リコリスinタルコフ   作:奥の手

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あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いします!!

新年早々、血の匂いのする暗い話だけじゃなんか嫌だったので千束の明るく元気な様子もお楽しみください。


第五章 「千束/たきなの永い夜」編
情報箱


「とりあえずここはマズイ、詳しい話は後にするぞ。ハチ、警戒頼む」

「了解、カバーする」

 

 アッキーはイレーネのところまで走り、力無く項垂れていたイレーネの首筋にプロピタル注射器を刺した。

 びくりと震えた後、光の戻りつつある目でアッキーを見上げたイレーネが、力無く笑った。

 

「…………まさかあんたに助けられるとはね。夢でも見てんのかな」

「現実だラッキーガール。同期のよしみだからな。立てるか」

「なんとか。でも銃が死んだ」

「これ貸してやる。さっき拾った」

 

 アッキーはリグからトカレフを取り出したが、イレーネは立ち上がりながら首を振って掠れた声で返した。

 

「右手が取れそうなんだ。しばらくはどっちみち戦えない」

「じゃあくっついている両足でしっかりついてこいよ」

「へいへい」

「ハチ、移動だ」

「了解────おまえ、これ使え」

 

 MCXから片手を離したハチが、腰のベルトから拳銃のマガジンを2本抜いてジャックに渡した。奇しくもジャックの使っているものと同じM45A1用のロングマガジンだった。渡しながらハチは言葉を続けた。

 

「名前は?」

「ジャックだ」

「俺はハチ。お前は運がいい」

 

 マガジンを受け取り、そのうちの一本を差し込みながら、ジャックは頷いた。

 多くの言葉を交わす余裕はなかった。タンクの向こう側に複数の足音が響き、粗暴なスカブの怒鳴り声が聞こえてきた。

 

 一瞬だけ体を南側に出したアッキーが、MDRを連射した。スカブの断末魔が聞こえてくる。そして反撃の銃声も響きタンクを穿った。

 

「西はやめた方がいい。ZB-1012から出るぞ」

 

 踵を返したアッキーが盛り土を登り、見えているスカブに5.56mmを放った。しかし次から次へと倉庫や大通りから湧いてくる。

 

 ジャックもモルヒネを左腕に刺して鎮痛効果を継続させ、イレーネと共に登る。最後尾をハチが追い、射線上に出てきたスカブの頭を.300ブラックアウト弾で飛ばした。

 

 タンクを積んだ列車の方へ移動して、その先の地下道入り口へと向かう。

 移動しながらジャックはプレートの裏側に入れていた通信端末を取り出した。いつ当たったのか、アーマーには被弾した跡があり、運悪く端末を押しつぶす形で弾が止まっていた。

 

「…………合流は、できそうにないな」

 

 電源の入らない端末を雑にズボンのポケットへ押し込みながら、ジャックは力なく呟いた。

 イレーネにも聞こえていた。固く口を結んで頷いた。今にも泣きそうな顔になっていたが、誰にも見られまいと血だらけの震える左手で乱暴に目元を拭う。血が目の周りについてむせかえるような鉄臭い匂いが鼻に届いたが、それがかえってイレーネには〝生きている〟という実感をもたらした。

 

 まだ生きている。何とか生きている。お兄ちゃんも一緒に。

 だから会える。きっと、いつか、生きてさえいれば千束ちゃんとたきなちゃんにまた会える。

 骨まで見えているイレーネの右手が、焦りを含んだ歩調に合わせて力無く揺れていた。

 

 どしりと重い曇り空が、イレーネの代わりに泣いているかのように雨を少しずつ降り注いできた。乾いた地面に広がっていく斑模様が、瞬く間に繋がって色濃くなるのを、ジャックもイレーネも黙って視界に入れながら、地下へと続く道を降りていった。

 

 

 ◯

 

 

 千束とたきなは、ZB-1011から続く薄暗く長い地下通路を進んでいた。先頭を行くのはナイトビジョンをつけたたきなで、足元の非常電源が照らし出すわずかな光量を増幅して廊下の隅々まで警戒している。

 千束は裸眼で後方を気にしながら進む。狭い空間のため二人とも使い慣れた拳銃に持ち替えており、他者の気配はないが警戒は怠らない。

 

