打ちをしながらマガジンの半分まで弾を入れると、それをビチャズに叩き込んだ。セレクターをフルオートにして東側の盛り上がった地面の上に銃口を向ける。

 タンクが置かれている一帯は二メートルほどの盛り土になっており、屈めば視界と射線が切れる。その代わり内側にいると外の状況もわからず、また盛り土にあがられると相手から撃ち下ろしの体勢になるため不利である。

 

 ジャックは銃口を向けた先を睨みながらイレーネに指示する。

 

「西側の警戒を頼む。乗り越えて挟み撃ちにあったら終わりだ」

「言われなくてもそれくらい判断できるってば!」

 

 射線が交差するように膝立ちで東と西側を睨んだ二人だったが、西側の倉庫から手榴弾が飛んできた。一早く反応したイレーネがジャックの右膝を引っ叩いて後ろに下がる。

 

 さきほどのスカブからの射線が通ってしまうが、タンクの東側に二人は飛び込むようにして退避した。

 手榴弾が爆発。無数の鉄片がタンクに穴を開け周囲の土を抉る。幸いにもイレーネとジャックには当たらなかったが、代わりに南側のスカブから数発の銃弾が飛んできた。

 イレーネが伏せた体勢のまま吠える。

 

「はぁ! 下手くそ! 生まれ変わって出直してこい!!」

 

 単発撃ちで正確に一人射殺したが、見えているだけでも後二人は残っている。しかも厄介なことに二人ともフルオートのAKを振り回しており、この場所に止まるといずれ蜂の巣にされる。

 

 すぐさま身を起こしつつイレーネはセレクターを操作してフルオートに変換。顔を出そうとしたスカブの付近に弾を叩き込んで、自身とジャックが体勢を立て直す時間を稼ぐ。

 

 起き上がるのに二人は一秒もかけなかった。すぐさま起き上がっていたが、戦闘中の一秒はあまりにも長かった。

 

 スカブの頭を抑えていたイレーネは、西側から盛り土を超えて撃ってくる敵に気が付かなかった。ご丁寧に頭と銃だけを出して、タンクの端から出ているイレーネの腕と銃を狙っていた。

 高レートの連射。軽いが弾幕のようにばら撒かれた銃弾が、イレーネの両手を襲った。

 

「ッ!」

 

 撃たれていると分かった瞬間にイレーネは身を隠したが、遅かった。

 数発被弾。プレートも何も入っていない腕を右も左も撃ち抜かれ出血している。特に右手はひどく、肘から先が取れそうなほど被弾した。クリスベクターのレシーバーも抜かれており、無残な姿になっている。もう撃てそうにない。

 

 スイッチするようにジャックが顔を出して応戦した頃には、イレーネの腕をボロボロにしたPMCは盛り土の向こう側に身を隠した。

 

「イレーネ! 止血しろ!」

 

 ジャックが叫ぶ。ベクターを地面に落としながら膝を折ったイレーネは、まだ動く左手でリグから止血帯を取り出して右手に巻いた。上腕部で血を止める。どちらにしてももう右手は使い物にならない。その判断をした直後だった。

 

 猛烈な痛みが両腕から走った。最悪のタイミングで鎮痛剤が切れた。痛いのは両手のはずだったが、ちかちかと明滅するように視界が瞬く。頭がいたい。あまりの痛みに歯を食いしばりながら苦悶の声が漏れる。

 

 痛みに動きが一瞬止まった、その一瞬で、イレーネの左側、タンクの北側から距離を詰めていた敵に気付くことができなかった。

 音を聞く余裕がなかったと言い訳はできるが、その言い訳は死を持って償うほど性質の悪い状況だった。無慈悲にも距離を詰めてきた、おそらくはM4系列のメインアームを携えたPMCが、真横でイレーネの頭に銃口を突きつけた。

 

 ジャックが振り返ってビチャズを向けるよりも先に、M4の男の右手の人差し指が引き金に触れた。

 膝を地面についていたイレーネは、そのM4の男の動きを見上げながら世界がスローモーションで見えていた。これが、死ぬということなのかと、案外あっさり終わってしまうんだなと心のどこかでつぶやいた。

 

 一瞬。千束とたきなの顔が浮かんだ。あの子達を残して死ぬのは本当に残念でならない。化けて出てあの二人を守れるなら、そのためなら何でもしよう。そんなことが一瞬で頭を走った直後。

 

 5.56mmの銃声が、タンク貯蔵施設の一帯にこだました。イレーネの周囲に鮮血が飛び散り、あたりの地面を赤く濡らした。

 

 ◯

 