 廊下は不思議なほど曲がりくねっており、まるで戦闘時に身を隠す場所を意図的に大量に設けているのかと思うほど複雑な構造をしていた。

 

「正直迷いそうなんだけどたきな」

「大丈夫です。通った道は全て記憶しています」

「すごい……」

 

 分岐点や三叉路、梯子もあった。何階層にも分かれているようで、ガイドなしでは下手したら一生地上の光を見られないのではないかと思うほどの複雑さである。

 

 通りの角で一旦バックパックを下ろし、小休止に入った。ナイトビジョンを跳ね上げてバラクラバをずらし、水を飲むたきなに千束が疑問をぶつけた。

 

「もしかしてこの地下道って、ヒュージーさんの団体が管理していたりしないかな?」

「だとしても、そう都合よく毎回会えるわけではないでしょう。会えるとしたらもう出迎えられています」

「そっか。ちなみにここは安全圏なのかな」

「可能性は低いですよ。ばったり遭遇したら戦闘は避けられません。銃は手放さない方がいいです」

「それもそうか」

 

 右手にデトニクス、左手に水を持って、千束はそのまま喉を鳴らして水を補給した。

 

 休憩した後の三十分ほどの探索中に、一つの部屋に行き当たった。

 地下に潜ってから三回梯子を降りたので、単純に地下三階の深さの位置にその部屋はあった。

 

 入り口は鋼鉄製。錆び付いてはいないが古臭い物理キーで施錠されている。ピッキングできそうだった。

 

「やっちゃう?」

「誰かの隠れ家…………」

 

 ドアに耳を当てたたきなだったが、数秒後に少し笑みを浮かべながら千束に頷いた。

 

「空き家のようです」

「よーし内見だ。まずは鍵を開けまーす」

 

 ピッキングツールを取り出した千束が、鍵穴にするりと差し込んだ。そのまま二十秒ほどいじっていると、かちゃりと小気味良い音が鳴った。

 

「開いたよ」

「一応警戒しましょう」

「了解。たきなドア開けちゃって」

 

 ドアノブを回し、部屋の中の方へ押し込む。重苦しい見た目とは裏腹にドアは音もなくすんなりと開き、部屋と廊下とを結んだ。

 

 拳銃を左目の前に構えたまま千束が中に入る。電気はない。あまりにも真っ暗なので左手に持っていたフラッシュライトで照らし出した。

 

「…………クリア」

「了解」

 

 千束の声を聞いてから、外を警戒していたたきなも室内に入る。ドアを閉めて、内側から施錠する。

 

 たきなも自身のライトで室内をくまなく照らして確認して、胸の内に溜まっていた緊張感と一緒に息を吐いた。

 

「…………いい場所ですね」

「だねぇ。ここをキャンプ地とするぅ?」

「キャンプの定義が」

「ノリだよノリ」

 

 室内の様相はまさに地下室。しかし不思議なことに陰湿な感じはせず、冷ややかではあるがかえってその無機質さがありのままの空間の良さを演出していた。

 

 コンクリートのタイル床に打ちっぱなしの壁。壁の上部には空気の入れ替えと酸素を取り込むためであろうダクトが穴を開けている。カビ臭さはなく若干の埃臭さが鼻腔をくすぐる。

 

 家具らしい家具はなく、机や椅子はおろか毛布やマットレスすらない。つまり、この部屋で誰かが生活をしていた形跡がない。もちろんゴミも落ちていない。

 

 部屋の隅の方には段ボールが五箱ほど積み上がっていた。あるものといえばそれくらいで、他は何もない。広さは一般的な学校の教室の半分ほどの大きさ。二人で寝泊まりするには広すぎるほどだった。

 

「あれ見てみる?」

 

 千束がライトで照らし出したダンボールに拳銃の銃口を向けた。たきなも頷き、二人してダンボールに近づく。

 新しいわけでも古臭いわけでもない。時間が経っているとしたら二、三年ほどか。太陽に当たっていないからか、劣化を感じさせない。うっすらと埃は積もっており、口はガムテープで止められている。文字も何も書かれていない。

 

「…………どっちが開ける?」

「千束どうぞ。ピッキング担当ですから」

「いつ決まったし」

 