 イレーネの方に振り向いたジャックが見た光景は、おそらく一生消えることのない映像として網膜から脳裏に焼き付いた。

 

 自身の妹に、この街で再開した唯一の家族に向けられた銃口が火を吹く────その一瞬前に、銃口を突きつけていたPMCの顔面が無くなった。首から上、ヘルメットごと撃ち抜いた数発の5.56mm弾は等しく男の命を亡きものにした。

 

 弾が飛んできたのは東側。すぐさま顔を向けたジャックの目には、盛り土の上から上半身を出して射撃する一人のPMCの姿が映っていた。

 タンカラーのヘルメットにタンカラーのシュマグ、おまけにタンとブラックのツートンカラーのMDRを保持して、そのままイレーネを殺そうとしたPMCの後方に迫っていた敵にも5.56mm弾を叩き込んでいる。

 

 一瞬、躊躇いが生じた。このMDRの男は敵なのか? たまたまイレーネを殺そうとした敵を優先的に殺しただけで、次はイレーネが撃たれるのか? 俺が撃つべきなのか? それとも救援なのか? 

 

 迷ったのは一秒にも満たない。躊躇えばイレーネは死ぬし自分も死ぬ。兄妹仲良くここで戦死になる未来を回避するためには、引き金を引く手を鈍らせてはいけない。

 

 ビチャズの銃口を振り上げてぴたりとMDRの男の顔面に照準を合わせた直後、レティクルの中で男が叫んだ。

 

「イレーネ無事か! 隣のやつは味方か!!」

 

 ────イレーネの名前を出した。そして聞き覚えのある声だった。

 

 それだけで十分だった。ジャックはすぐさまビチャズを構え直してその場で西側へ転身、盛り土を登り切って詰めようとしていたPMCに弾を叩き込んだ。

 

 だがビチャズの火力ではアーマーを満足に抜けない。頭を狙ったが距離があるため確実に抜けない。現に外している。そしてマガジンの中の弾が尽きた。ジャックは体をタンクの裏に戻しながらサイドアームのM45A1を抜いた。

 その真横を、風切り音が鳴った。体の真正面、東側の盛り土から上半身を出している男がいる。シグのMCXを保持して、堅実で頼もしい発砲音を響かせながら先ほどジャックが殺し損ねたPMCを蜂の巣にする。

 

 イレーネが聞いたという東側からの足音。二人組。そしてイレーネの名前を叫んだMDRの男。見覚えのある装備、聞き覚えのある声。

 

 東の二人は味方、そう考えていいのか。

 これは賭けだ。どのみちもう弾がない。抵抗できる手段は右手に握っているM45A1のみ。この銃の中のワンマガジンが最後の抵抗力。

 そして、敵はまだ南側に複数のスカブとして立ちはだかっている。東側の二人組のPMCが敵だったら…………。

 

「死ぬ、かもしれんが…………悪あがきはしよう」

 

 膝をついたイレーネの後ろ襟を左手で掴み、思いっきりタンクの北側へ投げる。小柄で軽い妹でよかったと内心でほくそ笑んだ。土をつけながら地面を転がっていったが、怪我はしていないだろうか。

 二人とも生きていたら後で怒られるかもしれないが、それはそれでいい。そうであってほしいと心から願った。

 

 イレーネの体はスカブから撃てない位置に転がった。間髪入れずにジャックは南を確認する。三十メートルほどの距離に二人、AKをこちらに向けている。

 

 ジャックはM45A1を突き出し、両手で握り、蓄光サイトの三つの点の向こう側に小指の先ほどのサイズにしか見えない頭を重ねて発砲した。

 同時に左側から二種類の銃声が響く。5.56mmと.300ブラックアウト弾。一斉射だった。拳銃の弾が当たっていたかは定かでないが、射線上のスカブは地面に倒れ伏した。

 

 盛り土の向こうから二人のPMCが現れた。拳銃にはあと3発。残っているのはそれだけだった。

 

 ジャックは拳銃の銃口を二人のPMCに向けた。しかし引き金は引かない。坂の上から上半身を出している二人もまた、ぴたりとジャックにそれぞれのメインアームを向けている。同じくまだ、引き金は引いていない。

 

 MDRを保持している男が口を開いた。よく聞こえるように、よく通った英語で。

 

「俺はイレーネと同期の元USECだ! アッキーと呼ばれている! イレーネのツレなら敵意はない! 銃を下せ、無駄な血は流したくない!」

 

 アッキー。

 男はそう名乗った。その名は、数日前にたきなが.338ラプアマグナム弾で腹をぶち抜いて、そして千束が命を助けたPMCの名前だった。

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