 そう言いながらも拳銃をしまってナイフを取り出すと、千束は慎重に段ボールの封を開けた。

 ガムテープにナイフを突き立てながら、ブービートラップになっていないことを手探りで確かめる。こんな何もない空間で手榴弾の一つでも炸裂したら仲良く二人であの世行きだ。

 

「何も仕掛けられてないっぽいね。開けちゃうよ」

「どうぞ」

「どうする? お宝が入ってたら」

「こんなところに置いていかないでしょう。でも、だからこそ何が入っているのか気になります」

「だね。まぁゴミだろうけど」

 

 薄く積もった埃が宙に舞わないように慎重にダンボールを開けて中を覗き込む。たきなが照らし出したフラッシュライトの先には、

 

「…………書類、ですね」

 

 紙の束が詰まっていた。ロシア語で綴られた書類が、ファイルに入っていたりそのまま詰め込まれたりしている。

 適当なファイルを取り出してライトで照らす。たきなの目が左から右へ動き、少しの間それを観察した。

 

「製薬会社のデータですねこれ。テラグループのものです」

「こっちもだ。これは…………たぶん現金出納帳かな? 日付は二年前のものだね」

「こっちは去年のです。新しいですね」

「ってことはこの荷物はここに放置されてからそんなに時間が経ってないのか」

「みたいですね。一応全部開けますか?」

「うん。ないとは思うけど、もしかしたらラジアータの情報の端くれくらいはあるかもしれないし」

「そうですね」

 

 それから二人は、バックパックのカンテラを取り出して室内を明るくしてから全ての段ボール箱を開けた。五箱中四箱はテラグループに関する書類であり、残り一箱を千束が開けて中身をチェックすると、

 

「な──────ッッッ!!!!」

「どうしたんですか?」

「いや! たきなは見ちゃダメ! まだダメ!」

「なぜです?」

「18歳来てから! なんっで私はこの街に来てからやたらとこういうものに当たるんだ!! 呪いか!!」

 

 段ボール箱の中から出てきた発禁モノのセクシー雑誌を箱の中に叩きつけながら千束は段ボールをバタバタと閉じた。

 他の四箱でその一箱を埋めてから、床に取り出したいくつかのファイルに振り返る。

 

「ふぅ…………なんか良さげな情報があったのはこのファイルたちだけかな?」

「そうですね。ただ、千束が放り投げちゃったので雑誌の箱は詳しく見れていませんよ」

「あんなの詳しく見ちゃダメだって。青少年なんたら法に引っ掛かるから」

「この街にそんな法はもうありませんよ」

「そうだけどさ」

「私が見るのがまずいなら、千束がちゃんとチェックした方がいいですよ。有力な情報や取引に使えるものがあるかもしれません」

「ぐぅ…………いやないだろ……あるかぁ……?」

 

 千束がうだうだと言っている間にたきなは埋められた発禁モノ雑誌の箱を引っ張り出してから千束に寄せた。

 

「それとも一緒にチェックしますか?」

「わかったよやるよ。たきなはこっち見ちゃダメだからね」

「テラグループの方のチェックをしています。お湯を沸かしてインスタントコーヒーでも淹れますか?」

「お、それはありがたい。なるべく内容は意識しないように見ていくか……」

 

 ぶつぶつと念仏のように独り言を唱えながら、千束は雑誌の中身をチェックしていった。

 肌色の多いページが大量に並ぶのを、頬を赤くしながらもたとえば間にメモや走り書きがないかという意識でページをめくっていく。

 

「うわぁ…………」

 

 思わず漏れてくる千束の声に、たきなは小さく笑いながらあえて反応しなかった。

 が、しかし三冊目、四冊目とチェックが増えていくにつれて段々と千束の独り言が意味のある驚嘆になっていく。

 たきなはすこし眉を顰めながらその様子を見ていた。

 

「えぇ…………それ挿れるんだ…………うわ入るの……」

「千束」

「えぇそっち……ダメでしょこれは……」

「千束ッ!」

「ひゃい!!」

「全部声に出てます! 自分だけ楽しまないでください」

「なん! なんにゃ、ないない!! 楽しんでなんかないっての! これは! その! 自衛のためで!!」

「意味がわかりません何が自衛ですか」

 

 耳まで赤くなっている千束にたきなはため息をつきながら、手元のテラグループの資料に目を落とした。

 その書類はおそらくテラグループの製薬会社が子会社との取引に使った資金のデータだった。なぜここにあるのか、何者がこの場所に隠したのかは不明であったしその意図は汲み取れなかったが、リストに載っている社名を流し見ている時にたきなの目が止まった。

 

「…………ん?」 

 

 日本企業、それも通信系の事業に強い社名がいくつか載っている。しかしそれらの企業がロシアに進出しているという話は聞いたことがない。いくらタルコフ市が経済特区だったとしても、日本の一企業が遠く離れたロシアのグループの取引リストに上がっていることはわずかばかりの疑問をたきなに生じさせた。

 

「なんですかこれ……いや……? この資料って……」

 

 たきなはたきなで自分の世界に入り込んだ。頭が回る。手にしている情報とこれから手にしたい情報を素早く組み込み、この街に来てからずっと探し求めている〝ラジアータのアップデートファイルの開発に関する情報〟がどこにあるのかを推理していく。

 

 いつ終わるのかもわからないスキーヤーの信頼度上げを悠長にこなしていられるのも時間の問題である。早いところヒュージーから情報を手に入れて、先へ進みたい。なにか、なにか工程をスキップできそうなところはないのか? 

 

 たきなは考えを巡らせながらコーヒーを口につけた。シェラカップに入れた雑なインスタントコーヒーだが、雨にあたって冷えていた体にじわりと温かみを思い出させる。

 

 イレーネさん達と合流できなかった。通信機は欲しい。ゆえにあるかどうかは賭けだがリザーブと呼ばれている軍事基地に足を運ぶか。

 しかし入り方やルートがわからない。そんな不確かなものをアテにするよりも、早いところ市街地へ行って直接情報を漁った方が効率がいいのではないか。

 もうすぐタルコフに来て一週間になる。集めた直接の情報は皆無。手にするための種まきをしているんだと自分に言い聞かせるにしても、焦りを覚えてしまう。

 

 もう一口、たきなはコーヒーを口に含んでから、さしておいしくもない味を堪能して飲み下す。リザーブか、市街地か。

 あるいは。

 

「…………いっそスキーヤーに聞いてみましょうか」

 

 たきなは後ろを振り返って千束の方を見た。ちょうどタイミングよく千束の方もチェックが終わったのか、ばちりと目があう。

 千束の目が怪しい。上気しているのか、頬も赤く目がうつろである。

 

「千束、大丈夫ですか?」

「ごめんたきな。ちょっとトイレ行って来ていい」

「ないですよ」

「じゃあちょっと、五分でいいからこの部屋に一人にしてもらえない……?」

「はぁ……」

 

 生返事を返してから、たきなは立ち上がった。装備を持ってすぐに撃てる状態にしてから、出入り口のドアに手をかける。

 

「五分後に、今後の方針の話をしたいです。お願いできますか」

「うん。大丈夫……ちゃんとする」

「…………? なにを……?」

 

 首を傾げたたきなだったが、あまり深くは追求せずにドアの鍵を開けて通路へと出た。

 きっちり五分測ってから中に戻ると、

 

「ありがとたきな! すっきりした!!」

「すっきり……? 意味がわかりません。何の話ですか? 何をしていたんですか?」

「こっちの話! 気にしないで! それで、今後の動きの話だよね!! ご飯食べながらしよ!!」

「え、ええ……そうですね。今日はここに泊まりましょう。…………あの、千束? 本当に何をしていたんですか」

「今日はとりめし温めちゃうぞー!」

 

 いつも通りの快活さにもう一つ何かを足したようなテンションの千束に訝しげな視線を投げつつ、たきなも夕食の用意に取り掛かった。

 

 




本年もリコリスinタルコフをどうぞよろしくお願いいたします。多分まだまだ完結まで時間かかるんで、気長にのんびりつまみ食いしていってください!

話は変わりますが、たきなより千束の方が進んだこと知ってそうですよね。何がとは言わない。異論は認める。
ほらやっぱ映画にはいろんなシーンがあるからね。映画好きは通ると思うよ。ましてDAの寮みたいに管理された生活環境じゃなくてかなり自由なセーフハウス暮らしだった千束だからね。
何の話って? 何でもないよ。
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